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外伝:セルウィリアの憂鬱

 その日、いつものように夕刻に王の執務室を後にしたセルウィリアは部屋に帰ると、鏡を何度も覗き込んではため息をつく。

 やがて意を決して、傍に近侍していた典侍(ないしのすけ)に問いただした。

「ねぇ、カロイエ」

「なんでございましょう、王女殿下」

 王女付きの侍女筆頭である典侍カロイエは恭しく王女に応えた。

「わたくしって実は美人ではないのではなくって?」

『またいつもの病気がはじまったか』

 カロイエは心の中で毒づいた。もちろん女官としての厳しい教育を受けて来たカロイエが顔に一切の表情を出すことはなかったが。

 セルウィリアは亡国の姫君で半ば囚人で、有斗の命令で外部との接触は制限される立場であるが、一応はセルウィリアはカロイエの上役みたいなものなのである。不快の表情を面に出すわけにはいかなかった。

 それに古くはサキノーフ様に連なるその血筋と教養には、カロイエが一定の敬意を払うに必要な要素が十分にあった。

 それでもカロイエは毒づかずにはいられない。

 後宮に入るくらいだから、カロイエも己の美貌には自信があった。田舎では隣の郡府にまで知れ渡り、村の古老もこんな美少女は生まれてこの方見たことがないと噂されるほどの美少女だった。

 遠くの街の商人からゆくゆくは息子の嫁にと求められたこともある。

 であるから、周囲の評価はともかくとして、己では美貌はアリスディアやセルノアには決して劣らぬと自負していた。

 当時は端役で王にお目にかかれる立場になかったからセルノア如き小娘に先手を取られてしまったが、機会さえ与えられたら王など一瞬で落として見せると内心企んでいた。

 この物語を見る限り有斗はまったくもてていないように思えるかもしれないが、このように有斗を狙っている女官は少なくないのである。実はその王という立場相応にはもてているのだ。

 もっとも、王の心を虜にして権力を手に入れるのに血眼になっているというのが純粋な意味でもてていると言っていいのかは疑問の余地が残るところであるが。

 もてているように見えないのは有斗が極めて鈍感なせいと、カロイエのような権勢欲溢れる女官は、アリスディアが有斗のためを思って近づけないようにしているせいなのだ。

 そんなわけでせっかくの典侍という王に近侍する大事な役職に就いたのに、早々にセルウィリアの世話係に回されたカロイエは当初は己の不幸を嘆いた。

 だがその後、セルウィリアに近侍するうちに考えが変化した。

 セルウィリアの輝かんばかりの美貌の前には、カロイエの自信など打ち砕かれてしまったのだ。どう考えても美しさでは自分はセルウィリアに敵わない。

 教養や家柄でも太刀打ちできない。

 王は自分ではなくセルウィリアを選ぶだろう。悔しいがそれは認めるしかない。

 ならばとカロイエは方針を転換する。己の野心を満足させるには、ようはカロイエが権力中枢に近づけばいいのである。セルウィリアが有斗を落として王妃となれば、第一の側近である自身の得るものは大きい。

 セルウィリアはどちらかというと政治や権力には興味がないようだし、代わってカロイエが表向きのことを牛耳ることになるかもしれない。

 そもそもよくよく見れば有斗の顔は美男子というほどのものでもない。他人にくれてやっても惜しくはないのだ。

 セルウィリアが皇后となり、自身は尚侍となって権勢を振るう。それが一番いい解決策に思えた。

 そう考えを変えさせたほどの美貌を持つセルウィリアが美人でないというのなら、それ以下のカロイエはいったい何だと言うのだ。

 人以下の存在とでも言われている気がしてならなかった。

 カロイエも毒づこうというものである。

 だがそんなカロイエの気持ちなど気にすることなく、セルウィリアは感情を高ぶらせ泣きそうな目を向ける。

「わたくしが高貴な生まれだから、皆が気を遣ってわたくしのことを美人だ美人だと心無いことを言っておだてているのではなくって!?」

「そのようなことはありません」

「カロイエも本当は立場上、わたくしを美人だと言って慰めているだけではなくって!?」

「・・・いったい何が王女殿下をそこまで悩ましになっているのか、このカロイエにもお教えくださいまし」

 カロイエは会話することで王女の気を落ち着かそうとした。といってもカロイエにはだいたいの理由は見当はついていた。

「陛下は中書令や羽林将軍や尚侍とばかり楽し気にお話しなさって、このわたくしとあまり会話してくださらないのです」

「やはりそうでしたか」

 セルノアのその言葉は三日前カロイエに言った言葉と寸分たがわぬものであった。この一か月で実に四度目の問いである。

 有り難いことにセルウィリアは徐々に有斗に興味を持ち始め、全てはカロイエの野望通りに行くかと思われたのだが、王との関係が進展する様子が見られないのだ。

 王はアエネアスやアリスディアには親近感を増している様子であるにも関わらずである。

 それどころかセルウィリアはぽっと出の地方豪族の娘(ウェスタのことである)の後塵を拝しているような有様だ。

 だがカロイエにはその理由が透けるほど分かっていた。

 王は女性経験が少なく、女性を口説くどころか話すことさえも得手でない。そんな王からしてみればセルウィリアの眩しいほどの美貌に気後れして話しかけづらいのであろう。

 自然と長年の付き合いで距離感の近いアエネアスやアリスディア、国事について否が応でも話さなければならないラヴィーニアとばかり(ラヴィーニアが大人の女性を感じさせない外貌であるということもあろうが)話すことになるのであろう。

 セルウィリアにはそれが実に不満であるらしい。

「本当はわたくしの器量が彼女たちに劣るから、陛下はわたくしにつれなくなさるのではないのでしょうか?」

「そのようなことはございませぬ、王女殿下。王女殿下に勝る器量の持ち主はこの後宮・・・いや、アメイジアにはおりませぬ。ご安心を」

「そ、そうかしら、だとしたら嬉しいのですけれど」

「はい、ご安心くださいませ」

 重ね重ね己が美貌を褒められたことで、セルウィリアはだんだんと自信を取り戻してきたらしく、表情に笑みを取り戻す。

「でも、そうだとするとますます陛下がわたくしを避けている理由が分からなく・・・あっ! まさか!?」

「・・・・・・?」

「やはりダルタロス公が命を落とした一件でわたくしをお許しくださってないのでしょうか・・・」

 セルウィリアは四師の乱のことを気に病んだようで再び表情を曇らせる。

「あの事件は陛下の御心に様々な波紋を投げかけたことは事実でございますが、陛下は寛大なお方です。単純に全てを王女殿下のせいになさって物事を片付けてはおられぬはずです」

「そ、そうですわね。わたくしとしたことが陛下に対してなんということを! ・・・申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「そう、その愁いを帯びた表情! そのような表情をなされては落ちぬ男子がこのアメイジアにおりましょうか!」

「も、もう典侍はお世辞が上手なこと。わたくし騙されそうになりました」

「騙すなどとんでもございません! 王女殿下の美しさには毎日お仕えしているのに見るたびに息が止まる思いですもの」

「まことにカロイエはお世辞が上手ね。わたくし、励まされる思いです。でも、そうだとすると何故陛下がわたくしとお話しくださらないのか説明がつかなくってよ」

「簡単なことです。陛下は王女殿下の美しさに気後れして声をかけるのをためらっておられるのです」

「・・・そうかしら」

 カロイエは少しでもセルウィリアの気を晴らそうとわざと大仰に褒めそやした。

「そうですとも!  陛下といえども一人の男性です、王女殿下に興味を持たないことなどございましょうか!」

「陛下がわたくしに興味を・・・本当に?」

 カロイエの言葉にセルウィリアはまんざらでもなさそうに口元をほころばした。

「そうですとも!」

「でも、だとするとわたくしは一体どうしたらいいのかしら?」

 セルウィリアは有斗と少しでも親密になりたいのである。だが育ちが良いセルウィリアには女の身から殿方に近づくのははしたないと遠慮するところがあった。

 それでは何の意味もない。王は基本は受け身で、セルノアやウェスタのような押してくるタイプに弱い男性だとカロイエは見ていた。

「殿下はどんなことをしてでも陛下に気に入られたい。そうですね?」

「はい、もちろんですとも!」

「ではもう少し殿下の方から動かれて、陛下の気を惹かなければなりますまい」

「どうすればよくって?」

 女が若い男の気を惹くのに、そんなに難しく考えることは無い。昔からある古典的で使い古された手法を使えばよい。男は概して鈍感な生き物なのだから、むしろ分かりやすいほうが良い。

「もう少し積極的になればよろしいのです。例えばもう少し胸を開いた服を着てみるだとか、さりげなく陛下の腕に押し当ててみるとか」

「そ、そ、そのような破廉恥なことできません!」

 セルウィリアは真っ赤になって両手を突き出して横に振って、カロイエの勧めに断りを入れる。

「そのようにいつまでも受け身でおられては、先に河東の小娘に陛下をさらわれてしまいますよ」

「それは絶対ダメ! それだけは嫌です!!」

 セルウィリアは有斗の周りにいる女性の中でアエネアスとウェスタが苦手だった。

 二人とも同じ諸侯の一族としてそれなりの教育をうけたはずなので、セルウィリアと通じるものがあると思うのだが、片や傍若無人な女、もう片方は破廉恥極まりない女でセルウィリアの理解の範疇を超える存在で理解に苦しむのである。

 それでもアエネアスはなんとか我慢できるのだが、有斗を色を使って誑し込もうとするウェスタだけは我慢がならなかった。セルウィリアの観念ではそれは卑怯な振る舞いなのである。

 こうなれば背に腹は代えられないとセルウィリアは覚悟を決めた。

「こう?」

 セルウィリアは軽く深呼吸すると意を決して、つつまし気に襟を開いて見せた。

「こうです!」

 少しだけ開いたセルウィリアの襟元をカロイエは掴み、胸元を押し開いた。着やせするセルウィリアの豊かな胸が溢れ出そうになった。

 セルウィリアは羞恥で顔を赤く染め、慌てて襟を掴んで胸元を隠した。

「み、見えてしまいます!!」

「少しくらい見えるほうが良いんです!」

「ほ、他の方法を考えてくださいぃ!」

「陛下にはこれが一番効果的なんです!」

「ダメです、ダメです!! 絶対に他の方法です!!!」

「わかりました。それでは・・・・・・」

 カロイエは溜息をついてセルウィリアに近づくと、耳元でそっとささやいた。


 伝奏を司る尚侍というのは今風に言うと王の秘書室長に近い。

 しかも王がいなかったことで後宮の人数が少ない昨今では、後宮十二司の役目も当然のごとく兼ねていたので、内侍司(ないしのつかさ)こそが王の私生活空間である後宮の中心と化していた。

 尚侍ともなればその職域は広範囲に渡り、アリスディアはなるべく有斗の傍にいようとは思ってはいるものの、それでも別の場所におもむかねばならないこともままあるのだった。

「陛下、申し訳ないのですが少し席を外させていただきますことをお許しください」

 その日は典侍の筆頭で、何かあればアリスディアの代わりをしてくれるグラウケネが(平たく言えば草書が読めない有斗に代わって奏上文を読み上げるとか、下手くそな有斗に代わって書状を書くとかの作業である)非番で不在だったため、アリスディアは席を外すことを申し訳なさそうに謝した。

「うん、わかった」

 頭を下げて退出しようとする時に、セルウィリアがその様子を見てニコニコとしながら真逆に執務室に入って来る。

「?」

 不思議に思いながらもアリスディアは会釈を返した。

 入れ違いに入って来たセルウィリアは、先ほどまでアリスディアが座っていた椅子に何も言わずに座った。あまりにも自然な動きだったので有斗はもとより、女官たちも咎め立てする隙を与えられなかった。

「陛下、わたくしが尚侍に代わりましょうか」

 仕事に集中していた有斗は突然、横合いから声をかけられびっくりした。

「え!? ・・・あ、ああセルウィリアか。いいよ、セルウィリアにそこまでしてもらったりしちゃ悪いよ」

 有斗はそう言ってセルウィリアの申し出を断った。有り難い申し出だが、セルウィリアは虜囚に近いが貴賓でもあるのである。

 王の下働きをさせて酷い扱いを受けているなどといった良くない噂を流されては、朝廷の関西閥の官吏や関西の諸侯の支持を失ってしまう危険性があった。

 それに正直、セルウィリアのような美人にこれ以上、自分のみっともな姿を見せたくないという男としての見栄もあった。

「そう言わずに! わたくしに陛下のお手伝いをさせてくださいませ!」

 セルウィリアは鼻と鼻がくっつくくらい顔を寄せて来て、有斗は思わず赤面した。

「て、手伝ってくれるのは嬉しいけど、そんなに近づくことはないよ」

「そうおしゃらないでください。陛下に嫌われたら、わたくし悲しいです」

 今度はきらきらと潤んだ瞳で目を覗き込まれ、有斗は慌てて目を背けた。

「き、嫌っているわけじゃなくってね」

「本当ですか! 嬉しいです」

 ニコニコと笑顔を浮かべ、身体を有斗の方へそっと寄せささやいた。

「陛下、何か感じません?」

「な、なにを?」

「こう・・・心の底から湧き上がってくる本当の気持ち・・・何かです」

 セルウィリアは有斗の身体に触れるか触れないかの距離まで胸を寄せた。

 その時、王の執務室に不釣り合いな大声が響き渡った。

「ふわあああああぁ~今日もいい天気だな!」

 いつものように例のダルタロスの兵たちのたまり場に行って時間を過ごしていたアエネアスが大あくびをしながら帰って来たのだ。

 アエネアスの顔を見ると、セルウィリアは先程まで赤くなっていた顔を急に青ざめさせ立ち上がった。

「わ、わたくし、急用を思い出しましたわ!」

 セルウィリアはアエネアスと目を合わせないようにしながら、そそくさと退散する。


「何か今日のセルウィリアは変だったなぁ。なんだったんだろ?」

 有斗はセルウィリアのいつに見られないおかしな態度について色々と思いを巡らすが、一向に理由が思いつかずに首を捻った。

「・・・さぁね」

 アエネアスは大あくびをしながら有斗に気のない返事を返した。

 最近、春だからか家の近所に住む野良猫が深夜にうるさく鳴くので、アエネアスは寝不足気味なのである。


 一方、執務室から引き返してからしばらくの間、セルウィリアは一言も言葉を発さず、黙り込んだままだった。

「ねぇ、カロイエ」

 セルウィリアは憮然とした顔で頬杖をついて鏡を覗き込みながら溜息をついた。

「はい」

「やっぱりわたくしって実は美人ではないのではないのかしら」

 セルウィリアの言葉に今度はカロイエが溜息をついた。

えー某外部サイトでの紅旭の虹の改変作業中に入れるつもりだった話なのですが、丁度入る隙間が見当たらず、ひっさびさにこちらに投降してみました。

隙間に入るセルウィリアがらみの話何か考えなきゃ・・・

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