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プロローグ

 



 大時計の短針は、真上に近い。

 豪奢な王宮の大広間で、かつてのように男が叫んだ。


「お前が賭けるのはその側妃だ、帝王!去年奪ったその女を、天秤に掛けるが良い!」


 白を基調とした月光を途切れさせるほど眩いホールは、香水と馳走の匂いで満ちている。着飾った人々が、波打つように騒めいた。まさかとかどうしてとか、ある者は驚愕を、ある者は疑問を込めて、思い思いに言葉を呟く。


 その全てを一顧だにせず、深紅のドレスの女を膝に乗せた帝王は、僅かに口角を上げる。

 横長の玉座に座るその男は、本当に美しかった。


 黒みがかった赤髪、それより鮮烈な血の色の瞳。正装越しでも分かる鍛えられた腕は、どんな女でも触れられたい、抱きしめられたいと熱望するだろう。若いとすら呼べる年で、一昨年玉座を手に入れたはずであるのに、この場の誰よりも豪華な正装は、彼の風格に良く似合っていた。

 貞淑たれと教え込まれた婦女子たちからも熱い視線を向けられる男は、それが当然であるかのように顔を寄せて、膝に横抱きにした妃に何かを囁く。


 帝王がそうであるように、妃も美しかった。


 夜を切り取ったような黒髪、照らす炎の揺れによって繊細に色を変える青紫の瞳。それらが彩る顔のかたちは、僅かな綻びもなく完成されている。

 瀟洒なレースに飾られた真紅のドレスから覗く手や足は細く、艶かしく白い。ぴくりとも動かない無表情も相まって、人間と呼ぶよりも希代の人形師の最高傑作と言われた方が納得できるだろう。

 しどけなく身を任せて、帝王にのみ視線を向けるその姿に、先程叫んだ男が歯噛みする。

 男ーーー複雑な色を瞳にのせた、ライワールト王国の王は、金髪と青い目、鬼気迫る表情を衆目に晒しながら、言葉を続けた。


「まさか拒否はすまいな、帝王、クヴァル・レヴェスター。今年は我がライワールトが賭けの内容も、何を賭けるかも決めるのだから。オウディアス辺境伯の娘にして我が側妃。ネレイスを賭けて、射芸を行う!」


 そう続けたライワールト王国の国王に、隣に立つ茶髪の女性は表情を変える。

 桃色のフリルをふんだんに使ったドレス、髪や首などいたる所に付けられた大きな宝石。少女に見紛うほど若々しいライワールト王国の王妃は、夫の言葉に目を見開いた後、憎々しげに赤いドレスの女を睨む。


 憎悪を込めた視線にも、かつての夫の言葉にも、赤い瞳の帝王に凭れる女はなんの反応も示さない。






 女は―――かつてライワールト王国の側妃にして、今はグランヌス帝国唯一の寵妃は、帝王クヴァルの腕の中で、ほんの少し瞳を伏せた。








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