39 ガイウス・グレネーダル
――いままで何のために努力してきたか。
レベルを上げてきたか。スキルを磨いてきたか。
死にたくないからだ。運命を変えたいからだ。
だが、いまは。
――衝動が、すべての気持ちを上回って、ロザリンドを前に走らせる。
幸いにも地霊グールはやってこない。
(――加護なしよりも、他に食べ物があったらそっちにいくわよね)
その事実がいまは胸を軋ませる。
(お願い、無事でいて――)
祈りながら、夕暮れの敷地内を走る。夜はもうすぐそこにまで迫っている。
中央棟西口が見える場所に来て、ロザリンドは移動を中止した。慎重に距離を取って、遮蔽物に身を隠しながら様子を窺う。考えなしに飛び込んでなんとかできるほどの能力はない。
既に戦闘は行なわれていなかった。ミリアムの砦は崩壊し、生徒の姿は見えなくなっていた。
西口付近には大量の地霊グールが群がっている。強力な結界により侵入できないからだ。
その群れを、少し離れた場所から腕組みをして眺めている人影がある。
死霊戦士でも死霊騎士でもない。
(――あれは……死霊騎士団長ガイウス!?)
――ガイウス・グレネーダル。
大昔の騎士団長だったが、反逆したのちに王によって処刑された。しかし死の淵に魔物と融合したことで魔人化し、死霊を操る力を得た。そしていまも王族を殺す機を狙っている。
(終盤に戦う魔人じゃない……出現タイミングがおかしすぎる。いや、そんなことよりも……私に、倒せる?)
ソロで魔人を打ち破るには圧倒的なレベル差、もしくはステータス差が必要だ。
ロザリンドが正面から挑んで、ガイウスを倒せるとは思えない。
――思えない、が。
ロザリンドは改めてガイウスの様子を見る。
入口のところで蠢く地霊グールに、それを背後から眺めるガイウス。その先にはきっと傷ついた生徒たちがいる。
(大丈夫……きっと、みんなまだ生きている……)
信じる。もしその先に誰もいなければ、地霊グールたちがあんなに固執しているはずがない。
(ガイウスは何をしているの? 攻めあぐねている?)
強力な結界に阻まれて、中に入れずにいるだけだろうか。
それにしてはずいぶん余裕そうな表情だ。
(――それとも、誰かを待っている……? もしかしてお兄様……?)
ゲーム内では、ガイウスは魔王と化したクリストファーに忠誠を誓う。そして、クリストファーが魔王化する以前から、クリストファーを魔王の器だと呼んでいた。
(お兄様は遠征中だから、ここで邂逅することはない)
他の可能性としては――
ガイウスは王族に恨みがある。ゲーム中でも第二王子であるエドワードに特に固執していた。
最後に通念石から聞こえた声からして、エドワードが窮地に追い込まれているのは間違いない。
(大丈夫、結界が守ってくれるはず……)
自分に言い聞かせた刹那、ガイウスが手を高く掲げる。
手のひらに土が集まっていき、やがて巨大な岩となる。
それが風船のようにふわりと浮き上がり。
校舎に向けて、投げつけられる。
岩が砕けるとともに、校舎が大きく軋み、結界が揺らぐ。
(攻城兵器並みの威力……)
こんなものを投げられ続けたら、いつか結界が破れるかもしれない。そうなったら大惨事だ。
(――やるしかない!)
迷っている時間はない。決意と共にスナイパーライフルを召喚する。
エドワードの魔力がこもった魔石を銃弾化し、装填する。
(この距離で、この場所で、見つかるわけがない。行ける)
ロザリンドは深く息を吸い込み、スナイパーライフルを構える。
ガイウスとの距離は遠く、ロザリンドがいる場所は影に隠れており、発見される可能性は極めて低い。しかし、それでも心臓は激しく打ち鳴っていた。
――絶対に、失敗できない。それを強く意識しながら、照準を合わせる。
(――ショット)
放たれた銃弾が、流星のようにガイウスの左腕に刺さる。
着弾と同時にその部分に穴が開き、ロザリンドは勝ったと思った。
だが――
穴が開いた部分がゆらりと揺らいだかと思うと、瞬く間に再生する。まるで何事もなかったかのように。
(嘘でしょ?!)
ゲーム中のガイウスには、自動再生能力があった。
とはいえそれは、一瞬でダメージが元通りになるというほどの効力はなかった。
――ゲームを遥かに凌駕する自己再生能力。
ロザリンドは短く息を呑んだ。呆けている場合ではない。
ガイウスがゆっくりとロザリンドの方へ顔を向ける。
――見つかった。
(逃げる? ――いえ、引きつける!)
――引きつけてもう一度撃つしかない。幸いまだ距離がある。
次弾を装填し終えた、その瞬間。
「お前が暗殺者か」
すぐ近くで声が響き、銃身が握られる。顔を上げると目の前にガイウスがいた。瞬間移動でもしたかのように。
ロザリンドはすぐさまスナイパーライフルを解除し、間合いを取る。銃弾化した魔石はロザリンドの手の中に戻っていた。
ガイウスは哀れなネズミを見るような目で、ロザリンドを見下ろしていた。
「――そうか、お前がベラドリスの言っていた、ロザリンド・ロードリックか」
「……私のことをご存じだなんて、光栄です。彼女とお話をされたのですか? ベラドリスは、ダンジョンの底で凍っているはずですが」
クリストファーの氷によって。
おそらくあれは永遠に溶けることはない。あれは氷というよりも結晶だ。氷属性の魔力の結晶。
「封印直前で思念を飛ばしてきおったわ。最後の力を振り絞ってな。もう、生ける屍だ。溶かせる氷なら、殺してやって我が騎士団に加えてやったのだが」
――それはそれで、屈辱的な最期だろうなと思った。
「お前がいると魔王が覚醒しないと、ベラドリスが言っていた」
にやにやと嗤いながら言う。
(やっぱり、魔人たちは魔王を復活させたいのね)
自分たちの王を。
それだけは、どれだけシナリオが変わっても不変だろう。
(お兄様を魔王になんてさせない)
ガイウスを見据える。
彼をクリストファーと遭わせるわけにはいかない。
ここで、倒す。
「――さて、お前を殺して我が配下としようか」
「私は殺せませんよ」
「大した自信だ」
また嗤う。いたく上機嫌なようだ。
「あなたは私を怒らせましたから」
「ほう。加護もない小娘に何ができる」
「――ハンドキャノン」
小さく呟く。ロザリンドの手の中にハンドキャノンが召喚される。
「珍妙な筒だ。戦士なら――剣で勝負せい!」
間合いが詰められ、大剣が振り上げられる。
ここまで間合いが詰められれば、距離を取ることはできない。
ロザリンドはガイウスの身体の向き、大剣の振り下ろされる向き、スピード、タイミングを見極め――
ギリギリのところで身体を捻り、前に出て回避した。
「なに――?!」
「――あいにく、か弱い令嬢ですので――バレット」
剣が地面にめり込む間に、二つの魔石を握りしめて銃弾化する。
それはクリストファーとエドワード、それぞれの魔力がこもった魔石だ。
ロザリンドはそれらと自分の魔力をリンクさせた。
魔力共鳴によって威力が何倍にもなった銃弾を、体勢を立て直せていないガイウスに至近距離から――
(――バースト!)
すべての魔力を込めて撃ち込む。
――氷の魔力と、光の魔力、そして無属性の魔力。それらが共鳴しながら一つとなり、ガイウスの半身を吹き飛ばした。
驚愕するガイウスの顔を見据える。
最後の一発を、その顔に撃ち込んだ。




