38 道を開く
ロザリンドは夕暮れが迫る中、中央棟から直接繋がっている図書館の三階に潜みながら、中央棟の西側に視線を向ける。
急造にもかかわらず堅固な要塞に、敵が吸い寄せられるように集まっていっている。
地霊グール、死霊戦士、そしてそれらよりさらに格上の、巨人のような死霊騎士。
前線にはカイルや、魔法と武器を操る騎士見習たちが立ち、ミリアムが要塞を適時補強しながら、皆を石の盾で守っている。
エドワードが出入口のすぐ内側から、指示を出しながら光魔法を放っている。彼の存在と指示、戦場の混乱を安定させている。
ロザリンドは校舎内の安全な位置から、狙撃ポイントを見つけた。遠くからでも敵の動きがよく見える。
(ここなら、よく見える)
距離はあるが、味方と敵の動きがよく見える。
「アーケイン・サモン――スナイパー」
静寂の中にロザリンドの声が響く。
スナイパーライフルがロザリンドの手の中に召喚される。銃弾化した魔石を装填し、窓をわずかに開け、銃身を窓から外に出す。
照準を合わせる。
(――ショット)
落ち着いてトリガーを引く。
死霊騎士の頭が、流星に撃ち抜かれる。
エドワードに魔力を込めてもらった光属性の魔石の効果は絶大だった。
巨体は弾け飛び、消え去る。
ロザリンドは落ち着いて次弾を装填し、他の死霊騎士を光で撃ち抜いた。撃ち続けた。冷静に。
死霊騎士の姿が見えなくなれば、死霊戦士を。
彼らは強いが、地霊グールのように無駄に増殖することはない。
マルーン教官から借りている魔石が半分になったころには、大型モンスターは見つからなくなってくる。
ロザリンドはこまめに位置を変えながら、大型モンスターを発見しては狙撃して倒す。
流石の地霊グールもかなり数が減ってきている
(――太陽が沈みかけている。そろそろね)
『――これから怪我人の搬送に向けて行動する。各自、準備をしてくれ』
通念石を通して、エドワードの指示が聞こえてくる。
ロザリンドはスナイパーを解除し、すぐに校舎の東口へ向かった。
東出入口の前では既にメンバーが集まっていた。
怪我人は四人。
それを守るのは騎士見習いが二人、怪我人を運ぶ体力のある生徒が八人、怪我人の症状を安定させるための治療術の使い手であるエリナ。敵を焼き払う役割のソフィア、結界を破る役割のロザリンド。
――全部で十七人。
(これだけの人数がいれば、結界を破るための魔力は充分ね)
正直、多すぎるくらいだ。陽動部隊の方は十人。下手をすれば魔物たちがこちらの方にやってくる。
(迅速な行動が必要)
モンスターに追いつかれないぐらい早く。
ロザリンドは通念石を手にした。
「脱出チーム、これより出発します」
『――ああ。くれぐれも気をつけてくれ』
エドワードの声が響く。
ロザリンドは深呼吸をして心を落ち着かせた。
これから脱出地点に行き、突破口を開く。脱出チームは東側に開けた穴から怪我人を搬出する。結界は壊してもすぐに修復されていくため、それを確認して、そのまま助けを呼びにいく。
――決して、中には戻らない。
脱出チームの脱出成功後は、学園内に残った生徒は校舎内に戻り、朝を待つことになる。
「では、行きましょう」
鍵を開け、扉を開き、外に出る。
モンスターが西口に集まっているおかげで、東側は静かだった。策略の賜物だ。
夕焼けに染まる中を、警戒しながら早足で進む。
モンスターの姿が見えない間は、戦闘要員も怪我人運搬を手伝う。
いつモンスターが襲い掛かってくるかもしれない恐怖で、皆の顔には緊張と焦りが浮かんでいる。ロザリンドは決して急がせなかった。
静かに、迅速に、進み続ける。
普段ですら人気のない場所へ向かって、最大限警戒しながら歩き続ける。
汗が噴き出し、呼吸が荒くなり。
そうしてようやく学園の敷地端に到達した。
そこには高い壁がそびえ立って、ロザリンドたちを見下ろしていた。
「ジュリアンさんに指定されたポイントはここです。皆さん、私に魔力を集めてください」
全員が集中し、ロザリンドに魔力が集まる。
ロザリンドは深呼吸をして、集中する。その場に溢れる魔力を束ね、共鳴させていく。
強さが、輝きが、どんどん増していく。やがてそれらは色とりどりの光となり――
(これならいける)
確信を持ち、打ち壊すべき壁と結界を見据える。
「――ハンドキャノン」
皆からは見えない位置で、ハンドキャノンを召喚する。
「バレット」
魔石に共鳴させた魔力を込めて。
「ショット!」
魔力を放つ。
激しい光と共に結界が破れ、壁が音を立てて崩れ、大きな穴を開ける。
――外への道が開かれる。
「よし、行ってください」
銃をこっそりと分解し、振り返ったロザリンドは――
驚きでぽかんと口を開けて固まっている学友たちを見た。
「な……なんて威力なの……」
「ロザリンドさんは、どれだけの力を……」
「そ、それよりも、早く脱出しましょう! 早く早く! 急いで!」
ロザリンドは列の一番後ろに回り、前方を急かして穴をくぐらせる。
そしてもちろんその間も警戒を続ける。怪我人を運ぶ生徒たちが穴を通って外へ出ていく。
「外だ! やった、これで助かるぞ……!」
外から歓喜の声が響く。次々に喜びの声が上がり、脱出の実感と安堵が湧いてくる。
全員の脱出を見届けて、ロザリンドも学園の外に出た。
(外の空気……!)
清々しい空気を胸いっぱい吸い込み、ロザリンドはすぐさままた後ろを振り返った。
結界に開いた穴が徐々に自己修復されつつある。
だがまだ、この穴からモンスターが出てくる可能性はある。学園外に出たら大惨事だ。
ロザリンドは警戒しながら結界が閉じ切るのを待った。
「――こちら、無事脱出完了しました。もうすぐ結界も閉じます。校舎内に戻って下さい」
『…………』
返事がない。
(立て込んでいるのかしら)
その時、壁を破った轟音を聞きつけて来たのか――あるいは既に周囲に展開していたのか、王都の警備隊がやってくる。
「君たち、大丈夫か!?」
「詳しいことは後で。生徒四名が呪毒に侵されています。早く治療を」
ロザリンドが言うと、すぐさま怪我人が警備隊に抱えられていく。エリナと数人がそれに同行していった。これでもう、怪我人は大丈夫だろう。
(成功した……助けられた……本当に、よかった)
込み上げる涙を軽く拭い、もう一度通念石に話しかける。
「――エドワード様、こちらは無事脱出完了しました。校舎内に戻って下さい」
『…………』
やはり、返事がない。ロザリンドは耳を澄ませ、意識を集中させた。
(――かすかに、何か……)
ざわついた物音が、通念石を通して聞こえる。戦闘音だろうか。
安全な場所にいるはずのエドワードが返事をする間もないぐらい、追い込まれているのだろうか。
「エドワード様? ジュリアンさん? 誰か、返事を――」
もう一度呼びかけてみても、返事はない。
かすかに聞こえる物音は激しくなり、慌ただしい声が紛れる。
『……逃げてくれ……絶対、戻って、くるな……』
――その後、音が完全に聞こえなくなる。
ロザリンドはもうすぐ閉じるであろう結界の穴に飛び込み、潜り抜けた。
「――ロザリンド!」
結界の向こうからソフィアの声が聞こえる。だがロザリンドは振り返ることなく、中央棟へ向けて走った。




