36 武器保管庫へ
校舎内を移動し、武器保管庫に一番近い出口に向かう。
その扉を開けるための鍵も、武器保管庫の鍵も、幸いにも学園に残っていた教官から預かっている。
移動中、ソフィアがこっそりとロザリンドに話しかけてきた。
「あのね、ロザリンド。一番の重傷者、エリナを庇ってモンスターに噛まれたのよね」
「それは、絶対に元気になってもらわないといけませんね」
扉の鍵が開けられる。ロザリンドは集中力を研ぎ澄ませて、外に出る。
夏の日差しの下で地霊グールがわらわらと彷徨っていた。
先頭に立ったカイルが、強力な風の魔法で地霊グールを吹き飛ばす。――道ができる。
「突撃ー!」
ロザリンドの号令で駆け出す。
ソフィアは炎の魔法で、ロザリンドはマジックショットで、ぽつぽつ湧いてくる地霊グールを次々と倒していった。
ソフィアとの連携はとても息が合った。
お互いに相手の不足とタイミングを補い合って、一直線に武器保管庫まで駆け抜ける。
武器保管庫の鍵を預かっている男子生徒が、扉の鍵を開けようとする。しかし焦りからか手が震えていて、なかなか開かない。ガチャガチャという金属音と、呼吸の音が響き続ける。
「落ち着いてください。私たちが守りますから」
ロザリンドたちは扉の周囲に立って、敵を警戒し続ける。
断続的に湧く地霊グールはロザリンドのマジックショットで仕留めた。
――鍵が開く。
武器運搬係が急いで扉を開けて、中に飛び込む。武器保管庫の中は整然と整理されていた。
彼らは短く歓声を上げて、急いで武器を集める。剣に槍、盾。持てる限り持とうとしている。
ロザリンドとソフィアは、外で見張りを継続し、武器回収が終わるのを待った。
「走れる分だけ持ってくださいね」
念のため注意を促す。武器が重すぎて走れない――なんて笑い話にもならない。
武器回収が終わり、それぞれの準備が完了したのを見て、ロザリンドは通念石に向けて声を発する。
「それではこれより撤収します!」
武器保管庫の扉を閉じ、鍵を閉めて元来た道を戻り始める。
しかし目の前には相変わらず地霊グールが湧いて、襲い掛かってくる。
――突風が、吹き抜けて道をつくる。
カイルの魔法に続いて、ロザリンドとソフィアが敵を倒しながら、全員が安全に校舎に戻れるように努めた。
やはり重量が増えている分、速度は遅くなっている。
「本当、キリがないですね。カイルさん、ソフィアさん、魔力共鳴させましょう。風と炎でこの一帯を焼き払います」
「ロザリンドって過激よね! 最高!!」
「非常事態だ。致し方ない」
「――それでは、私に魔力を集めてください」
カイルの風属性の魔力と、ソフィアの火属性の魔力がロザリンドに集まってくる。ロザリンドはそれらを集約させ、リンクさせた。
「――ショット!」
リンクした魔力を撃ち出す。
強い風と強い炎が、炎の嵐を作り出す。
驚異的な威力で周囲のすべて――結界で保護されている校舎以外のもの――地霊グールたちを瞬時に焼き払う。
「さあ、行きましょう!」
再び移動を開始したところに、後ろから大型の影が追いかけてきていることに気づく。
――死霊戦士。
地霊グールと似たようなものだが、強靭な身体をしていて武器を操るモンスターだ。その身体は人間よりもずっと大きい。
「走って!」
一瞬の躊躇もなく、他のメンバーに向けて叫ぶ。
踊るように踵を返し、しんがりを務める。
その瞬間、ロザリンドの頭の上から剣が振り下ろされる。
何とか回避したが、制服の上着の一部が切り裂かれた。
「アーケイン・サモン――ハンドキャノン!」
相手がバランスを崩した隙にハンドキャノンを召喚、ポケットからマルーン教官から拝借した魔石を取り出す。
「バレット――」
魔石を銃弾化させ、装填。
「ショット!」
至近距離で発射する。
強力な一撃は、死霊戦士の身体に大穴を開けて吹き飛ばした。経験値が一気に流れ込んでくるのを感じ、ロザリンドは口元に微笑みを零す。
(よし――)
すぐに校舎に向かおうとして、足が止まる。
既に周囲には地霊グールが群れを成しかけていた。ロザリンドの想定していた復活速度よりずっと早い。倒しても、焼き払っても、まったく止まらない増殖。そして殺意。
「私は、おいしくないですわよ」
足が竦みそうになる。だが、ロザリンドは強く地面を踏みしめ、駆け出した。
噛まれてもいい。傷つけられてもいい。とにかく、校舎に近づかないと――。
刹那、正面から風が吹く。
魔力を帯びた風はすぐに方向を変えてロザリンドの後ろに回り、ロザリンドを抱えあげる。
「カイルさん――?」
そしてそのままモンスターの群れの上を飛び越え、校舎の出入り口前に降り立った。
飛び込むように扉の中に入ると、その先にはクラスメイトたちの心配と緊迫で強張った顔があった。
「もう、バカ!」
ソフィアが真っ先に駆け寄ってくる。
「ロザリンド、大丈夫なの?」
「は、はい、怪我はしていません……カイルさん、ありがとうございました」
窮地を救ってくれたカイルに礼を言い、下ろしてもらう。
「ならよかったわ……ところで、何よいまのは?」
「えーと、魔石を暴発させたんです。マルーン教官からお借りした魔石で……ほら、非常事態ですし。きっと反省文で許してもらえるでしょう」
「はあ……魔力共鳴と言い、ロザリンドってつくづくとんでもないわね」
ロザリンドは苦笑して、ソフィアのため息を受け止める。
「凄いのは皆さんの方です。これはもう大成功、大戦果です! さあ、教室に戻りましょう!」
勢いよく言って、武器を手分けして持ち、教室の方へ戻る。
「――っと、その前に、怪我した方はいらっしゃいますか?」
確認してみるが、誰も負傷していないようだった。
ほっと安堵の息をつき、廊下を歩く。
その途中で、ロザリンドはこっそりとカイルに声をかけた。
「カイルさん、大丈夫ですか? ずっと魔法を使っているでしょう?」
「これくらい問題ない。俺の魔法は、消費魔力が少ないからな」
何事もなかったかのように言うが、疲れの滲んでいる顔を見ると強がりだとわかる。魔力の消費は精神力の消費で、とても疲れるものだとロザリンドもよく知っている。
だが、それは言わない。
「さすが騎士ですね」
ロザリンドが心からの感謝と賞賛を伝えると、カイルは一瞬驚いたように目を見張った。
そしてそのまま、目を逸らす。
(言葉を間違えてしまったかしら……?)
不快にさせたなら申し訳ないが、いまはひとまず教室に急いだ。
当初の目的は達成できた。武器を無事に手に入れることができた。
――戦いはまだまだこれからだ。




