34 蜂起
「彼を医務室に運んでくる。皆は教室へ行ってくれ」
「――わたしも医務室に行きます。簡単な手当てならできますから」
「あたしも手伝う」
怪我人を抱えたカイルと、エリナとソフィアが医務室へ向かい、ロザリンドは少し悩んだ後、ミリアムと共に教室へ向かった。
いまは、状況を確認したかった。
一年生の教室内には、エドワードとジュリアン、他の生徒たちもいた。全部で二十四名。医務室に行っている人数も含めると、思ったより多くの生徒が残っていたようだ。
「……はあ、とんでもないことになったよね」
ジュリアンが窓から外を見ながら大きくため息をつく。
視線の先では地霊グールがうろうろと彷徨っていた。
そうしている間に、カイルが戻ってきてエドワードの横に立つ。
「外にいた生徒は回収しました。怪我人が四名、現在医務官と共に、エリナ・モーテルとソフィア・アストラルが看病に当たっています」
「ありがとう。いまのところ、全部で三十人か……」
カイルの報告に、エドワードは考え込む。
これからどうするべきかを思案しているのだろう。
「ここは本当に安全なのか?」
誰かの疑問に、窓辺にいるジュリアンが笑って答えた。
「モンスターたちは中へ入ってはこないよ。結界のおかげだね」
ほっとした空気が流れ、ジュリアンは更に笑う。
「更に、学園の外側の結界に阻まれて、モンスターが敷地外に出ることもできないわけだ。街の方は安泰安泰。つまり、やつらのエサはここにしかないわけだから、校舎の外に出たら食べられるだろうねぇ」
教室に重い雰囲気が満ちる。
それを打ち消すように、エドワードが顔を上げた。
「今日登校しているのは一年生だけで、半数は既に帰っている。解放されているのは、中央棟と図書館だけだ。もし逃げ遅れている生徒を見つけたら、医務室に運ぶようにしてくれ」
現状の説明がされるが、根本的な問題がある。
これからいったいどうするのか。どうしてモンスターが学園を取り囲んでいるのか。いつ助けは来るのか。
不安が暗雲になって教室に立ち込める。
「まあ、すぐに騎士団が助けが来てくれるだろ。ゆっくり待とう」
生徒の一人が場を和ますように言う。
その言葉を聞いて、ロザリンドは短く息を呑んだ。
「騎士団は来ない」
ロザリンドが言おうとしたことを、エドワードが淀みなく言う。
「騎士団はモンスター討伐に出ているから、いま王都には騎士団はいない。だから、しばらく助けは来ないと思った方がいい。自分たちで戦うしかないんだ」
教室に再び重い静けさが満ちる。
「な、なあ、教官たちは? 教官たちはどこで何をしてるんだよ」
ひとりの生徒の疑問に、カイルが淡々と答える。
「戦闘が得意な教官は、騎士団の訓練に随行して城壁外に出ている。構内にいる教官はわずかだ。いまは戸締りを進めている」
ざわめきが起きる。唯一頼れそうな大人の不在は、不安を駆り立てた。
(魔物討伐に教官も同行してるの? そこまでする……? アリーシャが命じたのかしら)
疑問が浮かぶが、考えている余裕はない。
「……モンスターは校舎内には入ってこられないんですよね。しばらく籠城していれば、きっと助けがに来てくれるはず……」
ロザリンドの発言に、エドワードが顔を向ける。
「地霊グールはアンデッドモンスターだ。この種族は夜になると凶暴化する。いまから動いて状況を確認し、数を減らし、可能ならば脱出したほうがいい」
エドワードの主張も理解できる。
できるが、この場にいるのは貴族の子どもばかりだ。無理はできない。
何より、王族であるエドワードに何かあれば、大変なことになる。わざわざ傷つきに行く必要はない。
「そんな危険なことしなくても、明日になれば状況は変わるはずです。一晩くらいなんとかなるでしょう」
水はある。水魔法の使い手もいる。いざとなれば、教官が非常食を出してくれるだろう。
少なくとも一晩我慢をすれば、絶対に助けは来る。
ロザリンドが確信を持って言ったその時、医務室からエリナとソフィアが戻ってくる。
二人とも、顔を真っ青にして。
「あ、あの――お話は、聞いていましたが……なんとかならないでしょうか?」
「エリナさん、どうしたんですか?」
「モンスターに襲われて怪我をした生徒たちがいるんです。彼らは、呪毒に侵されています」
――呪毒。
(ただの毒じゃなくて、呪毒――?)
そんなステータス異常があっただろうか。
――ない。ゲーム中では毒は毒。呪いは呪いだ。
ゲーム中ではわざわざ分けていなかっただけだろうが――……
ロザリンドは、地霊グールが使うものはただの毒だと思っていた。一般的な治療魔法や薬で治るものだと。
「医務官と、治癒魔法が使える生徒が治療に当たっていますが、少しずつ悪化してきているんです。呪毒を癒せるのは、神殿の治療院だけです」
そんな厄介な毒だとなると、状況は一変する。
「彼らだけでも外に運べないでしょうか? 明日までに治療士に診せないと、手遅れになるかもしれません」
重い沈黙が落ちる。
学友を助けたい気持ちはある。誰にだってある。
だが、戦うということは、自分も呪毒に侵される危険性がある。それに何より王族の存在――エドワードの存在が、心強くもあり、重くもあった。
彼を危険に晒すわけにはいかないと、誰もが思っている。
(座標転移を使えれば、怪我人を連れて外に脱出できるかも。問題は……複数人をまとめて連れていけるか、なんて説明するか、うまく戻れるかどうかだけれど――ナヴィーダ?)
女神に呼び掛けてみる。
『ロザリンドの考えはわかります。ですが【勇者システム】は限られた人間しか動かせません』
(怪我人を運ぶのは無理?)
『残念ながら』
――女神がそう言うのならば、そうなのだろう。ゲームシステムを世界に反映させた存在だ。
(ならやっぱり、助けを待つか、モンスターを倒しきって全員で脱出するか、怪我人だけをどうにか逃がすか、学園内で治療法を見つけるか、外から治療士を連れてくるかぐらいしかないわね)
どの方法を選ぶとしても。目的は変わらない。
全員が、生き残ること。
「――騎士は何のために存在するか」
静まり返った教室の中に、エドワードの声が響く。
決意と責任が込められた声が。
「――弱きものを、傷ついたものを守るためだ」
エドワードは立ち上がった。
凛とした眼差しが、それぞれの顔を見る。視線を受けた瞬間、生徒たちは騎士の顔になる。
「戦おう。救える命を守るために」




