33 避難
「ショット!」
ロザリンドの放った何本ものマジックショットが、目の前のモンスターたちに突き刺さる。
モンスターは小さな魔石を残して崩れ落ちるが、魔石も地面に当たった瞬間、砕けて消えた。
ゲーム知識で覚えがある。
これは死霊が土の身体を得たモンスター――地霊グールだ。
モンスターとしては、動きも遅いし攻撃力も高くない。だが、このモンスターはとても厄介な特性を持っている。
ひとつは、分裂して数を増やすこと。
もうひとつは、毒を持っていること。噛まれたり、引っかかれたりすれば毒に侵される。
しかも、落とす魔石は使用用途のないような劣化品。
(距離を取って戦えば問題ない、けど――)
――どうして学園内にモンスターが現れているのか。
王都も、学園も、強固な結界に守られているはずだ。
最も安全な場所の一つである学園に、モンスターが湧き出すなど有り得ないことだ。
「ショット!」
視界に収めた地霊グールたちを倒していく。マジックショットが刺されば地霊グールはぼろぼろと崩れ、土に戻る。
「ロザリンドさん、早く校舎内に。中は強力な結界がありますから――」
ミリアムがそう言った刹那、別の場所でも魔法が炸裂したような音と、誰かの悲鳴が響く。
(ここだけじゃない?)
校庭だけでなく、各所でモンスターが発生しているようだった。
「助けにいかないと――」
戦えなかったら、足手まといにならないためにすぐに逃げた。
だが、戦えるのだから、戦わないと。それが力を持つものの役割だ。
でなければ、何のためにレベル上げをしてきたのか。
走り出したロザリンドの目の前で、また、土が盛り上がる。
「ショット!」
身体が形成される前に、崩す。
だがその間にも、周囲で地面が盛り上がっていく。
(こんなの、キリがない――)
ゲーム中では何体にも増殖するので経験値稼ぎに適した敵だったが、現実では厄介なことこの上ない。
地霊グールがロザリンドに襲い掛かってくる。
一体一体は弱いが、ロザリンドの攻撃はあくまで点だ。囲むように面で向かってこられると、処理しきれない。
「ウォール!」
ミリアムの声と共に岩壁が地霊グールたちの前に現れ、進行を阻む。
――風が吹く。ロザリンドの背後から、強い風が。
ロザリンドの髪と制服を揺らした風が、地霊グールをまとめて吹き飛ばす。
高く舞い上がった地霊グールは、地面に叩きつけられて崩壊した。
驚くロザリンドの前に、カイルがふわりと下りてくる。
(風魔法、すごく便利!)
カイルの目がロザリンドとミリアムを見る。
「すぐに校舎内に戻れ。中は結界で守られている」
「殿下は?」
ミリアムの問いに、カイルは短く返す。
「教室にいる。俺は、外に他の生徒がいないか確認する」
「わかりました。気をつけて」
短いやり取りの後、カイルはまたふわりと飛び立ち、ミリアムはロザリンドを見る。
「ロザリンドさん、ここはカイルに任せましょう。私たちは中へ」
「はい」
ロザリンドはミリアムと共に中央棟の出入り口まで移動する。
そして、中に入る直前で足を止め、ミリアムに言う。
「ミリアムさん、私はここでモンスターを撃退します」
「えっ?」
「他の人が逃げ込んでくるときのためにも、出入り口の安全は確保しておかないと。いざとなったらすぐに中に飛び込みます。ミリアムさんは、エドワード様のところへ」
「い――いえ、私も戦います。ロザリンドさんを守ります」
「では、お互いに無理はせずに」
ロザリンドは覚悟を決めて出入り口に立った。
ミリアムも腹を括ったのか、焦りが消えて表情が落ち着く。
しばらく校舎を背にしてミリアムと協力しながら地霊グールを掃討していく。時々、生徒たちが走って逃げてくるのを援護し、安全な校舎内に入れる。
(こんなイベント、ゲームにはなかった)
――学園が襲われるイベントなんてものはなかった。
魔族の動きは変わらなかったはずなのに、そこにも変化が出てきている。
(騎士団が魔物討伐に行ったから? それとも、アリーシャの能力が魔族の動きまでは変えられないというのは、私の勝手な思い込みだったのかしら)
これからどうなるのか、ますます見えなくなっていく。
シナリオもストーリーも当てにならなくなっていく。
(――ううん、未来が見えないなんて普通のことよ。いまは、目の前のことに集中する)
悩んでいられる時間なんて、ロザリンドにはない。
その時、エリナとソフィアが苦しげな表情で訓練場の方面から走ってくるのが見えた。
「なんだってのよ、もう!」
ソフィアの怒りの炎が、周囲の地霊グールを焼き払う。
「エリナさん、ソフィアさん、援護します!」
ロザリンドは叫び、マジックショットで援護する。ミリアムも土の壁を作って地霊グールの行く手を阻む。
エリナとソフィアが息を切らせながら、なんとか校舎内に飛び込んだ。体力の限界か、大きく息をしながらぐったりとその場に座り込む。
そのすぐ後、風と共にカイルが戻ってくる。
腕にぐったりとした男子生徒を抱えながら。気を失っている彼は、身体にいくつもの噛み痕があった。
「彼で最後だ」
カイルは息を切らせながら、校舎内に入る。ロザリンドとミリアムもすぐに中に入った。
追いかけてきた地霊グールが、校舎内にまで飛び込んでこようとする。
しかしそれは校舎内の結界に阻まれて、乾いた泥人形のようにさらさらと崩れていった。小さな小さな、使い道のない魔石も一緒に砕けて砂になっていく。
(――なんて、強力な結界……)
弱いモンスターとはいえ、触れただけで消し飛ぶなんて。
確かにこれなら校舎内は安全だ。
(問題は――)
次々に湧いてきては校舎周辺に群がっていく地霊グールを見つめる。
(問題は、どうやって学園から脱出するか、よね……)




