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【受賞&書籍化】モブ公爵令嬢ですが、ラスボス化予定の兄の破滅は阻止させていただきます!  作者: 朝月アサ


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32 一年生の登校日




 王都の上空を飛んでいた鳥が、突然死した。

 身体はそのまま下に落ち、王立学園の敷地内にある森の片隅に落ちた。人目に付きにくい場所であり、夏休みということもあって、誰にも気づかれずにその場で朽ちていく。


 突然死の原因は、死んだばかりのネズミを食べたことだった。

 ネズミの中に潜んでいた死霊の種は、学園の地面に浸透し、静かに芽吹きの時を待った。




◆◆◆




 グランドール地方から王都に戻ったロザリンドは、朝にもかかわらずモヤモヤした気持ちを抱えながらベッドに寝転んでいた。


(私、おかしいわ……)


 グランドールダンジョンでのベラドリスとの戦闘以来、クリストファーといると、とても落ち着かない。

 ドキドキしてしまって、帰りの馬車でも苦労したほどだった。


 ――幸いなのは、いまはクリストファーは家にも王都にいないことだ。王国騎士団の戦闘訓練で王都の外に出ているためだ。


 成人した貴族の男は、全員が王国騎士団に所属することになっている。

 クリストファーはまだ学生だが、騎士団の正式な一員としてどころか、若い騎士の指南役として扱われている。そのため、今回の訓練にも同行していた。


(お兄様が外出していてよかったわ)



 顔を合わせたら、きっとぎこちない態度を取ってしまい、家族にも不思議がられるだろう。

 不在の間に落ち着いておかないと。


(それにしても、これからどうすればいいのだか)


 クリストファーが魔導書を拒否したことといい、ストーリーが大きく変わっている。魔族の出現タイミングは変わらないと思うが……


「ナヴィーダ」

『どうしました、ロザリンド』


 ナヴィーダの声が頭の中に響く。


「ナヴィーダはこの世界の終末を何度もやり直しているのよね? そもそも、どうして世界は滅びるの?」


 ロザリンドが知っているのはゲームのストーリーだけだ。


 それは開発者のアイデアや思考も混ざっているので、正確ではないだろう。そもそも、ゲームではハッピーエンドしか用意されていない。


 この世界の本当の歴史や出来事は、この世界の女神に聞くのが一番だ。


『様々な滅び方がありますが、最も多いのは、魔王となったクリストファーがわたくしを殺してしまうからです』

「さすがお兄様」


 思わず驚嘆が零れる。

 世界を滅ぼし、女神を超越する力を持つなんて、さすがだ。


(ゲームではラスボスとして倒されるけれど、実際は倒されていないということ? さすがお兄様)


 この世界で最強の存在であることが、恐ろしいながらも、少し誇らしい。


「でも、いまの感じだとお兄様は魔王にならないと思うわよ」


 いまのクリストファーはゲーム中の姿とはかなり違う。

 とても、闇落ちするようには見えない。


『わたくしもそうであってほしいと思います』


 ――それにしても。

 原因がわかっているのなら、もっと早いうちに何とかできなかったのだろうか。そうしようとしてうまく行かなかったから、いまだにやり直し続けているのか。


(終わっていることを考えても仕方ないわ。いま考えるのは、未来のこと。そして今日のことよ)


 ロザリンドは気を取り直し、ベッドから起き上がる。そして、学園に行く準備を始める。


『いまは夏季休暇では?』

「今日は一年生の登校日なの」


 ――登校日は午前中の短い時間だけで、課題の進捗確認と、二学期の準備が行われる。

 家の用事や領地に帰っているため、来ていない生徒も多い。


 同級生たちと挨拶をして、担任の教官の話を聞き、終わらせている課題を提出して、さあ帰ろうとしたところ、教官からマルーン教官の研究室に行くように言われる。


 言われた通り、中央棟のマルーン教官の研究室に行く。不在のようで、鍵がかかっていた。


(マルーン先生もいないのね)


 一年生だけの登校日だからか、教官もほとんどが学園にいない。

 ロザリンドはマルーン教官の助手のような扱いにいつの間にかなっていたため、鍵を預かっているので、鍵を開けて中に入る。


 ひんやりした空気を感じる。

 室内を眺め、ロザリンドは小さくため息をついた。


(……片づけしてくれるゴーレムを開発すればいいのに)


 マルーン教官の部屋は、とにかく物が多くて雑多だ。片付いていない。

 とにかくまず本が多い。


 扉の横に立っているゴーレムの前を素通りして、中に入る。このゴーレムは警備も兼ねていて、不審者を見つけると動き出すらしい。

 ロザリンドは勝手に助手として登録されているので、ゴーレムは動かない。


 机の上に、走り書きのメッセージが置かれていた。


『ロードリック妹ちゃんへ。片づけよろしく』


 ゴーレムを開発するよりも、生徒に頼んだ方が早いらしい。


(――頼まれたなら、仕方ない)


 ロザリンドは机の上や周囲にどさっと置かれている本や、サイズと属性がバラバラの魔石を整理していった。

 特に、本は著者名ごとやサイズごとではなく、分野ごとに分けるのがマルーン教官の好みなので、面倒くさい。


(それにしても、さすが王立学園の教官の部屋。レアサイズの魔石がたくさんね)


 これにロザリンドの魔力を込めてショットしたら、どれほどの威力が出るだろう。

 いつか試して見たいと思いながら、片づけを進める。


「よし、大体終わりね。そろそろ馬車の時間だし、帰りましょう」


 教官の部屋のある中央棟から外に出ると、夏の暑い日差しが照り付ける。


「こんな時に訓練だなんて、騎士団は大変ね」


 もう夏の盛りは過ぎていたが、太陽は強く輝いている。この日差しに鎧を焼かれたら、灼熱地獄だろう。


(あえて過酷な状況で修練を積むのが訓練とはいえ……お兄様は水属性だから、涼しい顔をしているんだろうなぁ)


 その様子を想像すると、なんだか面白くなってくる。


(夏の暑さの中で、お兄様は救世主ね)


 小さく笑いながら、馬車乗り場までやってくる。

 そこでロザリンドは異変に気づいた。


 迎えの馬車がまだ来ていない。

 それどころか一台の馬車もない。

 まだ学園内に残っている生徒がいるのにもかかわらず、だ。


(めずらしいわね。いつもずっと早く来ているのに。まあ、この日差しだし。待たせるのも悪いし、ここで待っておきましょう)


 ――それとも、ロザリンドが待っているところを見たら恐縮するだろうか。

 校舎内に戻っておこうか。それともどこか、風通しのいい日陰で涼もうか。


 ロザリンドは辺りを見回す。ほとんど人がいない学園というのは、静かすぎて不思議な感じだ。


(それにしても、何か引っかかるというか……)


 騎士団の訓練――それにクリストファーが同行すると聞いてから、ロザリンドは妙な引っかかりを覚えていた。

 ゆっくり考え事をするために、木陰に移動する。木の近くは涼しくて、心地よかった。


(夏休み……ダンジョン探索の他にも、何かイベントがあったはず……主人公が直接かかわるものじゃなくても、ストーリー全体で何か……)


 その時、天啓が下りてくる。


(――そうだ! 夏休みに魔物の集団発生が起こって、その付近の村に被害が出たという話があったはず!)


 その後、魔物は王都に向かって進攻していき、それに騎士団が対応する。そして、主人公たちも防衛の一部を担うことになる――というのが、二学期始まって早々の戦闘イベントだ。


(アリーシャが予言という形で、騎士団に討伐命令を出したのかしら? 魔物の集団発生と同時に討伐したら、村に被害は出ないし、王都へ魔物が押し寄せることもないものね)


 アリーシャは戦闘を嫌っていた。

 王都に魔物が押し寄せてくるなんて、それはもう嫌だろう。


 ――そして、その予言も当たり、アリーシャはますます聖女の地位を確固たるものにするというわけだ。


(被害が最小限で食い止められるなら、喜ばしいことね。騎士団とお兄様がいれば、魔物も瞬殺だろうし)


 引っかかりが取れて爽やかな気分になる。

 そろそろ馬車がやってこないかと校門の方を見てみるが、まだ何も来ない。


「うーん、いっそ歩いて帰ろうかしら。危ないって怒られるかしら。誰かと一緒なら大丈夫かしら」


 迎えが来ない者同士、固まって帰ろうかと考えていた時、校庭の一角で佇んでいる人影を見つける。


(――あれは、ミリアムさん?)


 王子エドワードの姿は近くにない。その顔つきはやけに神妙だった。

 まるで、敵の存在を感じているかのように。


(まさか、ね。この王都の学園で敵なんて出てくるわけがないわ)


 ロザリンドは木陰から出て、ミリアムの方へ近づいていく。


「ミリアムさん、どうしたんですか?」

「ロザリンドさん、……いえ、その……なんだか……」


 ミリアムは言葉を濁しながら、視線を彷徨わせる。


「大地の感じがおかしいのです」

「え。もしかして、地震とか?」


 ――ミリアムは地属性だから、大地の異変を感じ取れるかもしれない。もし大きな地震が来たら大変だ。


「いえ、そんな感じともまた違って……もっと、おぞましいと言うか……」

「おぞましい……?」


 そのときだった。ロザリンドの近くの地面にヒビが入ったのは。

 中に埋まっていた何かが目覚め、地表を目指すかのように、ぼこぼこと盛り上がる。


 そして――土色の手が必死に土を掻き、地面から這い出てくる。

 人間の形をしたものが。


 しかもそれ一体ではない。何体も、何体も。

 眩い太陽の下で、生まれ、蠢いていた。







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