25 旅行計画
――朝靄が漂うフリーマップ『霧の渓谷』に、ロザリンドの銃声が響く。
ハンドキャノンから放たれた銃弾はグリフォンの眉間を――弱点を貫く。グリフィンは一撃で倒れた。
ロザリンドの周囲に群がり始めていた小型モンスターも、次々と撃ち抜く。
――モンスターの全滅を確認。マップクリア。
「はあ……」
詰めていた息を、深く吐き出す。
(――悔しい)
モンスターが落とした魔石を拾いながら、唇を噛む。
(悔しい、悔しい!)
思い出すのは昨日の屈辱的な握手のことばかりだ。
アリーシャに従うしかなかった自分が、恥ずかしいし悔しい。
溜まった鬱憤を晴らすために早朝からフリーマップに来たが、気分はまったく晴れない。
(……これから、どうすればいいのかしら)
虚ろな気分で空を見上げる。
霧に隠れた空は見えない。霧の流れと、白い太陽がぼんやりと見えるくらいだ。
(――本当に、アリーシャのストーリーに従うしかないの?)
たとえそれがクリストファーを犠牲にするものでも?
ロザリンドは強く首を横に振った。
「……そんなことは絶対にさせない。そうよ。私のやることは変わらないわ……クリストファールートのフラグを立てながら、闇落ちフラグは折っていって……」
これからの道筋を考えるロザリンドの声から、元気がなくなっていく。
「そのためには、魔人戦にすべて勝たないといけないのよね……一人でどこまでできるかしら」
当然、敵はどんどん強くなっていく。
「レベル差が生かせるのは、どこまでかしら」
このゲームは絆を繋ぐのが要だ。ひとりでやれることには限界がある。魔力をリンクさせることが攻略の鍵で、レベルを上げて戦うのは最後の手段だ。
序盤はそれだけで良くても、終盤はそれでは通じない。
――ロザリンドは、終盤までひとりで戦っていくつもりはなかった。
(アリーシャと会えれば何もかもうまく行くと思っていた……)
彼女なら、仲間と絆を重ねながら、世界をハッピーエンドに導いてくれると信じていた。
それはもう期待できない。
主人公が学園に来ていないことに気づいたときは、自分で何とかしてみせると思ったものだが――現実は厳しい。
「……いいえ、人を頼ってどうする! 先のことより、目の前のこと!」
気合を入れなおす。もうアリーシャには頼らない。
「次の魔人戦はグランドールのダンジョンで、禁術使いベラドリスを倒すことだったわよね。そしてその時、ベラドリスがクリストファーに魔導書を渡しているところを見つけるのが第三フラグ。そこまででちゃんとフラグが立っていたら、会話が発生する……」
これからのシナリオをおぼろげながらにでも思い出していく。
「えーっと、たしか、仲間と旅行でソフィアの別荘に行って、その場所の近くにダンジョンがあって、そこを探索してみようって話になって……」
ロザリンドは息を止めた。
「――旅行?」
頭から血の気が引いていく。
「ソフィアと旅行の話なんて、してない!」
何たる大失態。やはり主人公ではないからか、ストーリーのフラグが立っていない。
そして、夏休みに入ったいまから旅行の話なんてできるはずもない。
「いや、いや、皆を巻き込んでいく必要はないはず。とにかくグランドールに行って、ダンジョンに行って、クリストファーがベラドリスと話しているところを見て、ベラドリスを倒せばいいんだから――」
頭を抱えてうずくまりながら、必死で頭を働かせる。
「問題が大渋滞している……ええと、あのダンジョンに行くのは、座標転移では無理だから、直接行かないといけないわけで、そうなると往復十日ぐらいかかるはずで……そんな長い間ひとりで外出するのを許してもらえる? もらえるわけない!」
ロザリンドは公爵令嬢。絶対に許してもらえない。
秘密で行けば大騒ぎになるかもしれない。その後の行動制限もされるだろう。それは、よくない。
(秘密で行くのは最終手段)
なんとか両親を納得させるしかない。
「……そういえば、クリストファーはどうしてダンジョンにいたのかしら?」
クリストファーも公爵令息。ロザリンドよりは監視が緩いとはいえ、そうそう気軽に動き回れないはずなのに。
「……そうよ! お兄様と一緒に行動すればいいのよ!」
義兄と一緒なら、両親も許してくれる可能性が高い。そして共に行動すれば、魔人と接触しているクリストファーの現場も押さえられるだろう。
一筋の光明が見えたロザリンドは、すぐに家に戻った。
「お兄様!」
家族揃っての朝食の後、ロザリンドは廊下でクリストファーを呼び止める。
「お兄様、夏休み中、どこかに出かける用事はありますか?」
「……グランドールに行くことになっている」
――やっぱり!
「連れていってください!」
「駄目だ」
「じゃあ、無理やりついていきます」
「……は?」
「あらゆる手段を使って勝手についていきます。お父様とお母様にもそう言っておきます」
そうと決まれば即行動。両親の元へ向かおうとしたロザリンドの腕を、クリストファーが引き留める。
「ロザリー、俺は遊びに行くんじゃない」
「では、どうしてグランドール地方へ?」
「……命じられたからだ」
「もしかして、聖女様にですか?」
問いかけると、クリストファーは驚いた顔をした。
ロザリンドはくるりと振り返り、クリストファーとまっすぐに向かい合う。
「やはりそうなのですね。お兄様は、聖女様とどのような関係なのですか?」
「…………」
「もしかして、特別な関係だったりするのでしょうか」
「それは違う」
静かだが強い声で否定される。
「では、何をしに行くのか教えてください」
「――調査任務だ。それ以上は言えない」
その情報だけで、ロザリンドには充分だった。
アリーシャはクリストファーを魔人と接触させるつもりだ。本来のストーリー通りに。
「一緒に行かれるのはどなたでしょうか?」
「俺一人だ」
――クリストファールート以外のシナリオでは、クリストファーは魔人と接触するうちに闇の方へ徐々に傾倒していく。
そして、クリストファー自身も魔人化し、能力の高さで魔王の器となる。
アリーシャはストーリーに従って、クリストファーを闇落ちさせるつもりなのだろう。
(ストーリーは変えられても、魔人の動きには干渉できないと見た。そして、自分は戦わずに、他の人を使って何とかして魔王化したお兄様を倒すつもりなのかも)
戦いたくないと言っていた彼女なら、そうする。
「お一人で調査は大変です。私もお手伝いします。そうだ、いっそ家族旅行にしましょうか」
「……やめてくれ……」
「では、二人での旅行にしましょう。きっとお父様とお母様も許してくださいます」
ロザリンドが微笑むと、クリストファーは苦しそうな表情を浮かべる。
「駄目だ。危険すぎる」
「平気です。私だって戦えますもの。少々モンスターが出ても大丈夫です」
「お前が戦えるのは知っている。教官たちに認められていることも。だが、駄目だ。お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「では、お兄様が守ってください」
ロザリンドは再び微笑む。
「お兄様の強さを、私に見せてください」
少し、挑戦的に言う。
こう言えばクリストファーは引き下がらないだろうと思って。
彼のプライドが高いのはよく知っている。負けず嫌いなのも。
一緒に育ったのだ。それくらいよく知っている。
「……困ったやつだな」
「決まりですね。楽しい旅行になりそうです」
「いいか? グランドールには連れていくが、危険な場所には同行させない」
「はい、わかりました」
「……本当に、わかっているんだろうな……」




