22 期末試験
一時間ほど集中して勉強し、少し休憩を入れる。
紅茶を淹れて、ソフィアが持ってきてくれたクッキーをみんなで食べる。
「こうやってみんなで勉強するのもいいものですねー」
エリナのおっとりした声が、紅茶の香り高さの中に響く。
「試験前とかにはこうして集まって勉強しましょうか」
「賛成っ」
ソフィアが元気よく手を挙げ、ミリアムも頷いた。
「私も……そうできたら嬉しいです」
「では、決まりで」
リラックスしながら休憩時間を過ごしていると、ふっとソフィアが真剣な表情になる。
「そうそう、ロザリンド。副会長には気をつけなさいよ」
「イザベラ様ですか? どうして?」
「それがどうも、彼女、本気で会長を狙っているらしいのよ」
「ううーん……それは少し困りましたね」
クリストファーにはアリーシャと結ばれてほしいのに。
「少しなのね……危機感のないこと。婚約者に手を出そうとしている女がいるのよ?」
「だって、婚約してても結婚するとは限らないじゃないですか。よくあることです」
「まさか本気?」
もちろん、クリストファーをラスボスの運命から救い出し、幸せにしてくれるのなら、その相手がアリーシャでもイザベラでも構わない。ロザリンドもシナリオの運命からクリストファーと自分自身、そして家族を救い出すつもりだ。
(そのために闇落ちフラグは全部折る、けれど)
ロザリンド自身はクリストファーと結ばれるつもりはない。
そうなった方が一番収まりがいいのはわかるが、クリストファーをこれ以上縛り付けるつもりはない。
「……そういえば、マリッジブルーとか言ってたわね。もしかして、あの完璧超人に何か問題あるの?」
「そこです」
「は?」
「お兄様は完璧です。そして、格好良すぎます……! 格好良すぎて完璧すぎて、隣にいる自分が想像できない……妹なら、家族なら、一緒にいて当然ですけど……夫婦として並ぶのは……」
これも、まぎれもなく本音だ。
ソフィアは呆れたとばかりに息をつく。
「ただの惚気じゃない。お似合いだから安心しなさい」
「はい。とてもお似合いですよー」
「ええ、そう思います」
いままで黙っていたエリナがにこにこと笑い、同じく黙っていたミリアムも頷く。
まさかの全員一致。ロザリンドの味方はいない。
クリストファーは完全無欠の完璧だから、結婚を嫌がる気持ちなんてわかってもらえないのだろう。
(ワガママとしか思われないわよね……そもそも婚約の経緯だって私のワガママだし)
婚約したいだの、解消したいだの、クリストファーや両親からしたら、どれだけ振り回すつもりかとなるだろう。
「じゃあ、こう考えてみなさい。キスしてるところ想像できる?」
「なっ――」
火が点いたかのように顔が熱くなる。
「なんてこと想像させるんですか!」
「想像できるなら大丈夫」
「何も大丈夫じゃありません!」
「そういえば、今日は会長はどちらに?」
「外出中です!」
昼食は母も交えて食堂で過ごした。ロザリンドが友人を連れてきたことを母はとても喜んでいて、終始和やかなムードで食事会は進んだ。
昼食後は一度庭で身体を動かし、また客間に戻って勉強する。最後は午後のお茶会をして解散になった。
友人たちが帰るのを見送って、ロザリンドは自室に戻る。
「ああ……とっても楽しかった……勉強もすごく進んだし、クッキーもお茶もおいしかった……幸せ」
幸せを噛みしめながら、窓辺で寝ているフクロウの精霊の元へ寄る。
助けてからまだ一度も目を覚まさない精霊。何も食べていないのに、日に日に毛艶が良くなり、元気になっていっているように見える。
「本当に大丈夫なのかしら……いえ、きっと大丈夫よね。早く元気になってね」
今日もまた、魔力を与える。また少し元気になってきているような気がした。
――そうして、いよいよ試験当日がやってくる。
配られた問題用紙を見て、ロザリンドは歓喜した。
(わかる。わかるわ。これも、これも、これも――!)
勉強の成果が発揮される。かつてない充足感と全能感。脳がハイスピードで回転している。
丸一日かけて筆記試験が終わり、翌日には試験結果が貼り出される。
(やったー!)
一位はエドワード王子、そしてロザリンドは二位だった。
首席こそ取れなかったものの、大健闘の結果と言えるだろう。
(これならお兄様も認めてくださるはず!)
試験結果の発表の日は、試験後の休憩ということもあって半日で家に帰れることになった。
ロザリンドは珍しく、クリストファーと一緒の馬車で家に帰る。
「ロザリー、よく頑張ったな」
「お兄様のノートのおかげです。これなら、聖女様が出席されるパーティに、私をパートナーとして連れて行ってくださいますわよね?」
「ああ、もちろんだ」
ロザリンドは満面の笑みを浮かべる。
ようやくだ。
これでようやくアリーシャと会える。
ずっと会いたかった、この世界の主人公に。
クリストファーの運命の人に。
「ところで、お兄様。最近お兄様とイザベラ様が仲が良いという話を聞いたのですが」
念のため確認すると、クリストファーは驚いた顔をした。
「彼女は優秀な補佐だ。だが、お前にあらぬ誤解をさせているのだとしたら、ちゃんと距離を保とう」
「い、いえ、私のことはお気になさらず。お兄様がどなたと交流されても、私はまったく、ほんの少しも気にしませんし、誰にも言いませんから」
「…………」
――クリストファーの表情は変わらない。だが、馬車の中の温度が下がっていく。
(お――お兄様が怒っている……?)
――水属性のせいか、魔力が強すぎるせいか、クリストファーが怒ると、周囲の温度が低くなることを、ロザリンドは婚約解消を持ち掛けた夜に知った。抑えている強い感情が、魔力が、制御しきれずに溢れてしまうかのように。
あのときと同じように、馬車内の温度が下がっていく。
(どうして怒っているのかしら……)
ロザリンドにはクリストファーが何を考えているのか、よくわからない。
――話の流れから推測してみると、ロザリンドが、クリストファーが誰と仲良くなっても気にしないと言ったから、だろうか。
(お兄様、まさか寂しがり屋……? いえ、まさか……でも……)
あの完璧超人のクリストファー・ロードリックが寂しがり屋だなんて。
だが、思い当たる節もある。
ゲーム内のクリストファーは、愛に飢えていた。
実の家族にも、養子に入った家族にも、愛を与えられることはなかった。
そんな彼の凍りついた心を、アリーシャの暖かい愛が溶かした。
「その、イザベラ様と何もないのなら……少し安心しました」
たどたどしく笑いかける。クリストファーの表情は変わらない。だが、馬車内の温度が戻っていく。
(……お兄様って、もしかして、かなり、わかりやすいのかしら?)
ロザリンドは少し考えを改めた。
長く一緒に暮らしていても、まだまだ知らないことがある。
「そうか……」
「はい」
ロザリンドはしっかりと頷く。
(エドワード様とアリーシャが婚約している現状で、お兄様とイザベラ様も本当に恋仲だったら、もう私にはどうしようもできないもの)




