20 看病
ロザリンドは自室奥の秘密の小部屋に転移する。
腕の中にはフクロウの姿があり、安堵した。他の生き物といっしょに座標転移したのは初めてだ。
フクロウを毛布でくるんで窓際に置き、日光がよく当たるようにする。
【治癒魔法】
「ヒールウェーブ」
フクロウの身体に触れながら、治癒魔法を流し込む。
きらきらとした緑色の光が、フクロウに溶け込んでいく。
(私にできることは、魔法をかけることぐらい……)
フクロウはまだぐったり眠ったままで、何かを食べられそうにはない。
これからどうするべきなのだろうか。
(お父様はお仕事で城だし、お母様は動物が嫌いなのよね……見つかったら元の場所に戻してこいと言われるかも)
さすがにそれはできない。
せめて回復するまでは面倒を見たい。
それまで家族や使用人に知られるわけにはいかない。
「そうだ――お兄様!」
クリストファーは昔、ロザリンドが拾った怪我した鳥を一緒に看病してくれた。
今回もきっと手を貸してくれるはずだ。
夕方、クリストファーが帰宅したところ玄関ホールで出迎える。
「お兄様! お帰りなさいませ」
「ロザリー? そんなに慌てて、どうかしたのか?」
「お疲れのところごめんなさい。大変なんです。部屋に来てください」
「ここでは駄目なのか?」
「ここでは駄目なのです」
ここでは使用人の目がある。使用人から両親にフクロウのことを報告されると、騒ぎになるかもしれない。
ロザリンドはクリストファーを連れて部屋に急ぎ、入るとしっかりとドアを閉めた。
「一体どうしたんだ」
「お兄様……フクロウの看病ってどうすればいいのでしょう」
「……フクロウだと?」
「はい。庭に弱っているフクロウがいて、いまここで休ませているんです」
窓際に行き、毛布にくるまっているフクロウを見せる。まだすやすやと眠ったままで、起きる気配はない。
クリストファーは驚いたように目を見開き、一瞬固まった。
「――ロザリー、フクロウではない。精霊だ」
「まあ、精霊……精霊っ?」
今度はロザリンドが驚く。
(フクロウの姿をした精霊だなんて……ますますナヴィーダみたいだわ。仲間なのかしら)
精霊をこの目で見るのは初めてだ。
精霊の加護がない人間でも、精霊を目にすることができることに感動する。
「だから、食べるものも必要ない。彼自身が欲すれば話は別だが――お前はただ、魔力を与えてやっていればいい」
「私の魔力をですか? お兄様の魔力の方が元気になりそうですが」
ロザリンドの魔力よりも質も量もよさそうだ。
「彼は俺ではなく、お前の魔力に共鳴している。魔力を与え続けていれば、少しずつ元気になるはずだ」
「なるほど。わかりました!」
ロザリンドはそっと精霊を撫で、手のひらから自分の魔力を通す。
「私が精霊に触れられるなんて、なんだか不思議です」
「お前の優しさが伝わって、安心しているのだろう。何も不思議なことはない」
「そ、そうでしょうか?」
褒められているのだろうか。なんとなく、くすぐったい。
「元気になったら、魔法省に預けた方がいいのでしょうか」
「精霊は自由な存在だ。どこに在るかも、誰を守護するかも、自分で決める。元気になれば、自分で動き出すだろう」
「そうですか。なら、安心です」
静かな空気の中、二人で精霊を看病していると、懐かしさに胸が満たされていく。
「なんだか懐かしいです。昔、私が拾ってきた鳥を一緒に看病したことがありましたよね」
「……そうだな。あのときは大変だった。俺も動物の世話などしたことはなかったし」
「あの子も無事に治って、無事に飛び立っていきましたよね。この子もきっと元気になりますよね。お兄様がいてくださってよかったです」
心から言うと、クリストファーは安心したかのような微笑みを口元に浮かべた。
「名前は付けたのか?」
「いえ、名前を付けると愛着が湧きすぎて、離れられなくなってしまうような気がして……でも、精霊だったならむしろよかったです。もし名前のない精霊だったら、私が名前を付けることで契約を結んでしまうかもしれないんでしょう?」
精霊についてはあまり詳しくないが、そんなエピソードがあったような気がする。
「だが、その名前を精霊が受け入れなければ、契約は成立しない」
「でももし私と契約してしまったら、かわいそうです」
「……そんなことはないと思うが」
ロザリンドは曖昧に微笑んだ。
モブの自分と契約してしまったら大変だ。
精霊と契約すると、強い加護が得られるという。そんな強い加護は、メインキャラクターたちにこそ相応しい。
「――お兄様は、精霊と契約していないのですか?」
「ああ。精霊とこんな近くで過ごしたこともない」
意外だった。
クリストファーならたくさんの精霊と契約していそうなのに。
それだけ、精霊という存在も、精霊と契約することも、めずらしいことなのだろう。
「もうこの子も大丈夫そうです。お疲れのところ失礼しました」
「気にするな。お前の傍にいると、喜びしか感じない」
クリストファーはそう言いながら、ロザリンドの部屋から出ていった。
ロザリンドは頬が赤くなる自分に戸惑いながら、その後姿を見送った。
◆◆◆
翌日は、フクロウの精霊の様子を傍で見ながら、ようやく勉強を始めた。
「ええと、基礎魔法理論、歴史と伝承、戦術と戦略、政治学、神話と文学に、魔法生物学……」
机の上に並んだクリストファーから借りた一年生の時のノートから、一冊取って眺めながら、ロザリンドは唸った。
「このノート、すごい……伝説のチートアイテムを手に入れた気分だわ」
字が綺麗で、わかりやすくまとめられている。おかげでするすると頭に内容が入ってくる。
教科書と並行しながらこれを読んで、内容をしっかり覚えておけば、どの科目も上位成績間違いなしだろう。
(これを借りて成績が悪かったら、それこそ目も当てられないわ……ちゃんと勉強しないと)
ロザリンドはノートを読みながら、しっかりといままでの授業範囲を復習していった。
一通り勉強を終えると、いまはまだ授業でやっていない――だがテスト範囲と思われる部分の教科書とクリストファーのノートを見て予習をする。
(こうやって予習をして、授業で確認して、帰ってから復習すれば、いままでより理解が進みそうね。成績も上がりそう)
理解できる範囲が増えると、勉強がどんどん楽しくなってくる。
知らなかったことを知るのは快感だ。それが日々の生活や戦闘に活かせそうなら尚更。
(期末試験まではまだ期間があるし、ゆっくり着実に覚えていきましょう)
気持ちいい疲労感を覚えながら、フクロウに魔力を与える。
「早く元気になってね」




