19 フリーマップ『霧の渓谷』
――翌日、レクリエーションから帰還したロザリンドは、一年生に与えられた休日を享受していた。明日は学園自体が休みなので、二日間連続の休みになる。
ロザリンドは勉強という名目で、自室で過ごす。
(でもその前に……お楽しみターイム!)
レベル35で覚えた新しいスキル――【特殊能力】アーケイン・フォージ。自分に最も適した武器を作成できるスキル。
今日はこのスキルを研究することにする。
もちろん勉強は大事だが、戦いのためのスキル研究も重要だ。
自分に一番ふさわしい武器は何か。スキルを手に入れてからずっと考えてきた。帰り道も、寝る前も。
そしてやはり、これしか思いつかない。
(『バレット』でつくった銃弾を高威力で撃ち出す銃が欲しい! 複数種類の魔石を込められたら最高!!)
せっかく銃弾を作ることができるのだ。ならば、武器は銃しかない。
ロザリンドは早速スキルを使用する。
「――アーケイン・フォージ」
頭の中の具体的なイメージを、魔力で再現していく。
詳しい構造は置いておいて、イメージを重視で。あとはきっとスキルが、そして魔法の叡智が何とかしてくれる。
きらきらと魔力が光り輝き、ロザリンドの前に片手銃――ハンドキャノンが出現する。
その存在感はしっかりとしたもので、リボルバータイプの銃は六つのバレットを装填できるように見えた。
「おおー。空想の産物にしては、なかなかいい感じじゃない?」
ロザリンドは自分の作品に満足げに呟く。
(あとは、遠くの敵を撃ち抜く銃が欲しいわね)
野望に終わりはない。
いったんハンドキャノンを分解し。
「もう一度、アーケイン・フォージ」
次の目標は、銃身の長いスナイパータイプの銃。それを使用している自分の姿を想像しながら、単発式の精密な銃を創造する。
「ほほう。これもなかなか」
すらりとした美しい銃を構えてみる。
スコープもついているので、遠距離狙撃も充分可能そうだ。
創り出したハンドキャノンとスナイパーライフルをしっかりと記憶に刻み、スナイパーライフルを分解する。
「アーケイン・サモン――ハンドキャノン」
呪文を唱えると、先ほど創造したハンドキャノンが手の中に現れる。
再び分解し。
「アーケイン・サモン――スナイパー」
今度はスナイパーライフルが姿を現す。
その銃を手にしていると、笑みと興奮が内側から湧き上がる。
(作ったからには、次はテストよね!)
秘密の小部屋に入って、ため込んでいたスライムの魔石をじゃらりとつかむ。更に、戦闘用のいつもの服装に着替える。
「地図表示――フリーマップ『霧の渓谷』へ、座標転移」
◆◆◆
移動先は、昨日レクリエーションをした場所の近くにある渓谷だ。レクリエーションイベントの後に出現するフリーマップで、いつもぼんやりと霧が立ち込めている場所だ。
ロザリンドは霧に覆われた渓谷に立ち、遠くを見つめる。
霧の中に、目的であるグリフォンの姿が浮かび上がる。距離があるため、向こうはこちらに気づいていない。
【アーケイン・サモン】
「――スナイパー」
スナイパーライフルがロザリンドの手の中に現れる。
その銃身を握りしめ、足元の石を拾った。
「バレット」
石を銃弾にして、スナイパーライフルの弾倉に装填する。
ロザリンドは岩陰に身を隠し、スナイパーライフルの銃口をグリフォンに向けた。
遠距離から狙いを定める。グリフォンはまだ彼女の存在に気づいていない。
スコープを覗き込んで照準を合わせ、息を整え、集中を深め――引き金を引く。
静寂の中に、ただ銃声が響く。
銃から放たれた弾丸は、的確にグリフォンを撃ち抜いた。
グリフォンは力なく倒れ、ロザリンドの勝利が確定する。
あまりにも、あっさりと。
「最高じゃない?」
遠くからのショットによって、危険を冒さずに敵を倒すことができた。
自らの安全を確保しながら、高火力で遠くから瞬殺。
これはもはや革命である。戦闘革命。
「ハンドキャノンの威力も見ておきたいわね。でも、危険は冒したくないし……」
もう一つの武器であるハンドキャノンは、射程的にある程度モンスターに接近する必要がある。危険なことはしたくない。仲間が近くにいるのならともかく、ロザリンドはひとりだ。
ロザリンドは近くの岸壁を見る。
「別にモンスターを倒す必要はないわよね」
スナイパーライフルを分解し。
「――ハンドキャノン」
ハンドキャノンを召喚する。石を二つ拾い魔力を纏わせて銃弾を作り、慎重に銃に装填する。まずは試射だ。
両手で銃を構え、岸壁に向けて引き金を引く。
――銃声。
発射された弾は岸壁に突き刺さり、壁がえぐれるほどの威力を発揮した。
ロザリンドは破壊力に少し驚きつつも、満足して微笑んだ。
更に石を拾って銃弾を作り、六発を装填しての連射を試みる。
バン、バン、バン、バン、バン、バン
一発一発が壁に深い傷跡を残す。その威力と精度は、ロザリンドの期待以上だった。むしろ怖いほどに。
「なかなかいい感じじゃない?」
出来上がったのはひとつの大きな穴。寸分違わず同じ位置に撃ち続けていたら、想定以上の大きさの穴になった。
期待以上の威力と精度。むしろ、妄想通り。ロザリンドが欲した武器がいままさにここにある。
凄まじいチートをしている気がする。
(いやでも、銃弾も、銃も、ちゃんとこの世界の魔法法則――大いなる叡智に則っているものだし、私は悪くないです)
――ゲーム内には銃を扱うガンナーはもちろん、銃というアイテムすらなかったが。
これはチートではなく、正当な攻略である。
「私が世界で初めてのガンナーと言うことかしら? あとは、お兄様に魔石に魔力を込めてもらったものを常備すれば、もしかしなくても最強じゃないかしら――なんてね」
ともあれ、使える力を手にしたのは間違いない。
これで安全圏から一方的に遠距離攻撃できる。ますますレベル上げがはかどるというものだ。
「さて、雑魚を掃討して、グリフォンの魔石を回収しておきますか」
銃を使うようになれば、これからますます魔石の需要が高まる。質の良い大型モンスターの魔石はしっかり回収しておかないと。
雑魚モンスターを倒しつつ、グリフォンのいた場所に向かって霧の中を歩いていたとき、地面で何かを発見する。
それはぐったりと丸まっている生き物だった。
――モンスターではない。フクロウだ。
(なんだかこの姿……見覚えがあるような)
小さくて丸みを帯びた、まるでぬいぐるみのような体形。顔の中央にはくっきりとしたハート形の模様が浮かんでいる。
「ナヴィーダ?」
思わず声を上げると、フクロウの身体がぴくりと動いた気がした。
(いえ、まさか、ナヴィーダがこんなところにいるわけがないわ)
ナヴィーダは『エターナル・リンクス』の主人公を導くナビゲートキャラ。愛されマスコット精霊だ。常に主人公の傍にいるナヴィーダが、こんなところにいるはずがない。
似ているだけの、ただのフクロウだろう。
ロザリンドはフクロウの元まで行き、横にしゃがみ込む。
どうやら傷はなさそうだ。だがひどく弱っている。
そっと手をかざす。
【治癒魔法】
「ヒールウェーブ」
治癒魔法をかけると、少しだけ回復したような気がする。
少なくとも、いますぐ消えてしまいそうな儚さはなくなった。
ロザリンドはほっと息をつきながら、着ていたローブを脱いだ。フクロウを包み込み、ゆっくりと抱き上げる。
「地図表示――ホームへ、座標転移」




