18 兄との約束
宝探しが終わった後は、バーベキューをして肉と野菜をたくさん食べて、その後は下山し、王都に戻る。当然徒歩で。
学園に戻ると解散し、迎えに来ていた馬車でそれぞれ帰宅する。
(うーん、とても楽しいレクリエーションだったわ! 燭台のグレイシアにも無事対応できたし、ブルースターペンダントも手に入ったし、新しいスキルも覚えたし、言うことなしね)
ロザリンドは大満足で公爵家に戻る。
一日しか外泊していないのに、我が家はとても懐かしかった。
明日からは二日間の休日だ。ゆっくり休みつつ、新しいスキルの研究に充てることにする。
家に戻ると、玄関先で、学園から帰ってきたばかりのクリストファーと出会う。
「戻ったか、ロザリー。どうだった?」
「とても楽しかったです」
「そうか」
クリストファーはほっとしたような微笑を浮かべた。
「お兄様に魔力を込めていただいた魔石のおかげで、色々と助かりましたし」
「そうか」
「エドワード様ともお話しできました」
――ぴくり、と眉が跳ね、顔がわずかに強張る。
先ほどまで平和な空気だったのに、少しだけ不穏な空気になる。
(どうしたのかしら? 粗相していないか気になっているとか?)
なにせ相手は第二王子。こちらは公爵家。悪い印象を持たれては大変だ。
(そういえば私、漆黒のグリフォン戦でやらかしてしまったような?)
戦闘中、自分が指示を出していたような。戦果の魔石も譲ってもらったような。
それ以前に、二人きりで雨宿りして、プライベートな質問をガンガン投げかけたような。
思い出せば思い出すほど汗が出て、心拍数が上がっていく。ロザリンドは慌てて話題を変えた。
「お兄様。あの、私、聖女様にお会いしたいんです」
あまりにも唐突で突拍子もない話題の転換に、クリストファーは訝しげな表情をした。
「何故だ?」
「聖女様の友人のひとりになり、聖女様をお支えしたいのです。ロードリック家の娘として」
この理由はもっともらしい。ロザリンドは自画自賛する。
「エドワード様と結婚される御方ですし、交流を深めておくべきだと思いまして」
「…………」
クリストファーの表情が再び強張る。
(どうして?)
王家と交流を深めることも、大切な社交だと思うのだが。
いままで社交に関わってこなかったロザリンドが余計なことをしようとしていると思われているのだろうか。
――有り得る。
社交界にほとんど顔を出さなかった公爵令嬢が、いきなり王族と聖女と関わろうとしている。――これはもう、戦闘経験も積まずにボスと戦おうとしているようなものだ。
役に立たないどころか、足手まといにしかならない。
だが、ロザリンドもここで引くわけにはいかない。
ロザリンドはどうしてもアリーシャに会いたい。会わなければならない。
「お兄様、何とかなりませんでしょうか?」
エドワードに繋いでもらう手段もあるが、ロザリンドはまだ諦めていなかった。クリストファーとアリーシャが運命の出会いをして、結ばれることを。
エドワードとアリーシャが本当の恋で結ばれていたのなら、こんなことは考えていないが、二人はまだそんな関係ではなさそうだ。
(だからまだ、お兄様にもまだチャンスがあるはず……!)
ロザリンドの最終目的は、クリストファーが幸せになって、ロザリンドが死亡フラグを回避すること。
そのためになら、あらゆるチャンスをつかみに行く。
クリストファーはしばらく考えた後――
「七月に、王城でパーティがある。そこには、聖女も出席されるらしい。俺も招待されている」
「まあ」
それは絶好のチャンス。
「お願いです、お兄様。私をパーティに連れていってください」
「もちろんだ。俺のパートナーはお前しかいない。だが、ひとつ条件がある」
「なんでしょうか?」
「期末試験の成績によって考えよう」
「――試験? 試験……試験ですか?」
「ああ、学園では学期末に試験がある。その結果によって、お前をパーティに連れていくか決める」
――公爵家の娘として恥ずかしい成績を取れば、パーティには連れていかない――ということだ。
ロザリンドの血の気が引いていくのを自覚した。
もちろん、試験対策など何もしていない。試験など、まだまだ一か月以上先のことだ。
(なんてこと……いえ、これはちょうどいいかもしれない)
――クリストファーとの二つ目のフラグを立てる条件。
それは、期末試験で上位五位以内に入ることだ。
ゲーム内では、成績が良くなければ、フラグすら立たないキャラが複数いる。その一人がクリストファーだ。
(これはチャンスよ)
フラグを立てつつ、聖女と会うチャンス。
それを逃すわけにはいかない。
(でも、学園にいるのは文武両道の貴族ばかり……生半可な勉強方法では、上位は取れないわ)
上位に食い込むのには相当の努力が必要だろう。
自力での勉強だけでそれが可能だろうか?
(……自分の力を過信するわけにはいかないわ)
――もちろん努力はするが、やれることは何でもやらなければ。
これは失敗できない重大ミッションだ。
「お兄様……」
「どうした」
「勉強を教えていただけませんか?」
クリストファーは三年連続首席の秀才だ。
彼以上に教えを請うのにふさわしい相手はいない。
クリストファーは少しの間考えた後、首を横に振った。
「教えることはできない」
あっさりと断られる。
ロザリンドはあまりのショックでよろめいた。
「そんな顔をするな、ロザリー。俺も教えてやりたいんだが、何かと忙しいんだ」
――義兄は次期公爵で、生徒会長で、もちろん同時期に期末試験があって。
ロザリンドよりずっとずっと忙しい。教えている暇などないだろう。
「わ、わかっておりますわ……」
――自分で何とかするしかない。
「……ノートを貸すくらいなら可能だ」
「お兄様……! ありがとうございます! 大好きです!」
三年連続首席のノート。これ以上頼もしいアイテムが存在するだろうか。いやない。
「だから、兄と思うなと言っているだろう……」
「そうは言われても、お兄様はお兄様ですし」
途中で婚約者になったとはいえ、直接血が繋がってないとはいえ、生まれたときからずっと自慢の兄だ。
「……すぐに考えを変えろとは言わない。ただ、あまり気安い真似をするな」
「はい、お兄様」
ロザリンドが元気よく返事をすると、クリストファーは小さくため息をついた。




