17 魔人邂逅
――燭台のグレイシア。
見た目はダウナー系の美少女。レクリエーションの途中で出現し、圧倒的な力を見せつける魔族。その目的は、七色の魔力を持つ主人公。
主人公の特異な力を消すために、あるいは我がものとするために、魔族たちは主人公を狙う。
このグレイシアは主人公以外にも、エドワード王子を始めとする高位貴族の子息たちも目的にしている。警備が薄いこの状況で襲撃をかけて、王国を混乱させようとするのだ。
燭台のグレイシアの属性は火。その炎は魂を燃やし、人間をまるで蝋燭のようにして燃やす。
ゲーム中では、最初に遭遇する人型魔族だ。
(本来のシナリオだと、アリーシャに嫌がらせをするためにチームを離れていたロザリンドが襲われて――燭台のグレイシアに殺されかけて、命を助けてもらうために隷従契約を結ぶ)
そして、手下扱いになる。
(幸いアリーシャの不思議な力で助けられるけれど、その後も反省しないでアリーシャに色々と嫌がらせをするのよね)
自分でもため息が出そうになる。
だが、そのシナリオはここでは存在しない。
ここにいるのは戦う意志を持つロザリンドだ。
そして幸いにも、向こうはまだこちらに気づいていない。
――先制攻撃が可能、ということだ。
ロザリンドは手を突き出し、三本の指に魔力を込める。
「ニードルショット」
魔力を針状に研ぎ澄まし、撃ち出す。
撃ち出された三本の魔力は見事魔族の翼に命中した。
不意打ち攻撃をされたグレイシアは、魔力を乱して真っ逆さまに落ちてくる。
ロザリンドはすぐさま落下地点に移動する。倒れているグレイシアから距離を保ちながら、自分の間合いをつくる。
「突然ごめんなさい。燭台のグレイシア」
声をかけるとグレイシアは小さく呻きながら、ふらふらと立ち上がった。
「誰よ……あなた……」
「魔族に名乗る名前はありません」
だってモブだから。
しかもシナリオを逸脱しているモブ。
魔族陣営に名前を覚えてもらいたくはない。
「なによ、加護なしじゃない……」
――魔族にまで精霊の加護がないことを指摘されるとは。
「加護なし魔力は味しないし、血もまずいし、嫌いなのよ!」
口から黒い血を吐き捨てながら言う。
「いまなら見逃してあげるわよ。あたし、これからたくさん美味しい魔力と血を吸いに行くんだから」
「その有様で、よくそんなことが言えますね」
グレイシアの顔が静かな怒りで染まる。
「食事のことは、まずは私からうまく逃げられてから考えてください」
「エサ風情が……塵も残さず燃え消えろ」
燭台のグレイシアの炎がロザリンドを襲う。
だがそれは、ロザリンドの肌ひとつ、髪一本、服の繊維ひとつ焼くことなく消え去った。
「な……」
燭台のグレイシアが呆然としている。
――レベル差は、残酷だ。
(このゲームの最終的な攻略法は、レベルを上げて殴れ)
使用されているメソッドだか関数だか何だかの関係で、レベル差がありすぎれば、相手にかすり傷さえ付けられない。
装備を整えるより、スキルを伸ばすより、何より手っ取り早いのがレベルを上げること。
燭台のグレイシアとの一回目の戦闘での推奨レベルは15。
そしていまのロザリンドのレベルは34。
これでは公平な勝負にならないが。
(ここはゲームじゃなくて現実だもの。安全性重視)
レベル差があっても油断は大敵。
ロザリンドはクリストファーの魔力が込められた魔石を握る。
感じる魔力量は膨大だ。レベルを34まで上げているロザリンドさえ、その魔力の強大さに戦慄するほどだった。
(さすが、お兄様の魔力……レアサイズの魔石じゃないと割れていたでしょうね)
その力の強大さが、いまは何より頼もしい。
「――ショット!」
クリストファーの魔力とロザリンドの魔力が、混ざりあい、共鳴し、増幅する。
一瞬、世界が氷の青に包まれる。
光が消えたとき、燭台のグレイシアのいた場所には氷の彫像が立っていた。
完全に凍りつき、瞳に宿る火は尽きて。
そしてそれは、次の瞬間砕け散る。
残ったのは、炎の力が込められた魔石だけだった。
「さすがお兄様、チートすぎる魔力だわ……」
ロザリンドは魔石を回収し、顔を上げる。
世界は何事もなかったかのように、綺麗な鳥の鳴き声が平和に響いていた。
「あら、レベルアップしているわ。さすが魔族、経験値が多いわね」
■ロザリンド・ロードリック
【ステータス】
・レベル:34→35
・経験値:0/19000
・HP:470/470
・MP:345/345
・攻撃力:285
・防御力:325
・魔力:385
・魔法防御:365
・敏捷性:300
・運:165
【スキル】
・【無属性魔法】バレット/ショット:Lv.4
・【治癒魔法】ヒールウェーブ:Lv.3
・【特殊能力】インサイトリンク:Lv.2(絆を感じ取ると、一時的にステータス向上)
・【投擲:上級】【命中度補正:特大】
★新しいスキルを獲得しました。
・【特殊能力】アーケイン・フォージ:自分に最も適した武器を作成できる。
・【特殊能力】アーケイン・サモン:作成した武器を召喚できる。
(おおおお……これは、すごく楽しそう)
ゲームをプレイしていたロザリンドでも、初めて見る能力だ。とてもクリエイティブな香りがする。後でゆっくり楽しもう。
(それにしても……どうしてグレイシアはやってきたのかしら。ここには主人公はいないのに)
シナリオ通りに行動してくれたおかげで、ロザリンドが待ち伏せして撃ち落とすことはできたが、行動には不可解な点がある。もう少し会話を試みるべきだっただろうか。
(いいえ、魔族には油断禁物。これでよかったのよ)
――エドワード王子や高位貴族の子息たちを襲うためだけにやってきたのだろうか。
それだけだとしたら、少し動機が弱い気もする。だが、考えたところで魔族の思惑などわからない。
「さて、早く合流しないと」
飛び跳ねるように移動しながら、約束の合流地点に向かった。
三本杉の下には既にソフィアとジュリアンが立っていた。
「お待たせしました」
「なにしてたの? 変な魔力の波動を感じたけど」
ジュリアンに問われ、ロザリンドは苦笑する。
「ひとりになっているときに、一角ウサギを見つけただけですよ。魔石が回収できなかったのが残念です」
「本当にそれだけ?」
「しつこいわね、あなた。乙女の秘密をあんまり探るものじゃないって言ってるでしょ」
ソフィアに言われて、ジュリアンはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「では気を取り直して、ゴールに向かいましょう。この調子だと優勝できるかもしれませんよ」
「あれぐらいのアイテム、巷でたくさん売ってるんだけどなぁ……」
「いいえ、あれはただのアイテムではありません。優勝の――私たちの絆の証です」
「「そういうのいいから」」
ソフィアとジュリアンの声が重なる。
チームワークはばっちりのようだ。
そして、結果は見事優勝。ロザリンドたちはブルースターペンダントを手に入れたた。




