14 キャンプファイアー
レクリエーションの夜は、キャンプファイアーによって照らされた。
大雨もあって開催が危ぶまれていたが、晴れたので魔法によって地面や材木が乾かされ、無事点火される。
炎が燃え上がり、辺りを赤く照らす。
「燃えろ燃えろ、炎よ燃えろー!」
ソフィアの明るい声が、炎のように轟く。
彼女の周りでは火の魔力が舞い踊り、集まっている生徒たちを魅了している。ソフィアだけではなく他の火属性の生徒も一緒になって炎を躍らせ、盛り上がっていた。
「ソフィア、かなりテンション上がってますね」
「彼女は昔から炎を見ると興奮しちゃうんです。精霊が疼くんだそうですよ」
ロザリンドが呟くと、隣に座っているエリナがくすくすと笑う。
「私は加護がないからよくわからないのですが、精霊ってそんなに気分に影響するのですか?」
純粋な疑問を口にする。
「そうですね。わたしは水の近くにいくと、とても落ち着きます。雨も大好きです。将来は、川の近くか海の近くに住みたいですね」
エリナは夢見る子どものように言った。
精霊の加護が人の好みや性格に影響を与えるのか。
それとも元々の好みや性格が、加護を授ける精霊を決めるのか。
「心配しないでください。あまりにもテンション上がってきたら、水をかけて落ち着かせますから」
「エリナとソフィアはいいコンビなのですね」
「家も領地も近くで、何かと付き合いが長いですから」
「いいなぁ、羨ましいです」
心からの言葉を口にする。付き合いの長い友人――幼馴染、とても羨ましい。
残念ながらロザリンドはそういう相手がいない。クリストファーは血が繋がっていないから幼馴染と言えなくもないかもしれないが、義兄妹で婚約者という特殊な関係過ぎて、なんでも相談し合えるような友人ではない。
「……ロザリンドさん、少し聞きたいんですけれど」
「はい?」
「ロードリック会長……お兄さんって、どんな方なのですか?」
まさかクリストファーのことを聞かれるとは思っていなかったので、びっくりした。
(これは……もしかして、恋? 同じ属性だから気が合ったり? お兄様とエリナ……悪くない、悪くないわ)
「違います」
(――心を読まれた?)
「ロザリンドさんは顔に出すぎです」
「あはは……でも、エリナは婚約者いないですよね?」
「わたしにはいませんが、会長にはロザリンドさんがいるじゃないですか」
「それはそうなのですけれど……」
婚約解消を持ちかけていることを、エリナになら話してもいいだろうか。
「マリッジブルーってよくあることみたいですよ」
――そういうわけではないのだが。
婚約解消を持ちかけていること、ロザリンドが恋人探しをしていることを打ち明ければ、真面目なエリナはとても驚く気がする。軽蔑されるかもしれない。
(さすがに時期尚早よね)
まだ五月。時間はまだまだある。焦りは禁物だ。
「ロードリック会長は、まるで冷たい氷のようで、完璧すぎて近寄りがたいというか……ロザリンドさんはとても親しみやすいので……あ、いい意味でですよ?」
エリナの言葉は、新鮮な驚きをもたらした。
(お兄様……もしかして、もしかして……実はモテない?)
あれだけの顔と身分があっても、人望があっても、近寄りがたいだなんて。
確かに完璧すぎて隙がないけれども。隣に並ぶのが憚られるけれども。
それは、困る。
(親しみやすさ――確かに大事なことよね)
そして思う。ここはロザリンドが出る幕なのではないだろうかと。
クリストファーの人となりをもっと知ってもらわなければ。
そう、自分が広報官になって、クリストファーの好感度を上げていくべきなのではないかと。
ロザリンドは考えた。
舞い踊る炎、空に吸い込まれていく火の粉、紺碧の空に浮かぶ星。
そして、思い出す。ずっと昔の大切な記憶を。
「……小さいころ、別荘地で遊んでいたとき、森で迷っちゃったことがあったのですが……」
話し始めるロザリンドに、エリナが落ち着いた視線を向けてくれた。だからロザリンドは安心して話を続けた。
――あれはロザリンドが八歳で、クリストファーが十歳の時だった。
別荘地でスキル上げ出来る場所を探していたロザリンドは、人の気配がない場所を探していつの間にか森の奥まで入ってしまい、帰り道がわからなくなってしまった。
「森は暗くて、静かで……なのによくわからない動物の気配もあって、ひとりで心細くて、とにかく歩き回って更に迷って……ついには疲れて動けなくなってしまって……」
――日はどんどん暮れていき、もう帰れなくなるかもと不安になった。
泣きたくて仕方なかった、そんなとき。
「そんなとき、見つけてくれたのがお兄様だったのです」
その瞬間のことはよく覚えている。
「私もそうだったのですけれど、お兄様も小さい傷をたくさん作っていて……きっと、ずっと探してくれていたんです。すごく怒られるかと思ったのに、無事でよかったって、私を安心させてくれて……」
そして本当に泣いてしまった。
「そこからは、お兄様が背負って連れて帰ってくれたんです……後で知ったんですけれど、お兄様もそのとき足を怪我していたんです。でも、そんなこと全然感じさせず……」
背中の感触はいまも覚えている。
無事に戻ったときには、すっかり夜になっていた。
あのときのクリストファーの笑みも、星空も、きれいだった。
「そういうところは、いまも変わっていないと思います。お兄様は、とても優しい人なんです。昔、私が拾った怪我した鳥を一緒に看病してくれたりもしましたし――」
だから近寄りがたいと思わないでほしい――そう言おうとしたとき。
「――天まで焦がせえええ!!」
ソフィアの声が響き渡り、炎がひときわ強く燃え上がる。
――ロザリンドはびくりと身体を震わせた。炎は、怖い。ロザリンドは炎によって死んだ。
その設定を身体が覚えているのか、魂が覚えているのか、身が竦み、心臓が凍る。
エリナはすくっと立ち上がり、魔法で生み出した水をソフィアの頭にぱしゃりとかける。
「冷た! 何するのよエリナ」
「少しは頭を冷やしてください。みんな、あなたのテンションに引いていますよ」
「う……うわ、またやっちゃった……?」
周囲は一瞬びっくりしていたが、すぐに爽やかな笑い声に包まれる。
ロザリンドも笑った。エリナも、ソフィアも笑っていた。
「ロザリンドさん、素敵なお話を聞かせてくれてありがとうございます」
エリナはそう言って、乾いたタオルを持ってソフィアの方へ歩いていく。
その姿とキャンプファイアーの炎を眺めながら、ロザリンドは静かに息をついた。
(お兄様、元気かしら)
あの義兄なら心配することはないかと思いつつも、遠い王都の方へ思いを馳せた。
昔の話をしたせいか、今日はとても会いたい。
――出発前にクリストファーからもらった、水の魔力が込められた魔石は、落とさないようにポーチの中に入れてある。
その存在を確かめるように、ポーチの上からそっと撫でた。




