10 報告書
――翌日、マルーン教官の研究室に呼び出されたロザリンドは、報告書の写しを見せられた。
■報告書:ゴーレム暴走事件に関する調査
報告者:モニカ・マルーン
職位:錬金術・戦闘訓練担当教官
日付:王国歴256/4/10
1. 事件概要
日時:王国歴256/4/09
場所:王立学園訓練場
概要:一学年の戦闘訓練中に使用されていた訓練用ゴーレムが予期せぬ暴走を始めた。ゴーレムは生徒たちに向けて攻撃的な動作を取り始め、訓練が一時的に中断された。
2. 被害状況
・人的被害:なし
・物的被害:暴走したゴーレム1体の破損
3. 暴走原因の可能性
・制御術式の不具合:ゴーレムの制御術式に不具合が存在した可能性。
・本体の故障:ゴーレムの内部機構に物理的な損傷があった可能性。
・外部からの干渉:外部からの不正干渉や操作があった可能性。
・魔力の影響:生徒たちの魔法使用がゴーレムの魔力回路に影響を与えた可能性。
4. 推測される具体的原因
・生徒たちの魔力により、ゴーレムの制御システムに未知の影響を及ぼした可能性がある。
・ロザリンド・ロードリック生徒の無属性魔力がゴーレムの魔力回路に共鳴し、術式の混乱を引き起こした可能性。
6. 推奨される対策
・ゴーレムの制御術式と本体の診断を行い、不具合や故障の有無を確認する。
・生徒たちの魔法使用がゴーレムの制御術式に影響を及ぼさないよう、魔力フィルターの導入を検討する。
・訓練用ゴーレムと生徒たちとの魔力共鳴についての追加研究を行い、ゴーレムの安全な使用方法を開発する。
・将来的に類似の事態を防ぐための教官と生徒への研修を強化する。
7. 結論
本事件は、生徒たちの魔法使用と訓練用ゴーレムの制御術式との間で予期せぬ魔力共鳴が発生したことによるもの
――以上。
「……つまり、私の無属性魔力が、ゴーレムの制御に使われている魔力と共鳴して不具合を起こしてしまったということでしょうか?」
報告書を読み終えたロザリンドは、マルーン教官にそれを返しながら聞く。
「普通はー、各属性のフィルターを使って影響を受けないようにしてるんだけどぉ、無属性のフィルターが壊れちゃってたのー」
「はあ……」
「でもだいじょうぶー、強力な無属性フィルター使うようにするから、もう安心だよお」
マルーン教官はおっとりと言い。
「こぉんなに強い無属性魔力、初めて感じちゃったよー。フィルターを壊して、制御術式壊して、あたしの秘めたる欲望を通しちゃったのに、更にそれを力でねじ伏せるんだからぁ」
嬉しそうに微笑む。
子どものように無邪気に。
「魔水晶の破壊もそうだし――ロードリックの妹ちゃん。きみはお兄ちゃんより、他の誰より、すっごい魔法使いになるかもね」
◆◆◆【side:クリストファー】
――同時刻、クリストファーはザイード・ウィンダール教官に彼の研究室に呼び出されていた。
「ロードリック、お前の妹は大したものだな。お前と同等の天才かもしれんぞ」
几帳面なほどに整理整頓された部屋に、教官の面白がる声が響く。
ウィンダール教官の手元には真新しい報告書がある。彼はそれを新しいおもちゃに喜ぶ子どものように見ていた。
「彼女はただ、努力家なだけです」
淡々と答える。
彼女の才能を、天才などという安っぽい一言で片づけてもらいたくない。
ロザリンドの素晴らしさは、そんな言葉では表わせられない。
「お前の妹は、いまに注目を集めていく」
「…………」
「そんな顔をしても無駄だ。突出した個性は否応にも耳目を集めるものだ」
業腹だがそのとおりだ。
(やはり、学園に通わせるべきではなかったか)
家庭教官だけで充分な教育は得られる。むしろ手厚いくらいに。
現に、魔力が乏しかったり、精霊の加護を得ていない貴族の子はそうしている。
精霊の加護のないロザリンドが学園に通うことになったのは、本人の強い希望からだった。
家族やクリストファーがいくら説得しても聞かなかった。
その強い意志が、クリストファーに不安を感じさせた。
せっかくいままで社交界にもほとんど出さなかったのに、ロザリンドが外の世界を知り、同じ年頃の学友と日々を過ごし、世界を広げていけば、自分を置いていってしまうのではないかと。
その不安を決定的なものにしたのが、婚約解消宣言だ。
それを聞いたときには、驚きと同時に、ついにこの日がきたかという諦観もあった。
もちろんロザリンドを手放すつもりはない。
彼女はクリストファーにとって最も大切な存在だ。
唯一の光だ。
彼女が傍にいない人生なんて考えられない。
(一年という猶予期間なんて与えなければよかった……)
まだあの夜から一か月も経っていないというのに、クリストファーは既に後悔の嵐だった。
彼女の世界は恐るべき速さで広がっている。そして彼女の輝きに引き寄せられる人々の多さに焦りが募る。
――こうなることはわかっていた。
ロザリンドが類まれなる存在だということは。
彼女の才能は、人柄は、多くの人々を惹き付ける。
それでも一年間の猶予期間を許したのは、なんだかんだでクリストファーはロザリンドに甘いからだ。彼女の願いを突っぱねることはできなかった。
――一秒でも早く一年が終わってほしい。
そして自分の卒業パーティで、ロザリンドをエスコートして、自分こそがパートナーなのだと宣言したい。
だがそのためには、いままでの自分ではいけないということもわかっていた。
変わるロザリンドに相応しいように、自分も変わらなければならない。美しく変化し続ける彼女に置いていかれないように。
「――ロードリック。お前に、神殿からの書簡が届いている。これより私と共に学園長の部屋へ来るように」
「承知しました」
ウィンダール教官の言葉に従い、彼の後ろに従い研究室を出る。
(――神殿から? 新しい聖女関連か?)
そう言えば、ロザリンドは聖女に強い関心を示していた。
クリストファーの口元に、知らず知らずに笑みが浮かんだ。
神殿からの要請がどんなものであっても、完璧に応えてみせよう。




