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満月の夜3  作者: 桐生初
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甘粕の言った通り、金田と白川の起訴、裁判の担当は、死神検事の森になった。


内田は今日は暇なのか、五課に遊びに来ている。


「あの取調べ、全部甘粕の作戦だったとはなあ。」


苦笑して答えない甘粕に代わり、太宰が言った。


「だって、俺の秘蔵っ子だも〜ん。」


「はいはい。能ある鷹は爪を隠すってか。」


内田が笑うと、甘粕はボソッと言った。


「そういう訳じゃないんですが…。まあ、霞さんが居なくなったからかもしれません。」


非常にセンシティブな問題も絡んで来るので、内田は言葉を継げず、絶句してしまっている。


内田が可哀想になった太宰が笑った。


「遠慮してたんだよ、甘粕は。霞ちゃんは、学者さんだったから、自分より上だって。そんな事無いのに。」


「んな遠慮してたのか、甘粕はあ。お嬢ちゃんは学者様で知識はあるかもしれねえが、お前さんは捜査一課でデカ張って、何度も難事件解決して来た実体験つーもんがあんじゃねえかよ。

勉強して来た事と実体験合わせたら、最強だぜ。」


「もっと言ってやって、内さん。」


「ええ、いくらでも!。」


と、内田の舌に油が乗って来たかと思った次の瞬間には、お決まりの邪魔が入った。


芥川が駆け込んで来て、内田を叱る。


「また五課で油売ってえ!。刑事部長が来てますよ!。」


「うえええ〜。なんとか言って追い返しとけよ〜!。」


「あの分からんちんの刑事部長が俺の言う事なんか聞く訳ないじゃないですか!。ほら早く戻って!。全くもう内さん1人ズルイんだからあ!。俺だって、こっち来たいですよ!。」


「うるせえなあ、もお!。」


2人でブーブー言い合いながら、挨拶もそこそこに帰って行くと、休む間もなく、太宰の電話が鳴った。


「北条です。お電話出られず、申し訳ない。」


北条尊だった。


事件解決の報告と、貴也の様子を聞きたくて電話したのだが、仕事中らしく留守電だったのだ。


「いやいや、いいんですよ。伝言の通りのことですから。犯人逮捕へのご協力、本当に有難うございました。」


「いや、当然の事しただけです。」


「感謝状のお話は…。」


「ヤダ〜!。勘弁して〜!。恥ずかしいじゃん、それ〜!。」


「そうですか?。一般市民が犯人逮捕って凄い事なんですけど。」


「いや、ほんとに。俺がそういうもん受け取ったら、貴也も必然的に思い出して嫌な気分になっちゃうかもしれないからさ。

マスコミ沙汰になったら、貴也も学校でなんか言われちまうかもしれないじゃないですか。」


貴也の名前も、北条尊の名前も、詳細も全て伏せてはあるが、そうかもしれない。

自分の名誉よりも息子第一。


「いいお父さんですねえ。」


「認めて貰えませんけどね〜。太宰さん達こそお疲れ様でした。調べんのも大変な事件だったでしょ。」


「有難うございます。ところで貴也君は大丈夫ですか。」


「お陰様でもう大丈夫。流石に1週間位はカミさんにべったりだったけど、突然立ち直って、『親父が取り押さえて、俺は何も出来なかったっつーのがすっげえ嫌。』って言い出して、稽古三昧です。」


「剣道の?。」


「そう。組み手も投げ技も。こっちが筋肉痛になりそう。」


それでも結局父親に教えを乞う辺り、なんだかんだ言っても、少しずつは和解出来ているのかもしれない。

お互いに笑った。


「ひと段落着いたら、今度こそうちで食事して下さいよ。」


「ええ、是非。」


「傷心の甘粕さんも気になるし…。」


何故、北条尊の耳にまで入っているのか。

青くなった太宰を甘粕が心配そうに見ている。


「ーど…、どっから聞いたんですか、それ…。」


「あの日、警視庁から帰る時、貴也の顔見知りの鑑識の人が…。」


「幸田あ!?。」


「ああ、そうそう。太宰治に、幸田露伴かあって思ったんだよな。」


「私の名前は政彦でございます…。」


「幸田さんはなんつーの?。」


「赳夫だったかな?。」


「治と露伴にして欲しかったな〜。」


「んな事あいいですから…。はあ…。言いふらしてんのか、アイツ…。」


「いや、心配してたよ。でも、失恋の痛みは良く分かるから、俺。」


「え…?。」


北条尊と妻の花梨は確か中学の時から付き合っていた筈だ。


「奥様以外の方で…?。」


「んな訳ないでしょ。あの女に俺は2・7回も振られてんですよ。それでも結局、結婚出来てんじゃんと言われりゃそれまでだけどさ。」


「その0・7回っつー、端数はなんですか…。」


「それはまた今度ね〜。」


「は、はあ…。」


「じゃ、ご連絡お待ちしてます。」




電話を切った太宰が仕切りと首を捻りながら、書類仕事を再開したので、甘粕が半笑いで尋ねる。


「どうしました。」


「いや、北条さん…。奥さんに、2・7回振られてんだって。2回は兎も角、0・7回って何だろうなと思って…。」


「はあ〜、何でしょうね。ていうか、俺の事ですか。」


太宰は肩をビクッとさせて固まった後、変な間を置いて、変な声を出した。


「ーん!?。」


「いや、いいんですよ。霞さんへの気持ちは、周りにバレバレだったんでしょうし、それが突然、森検事と出来ちゃった結婚するってなったら、『ああ、甘粕振られたんだな。』って当然思われるでしょうし。」


「甘粕…。無理はいかんぞ…。」


「いや、してないです。課長のお陰で、なんかスッキリしました。

さっき話題にも昇ってたけど、仕事でも囚われてたのとか無くなったし、痛いは痛いけど、ある部分では凄く楽になりました。」


「そっか…。」


「ご心配お掛けして、すみません。夏目も。」


いきなり自分の名前が出たせいか、バッと書類から顔を上げた夏目は、珍しく戸惑った様な、自信のない目をしていた。


「いえ…。俺は何も…。」


「いやいや。お前も課長も失恋知らずだったから、余計大変だったろうなと。」


中年になっても可愛い顔の太宰も、意外な事に失恋の経験が無い。


「仕事中に、余計な心配かけて、ごめんなさい。」


2人に頭を下げる甘粕をどうしたらいいのか分からず、夏目はコーヒーを入れに行って、また派手にポットを割り、太宰は手形が着くんじゃないかという勢いで甘粕の背中を叩くしかなかった。


「でも、0・7回は気になりますね。事件が起きない内に伺いましょう。」


「そうだな。」


久しぶりに見た甘粕の無邪気な笑顔に、太宰も漸くほっと出来た。




北条尊の失恋話は、語り口が独特なせいか、笑い話で終わってしまったが、0.7の謎も解け、甘粕にとっても、いい気分転換になった様だ。


特に北条尊の締め括りの言葉は、沁みたらしい。


「いっくら愛し合ってても、運命とタイミングが味方してくれてなきゃ、結ばれないもんなんだなって思う。

だから、甘粕さんの運命の相手は、彼女じゃなかったんじゃねえかな〜。」


キャラの割にいい事を言う。




「やっぱり、色々あった方なんですね。」


帰りの車を運転してくれている夏目が言うと、太宰も甘粕も苦笑しながら頷いた。


「奥さんとは仲直り出来た事だし、貴也君とも、ちゃんと和解出来るといいなあ。」


「あのお父さんなら出来ますよ。子どもっぽいけど、真っ直ぐだから。」


甘粕が言うと、かなり説得力がある。


うんうんと頷いた太宰は、何かを思い出した様子で、突然唸り出した。


「どしたんですか、課長…。」


「流石に3人つーのは、少ねえよな…。」


「ああ、刑事部長に言われた、補充人員の事ですか。」


「そうそう…。」


「候補が居るんですか。」


「う〜ん…。一課から引っ張って来るか、新人発掘するかの二択なんだけど、どっちがいい?。」


「いや、どっちでもいいですけど、一課から引っ張って来るなら、芥川にしないと、泣きますよ。」


「そうなんだよ〜!。でも、芥川じゃちょっと弱いんだよ〜!。」


確かにそれは言えている。


いい奴だし、足で稼ぐいい刑事だが、五課の特殊な事件には精神的に耐えられそうに無い。


「夏目、どう思う?。」


「めんどくさいですね。3人でいいんじゃないですか。」


夏目よりもっと面倒くさがりの太宰が、この意見に食い付かない筈は無い。

甘粕が止める間もなく、太宰の結論は出てしまった。


「うん!。3人でやろう!。」


ーまた刑事部長と喧嘩になっても知らねえぞ…。


甘粕は目を伏せ、人知れず溜息を吐いた。




そして、甘粕の予想通り、刑事部長と喧嘩になり、『デカは二人一組』という太宰のポリシーも危うくなる事から、結局太宰は人員を補充する事にした


一応、第一候補の芥川と面接してみる。


ところが、予想外に芥川の方から断って来た。


「俺は、課長と甘粕さんと仕事したいっす。その気持ちは誰にも負けないっす。でも、五課の事件は怖すぎます・・・。

俺は冷静に現場も犯人も見れる自信がないっす・・・。お手伝い位で我慢しときます・・・。」


と泣きべそで言う。

やっぱりなとは思ったが、そうなると候補が居ないというか、分からないので、内田に相談する。


「五課向けの人材っすかあ!?。そりゃわかんないっすね〜!!!。」


そりゃそうかもしれない。

特殊犯罪に特化して向いている刑事なんて、早々いないだろう。

そういった意味では、夏目との出会いはラッキー過ぎた。


丁度、暇なこともあり、太宰達三人は、一課の隅っこに座り、刑事達を観察しながら経歴を見ていた。


五課向け・・・要するにどんな凄惨な現場や事件にも怯まず、冷静さを保て、ある程度の犯罪心理学の知識を有する者・・・。


「顔と経歴見てるだけじゃ分かんねえなあ。」


甘粕の呟きに、もう既に飽きてきた匂いがする太宰が飛びついた。


「内さんが分かんねえって事は、居ねえってことだ!。他当たろ!。」


「課長、他ってどこですか・・・。ちょっと、ねえ・・・。」


夏目は太宰よりも早く飽きているようで、太宰と共にさっさと五課に戻っていってしまう。

大体、他に当てなんかある訳が無い。

一応、警察学校や所轄の知り合いにも、希望者や向いてそうな人間を紹介してくれと声を掛けたのだが、反応は無かった。


―全くもう・・・。どうする気だよ・・・。夏目みたいなのなんか、早々降ってこねえぞ・・・。


困り果てた甘粕と目が合ったのは、やっぱり芥川だった。


「芥川・・・。」


「甘粕さん・・・。お困りだったら、俺・・・。」


「来てくれるのか・・・?。」


「は、はい・・・。怖いけど、頑張ります!。」


「無理そうだなと思ったら、いつでも一課に戻ってくれていいと言う条件でいいか?。」


「はい!。」


「ありがとう!、芥川!。」


芥川の手を両手で掴んで礼を言う甘粕を見て、芥川は苦笑した。


「課長だけでなく、夏目も飽きっぽいっつーか、短気ですもんね。俺、足は短いけど、気だけは長いんで大丈夫っすよ!。」


こうして、ぐるっと回って一回転して、漸く五課の新しいメンバーが決まった。


「芥川が心配っつーのはね、精神面だけなの。だから、くれぐれも無理せん様にね。」


「ハイっ。」


芥川の歓迎会へ行こうとしたその時、電話が鳴った。


丁度、夏目が電話から遠いところに立っていた為、珍しく太宰が取ると、渋くて低い中年男性ががなっているのが、甘粕たちにまで聞こえてくる。


「元気かあ、この薄らボケ〜!。」


警視に向かってこの言い様。

そして太宰の眉間の皺と苦悶の表情。


電話の相手は、甘粕だけが予想出来た。

例の高輪署にいる、五課要らずと名高い警部だろう。


五課要らずが電話を寄越すということは、余程の事件が起きたと思わざるを得ない。


芥川の歓迎会は延期になりそうだ。



次回に続く・・・




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