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捜査一課と所轄の協力と、原田の部署の調査により、金田正太の調べは進んだ。
金田正太25歳。
7つ上の姉は、国立の大学を卒業。
現在は都内の一頭地で夫と歯科医院を経営している。
兄弟は姉のみ。
両親共に、定年まで公立中学校の教員を勤め、正太の就職後は出身地である栃木県に引っ込み、そちらで暮らしており、近所の住人もそれっきり見ていないという。
現住所になっている立会川周辺の空き地には、その頃まで住んでいたが、近所では有名な家だった様だ。
正太は待望の男の子だったらしく、両親に溺愛されたが、残念ながら勉強は出来ず、成長するに従って、両親の過剰な期待と偏った愛情と、厳しい教育が激しくなり、正太は度々問題行動を起こした。
学校で弱い子を虐めるから始まり、犬猫を虐待する様になり、中学の後半位からは、同級生達にも不気味がられるようになり、登校拒否になると同時に、年がら年中家庭内で暴れ、両親を殴るなどし、何度も警察沙汰になっている。
立会川周辺で猫の切断死体が発見されたのも、正太の仕業と考えて良さそうだ。
高校は通信制の高校に行ったが、結局単位も取れず、退学している。
しかし、突然、3年前から真面目に働き出した。
それと同時に、親は近所の目と正太から逃げる様に栃木に引っ込み、近所の住人も正太がどこに住んでいるのか分からないと言う。
ただ、何故か時々、夜中に正太の車が空き地に停められているのは目撃されている。
その車は貴也の拉致にも使おうとした様で、確保現場の近くに駐車されていた。
ありふれた国産の白いSUVだ。
幸田が解体する勢いでそこら中を剥がしまくって調べてくれているが、今のところ、全て漂白剤で拭き取ってあり、運転席の金田の指紋しか出ていない。
「甘粕、車目撃した住人に聞き込み行ってみよう。空き地とやらも見たい。」
「そうですね。」
被害者を生きたまま切り刻んでいたら、当然悲鳴が出る。
都内の集合住宅で、そんな真似が出来る筈はない。
売る訳ではなく、家を建て壊して、空き地にして移住したというのが、どうにも太宰は引っかかっていた。
その辺りを両親から聴取してくれるよう、栃木県警の知り合いに依頼し、甘粕と出る。
その空き地は寂れた商店街の裏手の小さな土地だった。
太宰が改めて聞いた所、車はいつも、その土地の真上に停めているという。
確かに、雑草が車のタイヤに薙ぎ倒されている。
太宰と甘粕は丹念に空き地の上を歩いた。
2人はタイヤ痕と並行の一角の前に、相談する事もなく、しゃがみ込んだ。
その一角は丁度畳一畳程の大きさで、そこだけ周辺と雑草の生え方が違っていた。
何故かその部分だけ枯れているのだ。
触ってみると、普通の土の感触がしない。
丸で薄いシートの様だ。
掴んで見ると、黒いゴム製のシートに土が載っているだけで、上の土と枯れた雑草がバラバラと落ちた。
「課長、これ…!。」
「甘粕、その下見てみろ!。」
シートを取り去った下には、ステンレス製の大きな扉が見えた。
くり抜き型の取手があり、鍵穴もある。
「鍵…。あいつ、持ってなかったな…。」
「はい。」
「アレで行くか、久々に。」
甘粕は苦笑で頷くと、車のトランクからハンマーを持って来た。
「やっていいですか?。」
「おう。全てをぶつけなさい。」
甘粕は照れ臭そうに頷くと、ハンマーを振り上げた。
「思い出します…。初めて課長に会った日の事…。」
2回目で鍵部分が壊れ始める。
「そうだったなあ。お前、イケメン台無しのびっくり目してたよなあ。」
「だって、初日ですよ。物も言わずにハンマー振り翳してたじゃないですか。」
「俺も若かったんだよ。」
甘粕が初めて捜査一課に行った初日、ヤクザの屋敷で組長の殺人事件が起きたという通報で現場に向かったが、いざ到着してみると頭に血が昇った手下が鍵を掛けてしまい、帰れと喚き、現場に入れない。
通報した姐御が開けろと騒いでいるが、聞かない。
内田達、捜査一課と怒鳴り合いになっている最中、太宰は車からハンマーを持ち出して、いきなり鍵の掛かった門を壊してしまい、そのままハンマーを構えて手下達に怒鳴りつけた。
「ここは今、お前らのヤサであって、そうじゃねえ!。人が亡くなった現場だ!。現場は刑事にとっちゃあ聖域なんだ!。誰だろうが邪魔する奴は、俺が許さねえ!。」
太宰の迫力に、水を打った様に静かになり、現場入り出来たものの、1人は首を日本刀で切り落とされているし、もう1人は割腹しており、内臓が飛び散りという有様で、太宰と、何故か新人の甘粕以外、全員が吐いてしまうという凄まじい現場であった。
2人が懐かしく思い出していると、4回目の殴打でガチャンと鍵部分が壊れた。
大きな扉がスライド式で開く。
2人は手袋をはめ、ライトを照らしたが、何か見えるよりも先に、血の臭いと腐臭にやられて思わず袖で鼻を覆ってしまった。
「凄えな…。新旧相当量の血がありそうだ。」
「はい。覚悟しましょう。幸田さんに連絡入れます。」
「うん。一課の応援も頼もう。」
梯子の様な階段を一段降りる度に、血の臭いは濃くなって行く。
先に床に足を着いた甘粕の足元から、グチャっと粘着く様な嫌な音がした。
「血液っぽいです。」
「そっからか…。」
「あ、電気のスイッチありました。点けます。」
予想はしていたが、明かりに照らされ、浮かび上がった光景に、この道20年の太宰も言葉を失った。
そこは一面、血と内臓と肉の海だった。
何が何だか分からない。
腸なのか、脳みそなのか、血なのかすらも。
そういった物が、全く片付けられもせず、掃除もされず、解体場所らしき解剖台を中心に飛び散っていた。
解剖台には被害者達を固定していたと見られるベルトもある。
恐らく、手足、腰、頭に当たる位置に。
そして、ステンレスの大きな流し台には、不釣り合いに綺麗に洗われた青龍刀が干してあり、業務用サイズの漂白剤が5つ位置いてあった。
逆にこれだけ広い部屋なのに、あるのはそれだけだった。
解剖台の真下に血や内臓が集まって来ている。
よくよく見ると、解剖台と同じサイズの排水溝になっていた。
尤も、下水等には繋がって居らず、金網の下は地面になっている。
やる気だったかどうかは不明だが、水で流して内臓等は捨ててしまおうと思っていたのか。
「課長、もう一部屋ある様です。」
甘粕の声のする方へ、滑らない様、慎重に歩を進め、甘粕がドアを開けた。
咳き込みそうになるほどカビ臭い。
室内は一人暮らしの男の部屋といった雰囲気だ。
大きなテレビとソファー、テーブルの上にはカップ麺の空き容器やスナック菓子のカスや袋が散乱している。
部屋の隅にベットと洋服が掛かっているハンガーラックに冷蔵庫と、ここで生活していたのが一見して分かる。
「だからカビ臭かったんだな。」
「そうですね。」
テレビの横にある棚には、スナッフフィルム等の残虐な映像物と一緒に、手書きのDVDがあった。
中身は空だ。
「デッキの中なんじゃないか?。」
「そうですね。」
甘粕が再生してみると、第一被害者と思しき男性が生きながら、青龍刀で腕を切り落とされ、泣き叫ぶ様子が映しだされた。
2人はいくらなんでも直視出来ず、一瞬目を逸らし、その後、青龍刀を振るう人物に視線を集中させた。
それは、紛れもなく金田正太だった。
別人の様に楽しげで、恍惚と言ってもいい様な表情を浮かべているが、間違いない。
「これ以上は無いっつー物証が出たな…。」
「そうですね…。」
現場検証を後から来た一課と幸田班に任せ、帰庁する途中で、栃木県警の知り合いから電話が入った。
太宰は甘粕にも聞こえる様、オンフックにする。
太宰の違和感は当たっていた。
金田正太の異常性に、両親は早くから気づいていた。
自宅の風呂場や物置で猫を中華包丁で叩き切っているのも気づいていたし、異常に残虐な映画や映像ばかり見ていた事も。
正太に手を焼き、そしてまた恐怖した両親は、頼むから姉や自分達に迷惑をかけず、真面目に生きてくれと懇願する。
それを逆手にとった正太は、だったら、土地と金を寄越せと言った。
そして、この土地から出て行け、自分に関わるなと。
両親は内心ホッとしたらしい。
やっと正太から解放されると。
野に放って、他人様に害を与えるかもしれないという事は、心の何処かで思ったが、それよりも一刻も早く正太から逃げたい、その一心だった。
言われるままに長年住んでいた家を建て壊し、近所の建築事務所に地下室の建築費用を払い、栃木に逃げる様に移住した。
地下室の形状は敢えて聞かなかったそうだ。
つまり、良くない事に使うというのは、承知していた。
「あれで教師やってて、親って言えんですかねえ、太宰さん。」
「そうだねえ…。
にしても、自分の思い通りに行ってる時は猫っ可愛がり。理想と違って、出来が悪かったら思い通りにさせようと押さえつけて、それで歪んで捻じ曲がったら逃げるったあ、同じ親として情けねえなあ。」
「ほんとだよ。まあ、ここは田舎だからさ。多分、ここにも居られなくなんだろうな。明日には村中に噂が広がっちまってるよ。」
「おっかねえけど、バチが当たったとも言えんなあ…。」
「俺もそう思うよ。親は子どもから逃げちゃいけねえよ。」
「そうだね。忙しい所、ほんとに有難う。助かったよ。」
電話を切った太宰は、深い溜息を吐いてしまった。
「珍しいですね、課長。」
「いや、何だかもう…。分かってて見ない振り、知らない振りって、誰がしても嫌なんだけど、親ってのがなんかもう許せなくてさあ…。
勿論、生まれつきっていうのはあるかもしれない。
全部が全部親のせいとは思わない。
でも、ブレーキの効かない車を与えたのは金田の親だ。
犯罪者の親って、とんでもねえの多いけど、偉ぶっててこうっつーのは、なんか憤懣やる方ねえんだよなあ…。」
「分かりますよ。課長は親としての矜持がすっげえある人だから。」
「そうなの?。」
「そうですよ。親だって威張るんじゃなくて、親として当たり前だとか、覚悟だとか仰るし、実際、言行一致してる。」
「ほお…。有難う…。」
「いい事件なんか殆ど無いですけど…。でも今回のは本当嫌ですね…。どこもかしこも悪意しか無い…。」
「ほんとだよ…。さあ…。戻ったら徹底的にやり込めてやろう。」
「はい。」




