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満月の夜3  作者: 桐生初
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しかし、この白川愛美という女、現住所不明で、翌日になっても居所が全く掴めない。


3人で原田の所に押し掛けたが、過去の事しか分からない状態だ。


ただ、彼女がしたストーキング行為というのは、接近禁止令が出るだけあって、かなり悪質で不気味だ。


事の発端は、白川が好きだった男子生徒に、酷い振られ方をした事。

誰がお前なんかとなどと、本人曰く酷い言葉を浴びせられたらしい。

その男子生徒は、校内でも可愛いと評判の女子生徒と付き合っており、嫌がらせはその女子生徒に向けられた。


靴箱にネズミの死体を入れる、着替えの写真を撮り、学校中にばら撒くなど行為はエスカレートし、白川は退学の上、女子生徒側に訴えられ、17歳にして接近禁止令を出される前科持ちとなった。


「ちょっと待って…。この相手の男子生徒…。」


甘粕がスーツの胸ポケットからプリントアウトした写真を出した。


「行方不明の男性の1人に似てます。」


「本当だ。同一人物か?。」


「いえ、違います。別人ですが…。」


でもタイプは似ている。

一見優しげな雰囲気のイケメンで、短髪。

左耳にピアス。


「でも、男子生徒の方は色黒ですね。」


夏目が言うと、パソコンにデータを出しながら原田が答えた。


「そっちはバレーボールなんでしょ?。こっちの子は、サッカーだってさ。」


「今、その男の子、何してんだ。」


太宰が聞くと、原田は直ぐに調べをつける。

いつもながら大した能力だ。


「高校卒業後、宅配のドライバーして、真面目に働いてるね。ストーキング被害に遭った彼女と結婚したみたいよ。二児のパパ。」


「そっかあ…。しかし、実行犯は男だしな…。どう絡んでるんだか、さっぱり掴めない。

白川について、もう少し調べるか。」


太宰が言うと、甘粕が直ぐに反応した。


「俺行きます。」


「じゃ、俺も行こう。」


夏目がバッと振り返った。

普通に考えたら、他に動く用件は無いのだから、太宰は動かずここに居るべきだろう。


しかし、太宰は訳の分からない目配せをしている。


甘粕と話したいのだと、漸く理解した頃には、2人で出て行ってしまっていた。


「聞いたよ〜。課長、心配なんだよね〜。ダーリンのこと、息子みたいに可愛がってるからさ〜。」


「霞さんも、甘粕さんが好きなのかと思ってたんですけど。」


「私もそうかな〜と思ったけど、でも、確かにダーリン、慎重過ぎたんじゃないかなあ。

2人共、30過ぎのいい大人だしさあ。

ハッキリしないダーリン待ってるより、グイグイ来てくれる初恋の人に戻っちゃう気持ちも分からなかないわよ。」


「そういうもんですかね…。」


「好きなら貫けよってか、夏目は。」


「はあ…。」


「ダーリンにとって、ライバルは運命の人だったのかもしれないけど、ライバルにとっては、そこまでじゃなかったんじゃないの?。」


「それ、すっげえ切ないんですけど。」


「だからダーリンは無かったことの様に振る舞ってんのよ。どうしようもないって分かってんのよ、ダーリンは。」


「余計切ないんですけど。」


「ちょっとお。いつものドSはどうしたのよお。」


「想像出来ない事で傷付いてる人を弄べません。」


「うわ、ムカつく。失恋経験無しってか!。」


「はい。」


「わあ〜、嫌だ!。さっさとお帰り!。」




原田にまで理不尽に怒られた夏目は、1人でオフィスに戻った。


そろそろ、今日も日が暮れてしまう。


捜査の進展は殆ど無い。

行方不明者のDNAも第一被害者とは合致せず、被害者探しも振り出しに戻ってしまった。


被害者の為も勿論あるが、傷心の甘粕の負担を出来るだけ減らしてやる為にも、早く解決したい。


もどかしさだけが募る。


白川が、3年前の失恋相手と似たようなイケメンを、他の男に拉致させて、切断させているのだとしたら、一体何を目的としているのか。


そして、実行犯の男との繋がりは。


ー恋愛関係が無いとしたら、利害の一致…。


高校時代の写真や、警察に残っていたデータを見る限り、白川は大凡男にモテそうなタイプではない。


一方、実行犯の男もそうだろう。


ーそれで仲良くやってりゃいいじゃねえか…。なんで連んで、凄惨な殺しをやる必要がある…。


一般人にはそう思えても、彼ら快楽殺人者には何らかの特有の目的や理由があるのだ。


考えたって、夏目には分かる筈もない。


だからまた原田の所へ行った。


「世の中には、切断マニアみたいなの居ますよね。」


「居るだろうねえ。」


「そういうののサイト、調べて貰えませんか。」


「簡単に仰るけど、数限りなくあんだよお!?。」


「だから、なんつーのかな…。殺したいっていうより、多分切りたいんだと思うんですよ。生きてるのを。」


「はあ…。」


「そういうのを言ってる男に、切ってくれみたいに頼んでる女の組み合わせとか。」


原田は、世にも嫌そうな顔で夏目を見上げた。


「それってさあ。要するに片っ端からになるんだけど。もうちょっと絞ってからにしてくんない?。」


「原田さん程の方なら、白川愛美の現住所が分からなくても、ネットのIPアドレスなら探れるのでは?。」


「難しいね。せめて携帯番号位分かんないと、どうにもなんない。分かってんのは本名だけじゃ、ネットの世界じゃかえって分かんないよ。砂浜から星の形の砂一粒探すみたいになる。」


「そうですか…。」


「焦るなよ、夏目。ライバルが居ないから進まないんじゃない。

ガイシャの身元が不明だからなんだよ。」


「ーそうですね…。」


「今までの事件は、ガイシャの身元は直ぐ分かってたし、ヒントも多かった。

勿論、ライバルとダーリンの頭脳と知識、カチョーのカン、夏目の察しの良さとフットワークの軽さで速攻で解決出来た面は大きいけど、それはガイシャの身元が分かってたから。

ガイシャの身元が分かるってだけで、既に6割のヒントを貰ってんだって、前にカチョーが言ってたよ。」


「ーはい。有難うございます。」


「まあ、カチョーは手ぶらで帰って来ないよ。待ってな。」


夏目の去り際に、原田が呼び止め、背中で言った。


「でも、その関連付けは、いい線行ってると思う。何か分かったら、速攻で取り掛かるよ。」


「有難うございます。」


背中なのに、深々と頭を下げて行く夏目の律儀さに、思わず笑みが溢れた。


「あんな鬼でドSの癖に、ダーリンの力になりたいんだね〜。優しいじゃん。」




ハンドルを握った太宰は車を出すなり突然言った。


「溜め込まんで、言いたい事言いなさい、甘粕。」


「ーすみません…。」


「いいから。」


「森検事の仰る通りです。俺がいつまでもハッキリしないから…。自業自得でした…。」


「なんでよ…。」


「4ヶ月前…。デートしたんです。まあ、いつも通り、食事とドライブだけですけど…。」


「うん。」


「結局、その日も好きとも言えず、送って行って、自分ち帰って気がついたんです。」


「何を。」


「霞さんが、俺が言うのを待ってる風だったのを…。」


「そんで、電話したのか?。」


「それでも出来ませんでした…。多分、あれでもう俺は見限られたんだと思います。それっきりデートは断られてましたから…。」


「そうだったのか…。」


「不甲斐ないでしょう…。自分でもそう思います…。でも、いざとなると、自分に全く自信が無くなるんです。

俺なんか拒否されるに決まってるって思ってしまって、だったら、このままで居た方が幸せだと…。」


「何でよ…。甘粕は性格も何もかもいい男だよ…。」


「有難うございます…。親に拒否されて育つと、こうなっちまうんでしょうねえ。」


太宰は、何も言わず、車を路肩に停めた。

驚いた顔で太宰を見る甘粕は、寂しげに微笑んでいた。


「どうしたんですか、課長…。大丈夫ですよ、俺は…。」


その顔を見ていた太宰の目に涙が溢れ出し、甘粕の方が焦ってしまう。


「か、課長!?。大丈夫ですから!。」


「甘粕は良い子だよ…。俺の息子だったら、そこら中に自慢しまくってるよ…。」


長い付き合いの甘粕には、それだけで太宰の言わんとしている事が分かる。


年は15程度しか違わないが、太宰が我が子の様に思っていてくれる事も知っている。


太宰が父親だったら、きっと幸せだったろうなと思ったこともある。


「ー有難うございます…。」


「ー急には無理だろうけど、自信なくなったら思い出してくれ…。お前は俺が今まで会った人間の中で、1番ピュアで根っこからいい奴だ…。俺が言っても説得力無いかもしれんが、自信持って欲しい…。」


「ーはい…。必ず思い出します…。もう後悔しない様に…。」


「ん…。じゃ、夏目が寂しがるから行こうか…。」


「そうですね。ホワイトボードを前にして途方にくれてますよ。」


「そうだなあ。いきなり突っ走らねえと良いがなあ。」




白川愛美の失恋相手の相田という男性は、仕事終わりに会ってくれた。


「ああ〜、白川…。あいつ、ほんと気持ち悪かったな…。」


相田は2人に断って、煙草を咥え、太宰に火をつけて貰うと、会釈してから話し始めた。


「いきなり、『あたしの事好きだよね?。いっつも見てるもんね。』とか言い出したんすよ。全然見てねえし、冗談じゃねえって言ったんだけど、聞ききゃあしねえ。

あんましつこいんで、頭来て、ブスだとか、気持ち悪いとか言っちゃったら、綾香に行っちゃって…。」


「妄想が酷かったという事かな?。」


太宰が確認すると頷く。


「高1の時もあったらしいっすよ。やっぱ、サッカー部の奴だったんですけど、白川と付き合ってるとか噂立てられて、やっぱし、男がキレたらしいっす。」


「その人や、彼女とかは被害に遭わなかったの?。」


「うん。逆にそいつがムカつくあまり、白川を突き飛ばして、怪我させちゃったから停学食らっちゃったんで、白川もまあいいかってなったのかなあ、よく分かんないっすけど。」


「白川さんの仲のいい友達とかは知ってる?。」


「いや、いっつもボッチでした、あいつ。兎に角なんでも妄想なんで、女子もキモイって近寄らなかったみたいっすよ。

父親がどっかの社長で金持ちだとか言いふらしてたけど、母子家庭でアパート暮らしだったらしいし。」


それは原田が調べてくれた履歴で確認されている。


白川愛美の両親は早くに離婚している。

愛美の下に父親の違う弟が2人おり、母は偶に飲み屋で働く程度で、ちゃんと働いている訳でもなく、父親からの養育費も無い状態で、生活保護を受けながら、1kのアパートに4人で暮らしていた。

母親がネグレクト気味なので、児童相談所の要注意家庭に入っているのも確認されている。


愛美が退学になってからは、祖父母の家に行かされたらしいのだが、母親とは真逆の厳しい祖父母だそうで、1ヶ月も経たない内に家出して、それっきりになっており、祖父母も知らない、勘当していると、捜査員の問いにも全く答えられなかった。

家庭環境から行っても、母親が愛美の居所を知っているというのは考え難い。


実際、捜査員がアパートを訪ねたが、全く分からない上、心配している様子も無かった様だ。


しかし、当時から病的な妄想癖と虚言癖があったというのは、ある意味収穫だろう。


「この辺で見たりとかしてないよね?。」


「見たら速攻で警察に言ってますよ。子ども2人も居るし。」


「そうしてね。」


「はい。つーか、白川、とうとう犯罪者っすか?。」


「いや、未だなんとも。でも、起こしそうだと思ってるんだね。」


「思いますよ、そりゃあ。ほんと、綾香の事、殺すんじゃねえかって、俺、ずっと綾香の側離れなかったもん。だから卒業したら、直ぐ結婚したの。」


「そうだったんだ。偉いねえ。」


「惚れた女は守らないとね。」


20歳そこそこの若者に言われると、思わず笑ってしまいそうになるが、必死に抑える。

だって、彼は本気なのだ。

そして、精一杯、彼女を守って来たのだろう。

立派な物である。


「一応、奥さん、お子さんと、貴方にそっと警備の人間付けます。何かあったら、遠慮なく言ってね。俺の電話番号渡しておくから。」


礼を言われ、立ち去ろうとすると、急に何か思い出した様子で、太宰を呼び止めた。


「ーあ…。刑事さん。これ、関係ねえかもしれねえけど。」


「うん。何?。」


「白川さあ、退学になる直前、鋏で男の手を切ってんだよ。」


「同級生の?。」


「そう。綾香への嫌がらせ、みんな怒ってくれててさ。まあ、やり過ぎかなとも思ったけど、虐めになって来てたんだよ。みんなで嫌がらせして。俺達にしてみれば、仕返しのつもりだったけど、楽しんでた奴らも居たかも。」


「そっか…。」


「そん時に、白川が変な事してたんだよ。スポーツ選手とかアイドルとかの写真の顔とか手足とか切って、貼りつけて、理想の男作ってんだとか言って…。」


太宰と甘粕は思わず顔を見合わせてしまった。

主犯が白川だとしたら、それを実際にやってしまっているのではないのか。


「でね、それを取り上げて、気持ち悪いって破いて踏ん付けた男の手を持ってた鋏で挟んだの。

幸い切れ味悪い鋏だったから、刺さる位で済んだんだけどさ。」




夏目は、甘粕の予想通り、ホワイトボードを前に、椅子の背もたれにもたれて、長い脚もデスクに載せてしまいと、太宰達が居たら絶対にしない格好で、途方に暮れていた。


ーする事が…無い…!。


本当に無い。

無関係の書類整理まで終わってしまった。


ホワイトボードに付け足す事も何も無い。


その時、電話が鳴った。


思わず勢い込んで出てしまうが、夏目が『捜査五課』と言う前に、向こうが叫んだ。


「北条です!。」


この声は、貴也の父の方だ。


「夏目です!。何かありましたか!?。」


「ちょ…ちょっと直ぐ来て…。いででで!。この野郎、落としとくかあ!?。」


明らかに何かあった様だ。

夏目は居場所を聞くなり、オフィスを飛び出した。




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