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満月の夜3  作者: 桐生初
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太宰達が到着した時には、もう柊木が到着していた。


「あの仏さんの手脚だろうな。切断面も同じ。太さも同じ。

仏さんは、バレーボールかなんかやってたくさいな。」


「分かるのか。」


「おう。何度も突き指してるし、ボール触ってばっかいた様な掌のマメ。

両手首の皮膚も硬くなってるし。

それに片側の手だけ大きくて、皮も分厚くなってる。

サーブでこうなったんだろう。」


「スポーツマンな訳だな。」


「だな。胴も長くなってる所見ると、成長期にずっとやってたっぽいな。6年位はやってたんじゃねえか。」


「となると、18歳以上って感じか。」


「まあ、詳しい事は解剖してみねえとなんとも言えねえが、胴体の方から採った血液の検査結果から行って、成長期は終わってるから、18歳以上と見て、間違いねえだろ。」


「力も強そうだよな。」


「それなりにな。」


「薬物反応は?」


「血液からは出て無え。嗅がせたもんは出ねえのよ、太宰。」


「ああ、そうか。仏さんの推定身長は?」


「胴体と合わせて、どんなに顔がデカくても、180位だろうな。」


となると、容疑者よりは小さい。

背後からいきなり麻酔薬などを嗅がせて気絶させれば、拉致は可能かもしれない。


「後、この膝裏の痣。なんかでいきなり殴り付けたんじゃねえかな。それでよろけた所に薬嗅がせた。」


「成る程…。」


だとすれば、非力な男でも、より拉致はし易くなる。


「なんとか身元分かんねえかな。」


「頭無えとなんともなあ。まあじっくり解剖してみるよ。」


身元確認の顔だけでなく、歯形の照合にしても、結局、頭部が無いと話にならないのは事実だ。


太宰達は暗い運河を見た。


現場は確かに人目の無い暗い運河。

発見されたのは、運河の中ではなく、道路から運河に出られる、階段の近くの際だった。


胴体と同じように、黒いポリ袋に入れられた状態で、等間隔に左手、右脚の大腿部、右腕、左脚の大腿部、右の膝から下、左の膝から下と左から整然と並べられていた。

投げ捨てたのではない。

犯人なりのルールがあるようだし、飾っている様に見えなくも無い。


幸田の鑑識の結果や聞き込みの結果を待つしか無い様だ。


太宰は車に戻りながら、北条尊に電話した。

北条尊は太宰の説明に驚く様子も無く、普段の会話の様な調子だ。


「カミさんが心配してました。貴也が狙われるんじゃねえかって。」


「奥様も事件オタクなんですか。」


「貴也の事件オタクは、カミさんの影響だったと、さっき俺も初めて知りました。

そんな訳で、貴也とは大喧嘩になりましたが、明日から朝夕、俺が車で学校まで送り迎えするという事で、漸く決着した所です。」


「有難うございます。でも、喧嘩って…。大丈夫ですか。」


「大丈夫ですよ〜。絶賛俺限定反抗期中なんで、いつもの事です。」


「大変ですね。こちらでも護衛を…。」


「いや、大丈夫です。」


「しかし、北条さん、貴方は一般人ですから…。」


「太宰さ〜ん。」


「はい。」


「大丈夫ですよ。んなヤサ男の1人や2人。」


「それが危ないんですってえ!。」


「貴也を1人にしなきゃいいんでしょ?。税金の無駄遣いさせる方が気が引けるよ。」


「ほんとに気をつけて下さいね…。何かちょっとでも気になる事があったら、直ぐにご連絡を…。」


「はいはい。」


太宰が難しい顔で電話を切ると、通話内容が聞こえていたらしき、3人が苦笑していた。


「北条さん、凄い自信ですね。怖くないのも凄いですけど。」


霞が言うと、甘粕が答えた。


「剣道と古武道歴、合わせると17年位らしい。」


夏目が、『ああ、それで』と納得している。


「なんだい、夏目。」


「いえ。キャラの割に、なんか隙の無い人だなと思いまして。それでかと。」


「そう言われてみりゃそうだのう…。取手に向かって行っちまった時も、凄え迫力もだったけど、隙は全く無かったな。」


「その上、怖い物無しな性格なんですね。人生に負け無しの、所謂、勝ち組って方なんでしょうか。」


霞が面白く無さそうに早口に言った。


「そういう嫌味は不思議と無いなあ。どっかで辛酸も舐めて来てそうな気はするけど。」


「課長、北条さんお好きなんですね。」


「俺は嫌いじゃないねえ。霞ちゃんは嫌いなのかな?。」


「はい。嫌いです!。」


にこやかながらも、あまりにハッキリと言うので、甘粕も夏目も吹き出してしまった。


「だって。俺の女って言い切っちゃう男性って、どうなんですか。

しかも10年以上、奥様に任せっきりで何にもして来なかったくせにいい〜!。偉そうに!。何様!?。

嫌だわ、私〜!。

奥さんはいかにも癒し系で好きですし、貴也君も良い子だなと思うけど、あのご主人は嫌いだわ〜!。」


太宰達も思わず苦笑い。

確かに好き嫌いはキッパリ分かれそうなキャラクターだ。


車に乗り込んだ時、太宰の携帯が鳴った。

動物虐待で似たような惨殺事件が無いか調べていた芥川だ。


「課長、ありました。芝浦からは大分離れてるんですが、京急立会川付近で、動物と脚を切断された猫の惨殺体が3件報告されています。ホシは挙げられてません。」


「やっぱ、一気に上からバンて感じ?。」


「柊木先生に報告書を見て頂いた所、十中八九そうだろうと。」


「分かった〜。立会川っつーと、高輪署…だな、管轄は…。」


珍しく太宰が憂鬱そうな声を出している。


「そうっすね。」


「あいつなら…。ああああ…。いや、もう少し絞らねえとドヤされるな…。うん、有難う。」


高輪署の捜査一課長と太宰との間には、広くて深い川が流れているのだが、その話はまた…。




結局、被害者の発見された身体からは身元を特定出来る様な特徴も手術痕等もなく、又、被疑者の足取りを掴もうにも、監視カメラの位置を把握しているかの様に、途絶えており、捜査は難航した。

被害者の分かる範囲の情報を提示して、公開捜査に踏み切ろうかとした5日後の事だった。


「ーだから…。お前は現場に出るなよ…。」


またしても、現場荒らしの江崎の芝浦署管内で、遺体の一部が発見された。


今度もまた、飲食店の裏手にあるゴミ置き場に、黒いビニール袋が置かれてあり、不審に思った従業員が持ち上げた所、血が流れ出したので、通報した。


「だって、太宰…。俺、課長だし…。」


「もう、広報か、補導課かなんかにしろ〜。」


江崎の背中をさすってやりつつも、追い出す様に所轄の車の方に行かせて、部下に概要を聞く。


「従業員が黒いビニール袋を発見したのは、午後6時です。その前、5時半頃に出た時は無かったと。

ここは前回と違って、通行人が通る道路からはかなり奥まっているのもあって、今回は目撃者は居ません。」


「一応、前回の一件の時のマスク姿の男のモンタージュとカビ臭い、台車押してる、背が高い等の特徴と合わせて、聞き込みしてくれる?。」


「はい。」


柊木はもう来ている。


相変わらず、背中から不謹慎にもハートマークが飛び散っている様子を見ると、声を掛けるのも憚られるが、話さなくては進まない。


「柊木…。どう…。」


「だっざ〜い!。今回もフレッシュだぜ〜!。」


「だからフレッシュって言うなああああ!。で!?。」


「今回は、両腕しか入ってねえよ。」


「ー胴体はまた別に捨ててあるって事か?。」


「かもしれねえけど、んな事俺が知るか。」


「まあそうだな。んで?。切り口は?。」


「全く同じ。ナタの様な重くて鋭利な刃物で上からバンと一気に叩き切ってる。解剖前だから、確かとは言えねえが、生体反応ありだろう。」


「同一犯と考えて良さそうだな…。霞ちゃん、何かある?。」


いつもなら、前のめりになって3人と一緒になって遺体を覗き込んでいる筈の霞は、何故かかなり離れた所に立っていた。


「霞ちゃん…?。」


「す…すみません、課長…。少々気分が…。」


そういえば、顔色が尋常でない程悪い。


「大丈夫かい?。甘粕、車に…。」


と言っている側から霞は倒れ、所轄の刑事に支えられてしまう。


「ええええ〜!?。柊木〜!。」


「俺え!?。俺は生きてる人間駄目なんだよ!。」


「そうは言っても医者だろお!?。何とかして〜!。」


結局、本人の宣言通り、何ともならなかったので甘粕が病院に運んで、太宰は夏目と2人になった。


「他の部位が捨てられてるって通報は来ねえな…。」


ホワイトボードに貼られた今回の被害者の手脚を見ながら、太宰が呟くと、煙草を咥えた夏目もホワイトボードから目を逸らさずに答えた。


「前回のガイシャと比べると、今回のガイシャはかなり日焼けしてますねえ…。捨てられる、捨てられないってのと、なんか関係あんでしょうか。」


「そうだなあ…。半袖焼けではあるけど、かなり焼けてんなあ…。外でやるスポーツでもしてたのかね。」


「柊木先生の仰る通り、第一被害者がバレーボールやってたとしたら、ずっと体育館ですから、真っ白ですよね。」


「そうだな。真っ白…。逆に第一被害者は顔だけ欲しかったのか…。」


「つぎはぎで、理想の肉体が欲しかったって事ですか?。でも、なんで顔っつーか、頭は2つ共残しとくんですか。八岐大蛇になっちまいますよ。」


「そこだよなあ…。頭部は身元が割れやすい…。捜査を遅らせる為とはいえ、身体の中で1番重いもんをなあ…。」


「そうですよ。腐りますし。」


「う〜ん…。大体、容疑者は男だろう?。

理想の肉体作ってどうすんだよ。被って生きてくつもりか?。」


「映画でありましたよねえ。女性になりたかったがなれなかった男が、女性殺して、皮剥いでミシンで縫って、服みたいに着るっつーの…。」


「そうね…。貴也君の目撃した容疑者の容姿だと、体格良くて、日焼けしてて〜なんて、確かに正反対で憧れちゃうのかもしれねえけど、男って、そこまでやるかあ?。」


「それは俺もそう思いますよ。女性になりたいなら兎も角、体格良くなりたいなら、鍛えて作りゃあいい話ですし。

背はデカそうだし、どうとでもなるでしょう。顔でっかいとか、もしかしたら気にしてんのかもしれませんが、女性程は気にしないんじゃないんですかね。」


「そう、そこよ。」


夏目の言わんとしている事は太宰もずっと感じていた。


このホシは、単独犯なのかという疑問だ。

そして、目撃証言の男と、事件の概要がどうもしっくり来ない。

何か引っ掛かる。

バラバラにするまでなら、理解は出来る。


そういった性癖の鬼畜にも劣る人間が居るのは、この仕事でよく知っているからだ。


だが、今回のホシはそれを取っておく。


しかも、戦利品によくある同じ部位や物を取っておくのではなく、色々というのが、益々奇妙な気がした。


「やっぱり、甘粕と霞ちゃん居ねえと駄目だな。」


「ーそういえば、遅いですね、甘粕さん達。霞さん、重病なんでしょうか。」  


珍しく、少し心配そうな感情を出した夏目に頷き掛けたと同時に、甘粕が幽霊の様に帰って来た。


「ーすみません…。遅くなりまして…。」


「どうした!?。霞ちゃん、重病なのか!?。」


「いえ…。違いますが…。」


と、答えるが甘粕は真っ青な顔で脱力するように椅子に座るなり、頭を抱えてしまった。


「甘粕…?。」


「すみません…。5分下さい…。」


なんだか全然分からないが、こっちでも事件が起きているらしい。




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