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満月の夜3  作者: 桐生初
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太宰達は、長沢の関係者を除いた3人の被疑者の妻全員から、有力な証言を得ていた。


長沢の妻と会沢の妻本人には確認が取れなかったが、彼女以外の妻達2人が、或いはその子ども全員が、全く同じ名前の料理教室に通っていたのである。

会沢の妻本人は不在であったが、代わりに教えてくれた中学生の娘から証言が得られた。


その名は、メリークッキングスクール。

講師の名前は、早乙女麗子。いかにも偽名な感じがする。


妻が通っている場合は、全員が、『簡単時短クッキングコース』という教室に通っていた。

スピード調理、簡単調理を教える教室で、曜日はまちまちであったが、内容は同じ。

子どもの場合は、『キッズコース』というもので、10歳から15歳までの子どもを対象とした、可愛いお菓子や子どもの好きな料理を簡単に出来るよう、教える物だったそうだ。

講師はたった1人で、女性。

皆、1年間通い、教えて貰うよりも、作った後のお喋りの方が楽しかったと一様に証言していた。

全員が1年きっかりで辞めているので、何故1年で辞めるのか、疑問に思って聞くと、1年でカリキュラムが終了になり、次の年も、全く同じ内容になってしまうから、辞めるか、コース替えをするかした方がいいと言われるかららしい。

そんなに楽しいなら、コース替えをしたらと思うのだが、次のコースは、『特別な日のディナーコース』になってしまい、会費が月々1万円の他、随時材料費がプラスされて、実際には、月々2万近く払う事になるから断念したとの事だった。

彼女達が行っていた『簡単時短クッキングコース』は、材料費込みで、月々3千円と、破格値であり、キッズコースに至っては、千円と、儲けは度外視しているかの様だ。

しかし、子どもの場合は、必ず親が一緒に居る事という条件がある。

最初の内は面倒に思った妻でも、講師が癒し系だったそうで、なんでも話せ、いつのまにか自分の気晴らしになっていたという。


そして場所は1年置きに変わっているらしく、目黒、世田谷、大田区と、被害者宅に極めて近いマンションの1室で開かれていた。


会沢の妻は子どもを通わせ、小林の妻は本人が通っていたので、接点は無いが、同じ目黒の教室に通っていた。


1年で終わる事を考えると、佐藤の妻が通っていた世田谷の教室には、長澤の妻も通っていたのかもしれない。


場所は被害者宅と被疑者宅を円で結んだほぼ真ん中。


ここで、太宰の刑事の勘が疼きだす。

実際、彼女や子ども達が行っていた教室は、儲けを目的としているのではなく、被疑者を選ぶ為に、妻から夫の情報を得る為だったのではないか。

その為に、多少家計に余裕が無くても来られる様な値段設定をし、ターゲットの数を増やした。

子ども相手のサービスの様なコースの設定も、親が通うのを躊躇ったとしても、子どもが行きたいと言ったら、多少の無理はする親の心理も上手く突いている。

子どもだけが参加するのなら、情報収集の可能性は低いが、親が必ずつく条件がある。

それが逆に、情報収集の可能性を高めている。


きっかり1年でカリキュラムが終わってしまうというのも、体良く辞めさせて、自分との関わりを断ち切る為なのではないか。


そして、更に太宰の勘をざわつかせた事がある。

1人、本人に確認の出来なかった妻だ。

長沢に次いで、2番目の被疑者、会沢の妻が居なくなっていたのである。

今日、聞き込みで来た時は、確かに居た。

子供のことは全部押し付けていた上、浮気されたと、泣いていた。

それが、夜8時過ぎているのに居ない。

娘の話では、友達に会いに行ったという事だったが、親族やその友達に確認を取ってみたが、知らないという。

携帯の電波も見つからない。


嫌な予感しかしない。

だが、もしも愛の仕業で、会沢の妻に何かあったとして、何故こんなにいいタイミングなのか。

青木が捜査情報を漏らせるとは思えない。

青木には捜査情報を得る術は無いし、今現在、夏目の拘束下にある。

夏目の拘束下で連絡を取るなんて、人間には無理である。


講師の特徴について聞くと、これまた曖昧模糊とした返答しか得られない。

小柄で可愛らしく、教え上手、聞き上手で、上品な先生とだけ。

服装も、女性ならよく見ていそうなものだが、上品で清楚な感じ程度である。

どうやら、ブランドが特定出来る様な服装もしていないらしい。

念のため、子どもにも聞いてみたが、同様の答えだった。

それでも食い下がってみると、白いフリフリのレースのエプロンだけが印象に残っている様な感じだ。


しかし、これだけの収穫だ。

メリークッキングスクールに行って、講師の女性に会えば済む。

そう思って、最後の被疑者小林の妻に聞いたメリークッキングスクールのある集合ビルに、逢坂と合流して行った太宰達は呆然とした。


目黒にある、そのビルの一室は、もぬけの殻だったのである。


不動産屋の閉まりかけたシャッターに滑り込んだ甘粕が事情を聞くと、丁度1カ月前にクッキングスクールを辞めて、出て行ったというのだ。

不動産屋の中で、呆然とする4人。


「そっか!小林の奥さんが行ってたのは1カ月前までだ!。」


太宰が落胆を滲ませた声でそう言うと、全員が大きなため息をついた。


「はあー。先んじるなあ、愛って女…。なんでそろそろヤバいって分かったのかねえ…。」


逢坂が呟くと、太宰が頷いた。


「そうね。大抵は上手く行ってたら、引き際分かんなくなって捕まるんだけどね。」


「とても賢いですね…。ライバルどころじゃなくて、私の上行ってるかも…。」


霞が眉間に皺を寄せて、苦悩の表情で呟いた。


「いや、それはどうだかと思うけど、勘が刑事並みだな。なんでこのタイミングで、会沢の奥さんに聞かれちゃヤバイって思うんだか…。」


太宰が言うと、甘粕が幾分ぼんやりとした口調で言った。


「ガイシャの妻達が、夫殺しの依頼者で、共犯体制だったら、どうですか…。昨日、今日と刑事が来たって、当然、愛に伝えてるんじゃないでしょうか…。」


「そっか…。そうだな!それだ!。だって、愛が捕まっちまったら、自分達もやべえもん!」


一同、納得したところで、逢坂がボソッと呟いた。


「謎はジワジワ解けてくけど、愛は遠ざかってくなあ…。」


そして、間を置かず、不動産屋の従業員に向かって言った。


「そうだ。不動産借りる時、住民票出してるでしょ?。店舗物件だし。」


「ええ。出して頂いてます。少々お待ちください。」


流石弁護士である。

従業員は暫くして、ファイルを持って来た。


ところが、太宰達はまた驚く羽目になる。


「片桐愛?。偽名じゃねえのか?。」


甘粕が思わず呟いた通り、片桐愛という名がしっかり書かれている。

住所は世田谷区の高級住宅街の戸建てで、ここから程近い。


そして、逢坂も納得行かない声音で言った。


「ここに書かれてる生年月日から行くと、45歳だぞ。愛は30前半じゃなかったか?」


太宰の顔が皺くちゃになっている。

偽名としか思えなかった片桐愛という女性が実在している証明。

しかも、目撃証言と10歳も実年齢が違う。

それに、ここまで用意周到に先へ先へと手を打っていた愛が、ご近所に住んでますなんて事があり得るだろうか。

訪ねた所で、ハズレだと、この道20年の勘が言っている。

しかし、出て来た事実を1つ1つ検証して潰して行かない事には先に進まない。


「なんか更に迷宮に入っちまいそうな予感しかしないが、行ってみよう、この住所。」




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