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意味が分からないまま走った。
とにかく化け物につかまってはまずい。
なまりきった体に鞭打ってひたすら走る。
ミキシルさんは行く当てがあるように、少しずつ方角を変えて走っている。
「ミキシルさん、何処か逃げる場所があるんですか!?」
絶え絶えの息でどうにか質問を投げかけた。
「私の家! 近いから!」
それだけ叫ぶのに、こちらを振り向きもしない。
今はミキシルさんについていくことに専念しよう。
「ウワッ!」
小さい悲鳴がした。
見ると、ベルトが転んでいる。こんな時に……
「ベルト君!」
ネムさんがそこで足を止めて迷わずベルトの所に駆け出して行った。
俺も足を止めかけたが、走るのをやめなかった。
ヤツらがそこら中にいるのだ。
そしてヤツらは、ここぞとばかり、ベルトとネムさんに群がった。
生理的嫌悪を誘発する音と、若い男女の悲鳴が入り混じる。
ヤツらはどことなく嬉しそうに血にまみれていった。
クッ………
「ここよ!」
ミキシルさんがある民家に近付いていった。
玄関を開けて俺が来るのを待っている。
俺はますますスピードを上げた。
建物に飛び込んだ。
振り返ったら、ミキシルさんが数体に組み付かれ、引っ張られている。
絶望の表情でも、喰われまいと玄関扉のノブを掴んで抵抗。
その伸び切った細い腕に、化け物が咬みついて、手が離れた。
「イヤアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!!!!」
瞬く間に姿が見えなくなり、また悲鳴とあの音が響き渡る。
俺は反射的に扉を閉めて鍵をかけ、扉を抑えた。
ものすごいペースで扉がドドドドドッと叩かれるが、恐らくそのほとんどがすぐにこちらを諦めてミキシルさんに飛び付いた。
見開いた目を閉じることができなかった。
噛み締めた歯が痛いほどになり、口はからからに渇いていた。
足は例のごとく、パンパンだ。
ノブを握る手の力も抜けない。
―――――――
何分ほどそうしただろうか。
しばらくして俺は扉から恐る恐る離れ、家の奥へと入っていった。
少し広めのリビングで、1人がけソファには目もくれずに壁に寄りかかって座り込んだ。
本当に、一瞬の出来事だった。
まず自分勝手なカールとコマーが死んだ。
多分、リーダーシップを取ってくれたマイクさんと強気な性格のターネックさんが次に死んだ。
昨夜ケンカして、今朝仲直りできたネムさんとベルトが死んだ。
話しやすくて、優しかったミキシルさんも死んだ。
みんな、もういない。
全ての人が持つそれぞれの歴史は、今の一瞬で喰らい尽くされた―――




