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ある朝、初めて2階回廊に上がってみた。
見張り用の小窓以外全ての窓は、1階のそれらと同様に封鎖されている。
ターネックさんが退屈そうに小窓に肘をついて外を眺めていた。
そして、こっちに気付いた。
「おう、どうした?」
「たまには外でも見ようかなと。」
「物好きだねぇ。外なんか何にもないよ。もう、化け物がいるだけ。」
ターネックさんが場所を空けてくれたので外を見た。
本当に、アイツらがキョロキョロしながら歩き回っているのが見えるだけだ。
その数はさすがに数え切れない。
ソフホーズってこんなに人がいたのかと思わされるほどに。
で、外の空気は臭かったが、今更驚くことじゃない。
教会内も時々行なう換気のせいで大分臭くなっている。
見える建物の壁はおろか、緑に雑草がしげる大地も、大部分が血で赤黒く染まっていた。
そして皮肉にも、空は快晴だ。
「ひどいですね…。」
「気付くのが遅いね。まぁこの中にいればここまで来ないと外が見えないから無理もない。」
今まで目を背けていた現実に恐れをなした。
生きた人間は、1人も見当たらない。
タ―――――――――――――ン
「?」
何だ今の…すごく遠くで何かが爆発したような音は?
「お、久々に聞いた。」
ターネックさんが少し驚いたように言う。
久々って?
「あの音は…?」
「ん? 銃声だよ。まぁ若い子は聞いた事ないのもしょうがないか。」
「銃声……。」
銃といえば、ここに来た最初の日に大量に見つけたな。
本で見たことがあるから、銃がどんななのかは知っている。
でも、使った時にあんな音が鳴るのは知らなかったな。
いや、ていうか……
「生存者がいるってことじゃないですか!」
「いるとしてどうすんのさ? 音を聞く限り、大分遠くみたいだよ。」
「う…。」
「大体、ヘリが飛んできた日以降、結構聞いてるけど、最近はめっきり減った。私が思うに、あれは救助ヘリだったんだろうけど、その隊員がどんどん犠牲になっていった。こんなトコじゃない?」
救助ヘリ…?
結局アレは助けに来たヘリだったのか?
―――もしかしたら、政府はあくまでも無関係を装って、この惨劇を他人事のように公表しているかもしれない。
ソフホーズ内で原因不明の異常事態が発生。政府は救助を向かわせることを決定。
ニュースで流すとしたらこんなところか。
そうすれば、事実を知らないソフホーズ内の人たちは政府に心から感謝する。
同じく事実を知らないソフホーズ外の人たちは、政府の勇敢な行いに賞賛を送る。
いちいち理由をでっち上げる必要もない。
外で同じ惨劇が起こるのを恐れる人々もいるだろうが、それは表には出ないだろうな。
自分達の平和のために俺たちを見殺しにしろと言うようなものなのだから。
そして、一部の疑問を持った人たちは議論を交わす。政府に問い合わせもするだろう。
でも、全ては無意味だ。結局事実を知っているのは政府だけ。
―――もちろん、政府が黒幕であるならの話だが。
政府が疑われるとしても、都市伝説程度のものだろう。
あとは、記憶の風化、証拠隠滅……
…なら何故ヘリは、ミキシルさんのいうところの、部隊名が書かれていない、いかにも非公式なものをよこしたのだろう?
国が正義のヒーローを演じるなら公式の軍の方が都合が良いのに。
「気は済んだ?」
ターネックさんが聞いてきた。
まだまだ頭の中はこんがらがったままだが、それは下に行ってから考えよう。
「はい、一応。」
「なら良かった。」
ターネックさんが歯をむき出して無邪気に笑った。
つられて俺も少し笑った。
それで戻るためにターネックさんに背を向けた瞬間、俺の顔から笑顔は消えた。
心から笑える日は来るだろうか…。




