2-5
ようやく落ち着いた。
いや、玄関はせわしなく叩かれまくっているが、とりあえず座って溜息をつく余裕はある。
ミラは体操座りでひざに顔をうずめて動かない。
カトラスは立ったまま玄関を見つめている。
俺はミラの横であぐらをかいていた。
「一体、何が起こってるんだろうな…。」
カトラスが言う。
「さぁな。現実は、死体が走り回って人間を食い漁ってるってだけだ。」
「だからその原因は何なんだって言ってるんだ。」
「知って何になる? 咬まれたヤツは死んでたってアイツらの仲間入りするんだぞ。もう事態の収拾はつかねえよ。」
「フザケんな! 俺は認めねぇぞ。絶対にまた元通りになる。収まらないような騒ぎが一晩で発生するわけがない。」
カトラスはあくまでこの惨劇はいずれ終息を迎えると信じるらしい。
俺は、とてもそんな前向きにはなれない。
もしこの状況が収まるならそれに越したことはないが、それなのに、どうしてもそれを肯定できないでいる。
当然だ。
この惨状は、どんどん拡散していく。
まして、ソフホーズは厚い隔壁に囲まれているのだ。
もうこのソフホーズ内全体に蔓延していても何も不自然じゃない。
そういえば、今日は定期市の日だが、この化け物共が出現したのが定期市開始後なら、開いたゲートから外に出て行ったヤツもいるかもしれない。
世界中がこうなるのもそう遠くはないか…。
「クイル、アイツらはどこから出てきたと思う?」
カトラスが突然聞いてきた。
「さぁ? もう何百体もいるし、最初の個体がどれなのかは分からんな。」
「もしかしたら、定期市の時に外から入ってきたんじゃないか?」
―――なるほど、もう世界中がこの状態で、ソフホーズ内が今まで安全だったということか。
ということは今、ソフホーズの外にはアイツらが殺到しているということか?
…いや、
「だとしたら、今ここで暴れまわってるヤツらは少なすぎないか?」
「何?」
「定期市が開かれるのは多くて月一だぞ。外に出た事ないから世界の広さは知らんが、コイツ等は走り回るし、疲れを知らない。そんなのが片っ端から生きた人間を食いまくったら、そのたびにヤツらが増えるんだから、1ヶ月で世界中が地獄と化しても不思議じゃない。」
「…確かにな。」
「で、地獄と化した状態で、生きた人間が豊富に集まってる所は多分、ここだけのはずだ。としたら、ほとんど世界中の人間がここに集まってくる。の割に、今暴れてるヤツらは少ない。」
「でも、じゃあ何処から…」
「だから知らねぇよ。今大事なのはとにかく生き延び続ける事。それだけだろ。」
またカトラスは黙り込んだ。
そう、俺がここまで走ってくる時も、広いところでは結構遠くから大勢走ってくるのは見えたが、世界中から入ってきたらそんなレベルじゃすまないはずだ。
そりゃ、ソフホーズ外でも最初の出現が3日前とかだったら分からんが…。
…いや、そんなことはどうでもいい。さっきから自分で言ってるのに、まだ外に出れば助かる余地はあると思っている自分に腹が立つ。
とにかく、今は3人で生き残ることだけを考えて…
バキッ
「!!!???」
扉から腐敗した腕が思いっきり突き出てきた!
マジかよ!!!
「カトラス、抑えるぞ!」
「ああ!」
2人で駆け寄り、バリケードの一部を押して抑えた。
だが、扉には次々に穴が開き、ヤツらの腕が入ってきて、バリケードを直に掴んで揺らし始める。
「クソッ、もう長くもたねえぞ!」
「ミラ! 逃げろ!!」
振り返ると、ミラは立ち上がってはいたが、動こうとしていない。
目を見開いて、胸元に手を持ってきてガタガタ震えているだけ。
「逃げろ!! 早く!!!」
どれだけ叫んでもミラは逃げようとしない。
くそ、どうすれば―――!




