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天才魔術師、ヒロインになる。  作者: コーヒー牛乳
第一部 男爵家編

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8/25

ヒロイン、導く


 白銀の凍える世界。

 叫び声を吹雪がかき消した。


「俺達を使え!」

「あなたは命じるだけでいいっす!」

「でも……っ」


「お嬢様がいなくなってしまったら、私たちはどうしたらいいんですか!」

「大げさよ……」


「アンネリーゼお嬢様は、もう一歩も、動かないでください」

「そんな……!」


 四人に肩と頭をわし掴まれ、木の根に座らされた。

 アニーに至っては私の胴と木に紐を結び始めている。不満だ。こんな扱いは前世でも今世の村でもされなかったぞ!


 では、なぜ”アンネリーゼ守り隊”の面々にここまでやいやい言われているかというと。


 ────時はややさかのぼり。


 目を離せばユーリにちょっかいをかけまくるジョンとアッシュ。

 声をかけないと逃げて隠れて一向に集まらないアニー。

 いつまでも馴れ合いはご免だとばかりに孤高ぶるボッチのユーリ。


 ”アンネリーゼ守り隊”は塊だというのに、単独行動が多すぎる。


 まったく、自覚が足りないんじゃないのか。

 ハッ。もしかして有耶無耶にして親衛隊任命なんて無かったことにしようとしているのではないか?それがお前らのやりかたか……ッ


 なんて、私まで疑心暗鬼になってきた頃合いだった。


 身体は子ども・頭脳は天才な冴えているヒロイン、こと私は思いついたのだった。


「────ピクニックしかない、ってね」


「この季節にピクニックする馬鹿なんていませんよ。ああ、いましたね。ここに」


 ユーリは寒さで鼻を赤くしながら今日も尖っている。

 呼ばれたから仕方なく、的な雰囲気で着いてくるのだからかわいいものだ。


「ふふふ。あえて馬鹿をやってみるのも楽しいじゃない。こんなこと、”お利口”だったら経験できないわ」


 やれやれと言い返してみたが(そういえば主に向かって馬鹿と言わなかったか?)後ろからやいやいと合いの手が入る。


「本当に。もう少しお利口だと思ってたんですけどね」

「俺はいい笑顔で穴に落ちていくやつを初めて見た。夢に出そうだ」

「死にに行っているとしか考えられないっすね」

「そこまでにしておこう。あまりの言われように拗ねてどこかに逃げられたら面倒だ」


 四人は肩を寄せ合い、なにやら囁き合っている。しっかり聞こえているが、いちいち目くじらを立てないのが”出来る上司”の条件だ。

 ……ゆくゆくは私も肩を寄せ合いたいが、おいおいでいい。今は物理的に木に繋がれているので、紐がビーンッッと張って肩を寄せにいけない。さみしくなんてない。


 第一回ワクワク親睦ピクニックは最初からなかなかスリリングな展開だった。


 ちょっと美味しそうに見えたので隠れて雪を食べようとしたら、冬眠していたはずの手負いの熊に遭遇。しかも襲撃犯だと思われたのか殺意を込めて追いかけられたり

 (アニーに早口で詰められた。我慢の限界だったのか、雪を食べるという発想も一人で物陰に行くことも貴族令嬢として信じられない以前から思ってましたがー!!と逃げ道なんてない鬼詰めだった。「ごめんなさい」か「もうしません」の二択しか無かった。あのユーリが同情して手を引いてくれるぐらいの詰めだった)


 氷樹が綺麗だと近づけば季節外れの鷹が飛来したのか派手な音と共に氷柱が脳天に落下してきそうになったり

 (私とユーリをひとまとめに吹っ飛ば……助けてくれた、ジョンの力は本物だった。狩られる草食動物の気持ちがわかった。ちなみにアッシュが最初に私の胴に紐を巻こうと言い出したのは忘れない。わざと氷柱の下に行ったとでも言いたいのだろうか。信用が地面より下にある)


 凍った湖が懐かしく、得意気に滑って見せようと氷に乗れば流されそうになり

 (巻かれていた紐で釣り上げられ難を逃れた。やはりジョンの腕力は全てを解決する。釣り上げられる魚の気持ちがわかった。次は網だろうか。勘弁してほしい)


 ───我々はこんなスリリングな冒険をしに来たのではない。親睦を深めに来たのだ。

 時期の問題では無い気もするが、せめて春に改めようと意見が一致した。


 そんなこんなでいよいよ強制帰還するため、帰り道の見当がつくまでその場からもう一歩も動くなと厳命されたってわけだ。


 さて、お気付きだろうか。

 我々一行は雪山ピクニックなんて事件の香りしか無い場所に来ているわけがない。

 男爵邸の裏手に広がる長閑な原っぱと雑木林の中を散策しているだけだったはずだ。


 そのはずだったのだが、恐らく様々なイベントに遭遇するたびに男爵邸とは逆方向に逃げていたようだ。


 もっと正直に言えば、逃げる時にほんのちょっと加速の魔術を全員にほんのちょっとだけかけていたので、ほんのちょっと遠くに来てしまったかもしれない。皆を助けるために仕方なかったのだ。


 土地勘のある皆も不思議がっていて、頭をひねっている。

 私もついでに頭をひねっている。私の少ない魔力量で全員に魔術を複数回かけても、なぜ平気でいられるのだろうか。魔力量が増えたのだろうか。成長期だろうか。はて。


「今度は何をやらかすつもりですか」

「あーいやー、あっ、ほら、ウサギ!ウサギがいるわ!かわいい!」


 ユーリにギロリと睨まれ、慌てて誤魔化す。偶然通りがかったウサギを追いかけようと立ち上がるが、ビーンと私に繋がれた紐が張った。ウサギは慌てることなく、ピョンピョンと通り過ぎていく。


 ふっ、とバカにするように鼻で笑われたような気がしたので、苦し紛れに足元にあった雪を掴みユーリに投げておく。


「散々余計なトラブルを起こして八つ当たりですか。お嬢様は飽きませんね」

「わ、わざとじゃないのよ。そもそも、私たちのそばに冬眠しているはずの熊が傷だらけでいるとは思わないじゃない?」


 呆れた様子のユーリに、無罪を主張するように身振り手振りで訴えかける。


「しかも氷柱を落としたのは鷹でしょう?私じゃないわ!」

「……鷹だったんですか?」

「いえ……見てなかったけど、音が鷹だったわ。ビュオ!!ガキン!!ズバアァン!!よ」

「最後の音はジョンのタックルのあとに俺たちが雪壁に埋もれた音ですね」


「あの音は枝だろ。回るように投げるとあんな音がする」

「そうッスね。鷹の鳴き声はしなかったし……今の時期の枝っていうよりブーメランとかの狩り道具っぽい音だったッスね」


 ジョンとアッシュは普段から枝を投げまくっている側の視点で参加してきた。危ないでしょう。投げちゃだめよ。


「きっと誰か私たちの命を狙っているのよ!」


 だからわざとトラブルを起こしたわけじゃないのよ。

 仮想敵を仕立てて容疑をそらそうとしたが、ユーリは私に付き合いきれなくなったのか考え込み始めてしまった。ちょっと!ユーリが最後の砦なのに!


「実際、人間に狩道具を向けるなんて野盗かと思って逃げたら迷ったみたいッスね」


 皆の表情は暗い。どうやら雪と風で方角がわからないらしい。こんなことになって申し訳ないが、迷子の片棒を担いだ罪を自首する勇気も出ないので黙秘だ。


「だから真冬にピクニックなんてダメだったのよ」

「ピクニックは春にやるもんだろ」

「季節は関係ないっす。メンバーのせいっすね」

「待て。これは俺たちの能力を試されてるのかもしれない」


 そういうことか......!みたいなつぶやきが聞こえたが、もちろんこれは親睦のためのピクニックだ。力量をはかるサバイバル試験ではない。


「だいたい、この大袈裟な防寒具が動きを鈍らせてるのよ」

「早速フラグを立てるのやめてください」

「次は凍死……遭難……!」


 不吉なことを言うのでないよ。

 だいたいここは男爵家の敷地内からたぶんちょっと出ただけ。地続きには違いない。雪なんて、私が育った村に比べたら全然積もっていない。

 ヤレヤレ。いったいどうしたら遭難できるというのか教えてほしいぐらいよ。この、前世は天才魔術師!今世は伝説級ヒロインの私にね!


 まあこれは次の展開への前振りだったってワケ。


 ──ヒロインの行くところにトラブルありが鉄則なのだ。


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