ヒロイン、裁く 3
「だ、だめよ!うちに魔術師でも呼べばいいじゃない!」
「そんなに私を公爵家に行かせたくないのですか?」
「当り前じゃない……」
アリアお母さまの声が揺れた。
「おかしいですね。辺鄙な農村には私を捨てたのに。捨てた子が高位貴族の仲間入りするのは許せないとは」
「なにもわかってないくせに生意気なことばかり!子どもは親の言う事を黙って聞いていればいいのよ!!」
ぶわりとアリアお母さまの叫びが落とされる。
こんなにも激しく激昂する姿を私は見たことがない。
「農村に捨てた?ハッ、殺されなかっただけでも感謝しなさい。あなた、公爵家に行ったら殺されるわよ」
アリアお母さまの緑の瞳が血走って見えた。
「上級貴族は私達と常識も価値観も違う。わかりあえない。あそこは魔窟よ」
ごくり、と喉が鳴った音が他人事のように感じる。
「でも大丈夫。私は”良い子”のアンネリーゼを殺したりなんてしないわ」
「……アリア」
一転、優しく撫でるような声になった。
ベンお父さまが気遣うように華奢な肩を包み込む。
「あなたは男爵領で一生飼い殺される運命なの。それ以外は許さないわ」
低く、そう吐き捨てるように言ったアリアお母さまの顔は、泣いていた。
まるで、傷ついてボロボロになった心から血が流れるように、涙が流れ落ちていた。
「アリアお母さまって、過保護ですね。私が傷つくんじゃないのかと不安なのでしょう。ご自分の時のように」
目を見開いて状況を理解しようと頭を回しているベンお父さまに視線を流す。
「どうやらベンお父さまの勘違いですね。アリアお母さまは最初から公爵家に行くつもりも、行かせるつもりもなかったんです」
ベンお父さまの動きが止まる。
「違いますか?アリアお母さま」
「そうなのか?じゃあ、どうして公爵家に手紙なんて」
誤解が解けた(?)ようで何よりである。夫婦間の仲直りは後でお願いしたい。
ゴホン、子どもが見ている前ですよ!!
アリアお母さまの服を引き、注意をこちらに戻す。ヤンデレ野郎に睨まれたが、後にしてください。
「魔力は危険なものです」
涙に濡れた緑の瞳を見上げ、手を持ち上げる。
「もし魔力が暴走して、アリアお母さまや男爵家の皆を傷つけてしまったら、私は怪物になってしまいます」
「そんな……」
天才魔術師てあった私なので魔力が暴走することはないと言い切れるが、魔術を操ると王家にも知られた今。
王妃派に男爵家が巻き込まれたら。
私は怪物になるだろう。
「……アリアお母さまが私を守ってくれてくださっていることはわかっていました」
恐らく、私を守るために村に隠し、定期的に様子を見ていたのだ。
だから公爵家の動きもすぐに感知して、男爵家に引き取ることが出来た。
「様々なしがらみから隠して守ってくださった。とても優しい母さんと父さんと一緒にいさせてくださった」
私を育ててくれた母さんや父さんは、元は男爵家の使用人だった。母さんはアリアお母さまと姉妹のように育ったと聞いた。
アリアお母さまは、あの育ての父母のような包み込むような愛情を私に向けてはこなかったが、愛情が無かったかというとそうではない。
「アリアお母さまと同じ手でした」
アリアお母さまの頬に触れ、親指をゆっくり滑らせる。
看病してくれた手の感触。私の頬を触る仕草。育ててくれた母の夢を見ているのかと思っていたが、あればアリアお母さまだったのだ。
アリアお母さまが受け取ってきた愛情は、母さんにも伝わり、私に伝わっていたのだ。
「男爵家の皆さんも。優しく、私を守ってくださいました。今度は私が守りたいのです」
涙を拭っても拭っても、どんどん落ちてくる。
その涙は男爵家に来てアリアお母さまと初めて対面した時のものより形を保っていない。
「馬鹿な子」
「お母さまに似たのでしょうか」
「さあ、父親じゃないかしら」
頬に添えた手に、白くて細くて柔らかく。そして温かい手が重ねられた。
男爵家に来た頃は枯葉のようだった私の手は、少しだけアリアお母さまの手の色と似てきていた。
「ベンお父さま、私は公爵家からアリアお母さまを守りますので、中から守るのはお任せしますね。ベンお父さまの押しにかかってますよ」
ベンお父さまだけに聞こえるように風の魔術で囁き声を流す。
「これは取引です。ここで罪を認めてしまえば、アリアお母さまは公爵家の後妻になります。牢の中ではアリアお母さまが傷つき泣いても涙を拭ってあげることすら出来ないのです。そんなの耐えられますか?」
!?とベンお父さまがこちらを見た。
「【地獄の門では一切の”遠慮”を捨てよ】と言います。押して、押して、下がれないほど追い詰めましょう」
嘘じゃない。そんなような雰囲気の古語があったはずだ。たぶん。
「アリアお母さまに必要なのは、一緒に地獄に落ちてくださる方です」
できるでしょう?と視線を流せば、昏い目が返ってきた。
アリアお母さま以外の人間はどうでもいいとすら思っている、ヤンデレキャラならば出来るはずだ。期待を込めて、大きく頷く。
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「ほら、まるくおさまったでしょう」
二人を置いて先に地下部屋から出してもらって、すぐアダムに抱き上げられた。
わかりますよ。これからは夫婦の仲直りの番でしからね。子どもはすぐ退散しますよ。さっきもベンお父さまに『さっさと行け』というような目で睨まれましたからね。
そして階段を登るアダムにドヤァと言ったのだ。
やればできる子なのよ、と。
やれやれ、とアダムが私を下し膝をついた。
「お見事でした」
そしてカシャンと冷たい感触。すかさず腕輪をつけられたようだ。
そんなに警戒しなくてももう魔力は僅かですって。
「今度はそっちの番よ。ユーリを守って」
「ええ。約束は守りますよ。その証拠にこちらをお渡しします」
アダムはわかっていたという表情で胸ポケットから何かを取りだし、腕輪をいじる私の手を広げさせるとコロンと落とした。
藍色に白い花弁のカボションピン。
脳裏に噴水の音とユーリの赤い顔が浮かぶ。
「……あっ」
「なかなか良い品ですね。こちらをアンネリーゼお嬢様へ、と言付かりました。ロマンティックですね」
そんなんじゃない。ロマンティックなことなんて、何もない。
贈り物の言葉とか、シチュエーションとか、色々言って悪かったとは思うよ。けどさ。
こんな、つき返すことないじゃないか。
最後に、あのままユーリにもらっていればよかった。
ん、って差し出されたら、もうって言って、髪にさしてもらえばよかった。
柄にも無く、後悔が浮かんだ思考をアダムが切った。
「あなたはユリウス殿下と縁づきたい?」
眼鏡の奥のアダムの瞳に、私を探る色が見えた。
「まさか。”ユーリ”は私と会いたくもないと思うわ。だから、私の周りじゃなくて、”王妃派”でもない、えーっと、ユーリが安心して暮らせる、優しいお父さんとお母さんになれる方のところへ移してほしいの。男爵家、ダメ、絶対」
ユーリの心のお姉さんとして、譲れない条件をずらずらと並べたが。アダムは眉間に皺を寄せて、唸り声を上げている。そんなに難しい条件だろうか。
「何か誤解がありますね……あぁ面倒だ……」
「難しいの?いくら公爵家といえども、やっぱり難しいこともあるわよね……」
ソウジャナイ、ソウジャナイ、と壊れた機械のように小さい声で呟いていたと思ったが、「まあ物事にはタイミングがありますからね」と気持ちを切り替えたのかアダムは胡散臭い笑顔を持ち上げた。
「あなたの弱みもわかりました。あなたが閣下や、公爵家にとって凶星だとわかった時には、男爵家の皆さまとあなたの育ての親御様がお住いの村、あと”ユーリ”ぼっちゃんですね。消えて頂きましょう」
「最低!」
ハッと口をおさえる。
咄嗟に口から飛び出てしまったが、もうこういう部分は私の愛嬌だと思ってほしい。この口が、勝手に!
アダムの胡散臭い笑顔に凄みが増したが、ここは見逃してくれるらしい。
「くれぐれも、私を”最低”にしないでくださいね」
と、念を押すだけに留めた。
────ヒロインは災難にも好かれやすいのだ。
【一章:男爵家編】 完
【二章:公爵家編】へ、続く!
書き溜めてから投稿を再開します。




