ヒロイン、交渉する 2
「アリア・サルージが、あなたを渡さないと言っているのですよ」
「え」
どうせ公爵家に引き取られることになるなら、こちらにも条件がある!と雇用条件を交渉する段階に移ったが、まさかの保護者の妨害が発覚だ。
「そもそも、あなたを見つけたのは閣下が先でした。なのに二度も彼女にあなたを隠されてしまったんです」
アダムはこめかみをぐりぐりと揉みながら、苦労を語り始めた。
現代において、魔力がある人間は数が減ってきているのが現状だ。
私の前世の時代では魔術師はもっぱら人間兵器のような扱いだった。国土を拡大したい国王の命で戦場の前線に立ち、兵力として魔術を行使していた。
しかし、アダムの口ぶりから現代は戦の無い平和な世の中であり、魔術師は兵器としての需要はないらしい。よかった。
現代では魔力は権力の象徴であり、魔力を家門外に出すわけにはいかない。
そんな背景もあり、公爵家嫡男との関係が噂になっていたアリアお母さまが急に退職。念のために調査を行えば、妊娠の兆候有と情報を掴んでいた。
もし公爵家の御子なら魔力がある可能性は0ではない。
出産後に御子を引き取ると申し出たが、のらりくらりとはぐらかされ。数年経って死産だったと手紙が返って来ただけだった。
しかし墓を掘り返しても遺骸や骨はなく、赤毛が一房だけ棺に入っていた。
秘密裏に彼女の身辺を探れば、同時期に男爵家の侍女が一人子どもを出産し退職した記録があった。
足取りを追い、魔力鑑定に強い魔術師を商人に同行させ探らせ、やっと御子を見つけた。
閣下と同じ色の魔力を持つ、子どもを。
「私が迎えに行ったのですよ。はるばる、あの辺鄙な農村まで。そうしたらもう迎えは来たと言うじゃないですか」
ピキッとアダムの額に血管が浮いた。
「この私が、アリア・サルージに出し抜かれました」
まさかあの村に通りがかった魔術師と迎えに来た荷馬車は雇い主が違ったのか、と今さら顔が青くなる。
道理で魔術師に発見されて、荷馬車で迎えに来るまでが早かったはずである。父さんなんて、私を肩車しながら「アンはどこだッ!?」と探していたほど慌てていた。
「サルージ男爵を引き継いでいた彼女に確認の手紙を送っても、のらりくらりと躱し子どもの存在を隠していたと思ったら。子どもの存在をチラつかせて魔術師に領地に来いと言ってくる始末」
真冬にですよ、とアダムは怒りに憑りつかれた悪魔かのようなオーラを放っている。
普段、あまり苦労話をしない質なのだろう。グチグチネチネチと不満が止まらない。滝のように出てくる出てくる。アダムの気苦労が垣間見える。
私はハラハラしたようにアダムを見ていたが、内心では獲物の隙を見つけた野良猫のようにニタリと笑った。アダムの攻略法、見破ったり。
「……それは随分と大変だったんですね。アダムさんは閣下から頼りにされているんですね」
気遣うようにほほ笑みながら、アダムを見上げる。まるで全てを包み込む聖母のように。
名付けて、【あなたの味方よ】作戦である。
普通、苦労話や不満や愚痴なんて誰も聞きたくないものなのだ。それに自らの弱味をさらけ出すようなものである。その弱味を受け止めてもらえれたらどうだろうか。聖母のように。
これ即ち、公爵家当主の執事であるアダム攻略の計!
男爵家に来ていた家庭教師たちを誑かして来た技を、ここでも使わせてもらうわ!
もちろん、”アンネリーゼのウキウキ★ドキドキ!?逆ハーレムの会(仮)”に入会してもらってもかまわない。毒舌執事キャラはアツい。
アダムは「当たり前です。もっとも、主人の露払いは私の仕事ですので」とクイッと眼鏡を押し上げた。どんどん饒舌になるチョロ眼鏡……じゃなかった、アダム。よほど溜まっているらしい。
「男爵家に呼ばれたからにはと向かわせた魔術師が、あなたに挨拶をと言っても『体調を崩していて』『病弱で』と頑なに会わせようとしない。結局、こちらに仕事だけさせて終了です。あの女狐め」
いつあの男爵家に来ていたのか知らないが、冬の頃は魔力切れと真冬のピクニック事件でほぼベッドの住人だったので、それに関しては本当かもしれない。心の中で謝っておこう。ごめんなさい。
「……まあいいんですよ。春先に奥様が儚くなり、本家でも色々とありましたので、すぐにあなたを引き取りに行くタイミングではありませんでした」
「そうだったの……それは……」
アダムはそっと優しく目を伏せた。
が、次の瞬間、カッと睨まれる。
「それでなんです?今度は奴隷商人の検挙に、騎士団に姿を見られるだなんて。ありえません。王族にあなたの存在が知られてしまいました。公爵家があなたを迎えるタイミングとして、最悪です」
王族……!話がどんどん大きくなっていってる……!?
「喪中ですよ。そんな時に愛人と庶子を引き取るなんて。重ね重ね、ありえません」
愛人、と庶子……?
ハテ。と頭をひねって、そういえばと気付く。公爵から見たら私は庶子で、つまり、愛人とは。
「アリアお母さまは愛人さん、なの?!」
あのヤンデレ野郎がそばにいて、公爵の愛人を務められるだろうか?とヤンデレ野郎がヤンデレに至る心中を察する。なんてむごいことを。それは病むわ。だからと言って私を売ろうとしたことは許さないが。
「おっと、失礼しました。子どもの前で不適切でしたね。あなたと話していると感覚が狂います。閣下と彼女はこの10年、一度も会っておりませんので正しくは”元”です。しかし、社交界はそうは思わない。火のないところを燃やすのがお好きな方々ばかりなので」
私だったからよかったものの、中身が本当の子どもだったらトラウマ増築してるところだよアダム。
大型失言は一旦、無かったことにして苦労を労わるような顔を作っておく。本当の10歳がここまで気遣い出来ると思わないでほしいところだ。
「アリアお母さまも公爵閣下の元へ一緒に行くの?」
その質問に、ピクリとアダムの眉が反応する。
「……あなたはどう思いますか?」
思う、とは?と首を傾けたら、アダムが前のめりに顔を寄せる。
────「私があなたに求めるのは、頭の良さでも魔力でもない。何もない。使用人と一緒に農民の真似でもして暮らせばいいわ。一生ね」そう言って、私を冷たく見下ろしたアリアお母さまの声が掠める。
「閣下は公爵家にアリア・サルージを迎え入れるのも構わないとのことでしたが、私は反対です。彼女はきっと閣下の弱味になる」
アダムは少しバツが悪そうな顔をして、それを振り切るように自傷気味に溜息をついた。その次の瞬間には覚悟を決めた目をして、私を見た。その瞳に嘘や誤魔化しは見えなかった。
「諸々、何か交換材料になるものはありますかねぇ」
私にはわかるかもしれない。
アリアお母さまの真意とやらが。
「……助けてあげてもいいわ」
わざと尊大な言い方をしてみせ、ごろんとベッドの上で寝返りを打ち、錆びついたようにぎこちなく身体を起こす。
やっと目が覚めたらアダムに力を見せることになって、回復が追いつかないったらない。
かくん、と身体を起こそうとした腕の力が抜けそうになったところをアダムが支えてくれた。
近くで見ると、アダムはまだ青年といえるぐらい若いのかもしれない。
「公爵家に行くのは私だけ。……その代わり」
背を支えてくれたアダムの腕を少し引いて、注意を戻す。
「公爵家の力で、ただの少年一人を助けてほしいの」
難しいかしら、と見上げたアダムの瞳に警戒心が宿る。
「……どこまでご存じなのでしょう」
「何も知らないわ。少し前まで村娘だったのよ」
ベッドの上に座り直し、目線を合わせたアダムにキュルリン★とヒロインスマイルを見せておく。
手が届きやすいヒロインのように親近感を出してアダムの警戒心を解こうとしたのに、可哀想なものでも見るかのような目で見られた。解せない。
もしかしたらアダムは手の届かない崇高な存在に燃えるタイプなのかもしれない。
「……お手並み拝見といきましょう」
────ヒロインは、自分の“強み”を知ってるの。




