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天才魔術師、ヒロインになる。  作者: コーヒー牛乳
第一部 男爵家編

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21/25

ヒロイン、交渉する

 カチリという音の後、手首を見れば繊細なデザインの腕輪があった。

 先日の貴族街の露店で見かけたブレスレットとは確実に格の違う、値の張りそうな意匠だった。しかも、ぴったりサイズ。指一本も入らない。


「報告書によると、あなたは人身売買に関わるアジトを急襲し壊滅状態にさせ、我が国の誇る王立騎士団団長の武器を奪い、奴隷商人を捕縛。……と、ありましたが、そこまで脅威ではなさそうですね。私でも無力化できました」


 アダムはしてやったりと満足そうな顔で椅子に座り直した。

 その余裕しゃくしゃくな顔にイラッとしたので、相打ちになろうとも本当にスーツを消してやろうとするがうんともすんともいわない。


 私の手には先ほどアダムにつけられた腕輪。

 アダムのしたり顔。

 魔術が発動しない私の手。

 アダムの煽るような三日月目。


 何度も視線を行ったり来たりさせ、罠にかかった子狸のように自分の無力を叫んだ。


「外れないわ!」

「外れたら危ないでしょう」


 全く、とアダムは余裕を取り戻し脚を組んで眼鏡を磨き始めた。生意気眼鏡め!


「閣下の言う通り、持ってきていて助かりました。それは魔力を暴走させないようにする子ども用の魔具だそうですよ。閣下からの下賜品です。大切になさい」

「暴走も何も既に十分コントロール出来てましたけど!?」


 そういえば、魔力がある子どもには魔力を暴走させないようにする魔道具を身に着けさせる風習があった。

 魔力を使えない私なんて、ただの無力な美少女じゃないか。ヒロインとしての強みが減ってしまったんじゃないだろうか。


「とにかく、あなたが魔術の遣い手だという情報は真だったことはわかりました」


 アダムの良い笑顔を向けられる。

 さっきまで野良狸でも見るような目をしていたくせに、胡散臭いが過ぎる笑顔だ。


「しかも、かなりの」

「いえいえ、そんなことは」


 あれぐらいで大げさなほどの賞賛である。褒められれば喜ぶとでも思っているんだろうか。もっと言って。


 へへへっと照れ笑いをしつつ、久しぶりの賞賛を浴びる。これだよこれこれ。くぅ~生き返る。大地の息吹を感じるように感じ入っていたが、アダムの「そんなことあるんですよ」という重い声で我に返る。


「こちらの記章はネジ式です。廻旋させる繊細な操作、浮遊、異動、そして物質を消して、出す。しかも無詠唱で、です」


 アダムの笑顔の圧が、強い。


「……あなたは何者ですか」


 私を観察するようにじっと見るアダムの視線に、どう答えた方が良いものか悩む。


 私の実父である公爵はアダムを遣いに出し、私の存在を確認しに来た。

 消すだけならいつでも出来た。それをしなかった。それが答えだろう。


 私が目覚めたこの部屋はきっと公爵が所有する建物なのだろう。調度品の一つ一つが男爵家とは格が違う。

 清潔で豪華なベッドに、身の回りの世話をしてくれていたメイドたち。現時点ではとても丁重に扱われていると感じる。


 そして、私は魔術を使いこなせる。これは魔力を保有している貴族の一部、特権階級の中でも強い武器になる。

 魔力を保有している人間は貴族の一部であり、その魔力を体外に出す【発現】の段階に行くのも稀だからだ。つまり。


 ────きっと公爵は私の存在を手に入れ、新しい駒にしたいはずだ。


「何者だったら、私のお願いを叶えてくださいますか?」


 アダムの視線をまっすぐ返す。

 従順な駒として使いたいなら、それなりの報酬が無くては。


「……閣下は、あなたを判断しかねている。公爵家にとって、吉星か、はたまた凶星か」

「私は使えますよ。どうせなら頭の良い人に使われたい」


 私の答えが意外だったのか、細められていた目が丸くなった。アダムの瞳は綺麗なセピア色だった。そうしていると結構若く見える。 


「同感です」


 私の敬愛する閣下は人遣いが荒いですからね。退屈させませんよ。と、アダムは作り物ではない自然な笑顔でそう言った。



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