ヒロイン、さらわれる 2
「あぁ、起きてたのかい?おチビさん」
私を一瞥したベンお父さまは、ニコリと見知った笑顔を作った。
それでもユーリを離すつもりは無いらしく、またユーリが苦しそうに呻いた。
身体を起こそうとするが、後ろ手に縛られているようで起き上がれない。くそう。私に強靭な肉体があれば、こんな使い古した縄なんてフンッと引きちぎってやるのに。イメージは出来てるのに!!
キッと床に這いつくばりながら、ベンお父さまを睨み上げる。
「ユーリを、離して」
「あぁそんな目で見ないでおくれ。まるでアリアに泣かれているようで胸が苦しい」
まるで用が済んだナフキンかのように乱暴にユーリが落とされる。また私の上に落ちてきた。ひどすぎる。
「────でも、アリアとは何かが違うんだよなぁ」
「!?」
ぐいっと髪を乱暴に引かれ上を向かされる。そこには気味の悪いぐらいいつも通りの笑顔を貼り付けたベンお父さまが、私を覗き込んでいた。
「ぼくのアリアはこんな髪の色ではないし、瞳の色も違う。ぼくのアリアは君のように賢くないし、器用じゃないんだ」
目の奥が、昏い。
「最初はアリアに似ているから悪くないと思ったんだけれどね、やっぱりアリアと違うところに君の父親が見えてしまって。どうにも許せそうにない」
パッと手が離され、反っていた身体が床に落ちる。
「これはアリアお母さまもご存じなのですか。この所業は男爵家の総意なのですね?」
「おやおや、父親が違うと知っても驚かないんだね。……そうか、やっぱり君は知ってたんだね。ぼくのことを他人だと思いながらも”ベンお父さま”と笑いかけてくれていたんだね」
そうか、と聞き取れたのはそれだけ。ぶつぶつと何かを呟くただならぬ様子に私もユーリも理解が追いつかず固まってしまう。
「やはり賢い子だ」
あははは、と狂った笑い声がやけに耳の奥を引っ搔いた。
「そう、ぼくは君の父親じゃない。公爵家の御嫡男……あぁ、今は当主だったか。爵位だけの男爵家の次男の俺なんて視線すら交わせやしない、雲の上の人だよ。雲の上のまま、ぼく達とは違う世界でそのまま暮らしてくれればよかったんだ」
悲しそうな声色なのに、顔は笑っている。
「アリアは雲の上の神に見初められて、捨てられたんだ。ひどいだろう」
もう私たちの声は届いていないのかもしれない。
「アリアにした酷い仕打ちは、結果、誰が責められたと思う?全てアリアが引き受けたんだ。神様に非はないんだろうかって思ったよ」
ド、ド、ド、と鼓動が速い。
これは私の上に寄りかかっているユーリの鼓動だ。緊張感が私にも伝わってくる。
ベンお父さまが陶酔するようにどこかを見上げて語っている間に、ユーリが私を縛る紐を解こうとしていたからだ。
気づかれないように、慎重に。
でもユーリも縛られていてなかなか上手くいかないようで、焦りが伝わってくる。
私も手伝おうと身じろぎすると、落ち着けと手を止めて私の手をゆっくり優しく撫でる。
同い年だというのに。ユーリはこんなに頑張っていて、良い子なのに。
悔しくて悔しくて、腸が煮えくり返っている!!だからユーリが落ち着けと言っているのかもしれない!!
「───まあ、全て過去の話だ。アリアは天上からぼくの元へ帰ってきた」
クルリと視線が戻って来て、ピタリと手が止まる。
「でもね、見てしまったんだ。アリアが、天上人に手紙を出してたんだよ」
ひどいだろう?と胸の中から手紙のようなものを取り出した。まるでアリアお母さまの手に頬ずりするかのように手紙に顔を寄せるベンお父さまは、はっきり言って気色悪い。
「……君のことが書かれていたよ」
急に話しかけれ、咄嗟に「うへぇ」という顔を隠してしまった。つい癖で……!
「またアリアが公爵家に行ってしまうかもしれないんだ。君さえいなければ、いつまでも二人きりだったのに。ぼくは常にアリアの気持ちを受け入れてきた。だから今度も、アリアが天上へ行きたいというなら。ぼくはまた、受け入れなければならない」
ぐしゃり、と手紙が握りこまれた。
よく見れば何度も何度もくしゃくしゃに握られ、また整えられたように手紙はしわくちゃだった。
何度も何度も、繰り返し葛藤したんだろう。
「でももう耐えられそうにないんだよ。アリアをとめられなかったから、君ができた。君が来て、ぼくたちをかき混ぜて、君が大人しくしていないから公爵家に目をつけられたんだ」
手の中の手紙のように。ベンお父さまの心も、もうぐしゃぐしゃに皺がついてどんなに綺麗に伸ばして戻そうとしても元に戻らないのだろう。
元に戻らないならどうするかって?
「火が!」
ベンお父さまが握っていた手紙がボワリと燃えた。
手紙から炎が出ているというのに、ベンお父さまは手を放そうとしない。
手紙が消し炭にならないようにバサバサと必死なベンお父さまを見ながら、ゆらりと立ち上がった。
「つまり、アリアお母さまといつまでも二人で暮らしたいってそうおっしゃりたいんですよね?」
「おいっ……」
私の手を落ち着けと引くユーリの手を、逆に握り返す。
ビクッとユーリの手が揺れたが、ここは信用してほしい。
「それで、そんな理由で、こんな大掛かりなことを?」
「なんだ、何が起きている!?」
ムムムと腕に強化の魔術をかけ、パァン!と引きちぎる。
呆気にとられたベンお父さまの眼前にゆらりと立ち、千切れた縄の端を掴んでピシャァンとしならせ足を狙って引っ掻ける。
「『雲の上のまま、ぼく達とは違う世界でそのまま暮らしてくれればよかったんだ』!?それはこっちの台詞だわ!!!」
縄を魔術でベンお父さまに巻き付け、縛り上げる。きつめにね!!
ちょっと長さが足り無さそうだったので、ユーリの縄を解いてベンお父さまの拘束用に縄を足しておく。最初から縄を引きちぎらずに魔術で解けばよかったわ。
「勝手に捨てて、勝手に呼び戻して、また勝手に売り飛ばす!?あんたがやってるのはアリアお母さまを悲しませたヤツと同じかそれ以下だわ!アリアお母さま以外はどうなってもいいの!?」
ついでに浮遊の魔術で持ち上げて、パッと魔術の展開を止める。そうするとどうなるかって?
先ほど私とユーリが落とされた分だけ浮遊したベンお父さまは、そのまま床にドシャリと落ちた。
本当は私の拳をお見舞いしたいが、か弱いヒロインの腕力より自分の罪(重力)の重さを味わうといいわ。
痛かったんだから!!思い知れ!まだまだァ!歯ァ食いしばれェ!!
「そういうの、ヤンデレっていうのよ!!」
「おい、もう行くぞ」
もういっちょ景気良く!おまけに!と痛めつけようとしていたら、ユーリに手を引かれ出口に引きずられて行く。
「一途な幼馴染はいいけど、ヤンデレはちょっと行き過ぎ!地雷だわ、地雷!」
「なんの話してんだよ、早くしないと騎士団の巡回に間に合わないだろ」
くっ。ユーリは理性的ね!
怒りに燃えていて魔力の巡りの調子が良いのか、まだ落とせるが敵はヤンデレ野郎(ベンお父さまのことだ)だけではない。命拾いしたな。ペッ
「ハッ、ユリウス殿下……まさか騎士団が殿下を助けると思っているんですか」
咳き込み交じりの声が低く落とされ、ピクリとユーリが立ち止まった。
「騎士団の中に王妃派に属する貴族もいます。そこの平民まがいの子ども一人のために、あなたの身を危くさせるなど。嘆かわしい」
「黙れ!!」
行くぞ、と手を引かれ足がもつれないように前に前に出す。
……さっきから殿下って言われてるけど、ユーリってもしかして……!?
────ヒロインのそばにフラグあり、よく言ったものである。




