第八十一話 学校ダンジョン
第八十一話 学校ダンジョン
サイド 大川 京太朗
体育館での入学式。各クラスに戻っての自己紹介。そして今後のカリキュラムについての大まかな説明。
ここまではよかった。普通である。だが、問題はこの後。
『君達が冒険者としてどれぐらいの力量か確かめたい』
と、担任から言われたのである。
坊主頭に身長二メートル近いゴリマッチョ。かまぼこ型の口ひげに純朴な眼をした元自衛官だという『酒井次郎』先生。覚醒者でなおかつ教員免許を持っているという事でこの学校にスカウトされたらしい。
うちのクラスは三十四人。うち二十八人が冒険者免許を持っている。
免許を持っていない六人は免許取得のための勉強。免許持ちは全員地下のダンジョン行きとなった。
入学初日ですよね???
まあ、『Dランクダンジョン』なのでまず死人が出る事はないだろうが、それでも誓約書の『命の危険とか自己責任でOK?』な文章には少しビビった。冒険者免許の時も書いたけどさぁ。
なお、この誓約書を拒否し続けた場合、『別の学校に編入』とかなんとか。一応、去る者は追わず……なのかなぁ?ちょっと怪しい。
兎にも角にも。予想より早かったが元よりここのダンジョンには行くつもりだったのだ。準備を終え、ゲートの前に。
それに、気にはなっていたのだ。同世代の冒険者というやつが。
良くも悪くも熊井君、魚山君ともに平均的な冒険者というには違和感がある。相原君にいたっては『空間魔法』と『召喚魔法』というレア異能の二重もち。
ネットに上がった冒険者の動画を見ても、皆『普通より自信がある』から出しているのだ。あまり参考にならない。
そんな事を考えていたら自分の順番だ。元々パーティーを組んでいた者達はそのメンバーで行くらしい。意外と前の列がすぐに消えていった。ソロなのは……自分と相原君を含めても五人だけ。正直意外だ。もっと個人で動く奴が多いのが冒険者かと。
いや、むしろソロ派な人はあんまりこういう学校に通わないのかも?そんな事を考えるが、慢心のし過ぎもよくない。思考を切り替え、ゲートを潜りダンジョンへ。
異界に入った時特有の違和感の後。出てきた場所は、森に浸食された古代文明の遺跡の様な場所だった。
ヒビだらけの石畳は隙間から雑草を生やし、少し遠くに建っている蔦の目立つ柱。そして木々が生い茂る森と、それと自分を遮る様に建つ薄黄色い石の壁がある。
ツヴァイヘンダーを抜きながら、少しだけ迷った。レイラ達を全員出すかどうかだ。
メリットは『力の誇示』と『教師からの信用』。彼女らも含めれば自分は中々の戦力を有している。それこそ、後先を考えなければ龍殺しができるほどに。
力こそ全てなんて事は言わないが、有るか無いかでは大きく違う。なんせここに集められた者は大半がお互いを知らない。手探りの状況だ。初期の『格付け』は、無視できない。
更に、教師……というか学校側は当然ながら彼女らの事を知っている。入学時に『表向き』のステータスや異能は提出しているのだから。
ここで提出した戦力を出さないというのは、担任の『今の力を見たい』という意図に反する。授業に不真面目な態度をとったと思われかねない。
そんな事をつらつらと考えて――。
一人で、歩き出した。
何気に、一人でダンジョンを探索するのは初めてかもしれない。緊張と僅かな高揚感を抱きつつ、柄を強く握る。
咄嗟に思いついたデメリット。『力の露見』と……まあ、もう一つは秘密だ。語る程の事でもない。
クラスメイト相手に情報の出し惜しみをするのは心配のし過ぎ……なんて事も考えたが、念には念を、だ。
覚醒者同士でもしも戦いになった時、異能の数や種類はかなり重要なファクターとなる。中には初見殺しみたいなのもあるのだ。自分の手札をばら撒きたくない。クラスメイトに殺人鬼がいるなんて考えたくないが、力を持ったら使いたくなるのが人間ってやつだ。誰かしら理性のタガが外れてもおかしくはない。
事前情報の通りなら、この程度のダンジョン自分一人で事足りる。むしろ過剰戦力とさえ言えるかもしれない。
慢心はいけないが、相手の過大評価も厳禁である……って、どっかの漫画かアニメで言っていたな。こうして実際にやるとなると、難しい。
それと、今しがたもう一つレイラ達を出さないメリットが浮かんだ。あまり想像はしたくないが、万が一自分しか動けない状態になった時の帰還練習になるかもしれない。
ファイアードレイクの時に、戦力を出し尽くした後の撤退がどれほど厳しいかを知ったつもりだ。それこそ動けるのは自分一人となった時、レイラ達を回収して独力にて帰還を目指す状況もありえなくはない……はず。
理論武装完了。『一番嫌な事』を補う他の理由を頭に並べたてて石畳の上を進んでいった。
このダンジョンは迷路の様に曲がり角と分岐点が多い。今も十字路を左に曲がれば、すぐに突き当りにあたって引き返した。
ダンジョン、なんて名前なのだからある意味正しくはある。幸い道幅は一人なら剣を振り回しても問題ない。両手で柄を握り、肩に担ぐようにしておく。
そんな呑気な探索をしていれば、兜ごしに雑草の揺れる音を聞き取った。次いで、魔眼が発動。
咄嗟に斜め前へ跳躍。直後、目の前の曲がり角から跳び出してきた影が視界に入った。
一言で表すなら……いや、もうそうとしか表現できない、『でかいゴミムシ』。
黄色と黒の体色に複眼。長い触角を動かしながら、大型犬ほどもあるそいつは体を丸めて尻をこちらに向ける。
そして間髪入れずに放たれる高温のガス。その温度は通常のそれを遥かに上回り約250度。更には猛毒が含まれており、正面から浴びてしまえば常人ならまず助からない。
ただし、覚醒者なら別である。
「よっ」
既に斜め前に跳んでいた事でガスを回避。更に壁を蹴って斜め下――『ジャイアントトラッシュ』目掛けて突貫。ガスを噴いた直後の奴目掛けて剣を振り下ろした。
一撃で頭部を破壊し、返す刀で胸と腹を断つ。分断された体は足を痙攣させ、尻の部分からは先ほどよりも勢いがないもののガスが放出された。
それから一歩距離を開けて視界の端におさめつつ、周囲を警戒。壁に背を付けはしない。そんな事をしたら真上からの攻撃でカメラが壊されかねないからだ。こいつら、普通に壁を歩いてくるし。
粒子となって消えたジャイアントトラッシュ。通称トラッシュ。その場に、拳大の袋の様な物が落ちていた。
少しだけ迷うも、そのドロップ品を持ち上げ慎重にアイテム袋へ。これは『ガス袋』だ。中には液化したガスが入っており、袋の口にある突起が刺激されると一瞬で中身が気化して放出される危険物である。
放置はマナー違反なのでしないが、これは売っても五千円程度の値しかつかない。なんせ、ガスとして利用しようにも扱いが難しいし、毒性はそのままだ。
覚醒者やモンスターにとっては大した物ではないのに、非覚醒者からしたら猛毒。量もそれほど多くなく扱いも難しいという事で、研究用を除いて碌に引き取り先がない。
なお、『浴びても問題ないのになんで避けたの?』という事に関しては『滅茶苦茶臭いから』と言っておこう。腐った肉の臭いを凝縮したみたいな感じだ。
大型犬サイズの昆虫で見た目がキモイ。攻撃方法が凄く臭い高温の毒ガス。ドロップ品は危険物かつ安い。
正に『トラッシュ』。ゴミムシなのに『バグ』がとられて冒険者からそう呼ばれるのも納得なモンスターだ。
英名でゴミムシはトラッシュバグじゃないって?名付けた人に言ってほしい。たぶん、最初に遭遇した人も『ゴミじゃねぇか!』って叫んだんだと思う。気持ちはわかる。
剣を肩に担ぎ直し、周囲を警戒しながら進む。すると、兜越しにまたこちらに接近する音をとらえた。
そして発動する魔眼。振り向きざまに剣を斜め上に一閃。刀身が何かを捉えた感触を覚える。
『………ッ!』
肉と硬い物がぶつかる音をたてて、両断された巨大な蜂『ジャイアントビー』が屍を晒している。マンドレイクを採取しにいったダンジョンでも戦った種類だ。ここにはそんな儲けの良い物ないけど。
念のため頭を踏み潰し、粒子となって消えるのを見届けた。軽く周囲を見回しながら小さく息をはく。
迷路みたいになっているこのダンジョンだが、壁の上を歩いたり跳ねたりしない事を推奨されている。主にこいつのせいで。
正直、自分の体なら噛みつかれたり針を突き立てられても無傷だろうが、組み付かれて上空に持ち上げられては面倒だ。なんのゲームだったかな、『最強の武器は重力と地面』って謳っていたのって。
そんな中またカサカサという音が聞こえてきて、兜の下でまたため息が出た。この接敵ペース。さてはここ、氾濫二歩手前だったな?
少し先の角から六匹ぐらい出てくるトラッシュに、今からでも雪音に頼ろうかなどと考えて小さく首を横に振るった。
これは完全に自分の我が儘だし、バレたら後で間違いなく怒られる。だが、レイラ達を出す一番でのデメリットを無視できない。
端的に言うと、『独占欲』である。
いつも探索の記録をストアに提出しているが、基本的に中身を見るのはAI。それに最終確認も顔すら知らない相手ばかり。
だが今回のは後で授業の一環として生徒全員がお互いのを見る事になるのだ。正直、クラスの男子に彼女たちを見せたくない。
僕の嫁たちは美人ばかりなのだ。絶対にいやらしい目で見てくる奴が出るに違いない。断固拒否である。
カサカサとこちらに向かってくるトラッシュ達の姿に生理的な嫌悪感を覚えながら、剣を八双に構えなおした。
* * *
そんな感じで三十分ほど探索が続いた。
その間に遭遇、撃滅したのはトラッシュ五十以上、ジャイアントビー二十前後。なお、ジャイアントビーのドロップ品もトラッシュと似た様な物なので需要は低い。一応、毒針は加工と濃縮をすればモンスター相手にも有効らしいから、少しはマシな値段がつくが。
時折石畳を割って生えた木に阻まれながらも、帰還用のゲートを探す。すると、少しひらけた場所に出た。
昔は祭壇だった場所……の様に作られた広場とその中央にある四メートルほどの建造物。四角錐型のそれは頂上部が潰れており、不思議な台座がある。そんな場所で、気になる物が二つ。
頂上の台座近くにある、白いゲート。そして、建造物表面にある階段隣の宝箱だ。
久しぶりに見たな、宝箱。崩れかけの石柱の中を通っていき、その前にたどり着く。
さてはて。ミミックが出るか、それともお宝が出るか。お願いだから金目の物を拝みたいものである。特に、こんなダンジョンなので。
そんな事を考えながら――。
魔眼が発動するよりも先に剣を真後ろ目掛けて振るった。切っ先が何かをかすめ、引き千切る感触。
『ギ、ィィィ……!』
人ならざる悲鳴と、緑色の血液が宙を汚す。
振り返った先には、巨大なカマキリが右前脚を失い触覚を上下に激しく揺らしながら歯を動かしていた。
『キラーマンティス』
かつて戦った事のある『シークレット・マンティス』とはまた別の種。そのランクは『D+』だ。
黄色とも褐色ともとれる色合いで統一されたその身体はこのダンジョンでは保護色となり、柱の陰に潜んでいても気づかれない場合がある。
ただ、こういう場所で宝箱やゲートがあると必ず潜伏しているので、きちんと冒険者講習を受けた者ならば奇襲などそうは受けない。
感情の読み取れない眼をこちらに向けるマンティスが、予備動作なしで残った左前脚を振るってくる。
いくつもの棘が生えたそれは、覚醒者でさえ拘束する膂力と頑強さを持っている。高速で迫るそれを、しかしこの眼ははっきりと捉えていた。
深く重心を落としながら、前進。鎌の下を潜りながら、剣を振るう。ツヴァイヘンダーの刀身が滑り込み、あっさりと前足を切断した。
両の前脚を失い、攻撃能力を著しく低下させたマンティス。だが奴がそれを認識するよりも早く、続けて振るわれた剣がその頭を斬り飛ばした。
宙を舞う頭部を横目に、念のため残された体の方を前蹴りで吹き飛ばし視界を確保しながら一歩分斜め後ろにさがる。周囲の警戒をしつつ、奴の体が粒子に変わるのを確認した。
残念ながらドロップはなし。トラッシュのガス袋二つが今回の報酬になるのか。一応、討伐報酬もでるらしいけど……そもそもの話討伐報酬自体が安いからなぁ。
現在、『Dランクモンスター』の討伐報酬は一体につき400円。『D+』でも450円。有川大臣が国会で討伐報酬の値上げを提案するも、その度に却下されているらしい。
七十前後モンスターを倒してドロップ無しだと28,000円前後。高い……とは思えないなぁ。
いや、まだだ。ネガティブな思考をダンジョン内で続けてはならない。まだ自分には宝箱がある……!これで中身がポーションとかダンジョン産の鉱物とかならかなりの儲けが出る、はず!
周囲に気を張りながら、宝箱に近づいた。さあ、中身は――。
魔眼が発動した。
「ちくしょうめぇ!」
『ギギャ』
勢いよく箱ごと中のミミックを踏み砕いた。
あー、やってらんねぇ。帰ろ。
兜の下で唾を吐きたい気分を堪えながら階段をのぼり、さっさとゲートを潜って帰還した。
何気にクラスで最速脱出のようだが、このランクのダンジョンだとそんなもんただの運である。どうせ運を使うならソシャゲのガチャに使いたかったわ。
担任にカメラを提出し、宿題として出されたレポート用紙を受け取って今日は帰っていいとの事なので、とっとと自室に向かう事にした。
……なお、トラッシュのガス袋は桜井自動車に売った。まさかの初提出がゴミそのものなのは、どうか許してほしい。僕は悪くねぇ。
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