第七十四話 処刑場の赤猫
第七十四話 処刑場の赤猫
サイド 大川 京太朗
たしか、このダンジョンで広場となると『C+モンスター』が高確率で出てくる。
一瞬後退する事を考えたが、止めた。間引きをしたいなら数を削るか質を叩くか。魔力を多く有しているモンスターは狩っておきたい。
ついでに、広場によく出るからといってそれ以外の場で出ないわけではなかったはず。だったら確実に来ると思って動ける場所で戦った方がいいか。
最近ようやく慣れ始めたハンドサインを出し、前進。
広場の大きさはかなりの物だ。円形のそこは直径が百メートル近くある。中央にはこのダンジョンには不釣り合いなほど綺麗な水が流れる噴水。そして周囲には通常の民家よりも高い建物ばかり。バルコニーやお洒落なテラスもある事から、ここがダンジョンでなければ憩いの場になっていたかもしれない。
……いいや、訂正しよう。ここがたとえダンジョンでなくとも、憩いの場になどなるものか。
なんせ、噴水を挟んだ対面には『処刑台』があるのだから。
木製ながらしっかりとした造り。頂上には三つのギロチンが並べられ、そこから乾いて茶に近づいた赤い線が下に向かって流れていた。
本当に悪趣味なダンジョンだ。フランス革命でもイメージしているつもりか?ここは日本だぞ。
事前にここの事を聞いてある程度覚悟を決めていても、広場に充満する鉄の臭いはそれだけで胃の奥に不快な渦を作る錯覚を抱くほどだ。
だが、そんな事に思考を割いていられたのはほんの数秒。
『にゃー』
さらさらと流れる噴水の音に紛れて、猫の声が聞こえてきた。
血生臭いこの場所には不釣り合いな、可愛らしい甘えた鳴き声。きっと、これだけを聞いたのなら子猫でも想像したのかもしれない。
『魔力反応増大。モンスターの出現を予測』
だが、現れたのは対極にある存在だった。
音もなく、地面から吸い上げられる様にして集まった『大量の血液』。処刑台の上に集まったそれは、一体の怪物を作り上げる。
「『氷牙・大槌』!」
「『水よ』!」
だが、その最中に放たれた氷と水。丸太の様な氷の牙は真っすぐと、四本の水の杭はそれを囲う様に噴水から伸びていく。
音速とはいかずとも十分に高速と呼べるそれら。処刑台は轟音をたてて砕け散り、盛大な水しぶきと氷と木材の破片が降ってくる。
やった―――。
『にゃーぉ』
わけないよなぁ!
『魔力開放』
魔眼で予知した位置に魔力をまき散らしながら突進。全力の一撃を叩き込むも、それは空を裂き土埃と瓦礫を作り出しただけだった。
てしりと、小さな音が響く。聞こえてきた方向に視線を向ければ、一体の異形がこちらを見ていた。
その怪物を端的に表すのなら、巨大な猫と言うべきだろう。ただし、コレをそう呼べば大半の猫好きは怒り狂うだろうが。
胴体の大きさだけでも軽トラックほどもあり、しなやかな四本脚や尻尾も含めればかなりの大きさだ。宙を流れる血液が毛皮となり、その赤い巨体を構成する。本来瞳がある場所には黒い塊だけがあり、瞳孔など存在しない。
口を開いてただの猫の様な鳴き声をあげているが、その牙もまた血で構成されていた。吐き出す息は、あまりにも血生臭い。
『グレイマルキン』
イギリスに伝わる、血の多く流れた場所に現れる妖精。あるいは魔女の使い魔として語られる存在。ハッグもいるダンジョンに現れたのはなんの因果か。
処刑をされ続けた側である魔女と狼男に、処刑場に現れる妖精。本当に、このダンジョンは嫌になる。
剣を握り直し、グレイマルキンと相対。自分とリーンフォースが並び立ち、後ろにレイラ達が控える。
最初に動いたのは、やはり自分だった。
『魔力開放』
レンガの地面を踏み砕き、前へ。一直線にグレイマルキンに斬りかかる。
先ほど同様回避されるが、今度はそれだけでは終わらない。
「『氷牙・槍衾』!」
「『水よ』」
軽やかに跳び上がった血の大猫に、数十もの氷の槍といつの間にか上空に設置されていた水の塊が飛来する。
その猛撃にグレイマルキンの体が爆発四散する――攻撃が、当たる前に。
「ちぃ!」
舌打ちをしながら視線を巡らせる。ぶわりと広がった血の霧が視界を覆い、『奴のコア』を捕捉できない。
咄嗟に後退し、レイラ達の傍へ。目が視えずとも、契約している彼女らの位置ぐらいはわかる。
『北西、距離十五メートルの距離に敵の核を――』
「独自に攻撃!逃がすな!」
『了解』
リーンフォースの声に即座に吠える。流石の索敵能力だ……!
『にゃっぁ!?』
短い悲鳴。血の霧が一カ所へ急速に集まり、グレイマルキンが姿を現す。だが、その右後ろ脚はなくなっていた。
『回避されました。かすめただけです』
リーンフォースの足元には、灰色の小さい破片が落ちている。
それは灰色の猫の置物――の、後ろ足だ。情報通りらしい。
「よくやった。次も頼む」
『了解』
グレイマルキン。その巨体は本物の血が集まっているわけではなく、魔法の塊……というか魔法によって作られたものである。その本体は内部で常に動き続ける灰色の猫の置物にすぎない。その大きさは掌に乗る程度。
だが、逆を言えばその置物を壊さなければ奴を倒す事はできないのだ。流体であり魔法で形づくられたあの外装は、どれだけ削っても再生する。
『シィィィィィィ………!』
憤怒に顔を歪ませたグレイマルキンの両目が、黒と赤の混ざった光を放つ。
呪詛だ。あの瞳に視られた物に刻印を刻み、その生命力を吸い上げ己の糧とする黒魔法。常人ならば数秒で干からび、奴の身に血を捧げる事になるだろう。
だが、あいにくと。こちらはわざわざ選んでこの迷宮に入ったのだ。つまり。
「おおおおお!」
効くわけがない。レジストを行いながら、斬りかかる。
今度は正面からではなく、左右にフェイントを入れてから噴水を蹴り、跳躍して広場周りの建物を足場に斜め上からその首を狙った。
通常、覚醒者の魔装は魔力を纏っている。それ故にモンスター相手にも攻撃が通じるわけだが……このグレイマルキンの外装はただの魔装では触れる事ができない。魔力の干渉力が足りないのだ。
対処法は大きく分けて三つ。魔法での攻撃。魔道具や異能による流体の無効化。そしてもう一つは。
『魔力開放』
全力で魔力を武器に纏わせて、ぶん殴る!
重力も合わさり、音速一歩手前で突っ込んだこちらの剣。それでなおグレイマルキンは回避を行った。
だが完全には避けきれていない。脇腹を抉り飛ばし、血しぶきを舞わせた。
これもすぐに回復する。だが、それでも……!
「『氷牢』!」
「『フレイムピラー』」
広場に乱立する氷と炎の柱達。それにぶつかる事を嫌い、奴がするりするりと隙間を駆ける。その動きは猫の姿をしているだけの事はあり、しなやかかつ素早かった。
だが二人が作った柱は無作為に置かれたわけではない。グレイマルキンを追い立てる様に熱気を、あるいは冷気を振りまき、その向かう先を限定。
リーンフォースの前へと誘導してみせた。
『目標捕捉――コア、特定』
左の籠手を盾の様に構え、彼女が右手の剣を脇に構える様に引き絞る。そして、駆けた。
いかに大柄な彼女でも、傍目には無謀な正面突撃に見えるそれは。しかしグレイマルキン側が地面を蹴って跳躍する事で回避された。
『ブギャァ!』
重機の突進もかくやという一撃に、血の外装が抉れ飛ぶ。その下に、一瞬だけ灰色の何かが見えた。
たったの一瞬。戦闘の最中のそれを、しかしこの魔眼は見逃さない。
氷の柱を蹴りつけて、垂直のそれに爪先を食い込ませながら駆けあがる。魔力の暴風に背中を押され、グレイマルキンのいる高さまで跳び上がった。
グレイマルキンは広場ではなく、街の方を見ている。逃げる気なのだ。あのモンスターは執念深い性格ながら、しかし一度の戦いに執着しない。
だからこそ、逃がさない。ここで仕留める。
迫る自分に気づいたか、血染めの大猫はこちらを振り返り牙をむいた。
『クァァァッ!!』
ようやく、その姿に相応しい唸り声を聞けた。
その猫の身に違わぬ身軽さで空中でありながら身を捻り、グレイマルキンの爪がこちらに迫る。
それに対し、魔力で体を強引に横回転。バレルロールに似た動きで爪を切り払い、勢いそのまま剣を突き立てた。
だが、硬い物に触れた感触はない。勢いよく液体の中に剣を突き込んだだけだ。ニンマリと、グレイマルキンが笑った気がする。
先の攻防の間に核を移動させたのだ。肉を切らせて骨を切るのではなく、何もない場所を切らせて首を断つために。
血で作られた呪いの猫は、罠にかかった愚か者の頭を噛み砕かんと大口をあけ――。
『魔力開放』
その身体を、内側から弾けさせた。
核を移動されるなど百も承知。だが、そう遠くには動かせないはず。であれば、至近距離で魔力の風を叩き込めばいい。
刀身を伝い直接流れ込んだ魔力の奔流。それが血の体をかき分けてグレイマルキンのコアを打ち砕く。
元より対して強度のないそれは、あっけなく砕け散った。重力により落下しながら、飛び散った血の中に灰色の破片を見る。
「よっと」
建物の屋根に一度着地し、足場が抜ける前に広場へと跳び下りる。直後、ザーっと血の雨が降ってきた。
それらが鎧の隙間にまで入ってくる不快感を味わうが、すぐに粒子となって消えていく。血の臭いもある程度おさまった。
だが気持ちの悪い物は気持ちが悪い。ストアに戻ったら念入りにシャワー浴びよ……。
「主様!」
「旦那様、ご無事ですか!?」
「大丈夫。メンタル以外は」
駆け寄ってきてくれた彼女に答え、ふと視界の端に転がる物が目についた。
「あ……落ちていたんだ」
拾い上げたそれは、灰色の猫の置物だった。グレイマルキンのコア……となるドロップアイテムである。
これを起点に黒魔法使いはアレを作り操作できるらしいが……自分たちでは使い道がない。ついでに需要もあんまりない。だって黒魔法使いってそもそも少ないし。
まあ、それでも売れば五万ぐらいはする。割に合うかは置いておいて、アイテム袋にねじ込んだ。
「三人の方こそ、無事?怪我とか気分とか」
「問題ありません」
「同じくです!」
『自己診断――支障ありません』
「そっか。よかった」
グレイマルキン戦は、ああしてやりづらい上に逃げられたらダンジョンにいる間ずっと不意打ちを狙ってくるらしいので、ここで倒しきれて安心である。なんでも、建物の間を器用に罠だけ避けて流体のまま移動するとか。
だからここは不人気なのだ。ついでに猫好きや犬好きは軽いトラウマになるとも聞いた事がある。血液が苦手って人も、冒険者にはいるらしいし。というか僕だって好きではない。
剣を肩に担ぎ、軽く周囲を見回す。右から左、左から右へ視線を動かした。こういう時こそ基本に忠実に、と。冒険者専門学校に通う前に見返した講習の察しを思い出す。
「問題ないなら、もうしばらく探索を続けよう。出来ればしばらく来なくていいぐらいに間引きしたい」
「「はい!」」
『了解』
アイテム袋から時計を取り出せば、ダンジョンに潜ってまだ三十分しか経っていない。体感では倍ぐらい中にいた気がするが、それだけ戦闘が多いからか。はたまた敵の面倒さがそう感じさせるのか。
なんにせよ、間引きにはまだまだかかる。シャワーは遠いなと兜の下で小さくため息をついてから、探索を再開した。
* * *
ダンジョンから帰還し受付を済ませ、ロッカールームに。
午前、午後ともに三時間。合計六時間の探索は、流石に堪えた。まさか脱出用のゲートを見つけるのにあんな手間取るとは。今までで一番長い時間潜っていたかもしれない。
だが、おかげで儲けの方もかなりの物となった。まだ査定は済んでいないが、討伐報酬込みで170万円前後ってところか。その金額を思い浮かべただけで疲れも吹き飛ぶ……まではいかないぐらい疲労感が残っているが、それでもかなりの額だ。
もう普通に働くの馬鹿らしくなって、冒険者一本に絞る人の気持ちもわからなくはない。ただ、それでもドロップ品の値下がりの波は着実に感じられていた。
今回二つハッグの工房を発見できたのだが、そこで手に入った薬草の類は露骨に買値が落ちている。薬品の方はまだそこまでは下がっていない感じだが……。
噂では、魔法薬の材料に関して栽培が形になりだしていると聞く。今後も値下がりは続くかもしれない。
安定して稼ぐなら金属系のドロップ品か?だがそっちはかなり競争率が高いと聞くしなぁ。前に通っていたエンプティナイトのダンジョンも、今は前以上に冒険者が詰めかけているらしい。その分、トラブルも増えているとか。
ドロップ品の買い取り金額も心配だが、物価の上昇もきつい。
アメリカ、中国。そして他の国々でもダンジョンの氾濫は続いているのだ。農地や牧草地帯。そして漁場なんかも被害を受けている。
……ついでに。これはあくまで噂レベルを出ないが、海上や海底でゲートが出現したなんて話もネット上で話題にあがっている。嘘か本当かはわからないが、それがなくとも貿易関係はかなり厳しくなるだろう。物価の上昇も続きそうだ。
そんな事をつらつらと考えながら着替え、ロッカールームを出て査定の待合室に向かう。椅子に座りスマホを開いた。
「なんじゃこりゃぁ……」
不在着信28件。
顔が引きつるのがわかる。昼休憩の時はこんなのなかった。午後の探索中にこれだけきたの?嘘だろ?
まさか両親や友人に何かあったのかと恐る恐る画面に触れれば、電話の主は『防衛装備庁矢島部長』と表示されていた。
少し安心する。誰かに何かあったのなら別の人から連絡がきているはずだ。警察とか消防とか。
立ち上がってストアの隅っこに行き、電話をかけてみる。もしかして例の件が――。
ワンコールで通話がつながり、少し慌てて口を開いた。
「もしも――」
『きゅぅぉおたろうくううううううんん!!』
声でっか。
咄嗟に耳をスマホから離すが、それでも聞こえてくる声量だ。あの人、こんなに肺活量があったのか。
というか誰だよ『きゅぅぉおたろう』って。
「はい、京太朗です。すみません電話に出られなくて」
『本当だよぉ、君ぃ。どこで何をしていたんだい?』
「隣の市のダンジョンへ探索に。しばらく地元から離れますから、間引きもかねて」
『おや、そうだったのか。仕事ならば仕方がない』
どうやら落ち着いてくれたらしい。あの声量で喋り続けられる事はないとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
……それはそうと、この人忙しいんじゃなかったのか?なんだ着信28件にワンコールキャッチって。怖いぞ。
『まあ、過ぎた事は置いておこう!!私も少々忙しい。三徹から本番と言った奴を殴りたいぐらいには!』
あ、ただ徹夜テンションなだけだわ。なんかすんません。
「お、お忙しい中、わざわざ申し訳ありません」
『いいとも!君と私の仲だからね!!それより、遂に先方から了承を貰えたぞ!』
「本当ですか!?」
『ああ!相手も忙しかったようで中々連絡がつかなかったが、今日の昼に電話が繋がってね。君の電話番号を渡しておいた。ついでに、後で彼女の連絡先をメールで送っておこう』
「ありがとうございます、何から何まで」
『はっはっは!君は命の恩人だからね、これぐらいは安いものさ!!また何かあったら連絡をくれたまえ!それでは、アデゥー!!』
終始ハイテンションで通話を終えた矢島さん。電話越しに彼の後ろからゾンビみたいなうめき声や山崎さんがエナドリを配る声が聞こえていたが、気づかなかった事にしよう。
……やっぱ公務員って今ブラックなんだなぁ。父さん、ストアで働いているけど大丈夫だろうか。一応正式には公務員ではないらしいけど。
帰りに何か買って行こうと決めながら、送られてきたメールを開く。
そこには、待ち望んだ相手の名前と役職。そして連絡先が書かれていた。
さてはて……一体どんな人なのやら。ドラゴンよりは恐くない相手と思いたいが、恐怖の方向性はまるっきり違うからなんとも言えない。
表示されている名前を見ながら、気が早いかもけど緊張で盛大なため息をはいた。
『桜井自動車 魔導機器部門部長 赤城萌恵』
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
※桜井や赤城の苗字に既視感を覚える読者の方がいらっしゃるかもしれませんが、『TSした友人達と』を読んでいない方々にもわかる内容を書きたいと思っておりますので、過去作とはあまり関係がありません。




