第六十九話 金剛
第六十九話 金剛
サイド 大川 京太朗
ドムドムと音をたてて殴られるサンドバッグ。重そうな姿とは裏腹に、『金剛』と呼ばれたパワードスーツは軽快に動いていた。
素人の自分から見ても堂に入った動きで繰り出される拳が、大きな砂袋を幾度もバウンドさせている。鎖は軋みを上げ、今にも破壊してしまいそうだ。
研究員さんの指示でラッシュを止めた金剛……その装着者が市販ではなさそうな大きなランニングマシンに乗って走り出す姿を視ながら、自分はついつい興奮で目を光らせていた。
「どうだね、『高濃度魔力空間活ど――』」
「凄いですね、あのパワードスーツ!」
「……そうだね!」
いやー、こういうの生で見るの初めてだわ。
前にアメリカがパワードスーツの映像を出しているのをテレビで見た事があるが、それよりもかなりいい動きをしている様に見える。これが技術の進歩というやつか。
まあ……科学だけではなく魔法も関わっているようだが。
薄っすらとだが魔力を感じる。残念ながら詳しくは分からないが、たぶんゴーレム系の魔法。
モーター音もするから機械と魔法の融合って事か。なんか浪漫だな。
そうして観察している間にデータ取りは終わったのか、ランニングマシンから降りて台座の上に腰かける金剛。すると、突然ガクリと脱力した様に見えた。
魔力の反応もかなり薄れたから、パワーアシストを切ったのだろうか?すぐに研究員の人達が近寄り装備を外していく。流石に、一人で脱着は無理らしい。
……ちょっとだけベルトとか腕輪状態に戻るのを期待していたが、それは流石に高望みし過ぎか。けど日本男児なら誰でも一回は想像すると思う。そういう変身アイテム。
「どうだね、『金剛』は」
「かなり力が強いですね。『D+』前後ってぐらいですか?スピードも『Dランク』相当ある様に思えましたし」
「おぉ!わかるかね、流石歴戦の冒険者」
「いや、歴戦って」
僕冒険者免許とってから三カ月ちょいなんですけど。
思わず苦笑するが、すぐに『いや三カ月のうちにやべぇのに遭遇し過ぎじゃない?』と少しへこんだ。
……やるべきか。お祓いもう一セット。
「君の見立て通り、金剛は平均『Dランク』のスペックを出せる。これだけなら通常の拠点作業用ゴーレムと同等だが、中に人が入っている分その判断力、思考力は保証されているよ」
「なるほど……」
先ほどまでこの人の地位に不安を覚えていたが、これなら十分すぎる。媚びうっとこ。
「まさかこんな凄い装備が作られているなんて知りませんでしたよ。流石ですね矢島さん!」
「はっはっは!そうだろうそうだろう!もっと褒めてくれたまえ!!ゆくゆくはこれを自衛隊の正式装備として量産し、ダンジョン問題を解決!バケモノどもをただの害獣に……いいやペットにしてみせるとも!」
「いやぁ、そうなる日も近そうですね。救世主じゃないですか、教科書に名前が載りますよ!」
「え゛……いや、うん。そうだね。遠くないうちに、うん」
はて。何やら突然矢島さんが大量の汗を掻き始めたがどうしたのか。空調は効いているはずだけど。
……あの機体、何か欠陥があるのか?けどここで踏み込み過ぎるのもなぁ。
そう考えていると、金剛の外装を外し終わる所らしい。一体どんな人があのパワードスーツを着ていたのかと、興味本位にそちらへ意識を向けた。
こういうのってやっぱりガチムチマッチョな自衛隊の人が――。
「え?」
知らず、気の抜けた声が出る。
それもそうだろう。筋肉だるまなおっさんを想像していたら、華奢な女の子がゴツイスーツの中から出てきたのだから。
色素の薄い金髪を水泳帽の様な物に押し込んだ、白人の少女。ドイツ系だろうか?透き通るような白い肌にエキゾチックな目鼻立ちをしている。
ダイバーが着る全身を覆い隠す水着の様な物を纏っており、そのしなやかな細い手足やスレンダーな体つきがよくわかる。とても戦闘を生業にする人には見えず、どちらかと言うとゴリゴリにインドア派な見た目だ。
まあ、それを言ったら自分とて冒険者らしい見た目じゃないが。通行人B感なら誰にも負けん。
「驚いたかね。マッチョな自衛官が装着していると思っていたかな?」
「はい……まさかあんな女の子とは」
研究員からタオルと水筒を受け取り、汗を拭う少女から視線をはずして矢島さんに答える。
「流石パワードスーツですね。やっぱり、コンセプトは誰でも使える様に?」
「そうだね。兵器は使い手を選ばない物ほど優秀だ。戦闘機や戦艦を否定するわけではないが、やはり操作の難易度は低いに越した事はない」
「おおぉ……」
ごもっともである。コレは恐らく、量産して数でダンジョンの間引きを行う物だ。使い手を選び過ぎるようなら使い物にならない。
そんな事を話していたら、水泳帽を脱いで髪を広げながら件の少女がこちらに近づいてきていた。
同年代の異性がじっとこちらを見て近づいて来たものだから、つい咄嗟に身構えてしまう。
え、どうしよう。見過ぎた?いやちゃんとすぐに矢島さんこと隣のおっさんに視線を固定させたから、セクハラならぬ見るハラにはならない、はず。
まさかここで『さっきじろじろ見てたでしょ、変態』と訴え、僕を脅迫する気か?汚い、汚いぞ防衛装備庁!!
「あなた、今日の敵?」
「え?」
カタコトで話しかけられた日本語に疑問符を浮かべる。
敵?女の敵って意味?……いや違うな。
「あ、はい。本日の『模擬戦』の相手として来ました、大川京太朗と申します」
全力で営業スマイルを浮かべながら、彼女に軽くお辞儀をする。
そう、それこそが今日の仕事内容だ。事前に聞いたのは『試作した新装備のテスターと模擬戦闘をしてほしい』という事だったので、間違いないだろう。
確認の意味をこめて矢島さんに視線だけむければ、彼も大きく頷いていた。
「そうだともエミリア君。こちらの彼が昨日話した凄腕の冒険者さ!なんと竜殺しの経験もある強者だよ!」
「あ、あはは……」
それは苦い記憶なのであまり掘り返さないでほしい。
逃走ルートまでちゃんと考えず、一か八かの賭けに出た未熟者の話だ。あの時は全滅してもおかしくなかったし、花園さんが来てくれなかったら確実に雪音は死んでいた。
「そう、ですか」
少女、エミリアさんがジト目にも見える三白眼でこちらを見上げ、鼻先に人差し指をつきつけてきた。
「殺す気で、きて。じゃなきゃ、意味がない」
「え、いえ。それは……」
流石に了承しかねる。
今回の依頼では矢島さんから手加減を求められていたし、相手もペイント弾を使うと聞いている。つまりお互い安全に配慮したものだ。当然である、あくまでテストなのだから。そんなもんで命を懸けさせられてはたまったものではない。
困惑をあらわにする自分に小さく鼻を鳴らし、エミリアさんが踵を返した。
「私達は、強くなった。それを、証明する」
スタスタと奥の部屋に向かう彼女の後姿を、ポカンと眺める。
え、なに僕なんか怒られる様な事した?やっぱ最初見た瞬間に『B……いや限りなくBに近いCか?』とか『色々小ぶりだけどバランスがいい。ナイスエロ』とか『小尻からしなやかな太ももへのライン、グッド』とか思っていたのがバレたのか?
くっ……我ながら弁明のしようがねぇ。本当にごめんなさい。
「ちょ、エミリア君!?すまないね、京太朗君。彼女はそのぉ……人付き合いが得意ではないうえに日本語がまだ上手くなくって」
「いえ。当然の反応なので……ほんとすみません」
「んん?」
よもや魔眼の動体視力と視野を活かして、できるだけ脳内フォルダに汗で蒸れたピッチリスーツ少女を記録しようとしていたのが察知されていたとは。侮りがたし。そう言えば新兵器のテスターって優秀な人が選ばれるとアニメで聞いたな。
リーンフォースとはまた違ったスレンダー少女のピッチリスーツ。流石に罪悪感がやばい。大丈夫?訴えられない?
けどあの様子だと裁判はなさそうだし……見逃してもらえたのか?ならば、エミリアさんのご要望通り、とまではいかないまでも。本気で勝ちに行くか。それが礼儀と言えるかもしれない。
あの一瞬の視か……観察を見抜く相手。油断慢心は一切できない。これは思った以上の強敵だ。
それにしても……彼女、どこかで見た事があるような……?
* * *
サイド アルトゥール・サントス
「お、準備できたか」
パワードスーツ、『金剛』を身に纏った女性陣に、軽く手をあげながら声をかける。
「待たせたわね」
「いいさ。女性を待つのは男の甲斐性ってね」
恋人のジュリアとほほ笑み合い、このままキスしようかと思ったが装備が邪魔でハグもできないと軽く肩をすくめる。
ヘルメットと武装は無しの状態でも、重装甲なのは変わりない。こういう時は不便なものだ。
「エミリア、今日の模擬戦相手に会ったらしいが、どんな奴だったんだ?」
パウルの問いかけに、エミリアが首を傾げた。
「……薄い?」
「はぁ?」
思わずパウルと二人首を傾げるが、ジュリアは小さく吹き出した。
「私も準備中に聞いたんだけど、この子ったら『覚えてない』って」
「とにかく印象の薄い顔だった。日本人は見分けがつきづらいけど、彼は特段にわかりづらい。正直、顔を覚えられる気がしない」
「そんなにか……何かの異能か?」
パウルが口ひげを撫でながら言うが、確信はもてない。今回戦う相手の詳しい情報は明かされておらず、ほぼ初見状態だ。
もしかしたら隠密系の覚醒者だろうか?だとしたら演習場は開けた平地な分こちらが有利かもしれない。
だが……前日矢島が対戦相手を『ドラゴンスレイヤー』と言っていたのを思い出す。油断はできない。
「にしても、『彼』かぁ。女ではないみたいだな」
「なぁにぃ?またナンパする気だったの?」
ジュリアが笑顔で近づいてくる。だが目が笑っていない。
これは金剛を着ていなかったらケツをつねられていたな。重装甲に感謝だ。
「正直、強そうには見えなかった。それに気の抜けた様子だったから『全力できて』と言っておいたけど」
ふんすといつものジト目のまま胸を張るエミリアに、パウルが眉をしかめる。
「エミリア。お前はまだ日本語が上手くないが、ちゃんと失礼のない言い方ができたか?大事な模擬戦の相手だ、礼儀を忘れてはだめだぞ」
「そうそう。この前も研究員と問題起こしていたし、あんたはもうちょっと勉強しなさい」
「あと、なんでもかんでも指さす癖もな。アレ、日本どころか他でも人にやったら普通に失礼だぞ?」
「……日本語はどうにも難しい」
「最後のは日本関係ねぇって」
「ぬぅ」
唇を尖らせる我らが妹分に笑いがこぼれた後、気を引き締め直す。
「皆、俺達は強くなった。この前は『Cランク』の覚醒者相手にも四対一とは言え一本とれたぐらいだ」
雰囲気を察してか、三人とも表情が変わる。
「だがそれは装備のおかげでもある。このスーツの性能に後押しされているから勝てたんだ。けど、今回は『B+』。これに勝てれば、俺達自身の価値を証明できる」
そう、価値だ。
今は『ちょうどいい弱さ』だから矢島に……魔導装備研究部に雇って貰えているに過ぎない。つまり、簡単に取って代わられる立場なのだ。
ここでこの『金剛』の使い手として技量を示さなければ、いつか自分達の居場所はなくなってしまうだろう。
今日明日の話ではない。それでも、これは必要な事だ。
「だから勝とう。絶対に。それぞれ故郷には帰れない理由を持つ俺達が、ようやく手に入れた居場所なんだ」
その時、耳に付けたインカムから無線が入る。
『アルトゥールさん、ジュリアさん、パウルさん、エミリアさん。準備をして、第七演習場に来てください』
「了解」
日本語でそう返した後、四人で頷き合う。
「いくぞ!お相手を真っ赤にペイントしてやれ!クリーニング代は矢島が出してくれるさ!」
「「「おうっ!!」」」
それぞれヘルムを装着し、置いてあった模擬戦用の装備を手に持つ。
一瞬だけ真っ暗になった視界が、すぐに元通りに変わった。このヘルムは見た目に反し頭頂部についている360度カメラにより視野が狭まる事はない。こうして内側全面に画面が取り付けられており、外の様子を見る事ができる。
……だが、やはりこのヘルムは少しだけ苦手だ。
思い出すのは、自分達が敗走していた時の事。追いかけてきたサラマンダーには勿論恐怖心を抱いているが、それ以上に奥深くへ刻み込まれたものがある。
アレが、恩人だとは理解している。アレが思いのほか普通に会話をしてきたのも、覚えている。
だが、本能が。理性でどれだけアレはただの善人だと認識しようとも、本能が告げるのだ。
あの本当の怪物は。あの理不尽な暴力の塊は。決して自分達が触れていい存在ではないのだと。
一度目を強く瞑って、切り替える。今は模擬戦に集中しよう。自分達の今後に関わる大事な戦いだ。
ペイント弾の込められた銃を手に、扉を潜る。五十メートル四方の開けた場所。そこに歩み出ながら、反対側の扉に視線を向けた。
一秒でも早く相手の魔装から戦闘スタイルを予想しなくては。前回の『Cランク』覚醒者の時は事前に異能や使用武器について詳しく聞かされていたが、今回はそれがない。
さてはて。ドラゴンスレイヤー殿はいったいどんな――。
「……?どうしたの、皆」
立ち止まった俺達にエミリアが無線で問いかけてくる。だが、それに応える事はできない。
「……はぁ……はぁ……!?」
密閉されたヘルムの中で、いやに自分の息がうるさく聞こえた。
――俺達は、トラックほどもある巨獣を幼子の様にあっさりとくびり殺すアレの膂力を知っている。
――俺達は、百メートル近い距離を一足飛びに超えてきて平然としていた跳躍力を知っている。
――俺達は、眼前のアレが本気になれば、自分達など殺された事を認識する間もなく首を刎ねられる事を知っている。
真っ黒な薄汚れたサーコート。一歩進む度にそれから僅かに覗く鎖帷子。両腕の籠手は鈍く輝き、革製のブーツが足音を鳴らす。
手に持った武器こそ、模擬戦用のペイントブレードとバックラー。だが、あの姿を忘れようはずがない。
「よろしくお願いします」
バケツをひっくり返したような、簡素な兜から響く声。
破壊の権化とも呼べる存在が、そこにいた。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.この外人チーム誰?
A.一章で京太朗がサラマンダーのダンジョンで助けた冒険者チームです。十五話と十六話ですね。今は矢島にテスターとして雇われています。




