第三章 エピローグ 後
第三章 エピローグ 後
サイド 小山 耕助
「はぁ……はぁ……!」
はやる気持ちを抑え、カードキーを通して扉を開ける。
ああ、早く、早く!一刻も早く『あのお方』にご報告しなくては!残り六つの扉が、なんと煩わしい!
だがこれだけ警備を重ねるのも愛ゆえに。焦って壊してはいけない。そう自分に言い聞かせる。
我ら『賢者の会』で行った、大規模な学校でのダンジョンの氾濫。計画通りいき、非覚醒者は『間違った修行方法への危機感』を。そして覚醒者には『その様な愚かな事をする非覚醒者への失望と嫌悪』を抱かせる事に成功している。
被害の中心となったのが『学校』というのもミソだ。子供が死ねば誰しも注目し、悲しい災害だったと記憶に残る。
これにて会には更なる金と信徒。そして覚醒者が集まる事だろう。それを使ってこの国に貴族制を……武士制度の再来をもたらすのだ。
と、言うのが馬鹿な幹部どもへの建前。
真の狙いは別にある。『神の果実』を持つ存在を、あぶり出す。その為にこそこれだけの労力を費やしたのである。
そして、それが実を結んだ。
「主上!私です、耕助です!至急お伝えしたきご報告が!!」
『――どうぞ、入りなさい』
「し、しちゅれいします!!」
焦りのあまり返事があってすぐにドアを開けたが、その際に思わず噛んでしまった。羞恥に耳まで赤くなるが、コロコロと笑う『我が女神』の姿に自然と口元が緩んだ。
「落ち着きなさい、耕助。時にはまだ余裕があります。ゆっくりと、お喋りなさい」
「は、はい!」
片目を眼帯で隠してなお、この世で最も美しい美貌のお方。
女神の微笑みに、鼻息荒く報告する。
「遂に、遂に確定しました!伊藤胡桃。その娘こそ主上がお求めになっていた『神の果実』の持ち主です!」
「――そう」
女神の赤く瑞々しい唇が、先ほどとは違った形に弧を描く。
それは少女の姿には不釣り合いなほど成熟し、いかなる高級娼婦すらも芋娘に思えてしまう妖艶さを持っていた。
ああ……ああ。愛しいお方。私の、私だけの女神……!私の妻となる女……!
「『ステータス』というものを可視化できる様にした甲斐がありました。おかげで、こうも簡単に絞り込む事ができたのですから」
「はい!正にその通りにございます!」
世界が変わった日。あの『神代回帰』の時より、覚醒した者達は己の力を正確に知る事が出来るようになった。
それは何故か?確かに、自分の体を視て筋肉の付き方を把握する事はできよう。だが、それだけで何ができ、何ができないかまで理解できるだろうか?
答えは、否。だがそれでなお、魔法使い共もこの事を疑問に思っていない。それも無理からぬ事だろう。
よもや、その様な事を……『世界中の龍脈に手を加え、ステータスが視える様にした』存在など、人類にはありえない。この超常だらけの世界なのだから、視えて当然と勝手に納得してしまったのだ。
神の所業をただの現象の一種と考えた、愚か者共。だが私は違う!このお方より、直々に教えて頂いた選ばれし者ゆえに!
「あの果実を持つ者は、力ある者だと察しはついていました。そして、どれだけ隠そうとしても必ずや『隠す動き』は出るもの」
「誠にその通り……!御身の御慧眼、感服するばかりにございます……!」
各市役所に提出するステータス。魔法による催眠を職員に行ってその中から能力に優れなおかつ『固有異能』に治癒を含む者をピックアップ。周辺を調査し、後はそれらのいる地域でダンジョンの氾濫を起こしてやった。
もしもただ逃げるだけで『固有異能』を見せないのなら、二の矢三の矢を放つか、直接確かめれば良い。一回で済んだのは僥倖。いいや、運命!
「ありがとう、耕助……貴方の尽力あってこそです」
「いえ!いえその様な……!」
自分の小鼻が膨らむのがわかる。
そうだ……私がやった。考えたのは女神であるが、実際に部下を動かし実行したのは私である。
私には、褒美を受け取る権利がある。
「しゅ、主上……!」
「ふふっ……来なさい、耕助」
彼女が深紅のソファーに身を預けたまま、滑らかな素足を前に突き出す。古代の衣服の裾が、僅かにずれ麗しい肌を露出した。
硬い唾を飲み込みながら、そっとその足に触れる。柔らかい。温かい。ふわりと広がる花の香り。ただ夢中に、彼女の爪先へと舌を伸ばした。
* * *
サイド 東郷 美代吉――西園寺 康夫
眠い。
ぼうっとする頭を強引に働かせ、鉛の様な足を無理やり動かした。
県庁のダンジョン対策課に属する表の顔。公安の職員として覚醒者関連で目を光らせる裏の顔。
表だけなら効率と法律の問題で多少は仮眠時間をとれるのだが、裏の方も疎かにはできない。結果、この三日間睡眠時間は一時間のみである。
その前から激務であった事も考えれば、我ながらよくもっている方だと思う。エナドリは人類の英知の結晶だ。こんな物を作り出してしまう人という生物はとても危険だと思う。
どうにか表の方はひと段落ついたので、車に戻り仮眠をとろうとした。
だが、突如鳴り響く仕事用の電話。もはや笑いさえ浮かんでくるが、思考を切り替える。
「こちら東郷。どうしたのかな?」
『十二迷宮災害で逮捕された用務員の男からの情報、裏が取れました。更に暗殺を仕掛けてきた覚醒者を警視庁から借りた覚醒者が撃退。捕縛は出来ませんでしたが、手傷は負わせました。今DNAをデータベースと照合中です』
「それは素晴らしい……怪我人は出たかな?」
『……留置所の警備をしていた警官が一名、殉職しました』
「……そうか。その警官の冥福を祈ろう」
二秒だけ黙祷を捧げ、また目を見開く。
今だけは、眠気が消え失せていた。
「後で報告書をまとめておいてくれ。これだけ揃えば上を動かせる」
『しかし、本当に大丈夫ですか?相手は宗教法人。それも強力な覚醒者を多数用意しています。政治的にも戦力的にも難しいですよ』
「それでもやるさ。やらねばならない」
このままでは日本という国が内側から壊される。それは、なんとしても避けねばならない。
今のこの国はいつ崩れてもおかしくない薄氷の上にある。いっそ壊れてしまえという声もあるが……せめて壊れるのなら、もっとましな方法と人物にやってもらいたいものだ。
あくまで予測だが……小山耕助は日本の未来など視ていない。
あまりにも近視眼的な行動。他の幹部達も大概だが、こいつは特におかしい。少しでも冷静な判断ができるのなら、もっと他のやり方をするはずだ。
裏側に、奴を操る者がいる。そしてそれは……たぶん、『狂っている』。
この部分は本当に勘だ。根拠などない。だが、なんにせよ小山耕助に。『賢者の会』に日本を沈めさせるわけにはいかない。
「どうにかして用意してみせるさ。奴らに手錠をかける手段をね」
『……了解。貴方に預けますよ、私達の命』
「ああ、任せたまえ」
通話を終えた瞬間、ぶり返した様に眠気がきた。
……格好がつかないが、この状態で運転は無理だ。事故を起こす。スマホのタイマーをセットして、十五分だけ仮眠をとる事にした。
ああ……京太朗君に話をしにいかないと……彼とその友人達のメンタルケアと、これからの学校についても色々とやらないといけない。
あいつが作った学校、前倒しで使わせてもらわないとな。
――なにより、あいつ自身の事を、調べなければならない。この考えが杞憂であるという証明のために。
瞼を閉じながら、胸ポケットにしまったライターに触れる。
あの日の約束を。あの日語り合った夢を。思い浮かべながら――。
* * *
サイド とある秘書
「ええ、ではその様に」
通話を終え、受話器を置く有川ダンジョン対策大臣の机にコーヒーの入ったカップを置く。
「ありがとう。ちょうどカフェインが欲しかったんだ」
「いえ、お疲れ様です」
優雅にコーヒーを飲む彼に、内心でため息をついた。なんせ今も涼しい顔で胡散臭い笑みを浮かべているので。
こんな風に平然としているが、もうこの人は三日も家に帰っていない。自分達がどれだけ休んでくれと言っても、椅子で仮眠をとるだけで働き続けているのだ。
「……下山議員は、なんと?」
「『賢者の会』の調査については悟られていない様だ。いや、正確には調査しているのは知っているが、物証が出たのまでは知らないって所かな?」
「そうですか……」
この国は、薄氷の上に立っている。
ダンジョンという未曾有の災害。覚醒者という超人たち。そして有川大臣が一度混乱の渦に叩き込んだものの、既に復活し暗躍する海外の密偵たち。更にはそれらに与する政治家たち。
そこに加えて、『賢者の会』の蛮行。いつの間にか選挙のためにそれと手を組んだ何人もの国会議員たち。
はっきり言おう。もうこの国は駄目だ。海外に物理的か経済的か攻め込まれて陥落するか。モンスターに蹂躙されるか。はたまた国内の覚醒者が暴れ出すか。どれが明日起きてもおかしくはない。
海外とて、安息の地はないだろう。だからこそ外の者達も必死なのだ。全力で来る相手には、全力で食い止める者が必要となる。
そう。それらを土俵際で食い止めている、眼前の彼が。
有川家は代々続く政治家の家系。有川琉璃雄大臣のお爺様は総理大臣だった事もあり、お父様は官房長官を務めていらっしゃった時期もある名門だ。
かく言う私はお父様の代より彼ら一族に仕えさせて頂いている。だからこそ、彼の成長と活躍に涙せずにはいられなかった。
かつてはお爺様やお父様の名前に押しつぶされていたこの方が、今は悠然と微笑み魑魅魍魎を相手に戦っている。この国を、守るために。
その苦労をおくびにも出さず、なんと立派になって……。
腹芸のできぬ政治家は暴君にも劣る。そうおっしゃっていたお父様の教育の賜物だろう。
「もうこんな時間か……すまない。一度帰らせてもらうよ。シャワーを浴びてから、行かないといけない所がある」
「はい。車を用意いたします」
「ああ。公用車じゃなく、家で雇っている方を呼んでくれ。私用だからね」
「……かしこまりました」
―――そう。本当に、どれだけ辛くとも顔に出す事はないのだ。
彼が途中で花を用意する事を知っているので、こちらで手配しておこう。せめて移動中だけでも休んで頂かねば。
椅子から立ち上がって少し寄れてしまったスーツの襟を正し、颯爽と歩き出す有川大臣の背に礼をする。
まるで人を超えた何かの様に、その後ろ姿は疲労を一切見せず余裕に満ち溢れていた。
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