第六十四話 逮捕までの
今話では高校生の相原が用務員のおじさんに『説教』する場面があります。苦手な方は読み飛ばしてください。
後書きの方に今話のまとめを書きましたので、そこだけわかってもらえれば大丈夫です。
第六十四話 逮捕までの
サイド 大川 京太朗
学校から出て、まず向かったのは家の方角だった。車や物が散乱する道路に普段見る景色とのギャップを覚えながら、魔装を展開したまま歩いていく。近隣住民は皆避難したのだろう。蝉の鳴き声しか聞こえない。
レイラが言っていた残党……正直、可能性は限りなく低いと思う。ダンジョンの氾濫がおさまった後にまで、外側にモンスターが出ているとは思えないのだ。大抵が魔力切れで数秒のうちに消滅する。
だが、それを言っても彼女は濁すばかり。どうにも違和感があるが、今回は従おう。
それよりも、どうせ道中は暇なのだ。少しだけ、反省会の前哨戦でもしておこうか。
「レイラ、今いい?」
『はい。音声のみですが、返答可能です』
「あの四本腕との戦闘中さ。いったいいつから、『自分が死ぬつもりでいた』?」
『いいえ。私は死ぬつもりなどありません。主様が生きている限り私は』
「なら質問を変える。『精霊の献身』を使うタイミングを計りだしたのは、いつ」
『……エルダーリッチへの魔法攻撃が通用しなかった辺りから、です』
「そっか……」
あの部屋での戦闘に彼女が加わってから間もなく、という事か。
「ごめんね……」
『なぜ主様が謝るのです?』
「僕が弱かったから、君にそんな選択をさせた」
それが、彼女を死なせた『二番目に』大きな理由だ。
自分があの魔人を圧倒……そうでなくとも、互角以上に立ちまわれていたのならレイラはあの異能を使わなかっただろう。
普段からもっと戦闘訓練をしていれば、結果は変わっていたかもしれない。もしくはアイテム袋に対モンスター用の道具でも入れていれば……そう思うと慙愧に耐えない。
『主様が悔やむ事ではございません。私は守護精霊です。御身をお守りする事こそ――』
「ごめん。理屈じゃないんだ、その辺は。一方的に話す様で悪いけど……お願いだから、次からはもっと一緒に考えさせてくれ」
『……お言葉ながら、主様が私を盾にする判断ができると思えません』
「うん。そこも含めて、また反省会をしよう。その時に、僕はどういう風に戦ったらよかったかも、教えてほしいな」
『かしこまりました』
ほとんどこちらから押し付けるだけの、会話とも言えないクレームみたいになってしまった。
それを反省しつつも、近づいてくる見知った魔力に顔をあげる。
「旦那様!」
「雪音!」
別行動を始めて二時間も経っていないだろうに、数日ぶりに会った様な感動を覚える。こちらに抱き着いてくる彼女を受け止めて、鎖帷子を着ている事を悔やんだ。
おっぱい……着物越しのおっぱい……いや流石に今は不謹慎か。
「旦那様、よくぞご無事で……!」
「雪音こそ、元気そうでよかった。リーンフォースと母さんは?」
「あちらも無事です。リーンフォースは家にて警備に就かせております」
「よかった……ありがとう、本当に」
氾濫の範囲から考えて家や母さんは無事だと予想していたが、それでもこうして言ってもらえると安心する。
肩の荷が下りた感覚を味わっていると、雪音が左右を見回した。
「あの……レイラ様は?」
「……レイラは、僕を庇って死亡した。今は中で休んでいるよ」
『いえ、ですから死んではいないといいますか……』
一歩離れた雪音に、己の胸を叩いて答える。
彼女は驚愕に目を見開いた後、僕の手をとった。
「レイラ様。聞こえておいででしたら、帰宅後存分にご奉仕させて頂きますからね……!」
『え、いえ。私はそういうのいいので』
……どこぞの変質者が反応しそうだな、この二人。
* * *
雪音とも合流できたしと、彼女も一端僕の中に戻ってもらってから市の体育館を目指す。
道中通信が回復したらしく、熊井君からメールがあったので少しだけ進路を変更。体育館の近くにある空き地に向かった。
……その途中、母さんにメールで無事を伝えたら怒涛のメールラッシュが来たのは驚いたけど。電話の方は回線が混みあっていて繋がらなかった様だが、通じる連絡手段ではそりゃあもう凄い勢いである。
それに苦笑しながら返信をしていると、空き地に到着した。
「おーす」
「よっ、お疲れ」
「……おつかれー」
そこでは、熊井君に魚山君。そしてロープで手足を縛られ口に靴下と思しき物を突っ込まれている裸足のおっさんがいた。
というかあのおっさん、例の用務員だわ。
……落ち着こう。まだ決まったわけではない。まだ避難所で痴漢や窃盗を行って捕まっただけのおっさんな可能性もある。
「とりあえず、二人とも無事でよかったよ。特に魚山君」
「当たり前だろ。こっちだって日々強くなってんだよ」
「ごめん……今余韻に浸っているからあんま話しかけないで……」
胸を張る熊井君とは対照的に、魚山君はどこか遠い目をしてぼんやりとした様子だ。
やはり、使い魔と合体するあの魔法の後遺症が響いているらしい。あくまで又聞きした程度の知識しかないが、それでもどれだけ危険な技かは知っているつもりだ。
彼がこうして人に戻れたのは嬉しいが……できれば病院か何かに早くかかって欲しい。
「……魚山君。きついなら避難所で休んだ方が」
「いや、あっちは近づかない方がいいぜ。そりゃあもうパニックだから」
熊井君が真顔でそう言うと、魚山君も大きく首を縦に振った。
「今覚醒者が行ったら質問攻めと面倒ごとの押し付けと切実な救助依頼がくる。こっちの疲労もお構いなしに」
「……マジで、今まで通りにはいかないって事か」
今までなら、僕ら三人。どこに行っても隅っこで静かにしていれば平穏だった。
だが、もうこの辺でそうはならないのだろう。正直、複雑だ。
「だな。もうご近所さん全員に俺らが覚醒者なの広まっているみたいだぜ」
「普段日陰者だと言うのに……なぜこういうのは広まるのか」
三人揃ってため息をつく。
「なんかこう……チヤホヤはされるけど妬まれたり理不尽に恨まれたりしない方法ってないもんかね」
「んなもんあったら世の芸能人みんなやってるよ」
「だよねー」
英雄願望的なものはさー、あるんだよ。正直。承認欲求とも言う。
けどそれを上回るこの面倒くささよ……絶対今後、犯罪者予備軍を見る目で見られるし、なんなら何かある度に疑われ、違ったら『どうにかしろ』と言われるのだ。そうに違いない。僕は性善説と性悪説なら後者だと思っている人間だ。
あ゛~……海外に覚醒者流れる理由の一端がわかるわ、ほんと。
けど大丈夫……僕には愛するハーレムメンバーがいるから!!あの子達にめっちゃチヤホヤしてもらえるから!!
「おおおおおおおおおおいいい!!」
「ん?」
なんか変にエコーしながら聞こえてきた声に振り返れば、そこには全力疾走する相原君の姿が。
肩にかけたコートをはためかせ、改造軍服に包まれた手足を高速で動かしている。はて、なにかあったのだろうか。敵襲……という雰囲気でもないし。
土煙をあげながらスライディング気味に減速した彼が、僕の眼の前で止まる。
「なんで俺だけ学校に置いて行ったんだよお前ら!?熊井はともかくお前らは待てよ京太朗と魚山!!」
「あ、ごめん忘れてた」
「同じく」
「生まれてこのかた誰かに忘れられたのは初めてだよちくしょう!」
リアルに地団駄踏む人初めて見た。
無駄に整った顔を真っ赤にする彼に、軽く頭をさげる。
「いやごめん。疲れていたから」
「何をそんなダウナーな事言ってんだよ!?普通こんな大事件の後はアドレナリン出まくって落ち着けないだるぅおおおおお!?」
「それもできねぇぐらい疲れてんだよ」
「同じく」
「いやぁ、四度目だし……」
「かぁぁぁあああこれだから近頃の若者は!!」
同級生が何か言ってる。
というか言うほどそんないるのか、四回も巻き込まれるやつ……同年代ではないが、この前テレビで五回巻き込まれた海外のおじさんの話聞いたな。巻き込まれる度に職を転々としていて大変だとか。
呪われてんじゃないのか、その人。お祓いに行った方がいいと思う。
「それで……そいつか?熊井」
「おう。お前の言った通りの奴がいたから捕まえといたぞ」
……ああ、そういう事か。
拘束された用務員のおっさんに関して、誰が犯人と見抜いたかと思えば相原君だったか。まあ最初にゲートが屋上にあると言ったのも彼だったし。
というか、やはりそいつなんだな。思えば、ドラウグルが単独行動までして襲っていたな。ゲートの近くにいて魔力でも追われたか?
「ご苦労筋肉だるま」
「うるせぇぞ貧弱もやし」
相原君が雑におっさんの口から靴下を引き抜くと、彼はすぐさま大きく息を吸い込んだ。
「たすけ――」
「黙れ」
「こひゅ」
その首を、籠手に包まれた腕で掴む。
へし折らない様に、変な傷をつけてこいつの後の裁判で有利な材料になってしまわない様、丁寧に呼吸だけ止める。
「……相原君。こいつで間違いないんだね?」
「……おう。ゲートの推定される出現時期。そして警備員のおっちゃんの話と、教員からの日頃の聞き込みとも一致する」
「そう、か」
おっさんの顔色がやばくなってきたあたりで、手を離す。
激しくせき込む彼を見下ろしながら、再構築済みのツヴァイヘンダーに手が伸びそうになるのを堪えた。
そんな自分を察したのか、熊井君がおっさんとの間に立つように動く。
……落ち着こう。兜の下で、もう一度深呼吸をした。だが、目をつむるだけで浮かび上がる、学校での惨状。
レイラの事だけではない。もう取り返しのつかない誰かの命が、どれだけあったか。
「て、てめぇら、こんな事をしてただで済むと思うなよ……!」
「こっちのセリフだよ、おっさん。自分が何しでかしたかわかってんのか?」
「何の事だよ!俺は知らねぇぞ!冤罪だ!お前らの顔覚えたからな!?生徒名簿から探し出して、全員訴えてやる!」
「裁判なら任せろ。きっちり証拠も確保したからな」
そう言って、相原君がジッパー付きのビニール袋を空間魔法で取り出した。
その中には、ひび割れた何かの像が入っている。それを見るなりおっさんの顔が瞬く間に青くなっていった。
口をパクパクとさせる彼に、相原君が目を細める。
「ゲートの隠蔽に使われていた魔道具。修行の時についたんだろうあんたの体液の残留魔力だけで俺には十分な証拠だが……あんたの指紋とDNAが裁判で使えるはずだぜ。ご丁寧に自壊の術式まで組み込まれていたが、空間凍結でどうとでもなるっての。今は完全に機能停止済みだ」
「さらっと高度な事やるね、君……」
「ふふん。もっと褒めろ」
魚山君の言葉に胸をはる相原君。
彼とは対照的に、用務員のおっさんの顔が大きく歪んでいた。
「……そ、そんなもんが証拠になるか。お前らがこの場で俺の手にそれをなすりつけたんだろ?そうに決まっている。覚醒者は何をしでかすかわかったもんじゃないからな!」
「はいはい。その辺はお巡りさんに聞いてもらいな。後の事までしーらね」
小馬鹿にする様に笑う相原君に、おっさんの広い額にビキビキと青筋が浮かび上がっていくのがわかった。
「なんだよその態度は!!お前らこれは不当な拘束だぞ!わかっているのか!!」
「いいやぁ?現行犯なら民間人も逮捕できますしぃ?その辺も裁判で訴えてみますぅ?」
「馬鹿にしやがって!!どうしてお前らみたいな小僧が覚醒者なんだよ!!」
おっさんは口の端から唾を飛ばし、縛られたまま相原君に近づく。
警戒して剣に手をかけるが、とうの相原君に肘で小突かれてしまった。手を出すな、という事か。
「ほーん。覚醒者が羨ましいと?なら覚醒修行でもすれば?」
「この、運だけでその力を得たくせに!!社会の厳しさも知らないガキが偉そうに言うなっ!職場から離れて、高い金払って京都や奈良の生臭坊主どもに覚醒修行を手伝わせるなんて、金持ちにしかできねぇんだよぉ!」
「じゃあなんの努力もしてないんだ?なら何も言う資格なくない?」
「しているに決まっているだろう!毎日修行を――」
「どこで?」
「っ……!!」
突然冷めた言葉を投げかけられたからか、おっさんは慌てて口をつぐんで目を伏せる。
あぶら汗を掻く彼に、相原君が大きなため息をついた。それはもうわざとらしく。
「……熊井。ちゃんと録音したか」
「一応な。これ、裁判に使えんのか?」
「さあ?少なくとも民事の方なら多少は使えるはずだぜ。刑事裁判の方は、専門家に聞かなきゃわかんねぇけど」
彼はそのままおっさんの前でしゃがみ、視線を合わせる。
「こんな古典的な手に引っかかるとはなぁ……」
「な、なんのことだ。覚醒修行は、家でやっているだけだ。お前が見せてきた物は関係ない……!」
「証拠がこれだけなら、その言い訳も通じるかもな。けどあんたの家とか警察が調べりゃ、もっと色々出てくんだろ」
呆れと憐憫の混ざった目がおっさんを射貫く。
「……こんな手に引っかかる様な奴だから、こんな怪しさ全開の危険物に手を出すわけか。馬鹿さに底はねぇんだな」
「……ば」
「あん?」
「言わせておけばなぁ!!」
頭突きをして来ようとしたおっさんを、相原君がひょいっと下がって躱す。
顔面から倒れた用務員のおっさんだが、彼はそのまま地面に顔を伏せたままだ。
「……俺だって……俺だってこんなはずじゃなかった……もっと、良い家に住んで、良い女を抱いて……貯金だって……!」
「……だからって、やっていい事と悪い事あんだろ。大人なら、わかれよそんぐらい」
「覚醒者に……覚醒者になれさえすれば借金だって……!ちくしょう、ちくしょう……!」
泣きだした彼を見つめていた所に、魚山君が肩を掴んで距離を離してくる。
「やらかさないだろうけど、念のため」
「わかっているよ……後は、司法の手に任せよう」
「まあ、かなり強引な拘束は事実だから。僕らも何か言われるかもだけどね」
「……反省文で済めばいいなぁ」
「だね。現行犯というか『準現行犯』だし、ロープで縛ったのは僕らの力で押さえつけるより怪我させないと思ったからだけど……」
「たしか、拘束に関しては色々と厳しいんだっけね。前にテレビで『私人逮捕』?の事例で逆に捕まったパターン聞いたっけ」
「……ちょっとトイレ」
「逃がさんぞ眼鏡」
「ちぃ」
本気で逃げようとはしていない魚山君の襟を掴みながら、おっさんの口に彼の靴下を詰め直す熊井君達を見る。あれ、声が五月蠅いからやっているのかと思ったが、舌を噛むのを防ぐためか。
昔の映画でやっていた自殺方法らしいが、最近は苦しいだけで上手くいかないと聞く。それでも、医学なんて知らない身としてはさせないに越した事はない、かも?けどこれも後でツッコまれそうだなぁ……。
体育館の方に集中していたサイレンの音が、こっちにも近づいているのに気づく。相原君あたりが呼んだのが、ようやく来てくれたのだろう。
近くのブロック塀に背を預けて、また空を眺めた。
……けじめ、とらせるはずだったんだけど。まあ後はお巡りさんと裁判所に任せりゃいっか。
背の剣の重さを塀に押し付けながら、あのおっさんの方を見ない様に目を閉じた。
* * *
サイド 東郷 美代吉――西園寺 康夫
「それは本当かい?」
『はい、確かな情報です。地元警察がゲート隠しの魔道具と実行犯の確保に成功したと』
「それはいい。ここ最近で一番の良いニュースだ」
口角が上がる。
ようやく……ようやく『賢者の会』に繋がる証拠を掴めた。
今まで似たような氾濫が起きようと、肝心の魔道具はおろか実行犯すらダンジョンに飲まれて消えてしまってばかり。そのせいで奴らを追及できる『正攻法の』手段が少なすぎた。
これで、腰の重い上の人達を動かせる……!
『逮捕には相原健介をはじめ四名の覚醒者が関与したようです。貴方のお気に入りの大川京太朗もいたとか』
「ああ。彼らには感謝しかない。地元警察にはよく言っておいてくれ。こちらの案件が済み次第、私の方でも彼らに会いに行く」
『了解……まあ、我々が口出しするまでもなく、地元警察も私人逮捕の正当性を認める方針の様ですが。検察の方も問題ないでしょう』
「それは何より。ここで下手な軋轢は勘弁だからね。それじゃ、そろそろ切るよ」
通話を終え、通路の陰から出る。数メートルほど歩けば、駆けまわる県庁職員達の足音と怒声が聞こえてきた。
「おい、これの隣街の資料は!?どこのデータだ!」
「これ一昨年の避難所情報じゃないか!最新のは!?」
「はい。はい。ですのでそちらの消防団から……はい」
「救急車の手配、三台追加でできました!警察と一緒に該当地区に向かっています!」
さて……私も、表向きだがここの職員。周りに怪しまれない程度に働くとしよう。子供たちが死力をつくして頑張ったんだ。大人が格好の悪い所を見せられないからね。
確実に今日は徹夜だなと思いながら、自分も資料と電話を手に取るのだった。
今話のまとめ
・相原の指示を受けて熊井が用務員のおっさんを確保。京太朗達も合流。
・相原、おっさんに説教。
・京太朗「私人逮捕って後が大変そうだね……」
・東郷さん、心の中でガッツポーズをとりながら徹夜ルートに。
以上です。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.京太朗達の行為は私人逮捕として行きすぎじゃない?あとそれをするには証拠として不十分じゃない?
A.お巡りさん
「……未成年者な上に、犯行の凶悪性から少年たちには注意程度で済ませていいと判断した。あとはお上が決めてくれる。厳罰を言い渡すのも、賞状を渡すのも上が決めればいい」
本音
「これ以上仕事増やすなバーカ!!今夜は徹夜だよ確実に!!このうえ高位の覚醒者を逮捕とか死ぬぞ!俺らが!!避難所や要救助者の対応もあるんだよぉおおおお!」




