第六十三話 屍どもの狂宴
第六十三話 屍どもの狂宴
サイド 大川 京太朗
窓を突き破り、数瞬の浮遊感。校舎と体育館を繋ぐ廊下の屋根を踏み抜いて、コンクリの地面に着地するなり跳び蹴りを扉に向かって叩き込んだ。
分厚い木製の両開き扉が、内側へとはじけ飛んでいく。そして、その先に映った光景に兜の下で舌打ちをした。
ずらりと並ぶドラウグルの集団。十や二十ではきかない。下手をすれば三ケタ近い数が、体育館の中に控えていた。
こちらを視認するなり隊列を組み、槍衾まで敷いてくる。もはやこの奥にいる存在を隠す気もないという事か。
「レイラ!」
「『ファイヤージャベリン』!」
間髪入れずに撃ち込まれた炎の投槍。それが最前列の中央で爆散すると同時に彼女の腰を離して右手で柄を強く握り直し、左手は鍔を持つ。腰だめに構え、腰を低く落とした。
出し惜しみしている暇はない。最速で、突破する!!
『魔力開放』
全身から吹き荒れる魔力の暴風。それが砂埃を巻き上げ、直後に後方へ一点放出。自分に出せる最高速でもって敵陣目掛けて突貫した。
進行ルート上、否。『射線上』にいた物を一切合切薙ぎ払い、剣先に触れた先から腐肉は弾け天井近くまで飛ばされる。衝撃波で窓ガラスと言う窓ガラスが砕け、一階も二階も破片がザラザラと落ちていった。
体育館中央で勢いが止まるも、最後に下方向へ力を叩きつける事でできたクレーター。剣を振り払い飛び散る破片や残骸を吹き飛ばしながら、周囲を確認する。
削れたのはおよそ三十。レイラが焼いた分を含めれば四十。残り六十弱。急いでいるというのに、まだまだ多い。
だがこれらを放置する事もできないだろう。速攻で、片をつけなければならない。
「レイラぁ!」
「『大地よ』!」
校舎から体育館までの通路。吹き抜けのそこで、レイラが近くの土の地面へとステッキを叩きつける様に触れさせた。
瞬間、現れる土の竜。丸太の様に太く巨大な三つの首が、壁を突き破って中へ雪崩れ込んだ。
右翼の敵が食い荒らされるのを背に、自分は反対側へ踏み込む。
全身に魔力を纏ったまま、一薙ぎで三体を両断。文字通りの横槍をしてきたドラウグルの槍を掴み、膝を腹に入れる。魔力も同時に叩き込み、胴体に風穴を空けた。
それを投げ捨て、駆ける。ひたすらに剣を振るい、数メートルごとに鋭角な軌道で進路を変えて敵集団を食い破る。
数秒後に両の足の裏と左手をつけながら滑走すれば、床が焼け焦げ溶けていくのがわかった。減速しながら目を動かせば、とりあえず立っているのは残り十体ほど。
「レイラ、残りは任せた!」
「はい!」
目指すは体育館の舞台横の扉。たしか、あそこに緩やかなスロープとパイプ椅子などをしまうスペースがあったはずだ。
あれの位置は途中から地下と呼べる空間。ならば……!
扉を蹴破れば、凄まじい腐臭に一瞬せき込んだ。校舎で既に麻痺していたと思った鼻がもげてしまいそうな悪臭だ。
「が、ぐぅぅ……!」
そして案の定と言うべきか。本来剥き出しのコンクリートが見えるはずの床も壁も、今は岩壁に削って穴をあけた様な道が続いている。パイプ椅子や跳び箱の類は視えない。
自分ですら知覚できる魔力量。ここだけ、他の場所よりもダンジョン化の影響を大きく受けている。
術師が魔力をここに集めていたのだ。だから、地上でのダンジョン拡大が少なかった。代わりとばかりに、地下に――死者の空間に、こうして集められている。
剣を腰だめに構え、突入。奇襲への警戒は魔眼に全て任せた強攻を、まるで迎え入れる様に左右に青白い炎が灯っていく。それを不気味に思いながらも、脚を止める事はなかった。
何十メートル進んだか、きっと時計を見れば十秒とかかっていない。だというのに、一メートル進むごとに酸素濃度が薄くなったかのような息苦しさ。
自分の本能が、この先にいる存在に恐怖を感じているのだ。ともすれば――かの牛の巨獣や、紅き炎の龍に相対した時の様に。
たどり着いた先は、直方体の奥に長い空間。目線の高さに壁沿いで並ぶ炎の群れと、その二メートル上にもう一列。地下だと言うのにはっきりと中の様子を不気味な色で照らしていた。
奥の祭壇めいた場所にいる、五体の死体。それらは一切揺るぐことなく、杖を手に人ならざる呪文を紡ぎ続けていた。
宵闇のような黒のローブは黄金と赤い宝石により彩られ、フードや袖から覗くのは剥き出しの骨。暗い眼窩には赤い光がぽつりと輝き、握られた金の杖は妖しく光を反射する。
『エルダーリッチ』――リッチの上位種であり、そのランクは『C+』。
だが、それらに視線が向けられない。視界の端で映るそれらを、景色としか認識できない。
そうさせるだけの脅威が、部屋の中央に立っている。
無意識に、剣を正眼に構えていた。硬い唾を飲み込んだ音が、異様に響く。
それは、二メートル半ほどの長身に筋骨隆々の体躯をしていた。だというのに、さらけ出した手足の色は暗緑色でお世辞にも血色がいいとは言えない。
頭から膝までを隠す、ボロ布の様なローブ。両手には二本の剣を握り、だらりと切っ先を下げている。
ゆらりと、そいつのボロ布の後ろが浮かび上がった。内側から押し上げられ、見せつける様に『背から生えたもう二本の腕』が姿を現す。
肩甲骨あたりから生えているのだろうそれらは異様に長く、それぞれ槍と斧を握っていた。
背の二本を出した時にずれたのか、フードが肩に落ちて怪物の顔が顕わになる。
何も映さない白濁とした、二対計四つの瞳。異様に発達し前へ突き出たた顎と唇もなく剥き出しの歯は、牙と表現した方が正しいだろう。頭髪の類のない頭部は、人に近くも遠い造りをしていた。それこそまるで、『鬼』の様に。
ドラウグルには、複数の個体が集まり融合する事で巨人となる『伝承』がマイナーながら存在する。
大昔に作られた、おとぎ話。しかし、今やそれは『過去に現れた怪物どもの目撃情報』に他ならない。
死者の肉体を操る怪物と、強靭な肉体を持つ死体の怪物が揃ってしまった。ああ、なるほど。かつての北欧の住民も、きっとこれを視たのだろう。
魔人の何も映さないはずの目と、視線がかち合った。
先に動いたのは、自分。
格上と判断し、後手は不利と判断。そんな、恐怖に負けた言い訳のまま斬りかかった。
されど『魔力開放』ののった踏み込みは、岩肌の地面を砕き高速でもって自分を押し出す。時速にして二百キロを軽く超え、そこに大型重機に比肩する膂力で振るわれたツヴァイヘンダー。
通常の生物であればミンチになる事が確定したそれが――。
「っ……!」
轟音と衝撃波をあげただけで、正面から受け止められた。
大上段から頭蓋を叩き割らんと振るわれた一刀は、二重に交差された四本の武器で完璧に防がれた。
両者の足元が砕け、陥没する。だが、直後に自分の足が浮いた。ウェイトに差がありすぎる。鎧を含めて百キロ前後の自分に対し、異様な密度を持つ魔人は三倍以上の体重をもつだろう。
その差が出た瞬間、魔眼が己に食い込む奴の足を幻視した。
魔力で逆噴射をしながら剣を引き、左足を折り曲げながら差し込んだ。ブーツに包まれた脛に、魔人の鞭のようにしなる足が衝突する。
ミシリという異音が、骨から響いたのがわかった。大砲で撃ち出されたように体が飛んでいき、一度地面にバウンドしてから壁に背中から叩きつけられる。
「か、ぁぁ……!?」
肺の中の空気が押し出され、視界が明滅する。だが、魔眼が告げてきた自分の死に、条件反射で体を斜め前へと前転させた。
岩肌に横一文字が刻まれるのを感じながら、跳ねる様にして距離をとる。
速いし強い!この能力値は明らかにおかしい。ならば、その種は明白だ。
視界の端に映るエルダーリッチ達。あいつらによる強化で戦闘能力が跳ね上がっていると考えるのが妥当。
理想はあいつらを先に片付ける事だが――――ッ!
「ぐぅ!?」
魔眼に従い振り向きざまに剣を振るう。突き出された槍を弾くが、両側から首を刈らんと剣が鋏の様に迫って来た。
槍を弾いた衝撃のまま、体を後ろに投げ出す。兜の表面で起きた火花と衝撃を感じながら、左手を強引に後ろへ回して『魔力開放』も併用し高速でバク転。片膝をつくように正面を向いた直後、横薙ぎに斧が迫る。
息つく間もない連撃。四本の腕が別々の戦士が扱っているかの様に、連携して襲いかかる。
斧を鍔で受けよろめいた所に振り下ろされる二本の剣。それをツヴァイヘンダーの刀身で迎え撃つ。
魔力をまき散らしながら、加速した刃で弾き上げた。だが、跳ね上げられた二本腕と入れ替わる様に斧を持つ手が脳天目掛けて振り下ろされる。
それを魔眼で先読みし、脇を抜ける様にしてその下から回避。振り向きざまに、奴の無防備な背に刃を振るった。だが、それは振り返りもせず動いた槍の腕が受け流してくる。
穂先と刀身がふれあい火花と甲高い音を上げるが、その余韻を引き裂くように放たれる二刀の回転斬り。それに両腕を持っていかれる姿を幻視し、慌てて後退。
そこへ間髪いれず詰められた距離で、また斧が振り下ろされる。まるで罪人を逃さぬ断頭台の様に、血錆びだらけの刃が鈍く輝いた。
「おおおっ!!」
死んでたまるかと、魔人の脇腹に蹴りを叩き込んで相手の体ごと斬撃を逸らす。
魔力ののった蹴りだと言うのに、まるで通用した気がしない。数歩よろめいた魔人が、何事もなかったようにぐるりと無機質な眼をこちらに向けてくるのだ。
――いいや。無意味なわけではない。無傷なわけでもない。
たしかに肉を潰し、あばらを砕いて内臓にダメージを与えた感触があった。だと言うのに、それの影響が立ち姿に視えない。武人の見識など持たないが、魔眼ゆえの『眼の良さ』には自信がある。変化は、ない。
……エルダーどもが、治癒させたか。本当に厄介極まりない。
視界の端で、今も未知の言語で。人間には骨が擦れる不快な音にしか思えない呪文を唱え続ける死人の術師たち。死霊術の使い手からしたら、死体の修復はお手の物か。
「すぅ……ふぅぅぅぅぅ……」
兜の下で、どうにか息を整えようとする。だが未だ心臓は早鐘をうち、どくどくという音が鼓膜を揺らして五月蠅い。
今からでも撤退を――不可。通路に跳び込んだ瞬間、投げられた槍と斧がこの身を穿つ姿を幻視する。
では、魔人を無視してエルダー達を斬りにいくか?――これも、不可。背を向け、迎撃以外に意識をそげばそれだけで隙だらけの自分をあの死者は同類にせんと刃を叩き込んでくる。
手数が足りない。一騎駆けは無謀が過ぎた。それでも、あの時踏み出さなければ体育館に集っていたドラウグルを材料に、この魔人が二体も三体も量産されていたと思えばゾッとする。
籠手の内側で、じっとりとした汗が溜まっていくのを感じた。それで握りが緩むのは避けたいと、改めて剣に力を籠める。
こちらの様子を窺ってか、あちらも武器を構えなおしている。その時間が、援軍を招いた。
無論、こちらの。
「主様!」
部屋の入口に来てくれた、誰よりも頼れる魔法使い。その声を背に、剣を八双の構えへ。
第二ラウンドだ。そっ首まとめて叩き落す!
「レイラ、敵魔法使いを!!」
「『大地よ』!」
直後繰り出される、壁より生えた剣の群れ。岩でできた切っ先全てが骨の術師どもに向けられる。
整列は、一瞬。魚に群がる海鳥たちの様に、光沢のない刃が殺到した。
だが、それら全てが黒い光の壁に阻まれる。この世ならざるそれは、死者共が作り上げた魔力の壁だった。奴らのレジストも合わさり、いかにレイラの魔法とて容易には砕けない。
「っ、さがれ!」
魔眼が伝える未来に、吠えながら駆ける。
レイラが飛び退くと同時に、その位置へと自分が滑り込んだ。直後、魔人によって振るわれた剣、槍、斧の連閃。『魔力開放』でもって加速した体で、強引に弾ききった。
「『大地よ』!」
レイラが背後でそう唱えれば、エルダー達の祭壇の真上で魔力の光が瞬く。そして天井そのものが押しつぶさんと高速で降って来た。
だが、それもまた防がれる。奴らの足元から生えてきた何本もの白骨化した腕。一本一本が丸太の様なそれらが、柱となって天井を支えたのだ。
眼前の怪物を前に、ひたすら剣閃を交え、しかし押し込まれていく。
レイラが加わってなお、押し切れないのか……!?
数が足りない。力が足りない。何よりも、『己の技量が足りていない』。
膂力も速度も『魔力開放』でもって補い、上回れる。眼は敵の動きを捉え、未来さえも見せてくれる。
だと言うのに、思考が追い付かない。速すぎる体に脳の出力が間に合わず、強すぎる力に体が浮き上がる。絶え間なく告げられる己の死に、現実との境界線があいまいな物へと変わっていく。
二刀を弾き、剣がひび割れ。槍を躱して、肩が抉られ。斧を受けながして、両腕から異音が聞こえた。
絶え間ない斬撃。刺突。剛撃。こちらの再生を上回る速度で持って、追い込まれていく。
――ミノタウロスの時とも、ファイアードレイクの時とも違う。
人よりも多少大きいだけの、武器を扱う敵。人間数人が横一列で戦うのさえ難しい戦場。求められる戦闘速度は、先の二体とは違い過ぎる。
強大な敵達とは違う、同じ土俵での戦いに。かの怪物どもよりも矮小なはずの存在に。圧倒される。
僕の体を、僕が一番使いこなせていない。それこそが、この劣勢の理由だった。
強引に受けた刃がひび割れ、欠けていく。こちらの不利を悟り、レイラが大地の壁を幾重にも魔人との間に出現させた。
だが、それを斧で容易く撃ち砕き、屍の戦士は自分へ迫る。
剣を弾き、槍をいなし、斧に弾き上げられた両腕。その直後に、突き出された槍がこの心臓を穿つ姿を幻視する。
その未来に――僕は、間に合わない。剣を振り降ろしてカウンターをいれる事も、柄を引き戻し受ける事も。体を投げだし避ける事も。
全ての動きが、遅すぎる。選択し、動かすには判断が遅すぎる。ようやく『魔力開放』で急加速させた刃を振り下ろそうとしても、それも遅い。
サーコートも、鎖帷子も引き裂いて。その下の胸へと穂先が食い込んでいく。コマ飛ばしの様な、どこか遅く感じる奇妙な視界の中――。
「貴方は死なせません。絶対に」
彼女の声が、聞こえた気がした。
「え――?」
確かに穿たれたはずの胸には血の一滴も流れず。ただ鎖帷子とサーコートの破片が千切れ飛ぶだけ。
ほぼ反射で振り下ろしていた剣が、何故か遅れて魔人の左腕を二つ纏めて切り落とす。腐肉と武器が落ちる中、それよりも先に。この戦場でやけに響いた音があった。
それは、木製の杖が岩の地面に転がる音だった。
「あ、あああああああああ!!」
本能で理解する。なにが起きたのかを。誰に守られたのかを。
あの子を、犠牲にした事を。
看過できない喪失感を覚えたはずなのに、体は何かに憑りつかれた様に動き続けた。
互いに振り返りながら、刃を振りかぶる。槍が引き絞られ、錆びた剣がそれより先に振るわれようとする中。自分は更に踏み込んだ。
相手の長い腕の内側。何もなくなった左手側に飛び込んで、全力で刃を振るう。
互いを食い合う龍の様に回りながら、先に自分の剣が魔人の首元に食い込む。直後、槍がこちらの兜目掛けて突きを放った。
火花と衝撃。首がへし折れたのではないかという激痛を感じながら、左半分が開けた視界で、絶対にあの死人を逃さないと睨みつける。
剣を握る手に更なる力を籠めて、ありったけの魔力を流し込んだ。
わき腹に敵の剣が食い込んでも、しかして激情が治まる事はない。まるで彼女の動きを連想させる機械的で正確な太刀筋が、魔人の体に入る。
「おおおおおおおおおおおおお!!!」
獣の咆哮をあげながら、首から脇にかけて両断。死人の戦士も、そうなればもはやどうしようもない。
限界を迎えたツヴァイヘンダーが、リカッソのあたりでへし折れた。
それを意に介さず、駆ける。戦いはまだ終わっていない。
『彼女の仇をとるために/生存するために』、戦闘を続行する。
ダガーを引き抜きながら、狙う先はエルダーども。魔人が切り伏せられたからか、支援の魔法を打ち切って骨の兵士達を護衛に召喚しようとしていた。
遅い。両足に纏う魔力を踏み込みに合わせて解放。四肢を加速させ、道中の敵全てを引き裂きながら死霊術師どもに肉薄する。
眼前に立ちはだかる黒の障壁―――だからどうした。
右肘とダガーの切っ先。その二つから爆ぜる様に放出された魔力でもって、一刀のもとに引き裂く。
かつてないほどに剣閃は鋭く、魔力の流れは最適化されていた。まるで誰かが、自分の中で調整してくれている様に。
障壁を破られ、一歩たじろいだエルダーの顔面を左の掌底で粉砕。続けて踊る様に白刃を巡らせ、瞬く間に動く屍どもを切り伏せた。
最後の最後だけ、あまりにもあっけない幕引き。一手崩れればそれまでとばかりに、決着はついた。ここに溜め込まれた魔力が魔人とエルダーどもの消滅でもって散っていくのがわかる。ダンジョンの氾濫はこれで治まるだろう。
「あ、ああ……」
ダガーが手から滑り落ち、兜を穿たれた時に裂けた額から溢れた血が、眦を通り過ぎていく。
彼女がいた場所に視線を向けた。だが、そこにあるのは二振りの杖が転がるのみ。誰かがいた痕跡など、その程度。
「れい、ら……」
膝から崩れ落ちる。
傷口が塞がり、体の傷は既に癒えた。だが、この喪失感が埋められる事はない。
彼女が消滅した。誰でもなく、自分がその事実を最も理解できる。だが、納得などできるものか。
「れいら……れいらぁ……」
死んでしまった。死なせてしまった。僕の代わりに、彼女が死んでしまったのだ。
もう立ち上がる気力もない。いっそ、このままここで……。
『主様。主様』
ああ、彼女の声が頭に響く。まるで耳元で囁かれている様だ。しかしのろのろと視線を巡らせても、当然レイラの姿は視えない。
『聞こえますか?今、貴方の脳内に直接呼びかけています』
幻聴、なのだろうか。やけにハッキリと彼女の声が聞こえる。
『肉体の再構成まで時間がかかる為、会話のみしかできません。ご無事ですか?』
「ああ、レイラ……あの世から、僕に呼びかけてくれているのか……?」
『違います。私は守護精霊ですので、肉体が一定以上損壊しようとも死にはしません。主様の中に戻り、時間経過で復活できます』
「………そういやそうじゃん!?」
ガバリと立ち上がる。素で忘れていたわ!?いや知識としてあったけども、頭の中ぐちゃぐちゃでそれが思考の中に入っていなかったというか、なんというか。
とにかく、またレイラに会える!!
「レイラ、無事!?大丈夫!?」
『いえ、無事では……えー、はい。三時間ほどしたらまた実体化できるかと』
「レイラ!」
『はい』
「後でお説教だからな!」
『何故です?』
何故も何もあるか!
理屈では彼女の判断は正しいと理解できるが、それはそれ。これはこれ。感情の問題である。
ダガーを乱雑に鞘へ戻した後、ステッキとタクトを拾い上げてアイテム袋に。いつの間にやら体育館の地下倉庫に戻った景色の中、一本だけ転がっている金ぴかな杖を見つけた。
エルダーリッチのドロップ品か?とりあえずこれも慰謝料代わりに持ってこ。
『あの、主様。本気で怒られる理由がわからないのですが、今は冷静に雪音達との合流を。ないとは思いますが、敵残党と接触する可能性もゼロではありませんので』
「……わかってる。説教は、言い過ぎた。けど反省会はするから」
幾分か気持ちを落ち着け、兜の破損を魔力で直す。
そもそも、彼女があのような手段を用いたのは自分の未熟も原因の一つである。僕がもっと強ければ、身代わりになどならなくて済んだ。その事実から目を逸らしてはならない。
今回は……いいや、今回も。幸運な事に生き延びる事ができた。だが、いつまでもこの奇跡が続くとは思えない。
力をつける必要がある。もう二度と、彼女にこんな手段をとらせない為に。
「それはそうと……やらかした馬鹿にはケジメをつけさせなきゃな」
疲労ゆえに重い足取りで、体育館を後にした。
ボロボロの床を通り過ぎて、外に出た後校舎を見上げる。見るも無残というか、廃墟同然の有り様だ。
窓ガラスは無事なやつを探す方が早いだろうし、壁だってヒビだらけ。あちらこちらに血がこびりついた様は、下手なお化け屋敷よりもよほど迫力がある。なんせ、本物なのだから当然だ。
だが、更にその上。
鎧姿のオークどもが勝鬨を上げる屋上の向こうに見える空は、馬鹿みたいに晴れ渡っている。
白い雲が流れ、夏の日差しが眩しい大空。
それを見上げて、屍どもの乱痴気騒ぎは終わったのだと実感した。いつの間にか随分と高い位置に昇った太陽に向けて、ただひたすらに大きなため息をつく。
「疲れた……」
たぶん、今まで巻き込まれた氾濫で一番濃密な一日だったと思う。
二度とこんな事はごめんだと、鉛の様な足をまた動かすのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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『精霊の献身』
守護精霊がもつ、主の傷を引き受ける異能。自動ではなく精霊側の任意発動ではあるが、如何なる重症でも肩代わりが可能である。




