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第六十一話 庇護か、共闘か

第六十一話 庇護か、共闘か


サイド 大川 京太朗



「お、らぁ!」


 突っ込んできたドラウグルの槍を避けながら顔面を掴み取り、机を踏み台にして上から斬りかかって来た個体の胴を右手の剣で切り飛ばす。


 左手に掴んだ敵の頭を振り回し、遠心力をのせてそいつの足でもう一体の顔面をぶっ飛ばした。


 体勢の崩れたその個体の体に氷の槍が突き刺さるのを見ながら、首の折れたドラウグルを床に叩きつけて頭蓋を踏み砕く。


「さて、と……」


 とりあえず目の前に現れたモンスターは無力化したが、どうしたものか。


「主様」


「……レイラ。このダンジョンの氾濫、どれぐらいの範囲で起きていると思う?」


「空間系の異能は専門でありませんが……まだ主様の家までは届いていないかと」


「そう、か」


 兜の下で、ほんの一瞬だけ目を硬く閉じた。


「リーンフォースのみ、家の方に向かってくれ。他のメンバーは」


「おい、京太朗」


 背後から声を遮られる。


「熊井君……?」


 この忙しい時になんだと、兜の下で眉間に皺を寄せつつ振り返る。


 そこには熊井君と魚山君が扉の前で仁王立ちしていた。その背後の廊下では、教師の怒鳴り声と悲鳴を上げて右往左往する生徒達の姿がある。避難状況は、芳しくないらしい。


「お前の戦力、分散するならもう一体分家の方に回せ。余裕があったら道中にうちの周りも見てくれたら助かるな。強制はしねぇけど」


「……いや、それよりも二人とも逃げてくれ。避難する生徒に紛れるか、いっそこっそり」


「嫌だね。俺は戦うぞ」


「同じく」


「……は?」


 こいつら何言っているんだ?


「このままこのダンジョンが拡大したら、僕らの家にまで被害が及ぶ」


「そういうこった。広がり切る前に間引きをしてどうにかしねぇと」


「……このダンジョンは『Cランク』だ。出現しているのはドラウグル。アンデッドの類で、武器と爪には毒や呪いを帯びている」


「おう。情報サンキュー。行くぞ魚山」


「りょ」


「だから待てって!」


 踵を返して廊下に出ようとする熊井君の肩を掴む。


「君達のランクを言ってみろ。安全マージンがとれてないんだぞ!」


「お前が今まで巻き込まれた氾濫の状況言ってみろや」


「っ……それはっ」


「同じだろうがよ」


 こちらの手を掴んで引きはがす熊井君が、わざとらしく鼻を鳴らす。


「ここで踏ん張らなきゃ俺らの家も家族も危ねぇんだ。人任せにできるかよ。それにな、まだ三カ月前だぜ?もう忘れたのかよ」


「色ボケ過ぎて記憶力が落ちたのか京太朗」


 熊井君が腕を組み、魚山君が伊達メガネを直す。


「『絶対に追いつく』って言っただろうが」


「僕らは君の後塵を拝し続ける気はない」


 パーティーの解散を決めた、あの時の事か。


 当然とばかりにこちらを見る二人に、一歩だけたじろぐ。


「二人とも……」


 なんと、声をかけていいのかわからない。


 危険すぎる。一対一ならともかく、複数の同ランク個体を前に挑むなど。


 自分の時はひたすら動き回る事で相手の数の利を潰したり、あるいは状況を利用して一撃でもって数を大きく削る戦いをしていた。


 だが、それをこの二人ができるのか?


 そんな見下しに似た、しかし理性的な部分が告げている。無謀だと。


 だが、感情的な部分は違う事を訴えていた。



 頼りたい。



 母さんが心配だ。ほんの数百メートル離れた所には親戚もいる。通っていた中学や小学校だって、いい思い出はないがそれでも小さい子供たちがきっとまだ避難できていない。


 何より、ここで踏ん張らないとダンジョンが拡大して確実に自分の家にまで被害が及ぶ。


 手が足りない。時間も足りず、状況は混乱の最中。今すぐ家に帰って、母さんと最低限の荷物だけ持って避難したい。


 たぶん、それが最良だ。僕には戦う義務も義理もない一般人であり、誰に非難されるいわれもない。


 ただ、思考がまとまらない。アレもコレもと考えて動けずにいる、愚者が自分なのだ。


「おいお前ら!くっちゃべっている場合か!手伝え!!」


 人の波をかき分け、相原君が顔を出してきた。何故か数人の生徒にしがみつかれている。


「お前覚醒者なんだろ!?なんとかしてくれよ!」


「いやぁ!死にたくない!死にたくないぃ!!」


「早く戦えよ!役目だろ!!??」


「うるせぇ!!」


 しがみ付く生徒達を引っぺがし、彼が教室の中にずんずんと入って来た。


「机どけろ!召喚陣を用意して俺の騎士団を呼び出す!とにかく数だ!」


「あ、相原君。戦うのか?」


「当たり前だろうが!!」


 鬼気迫る表情で、彼はこちらを睨みつけてきた。


 凄まじい圧迫感。思わず背筋が伸びる。


「未来のふくよかランドの従業員候補たちもいるんだぞ!?見捨てられるか!」


「ぶん殴るぞ貴様」


「うるせぇ同志!」


「誰が同志か」


 こっちは真面目にやってんだよこん畜生。


 けど言っている事は不本意ながら理解できるので、全員で一緒に机をどかしていく。


「よし!こんぐらいでいい。ミチル、校舎内じゃお前の広域攻撃はあんま効果がねぇ。悪いけど外で戦ってくれるか。後で援軍を送る」


「はいよ!任せな旦那!」


「そんでお前ら。はよ行け。そして戦え。俺の野望のために。ラーメン奢るから」


「ほんまこいつ……」


 肩の力が抜ける。なんなのこの人。


 アイテムボックスからバカでかいシートを引っ張り出しながら命令してくる相原君に、兜の下で顔が引きつる。


「……いいや。俺はここに残る」


「ああ?」


「お前の護衛についてやるつってんだよ、もやし野郎」


「……上等だ。上手く使ってやるよ、筋肉ゴリラ」


「なら僕も外に出よう。魔法使いに室内戦は死地だ。中の掃除は京太朗がやってくれ」


 相原君と一緒に魔法陣の刻まれたシートを広げだす熊井君。マイペースに教室を出ようとする魚山君。


 その状態に、困惑しながらも声を出そうとする。


「待った。君らこの状況がわかっているのか、危険が」


「京太朗ぉ!」


 びくりと、相原君の大声に肩が跳ねる。


「てめぇ、何がしたい」


「なにがって……」


「俺は未来のハーレムメンバーを守りてぇ。そこの筋肉と眼鏡は家を守り、そしてお前に力を示してぇ。じゃあ、お前はなんだ?」


「それ、は……」


「そこの馬鹿二人を守りたいなら、それでもいい。けど、違うんだろ?」


「誰が馬鹿二人だ」


「ゴリラ。今真面目な空気だから」


 相原君の整った顔が、こちらに真っすぐと向けられる。


「お前はこいつらの保護者か?それとも、仲間か?」


「……卑怯過ぎないか、その聞き方」


「交渉上手と言え」


 兜越しに後頭部を掻いた後、後ろでずっと待っていてくれたレイラ達に振り返る。


 最初の接敵から約三分。一分一秒が惜しいと言うのに遅すぎる指示を、ようやく出す。


「レイラはこのまま僕と校内で戦闘。リーンフォースと雪音は僕の自宅周辺を回りながら、時々あそこの馬鹿どもの家の周りも見てあげて」


「「「了解」」」


「リーンフォース、地図は頭に入ってる?」


「はい、マイスター。ドクターより入力して頂きました」


「よし、なら早速頼んだ。二人とも自分達の身と、母さんを最優先。基本的な判断は雪音がしてくれ」


「かしこまりました。行きますよ、リーンフォース」


「了解」


 窓ガラスを突き破り、二階から外へ跳んでいくリーンフォースと雪音。鎧がまだ完成しておらず既存の防具だけで心もとないが、彼女らを信じよう。


「で、そこまで言ったんだから足手纏いになるなよ、お前ら」


「ら、って言うけど。魚山ならもう出て行ったぞ」


「そういやそういう奴だったよあいつはよぉ!!」


 人がかっこつけながら振り返ったらこれだよ!あの触手眼鏡が!!


「ほらはよ行けやバケツモブ」


「働けバケツモブ」


「仲良しか馬鹿ども!?いいよわかったよ、けど死ぬなよ本当に!!」


 失礼な事を抜かす無駄イケメンと老け顔ゴリラに中指をたててから、廊下に出る。


 廊下は、相変わらず人でごった返していた。学校で火災や地震等の避難訓練はしても、ダンジョン化のそれはやっていない。一階と三階のどちらに逃げればいいのかとかすら、皆わかっていないのだ。


 なんなら窓から出ようとして、悲鳴をあげて落ちていく奴もいた。混沌ここに極まれりというか、何と言うか。


「……これ、どうすりゃいいんだよ」


「三次元的な動きを意識しつつ、高度な柔軟性をもって対処にあたるしかないかと」


 困惑する自分に、レイラがにこやかに言い放つ。


 微妙に、彼女の機嫌が良さそうに思えた。


「どうしたの、レイラ」


「いえ……主様のお心に余裕ができた事に、安堵しているだけです」


「この状況に、余裕も何もないんだけんどなぁ……!」


 リカッソを掴んで剣を槍の様に構えれば、その辺の教室の扉を蹴破ってドラウグルが現れる。更にその後ろに三体。悲鳴を上げて自分を避ける様に走る生徒達を横目に、切っ先を化け物共に向けた。


「援護を頼んだ」


「はい、主様」


 状況は最悪一歩手前。余裕などあるわけもない。そこら中から聞こえてくる断末魔の叫びに、廊下や教室にこびりついた血の臭い。


 日常が崩れ去ったその場所で、敵を前にしつつ鼻から息を吸って一度腹に留めてから、口から吐きだした。


 やれる。やってやる。


 床を踏み砕きながら、自分と同じような構えで槍を持つドラウグルへ突貫。


 家にこの迷宮が到達する前に、片をつける!



*  *  *



サイド 熊井 信夫



 廊下から戦闘音がしだしたのを聞き取りながら、背後で何事かを呟き続ける相原をチラリと見やる。


 一辺が三メートルほどのシートの中央。黒い魔法陣の上で胡坐をかき猪の頭蓋骨をいくつも接着した様な物を前にして呪文を唱える様は、どう見ても漫画の悪役だ。


 通常、召喚魔法でここまで大仰な事はしないと聞く。それでもこれをやっているという事は……。


『聞こえますか!?聞こえますね!』


「あん?」


 聞こえてきた大声に、少し驚きながらスピーカーを見上げる。


 校内放送。電波は使えないはずだが、これはまだ生きていたのか。


『教員の若杉です!生徒達は近くにいる教員の指示に従い、グラウンドを経由して学校の外へ避難してください!以降は災害時の避難先とされている市の体育館に向かう様に!繰り返します!!』


 若杉……確か、自分達と同じように今年からこの学校に入った新任教師だったか。若い女教師という事で、『なんであの人が担任じゃないんだ』と京太朗が嘆いていたのを覚えている。


 どうやら、ガッツのある教員がいたらしい。少し見直した。


 たぶん、これだけの生徒が下手に狭い所を通るよりはとグラウンドを指示したのだろう。たとえモンスターに狙われようと、まだマシと。この学校から離れる様にと言ったのは、まあ上の天蓋を見れば中心がここだと非覚醒者でもわかるか。


 そんな事を考えているうちに、べちゃりという足音が聞こえてきた。


 組んでいた腕を解き、軽く首を回してから構えをとる。


 教室の扉から現れたのは、三体のドラウグル。武装は剣、槍、斧か。防具は無し、身に纏うのはボロ布のみ。


 白濁とした死者の目が、自分達に向けられる。


「……おい、今更だが大丈夫なんだろうなゴリラ」


「いいから詠唱してろ脂肪フェチ」


 こちらは無手。リーチの差は明確であり、『剣道三倍段』と言われるほどに間合いの差は戦闘に大きく影響するとされる。


 それを理解してかどうかは知らないが、槍持ちが特に警戒した様子もなくこちらに突っ込んできた。



――さて。時に、この新たなる神代において武術は有用か、否か。



 ことこの時代、この状況において、『人間対人間』を想定した技に、どれほどの意味があるのか。


 ドラウグルが、真っすぐに槍を突きだす。


 それを右手で受け流し、左のオーバーハンド――鉤突きでカウンター。


『ッ………!』


 声にならない動揺を、死体の身でありながらあげるドラウグル。驚いた。アンデッドとやり合うのは初めてだが、こいつらも思考自体はできるらしい。


 相手がふらつきながらも、こちらの足元へ槍を薙ぎ払ってくる。


 それの柄を脛で受けた直後、間髪入れずに膝を腹に叩き込んで距離を取らせたところに側頭部目掛けて蹴りをいれた。


 バキリと、頭蓋骨が砕けて中身を潰した音が伝わってくる。思ったよりも、不快ではない。


 崩れ落ちた槍持ちを捨て置き、構えを取り直して残り二体に備える。



――答えは、未だ有用なり。されど健在とは言い難し。



 拳の握り方。腰の捻り。狙い、構え。踏み込みのインパクト。その他諸々、上げ出せばキリのない武術の有用性。それの理解の有無は、一撃の威力を二倍にも三倍にもする。


 されど、既存のそれらは『人が出せる限界』を勘定に入れている。


 例えば、正面から突っ込んでくるトラックを想定した武術があるか?己に重機に匹敵する膂力がある事を想定した武術があるか?


 少なくとも、自分はそんなものを知らない。


「どうした。来いよ」


 警戒した様子の残り二体に挑発し、攻撃を促す。それに応じたのか、今度は二体同時に襲いかかって来た。


 それらを捌き、カウンターで顎や鼻に拳を叩き込んでいく。


 ……『神代回帰』から、ずっと。自分は鍛え直してきた。


 少し遠い親戚の土木工事の会社に頼み込み、鉄骨を運ぶ手伝いをしている。そして、その見返りとして会社が保有する空き地にて廃材を相手に型を繰り返し、ダンジョンにてそれを実践。


 小学校の卒業と同時に辞めてしまった空手。実力者とは到底呼べない自分なれど、またこれが必要だと思った。


 理想の女性を求めるのなら、己もまた磨かねば誠意が足らぬ。何よりも、『友人』に追いつきたかった。


 三日月蹴りでドラウグルの脇腹を穿ち、バランスを崩した所に顎へと拳が直撃。骨を砕きその奥にまで衝撃を伝える。


 一体を仕留め、残り一体も突きからの半回転。腹に拳を叩き込んで背骨をへし折る。


 がくりと下半身から力が抜け落ちながらも組み付いてきた斧持ちの後頭部に、肘。沈黙したそいつを放り捨て、残心。


 ……まだ、足りない。これでもまだ、京太朗には届かないだろう。


 だが、自分にはこれしかない。ならやる事はシンプルだ。『覚醒者用の流派を作り出す』。


 ダンジョン黎明期などと言われるが、それは武術も同じ事。既存のそれから、新たなる技を作り出さねばならない時が来ているのだ。


 何年、何十年かかるかもわからない。だが、それでも。覚醒者としての空手を見出し、極めた時。その時には更に強くなったであろう友人と肩を並べられると信じている。


 そして、理想の相手にも恥じない筋肉の持ち主となれるとも。


「追加か。いいぞ、人型の相手なら、確認に丁度いい……」


 こんな状況ながら、胸躍る自分がいる。


 壁を打ち破り更に現れた『対戦相手』共に、構えた。


「さあ、組手と行こうぜ」





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] >小学校の卒業と同時に辞めてしまった空手。 拘り持つほど長くやってないじゃん・・・ 強ければ続けてただろうから年数短い上にあんまり強くないってことじゃん・・・ 天才少年が怪我で続けられなく…
[一言] えっ… 変態が、… …かっこいい…
[良い点] なんだこのかっこいい奴。新キャラか?
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