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第六十話 惨劇

第六十話 惨劇


サイド 大川 京太朗



 レイラとのリベンジデートを終え、数日。夏休みへのカウントダウンも始まった教室は蒸し暑さと比例する様に、生徒達のテンションがあがっていた。


 どうでもいいけど、地球温暖化どうこうで冷房を最低限にとか言われているけど、それでも暑くね?


「なあ、やっぱ京都の修行場って高すぎね?」


「俺親戚が名古屋にいるんだけどさ、そっちに泊まれないか頼んでみようかなって」


「いや、やっぱ『賢者の会』でやっている修行体験会が一番敷居低いんじゃない?」


「私の従姉が修行体験会で覚醒したらしいんだよね、マジで」


「なんか凄く丁寧に説明してくれるよね、あそこ。安全も保障されているって言うし。お医者さんも立ち会うんだって」


「受付の女の人すごく美人でさ、エルフなんだってぇ~!これその写真。背も高いしかっこよかったなー」


 美人エルフ?


 耳がちょっと反応したが、直後に自称聖騎士が浮かんだので考えるのをやめた。いや、美人ではあるしスタイルもいいんだけどね……性癖がね……。


「なんか、マジで人気らしいな『賢者の会』」


「なー」


 熊井君の机に集まりながら、クラスの声に耳を傾ける。


 当然海やら山やらそっちに遊びに行く計画をたてているクラスメイトも多いのだが、それでも半数以上が覚醒修行について。その中の結構な数が『賢者の会』について好意的な話をしている……気がする。ついでに女子中心に。


 こういう話が教室でされているのは元からだ。だが、その頻度や人数は増えている気がする。それだけ皆覚醒したいのだろう。


 その気持ちはわかるんだけど、それでも新興宗教に頼るのはどうかと思うのだが……。


 なお、この考えを教室で口に出す気はない。この空気で言ったら総スカンである。相原君ですら大声でそういう話はしないのだ。自分達みたいなのが一回でもそんな事を口に出せばどうなるか。


 しかも僕が覚醒者と露見すれば、彼と違い人気者とは程遠い身としてはどんな目を向けられるか想像しただけで恐ろしい。


「ん?」


 噂をすればなんとやら。相原君からメールが来ていた。


 どうでもいいけど、ノールック送信恐いんだけど?視界の端でAグループの中心に座り談笑しているのに、なんでそんな事できんの?本当に同じ人類?


 とりあえず内容を視て、眉をしかめた後友人二人にも画面を見せる。


『二年生の間で例の魔道具が流行っているらしい。放課後、学校周りの調査を手伝ってほしい』


「……のった」


「俺もいいぜ」


「わかった」


 頷き合い、了承の旨を送信する。


 二年か……一年のクラスは相原君が情報収集して回ったらしいけど、他の学年は流石に難しいらしい。自分達も体育館倉庫や裏庭とかは見たけど、それらしい物はなかった。


 ここは僕らも協力しないと。なんせこの辺りで氾濫が起きたらこっちの家だって危ない。


 一応僕の家は学校から最低避難ラインの二キロ以上あるが……それも二百メートルの差。誤差みたいなものだ。熊井君達も似た様なもんである。


 父さんは日中家にいないし、母さんにはいざとなったら僕の部屋の異界に逃げてもらう様言ってある。更にはレイラが庭に簡易的だが結界を仕込んでいたと言っていたし、そう簡単には突破されないはずだが……。


 脳裏にミノタウロスやファイアードレイクの姿が浮かぶ。ぶるりと背筋に悪寒が走り、吐き気までしてきた。もしもあんなのが出てきたら、焼石に水だ。結界も異界もほんの少しの時間稼ぎが限界だろう。


 あるいは、それこそ奴ら以上の怪物が出てきたらと思うと……。


「……なに暗い顔してんだよ、京太朗」


「熊井君……」


「まったく、変な所で楽観主義のくせにお前は考えすぎる時があるんだよ」


 やれやれと肩をすくめた彼が、ニンマリと笑った。


「しょうがねぇ。ここはとっておきの吉報を聞かせてやろう」


 吉報?いったいなんだろうか。


 あの新興宗教がようやく大規模捜査を受けるとか、それとも米軍か自衛隊が凄い武器でも開発したのか。


「実はな……遂に、車谷さんの通っているダンジョンを絞り込めたんだよ……!」


 車谷さん……車谷鉄子さん、だっけ?この老け顔ゴリラこと熊井君の意中の相手である。


 なお、相手は彼の事を知らないし直接会話した事もないらしい。一方的に顔と名前を知っているだけだ。そして相手は二十代女性。


 ………うん。


「通報しよう」


「面会には行くからね……」


「お前ら酷くない?友達を豚箱にいれる躊躇なさすぎない?」


「「いつかはやると思ってました」」


「やめてくださいお願いします」


 今らでもインタビューを受ける練習をした方がいいのだろうか。


 熊井君……君がストーカーとして捕まっても、友情は続くからね……!


「言っとくけど法に触れる様な事はしてねぇよ。ちゃんとギリギリを狙ったわ」


「逆に怖いんだけど……」


「無駄に小賢しい分不快度がすごい」


「なに、お前ら俺の事嫌いなの?」


「そうだったら通報をとどまってないよ」


「……すまん、リアクションに困った」


「しょうがないな。精進したまえ」


「へへー」


 二人はお笑いコンビでも目指すので?


「それはともかく、これで俺の恋路も一歩前進だ。彼女の妹がやっているSNSのアカウントも突き止めたからな。車谷さんが現在フリーなのも把握したぜ。どうも一人暮らしらしいから、住所の把握までは難しいが」


「ねえ本当に法律にふれてないんだよね?」


「世の中には直接触れなくても迷惑行為等で色々と判例が……」


「やかましいわ。どんだけ信用ないんだ俺は」


 だってお前変態だし。


「だってお前変態だし」


「泣くぞ。むしろ泣かす」


 暴力反対!平和主義の僕は絶対に不当な暴力には屈しないぞ!!


 友愛の心を忘れてはならない。人には言語があり、対等に会話をする事でわかり合う事ができるのだから……。


 あ、こいつゴリラだった。何やらウホウホしてきたので魚山君を盾にする。この守りを突破するのは難しいはず!これが友情パワーだ!!


「待って。なんでナチュラルに一番か弱い僕を盾にした???」


「良い覚悟だ、魚山……一撃で終わらせてやる」


「それ終わるの僕の人生じゃない?いやだぞこっちは触手で腹上死するって決めてるんだから」


「……なんかごめん」


「ま、まあ頑張ってくれ……」


 そっと距離をとる。時々君がわからないよ……。


 そんな馬鹿なやりとりをしている間に、ホームルームのチャイムが鳴りいつもより少し遅れて教師が教室に入って来た。


 慌ててそれぞれの席に戻る生徒達。自分もその中の一人であり、放課後どの辺りを見て回るのかとか、教師にも話を通すのかと考えながら、いつも通りの一日が始まる。



 始まる、はずだった。



 ざわりと、空気が入れ替わった感覚を覚える。弱めのクーラーでは冷やしきれない熱気を残したまま、冷気が突然混ぜられた様な不快感。


 自分は知っている。だって、『三度も経験したのだから』。いかに自己の魔力以外に鈍くとも、これはもう間違えようがない。


 教師の言葉が耳を素通りしていくなか、猛烈な腐臭が鼻を襲ってきた。ただ肉が腐っただけではここまでの悪臭は出ないだろう。肉も骨も内臓もあるままに、腐った故の臭い。これもまた、かつて受けた依頼にて知っている。


 びちゃりという、液体と肉が混ざった様な奇怪な足音。その方向を見れば、教室の後ろの扉近くにそいつはいた。


 ドアの開閉音などなかった。唐突に、なんの脈絡もなくそこに現れたのだ。


 茶色いボロボロの布を巻きつけて全身を隠し、僅かに覗いた目元は干からびた暗緑色の肌と白濁とした眼球が露出している。


 そして、その手には錆びた一本の剣。元は綺麗な装飾がされていたのかもしれないそれは、経年劣化なのかただ他者を傷つけるだけの機能しか残っていない。明らかに切れ味の悪そうな刃を、そのボロ布を着た怪人が振り上げた。


 狙う先は、背後を気にした様子もなく教壇をつまらなそうに見つめる女子生徒。


「っ――!!」


 思考するよりも体は早く動いた。


 魔装を展開しながら跳び上がる。普通に立って走るには他の生徒が邪魔だ。轢き殺してしまう。なら、上を通ればいい。


 椅子も床も吹き飛ばして跳躍し、続けて天井を踏み砕いてボロ布を纏った動く死体に……『ドラウグル』に跳びかかった。



『ドラウグル』



 北欧の伝承に残るそれはゾンビの一種とも言える怪物であり、墓にある財宝を守る為戦うとも船に乗りどこかへ旅立つとも言われている。諸説あるが、今はどうでもいい。


 現代に現れたこれらは、『Cランクモンスター』だという事実のみ今は重要である。


 不意打ち同然に放った拳を、しかし相手も反応して剣で受けようとしてきた。籠手と刀身がぶつかり合い、甲高い音と火花をあげて一瞬だけ競り合う。


 だが次の瞬間にはこちらの拳が勝り、剣を叩き落とした。そのままドラウグルが体勢を立て直すよりも速く、ボロ布を掴んで動きを止めた所にダガーで引き抜きざまに首を刎ねる。


 僕がいた席から聞こえた轟音に驚いたのか、生徒達がぎょっとした様子でそちらを見て騒ぎが起きる。だが、こちらに視線を向ける者達もいた。


 一人は当然ながら自分の真後ろで戦闘があった女子生徒。そして、残りは――。


「先生、緊急事態です!生徒の避難を!」


 椅子を鳴らしながら立ち上がった相原君が、魔装を纏う。


 それに続くように、熊井君と魚山君も魔装を展開。僕がいる方とは別の扉を固めた。


「な、なんだ!?何をしているんだお前達!」


 動揺する教師に、相原君がツカツカと近寄り胸倉を掴む。普段の彼には見られない、焦りと苛立ちが露骨に表れていた。


「モンスターが出た!ここもすぐにダンジョンに飲まれるぞ!その前に避難させろ!」


「な、なにを……」


「ちぃ!」


 面食らって混乱した様子の教師と、どよめく教室から視線を逸らす様に廊下の様子を窺っていれば、前の方の扉から相原君が跳び出しそのまま火災ベルのボタンを殴りつける様に押し込んだ。


 彼の行動は、迅速だったと思う。それでも、なお。


「きゃああああああ!!」


「な、誰、誰か!」


「なんだ、なんなんだよ、こいっ……!?」


 別の教室から次々と聞こえてきた悲鳴が、火災報知器の音さえもかき消してしまう。連鎖的に各教室から響く声は、どれもこれも混乱と恐怖がにじみ出ていた。それらが、校舎全体を揺らす。


 自分も廊下に出て、窓から外を覗いた。一歩教室から出ただけで、血と腐臭で鼻が曲がりそうになる。


 だが、眉間に皺を寄せたのは臭いが原因ではない。


 暑苦しい青空を覆う、黒い天蓋を視てしまったからだ。



――前に、熊井君達と学校にモンスターが現れたらという話をしたのを思い出す。



「くそったれ」


 実際に起きろなどと、願った覚えはなかった。廊下をブーツで踏みしめながら、兜の中で悪態をつく。


 これで四度目。唐突に、なんの脈絡もなく。不意打ちの様にコレはやってくるのだ。理不尽極まりない。


 隣の教室から生徒達が逃げ出していくのが視えた。そして、その最後尾に薄汚れた槍が迫るのも。


 ガギリと、刃でそれを受け止める。


 ボロ布を纏った死体。その白濁とした目と睨み合いながら、槍を思いっきりかちあげて胴を切り払う。


 両断した腐肉が床に落ち、すぐに粒子化していくのを確認しながら踏み越えた。


 たった一歩踏み込んだだけで、嫌でも視界に飛び込んでくる教室の光景。最近、ようやく慣れてきた制服を着た数名の男女が机の間で赤い血を流して転がっている。そして、それらの傍にたつ三体のドラウグル。


 それぞれが得物を構え、感情の読み取れない瞳で椅子や机を蹴散らしながら襲い来る。無機質なその動きは、まるで虫の群れだ。対する様に、無言のままレイラたちを呼び出した。



 夏休みまで、あと一週間。そんな蒸し暑い朝に。



 腐臭の漂う惨劇が幕を開ける。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
いつか学校もダンジョン化すると思ってたけど早かったな。
[気になる点] あぁ、うら若き百合の可能性が散ってゆく
[一言] シリアスさん「やぁ」
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