第五十八話 鬼退治
第五十八話 鬼退治
サイド 大川 京太朗
闇夜――に、視えるダンジョン内の山の中を進んでいくと、微かに水の流れる音が聞こえ始めた。
「リーンフォース。川の位置がわかる?」
「はい。ここより二時方向、百五十メートル先にあります」
「……道に沿ってる?」
「この位置からだと不明ですが、可能性はあります」
「……わかった。このまま前進。敵の気配を察知したら教えて」
「了解」
そこから更に進んでいくと川の音がより大きくなっていく。道幅も大きくなっていき、自分とリーンフォースが並んで剣を振るっても問題ない程になってきた。
前列二、後列二で距離が出来過ぎない様にハンドサインをしながら行けば、すぐに川が視えてくる。
川幅は十メートルほどだろう、近づくとかなり流れが速いらしく水の音が激しくなってきた。
どうやら道沿いに川が流れている箇所が数十メートルほど続いており、反対側は相変わらず木々が続いている。土手と言うにはやや少ない高低差しかなく、ほぼ道と河原が一体化していた。
これは……。
「リーンフォースとレイラは森側をお願い。川側の警戒は僕と雪音が」
「「「了解」」」
小気味のいい返事を聞きながら、剣を順手に構えなおす。
轟々と流れる川に視線を向けながら歩いて行けば、薄暗い中キラリと光る物が視えた。
直後に魔眼が起動する。
「敵襲!」
雪音と川の間に割って入りながら叫ぶ。眼前に迫る人頭大の水球がレジストされ消滅するが、それに隠れる様にしてかぎ爪の生えた腕が伸びて来ていた。
カウンターでそれを切り飛ばすと、赤い血しぶきが舞い奇怪な悲鳴が響く。
『ギギェェェ……!?』
悲鳴を上げたのは、猿に似た怪物だった。
弾かれた様に向こう岸に出てくる三体のそれらが、頭にのった皿の様な物を輝かせながら黄色い目でこちらを睨みつけて来ている。
『河童』
日本人なら鬼にならんで知らぬ者のいない妖怪の一種であり、現代に蘇ったそれは猿の様な体にくちばしの有る顔。背の皮膚を亀の甲羅の様に硬質化させ、人間に似た頭髪から覗く皿の様なもの。
体躯もまた猿に近いが、感じられる圧力は鬼と同等である。それもそのはず、これもまた『Cランクモンスター』なのだから。
片腕を失った河童が鳴き声を上げながら口を開けば、他二体も同じようにくちばしめいた口をあけた。
そこから放たれる高圧水流。常人が触れれば肉が千切れ骨がへし折れるそれが三条、こちら目掛けて放たれた。
本能的恐怖が両足を動かそうとするが、理性で押しとどめる。眼の前でレジストされるそれらを見ながら、自分の足元目掛けて剣を思いっきり振り抜いた。
『魔力開放』
大小様々な石が跳ね上がり、湿った地面が砲撃でも受けた様に弾けた。
視界が塞がれる中、背中から彼女の声が聞こえてくる。
「『氷牙・槍衾』!」
ぶわりと押し寄せる魔力の乗った冷風。振り返らずとも雪音が左右に広げた扇子を勢いよく前に向かって振るった事がわかる。
その半瞬後に、二十前後の氷の槍が自分を超え土砂の壁を貫き飛んでいった。その先にいるのは、考えるまでもない。
『ギエエエエッ!?』
『ギ、ガッ』
悲鳴は、二つ。そして魔眼が発動。
土砂が落ち切った所に、猿の様な腕が伸びてきた。かぎ爪と水かきのついたそれを左手で掴めば、異様に腕が伸びた河童の姿が顕わになる。
その河童は片腕がなかったが、これは自分が初手で腕を落とした個体ではない。たしか、河童は片方の腕を引っ込める代わりにもう片方を伸ばせるのだったか。それにしてもゴムの様に伸びているが。
そんな事を頭の隅で考えながらも、体はほぼ反射で動く。
相手の腕を掴んだまま左腕を勢いよく振り上げ、猿の様な体を川から引きはがした。宙に浮いたその体躯に、もう片方で振るった剣を食い込ませ、両断。上下に断たれた河童は目と口を大きく開けたまま絶命した。
「『アースムーブ』『大地よ』」
足元と向こう岸の河童が粒子になり始めたのを確認してからチラリと後ろを振り返れば、雪音の更に後方。森の方目掛けてレイラがステッキとタクト両方を使って魔法を発動させていた。
向こうでも二体の鬼が攻撃を仕掛けてきたらしい。片方をリーンフォースが相手している間に、もう片方をレイラが足止めしているのだ。
地面がまるで波打ったかと思えば鬼の両足が埋もれ、そこに周囲の木々から伸びた枝が奴の上半身に絡みついていく。
頑強さ故に木々で首をへし折られる事はなくとも動きが封じされ、相方が斬り捨てられた直後に返す刀でリーンフォースが鬼の脇腹を引き裂き、続けてその傷から剣を刺しこみ心臓を破壊した。
あちらも終わった様なので、視線を正面に戻し河童どもの消えた後を確認する。
足元はなにもなし。だが向こう岸にキラリと光る物が視えた。転がっている石でわかりづらいが、強化された視力はそれがなんなのか正確に把握する。
「レイラ。悪いけど対岸のアレをとってくれない?」
「あれ?……なるほど、かしこまりました」
レイラがタクトを振るい緑魔法を発動させ、つむじ風の様な物が落ちていた『皿』を運んできてくれた。
小さく礼を言いながらそれを受け取り、ダンジョンの天井から照らされる光にかざしてみる。
『河童の皿』
白く綺麗な皿で、素人目に視ても美しい『ゴミ』である。
と、いうのも。これは普通に売買する事が禁じられているからだ。なんせこのドロップ品。砕いて畑に蒔けば、その一年不作はなくなると言われているのだから。
具体的には丁度いい量の雨が丁度いい期間降り、そして植えられた作物は病気にかかりづらくなる。農家からすれば垂涎間違いなしの代物だ。
だからこそなのか、これが発見されてすぐに各国や国連で使用に待ったがかかった。
その雨は気象にどの様な影響を与えているのか。よその雨雲を引き寄せているのではないか。あるいは余分な雨を他に押し付けて根腐れさせていないか。そもそもドロップ品を混ぜた土の安全性はと。
挙げ始めたらキリがない問題提起により、このドロップ品は『真っ当なルート』での販売が禁止。研究に必要な分は国連やら各国の研究機関で調査用に引き取ってくれるけど、そうでなければ各自治体で処分される決まりになっている。無論、勝手に持ち帰る事も許されない。それはドロップ品の自由化が決まった後もだ。
理屈はわかる。わかるが、冒険者側からするとなんとも言えない気分になるな。
放置して、万が一後でカメラチェックの時突っ込まれたら面倒だ。回収して帰りに提出しよ。なにより今回の探索は東郷さんからの依頼。彼の顔に泥を塗る事はできない。
ため息まじりにアイテム袋へ皿を突っ込んで、三人に振り返る。
「全員、無事?」
「はい!」
「勿論です」
「機能に変化なし。異常ありません」
「なら、もう少し進もう。午前中はこのダンジョンに慣れるのを優先で、最悪明日もここにくるっていうのでもいい。安全第一で行こう」
「「「了解」」」
剣を肩に担ぎ、また道を進んでいく。
その道中鬼や河童に襲われるも、問題なく撃滅。大雑把にしか数えていないが、合計二十は倒しただろうか。
そろそろゲートを見つけたら一度帰ろうかと思い始めた所、道端に置かれた『灯篭』を発見する。
「げっ」
石でできた灯篭が山道に並べられ、中で揺らめく青い炎が星明り……ぽい物だけが照らすダンジョンをそこだけ明るくしていた。
これがあるという事は、近くに『C+』の敵がいる。事前情報が確かなら、そのはずだ。
レイラ達に視線を向け頷きあった後、更に前進。引き返してもどうにもならん。なら進むしかない。他のダンジョンと違って『C+』に奇襲される事はないと、ポジティブに考えよう。
……奇しくも、午前中だけで目標数達成してしまいそうだな。
灯篭に導かれる様にして歩いて行けば、すぐに立派な門が視えてきた。
当然ながらダンジョンの出入り口となるアレではない。頑丈そうな木製のソレであり、左右を白い塀を囲っている。瓦屋根までついており、まるで武家屋敷の門構えだ。
門番もいないそこに警戒しつつ接近。できるなら正面から突っ込みたくないが、森の影響かこの門以外からの奇襲が成功したという話は聞いた事がない。
やむを得ない。礼儀正しくいくとしよう。
「事前の打ち合わせ通りに」
「「「了解」」」
門まであと十メートルほどの距離で停止。レイラがタクトを構える。
「『ウインドバレル』」
タクトの先端で風が渦巻き、緑色の魔法陣が空間に固定された。
……念のため、もう一歩引いておく。
「『ファイヤージャベリン』」
その風で出来た『砲身』を通り、放たれる炎の槍。通常の発動では得られない加速と風の強化を受けたそれが、凄まじい勢いで門に突き刺さった。
爆音と共に木片と土煙が舞う中、自分とリーンフォースが突入。後衛の護衛は彼女に任せ、こちらは一気に奥へと踏み込んだ。
土煙を置き去りにした武家屋敷の内部。やたら広い庭には鬼どもが盃片手に座り込んでおり、粉砕された門の方に視線を向けていた。
だが正面最奥。吹き抜けの屋敷の中に居座る鬼だけが、巨大な瓢箪を片手にこちらを睨みつけていた。
構わず駆けて勢いそのまま刺突を放つツヴァイヘンダーと、鬼が振るった大太刀が衝突する。
甲高くも、余韻が腹に重く響く衝突音。刀身同士が火花を散らして滑り、鍔競り合う形に変わる。相手が片手な事もあり押し込もうとするが、横殴りに瓢箪を振るってきた。
咄嗟に右肘で受けた所に蹴りが来たので僅かに後退。両者間合いの内側に相手を捉えたまま、相対する。
『鬼武者』
名の通り、武者の様な恰好をした鬼である。
日本甲冑を身に纏い、しかし二本角が兜を突き破り天高く伸びている。黒光りする甲冑は鬼の巨体に合わせ大きく作られ、右手には大太刀。左手には二メートルはある瓢箪を提げていた。
あの瓢箪の中身は、他の鬼を操る毒であり、そして――。
『ぐぶっ』
「このっ」
鬼武者が兜の下で口を膨らませたタイミングで横に跳べば、奴の口から火炎が吐き出されるではないか。
聞いてはいたが、こうして視ると大道芸かと叫びたくなる。
そう、あの瓢箪の酒は強力な油でもあるのだ。鬼武者の唾液と混ざれば火炎となって吐き出される。魔法でないからレジストされないので面倒くさい。
横に避けたこちらに向かい、鬼武者が片膝をつくようにして上段から大太刀を振り下ろしてきた。いかに広い武家屋敷と言えど、あの巨体で大太刀を使えばあちらこちらに引っかかるだろう。
魔眼でその動きを読み、もう半歩横にずれた。自分の真横を素通りし畳を断つ刀の峰を踏みつけ、素早く相手の顔面にもう一方の足で蹴りを放つ。
『ゴアッ!』
赤黒い顔が苦痛に歪み、鼻がひしゃげる。刀から奴の腕が離れた瞬間。自分も間合いを詰めた。
狙うは心臓。鎧もろともぶち抜いてみせる。
そう考えるも再度魔眼が発動。瓢箪の紐を拳に巻き付ける様にして、奴が左フックを放ってきたのだ。
モンスターのくせにやたらの堂の入ったその動きに内心で盛大な舌打ちをしながら畳張りの床を踏み砕きながら急停止。迎撃で剣を横に振るう。
途中柱が切っ先に触れようが関係ない。撃ち砕いてほとんど減衰しないまま、刀身が瓢箪にぶつかる。
だが、柱に触れた時太刀筋がぶれたのか。あるいは単純に自分の技量不足か。刃はたたず剣の腹で瓢箪を殴り飛ばす事になる。
「あっ」
紐が千切れ床や柱にバウンドしながらも屋敷の外へ向かっていく瓢箪に、兜の下で顔をひきつらせた。たしか、これをやってしまった場合……。
やっちまったと思うも、それで待ってくれる相手ではない。右手で脇差を抜くなり鬼武者がこちらに掴みかかってくる。
それを裏拳で弾き、剣を相手の左腿に回す。
ラップショットと言われる西洋剣術の基本技術。斜めに腕を振るい、手首を捻って剣裏で鬼武者の膝裏の筋を切り裂いた。
バランスを崩しながらこちらに突っ込んでくる奴に対し、こちらもまた後ろに倒れ込みながら腹に足を差し込む。
こちらとてちょくちょく熊井君相手に肉弾戦のやり方を教わっているのだ。この程度なら……!
巴投げ――というには不格好ながら、鬼武者の体を蹴り飛ばす。ほとんど足の筋肉で誤魔化したそれだったが、奴を屋敷の外にまで吹き飛ばすには十分だった。
門のあった場所を利用して戦う彼女らに向かっている鬼ども。その背後に鬼武者の巨体が衝突する。
『魔力開放』
そして、むさくるしい肉団子めがけて思いっきりチャージを叩き込む。
リカッソを握り槍の様に構えたまま放った突進が、鬼武者の胴を引き裂きそのまま数体の鬼どもを蹴散らした。
「『氷牙・槍衾』!」
「『大地よ』!」
更に上下で突き立てられる氷と岩の槍。ズタズタにされ鬼武者含め大半のモンスターが死に絶えた場所で、ぎこちなくレイラ達の方に振り返る。
「主様、お疲れ様で――」
「ごめん」
「はい?」
「たぶん、おかわりが来ると思う」
「……あー」
理解したらしいレイラが、困った様な笑みを浮かべた。
鬼武者の持つ瓢箪。正確にはその中に入っている酒は、臭いだけなら本体が消滅した後でも暫くは残るのだ。
そして、それが振りまかれた場合……。
『『『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――ッッ!!!』』』
一瞬、土砂崩れでも起きたのかと言いたくなる轟音が山を震わせる。
間違いなく、これはこの武家屋敷周辺にいる鬼たちの雄叫びだ。あの臭いに引き寄せられ、こちらに向かってきているのである。
およそ十秒で消えると言うが、それだけでもこの効果。できれば本体を切り伏せた後に凍らせるなりなんなりしたかった。
鬼武者がいた場所には、普通の鬼が残すよりも大きな角が落ちている。ドロップ品は嬉しいが、これの効果は普通のと変わらない。ただでかいから一回でとれる量が多いだけである。
……マジで割に合わないな、このダンジョン。
「この武家屋敷で迎え撃つ、って事でいいかな」
「はい。それでよろしいかと」
「なら色々頼んだ」
「はい!」
レイラの返事を聞きながら、彼女がいつもの調子に戻っている事に安堵する。
だが、こうしてこき使ったのをリフレッシュした扱いにするのは、どうも違う気がする。もっとこう、他にもやるべきだと思うのだ。
……詳しくはないが、女性のストレス発散と言えば親しい相手と遊びに行ったり買い物をしたりする事が基本らしい。だが、守護精霊であるレイラは法律上単独で私有地以外を歩き回れない。主の……守護対象の同行が必要である。
やはり、やるしかないか。
かつてはあの恐ろしき牛の化け物によって阻まれたあの計画。それを形を変えてだが、実行する必要がある。
そう、『デート』を………!
「レイラ」
「はい?」
「絶対にお祓いを受けるからね……!」
「は、はあ……?」
お祓いを受けたらデートに行けるはずだから、待ってて!!
近付いてくる地響きを聞きながら、剣を構えなおした。
読んで頂きありがとうございます。
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