第五十一話 立ち位置
第五十一話 立ち位置
サイド 大川 京太朗
リーンフォースの初陣を終えた翌日。早速だが、三人と一機でエンプティナイトのいるダンジョンに来ていた。
黒塗りされた窓に、熱気ばかりが通り抜けていくやたら広い石造りの通路。戦闘に適しているとはお世辞にも言えないその中で、しかし一切の問題なく探索が進んでいく。
「よっ」
広い通路という事もあり、自分とリーンフォースが二列で戦っても問題ない。そこで『前衛が二人になった』事のありがたさを実感する事になった。
正面から突っ込んできた二体のエンプティナイト。それらが左右に分散されそれぞれ一体ずつ受け持つ。
だが、一対一ならまともな戦闘にすらならない。翳された盾ごと相手の兜を叩き割れば、隣ではリーンフォースが相手の槍を片手で掴んで受け止め、剣を持つもう一方の手で相手の膝を横殴りに破壊。バランスを崩したところを肩からタックルして弾き飛ばした所だった。
「『氷牙』」
そこにすかさず突き刺さる氷の槍。頭部にそれが突き刺さった空っぽの騎士は動きを止め、ガラリと音をたてて石の床に転がった。
二体が粒子に変わるのを横目に、周囲を警戒。奴らは足音がでかいから数や方角はともかく、接近だけなら自分でも十分わかる。
安全が確保できたところで、ドロップ品の確認。転がっている無傷の胴鎧を拾い上げ、アイテム袋にねじ込んだ。
探索開始から約一時間半。これで兜と胴鎧が手に入ったのは運がいい。あと少しで全身が揃う。
「三人ともお疲れ。次ゲートを見つけたら一端帰って、昼休憩後にまた来よう」
「はい!」
「それがよろしいかと」
「了解」
体力とかを考えれば、まだまだ余裕がある。それでも無茶をする必要など欠片もないんだし、安全策でいいだろう。
クレタのダンジョンといい、龍の巣といい。『冒険』は懲り懲りである。
「それにしても、旦那様とリーンフォースの二枚看板は安心感が凄まじいですね。ワタクシの仕事がなくなってしまいそうです」
着物の袖で口元を隠しコロコロと笑う雪音に、『それ昨日僕思ったわ』とちょっと共感する。
単に壁役が二人になっただけかと思えば、正面の敵にだけ集中できるし相手も戦力を分散するからやりやすい事この上ない。前に熊井君達と組んでいた時は、通路が狭くて並んで戦う事はできなかったし。
「いや。それでも後ろから支援してくれる雪音も、背後からの敵を警戒しつつ全体を見てくれるレイラも心強いよ。本当に」
紛れもない本音である。どっちかと言うとリーンフォースと若干ポジション被りしている自分の方こそ仕事がなくなりそうで不安なぐらいだ。前衛が二人の利点を味わっている最中ですら、である。
なんせ、『Cランクダンジョン』なら自分抜きでも十分すぎる戦力である。なんなら僕がジャージで寝転がっていても他のメンバーが全て蹴散らしてくれそうなほどだ。
いややらないけどね?流石にそこまでは。
「ありがとうございます、主様。しかし戦闘について言わせて頂くのでしたら、リーンフォースという戦力が入った今御身は戦いの場に出ないのが最良ではあるのですが……」
「それはそうですね。旦那様にもしもがあっては事ですから」
「いやぁ、法律で決まっているんで」
講習で習った事だが、基本的に私有地以外で使い魔を出している場合は一定以上の距離を緊急時以外離れてはならないとされている。
まあ、それを守っている人がどれだけいるかって話は置いておくとして。こういったダンジョン探索という映像記録に残り、なおかつ役所が運営している場所に出入りするのに堂々と法令違反とか無理である。
なので使い魔とゴーレムだけダンジョンに送り込んで自分は外の喫茶店で時間を潰す、なんて冒険者はいないわけだ。
「それでしたら、いっそ主様には後衛に転向して頂くのは?」
「いやそんな無茶な。というか、そういう話はダンジョンを出てからにしよう。流石に不用心だ」
「失礼しました。おっしゃる通りです」
レイラはどうも、昨日の夜あたりからこうして自分を後ろに下げようとする。
とりあえず探索を再開し、何度かの戦闘の後ゲートで帰還。ストアの休憩スペースで雪音の『愛♡妻♡弁当』を食べながら、少し午前の探索でレイラの言っていた事を思い出す。
彼女が自分を安全圏に置きたい理由はわかる。このパーティー、色んな意味で自分が死んだら詰むので。
守護精霊のレイラは言わずもがな。雪音は雪女の性質上他の人と契約する事はできず、消滅するか野良のモンスターとして討伐されるか。リーンフォースも燃料が『白銀の林檎』の果汁やらなんやらを混ぜた物なので、供給元がなくなったらいずれ機能を停止する。
何気に、自分以外のメンバーはレイラと同じ意見らしい。雪音は『たとえ旦那様がヒモとやらになろうともお支えいたします!』とか言っているし、リーンフォースは『マイスターの生存と健康が当機の最優先目標に設定されていますので、ドクターの案に賛成します』とのこと。
理屈ではわかっているのだ。ただ、お飾りはなぁ……それに、一応合理的に考えれば自分が戦闘に出るのは間違っていないとも思うのだ。
ぶっちゃけ、『Cランクダンジョン』とかの場所なら自分が死ぬなんて事は早々ない。慢心でもなく、純然たる事実である。強いて怖いのはスライムの奇襲ぐらい。だったら前に出て戦った方が効率的だ。
で、『Bランク』以上の氾濫に巻き込まれた場合は逆に僕を下がらせておく余裕はない。いかに三人が強いと言っても、同格やそれ以上がダース単位でやってくる環境など、生存の保証はできないのだ。ダンジョンの氾濫は毎回敵の数が多いし。
そんな理論武装をあえてレイラからの記憶共有を切らずに考える。
ただまあ、これは表向きというか。彼女らを説得するための理由。本音の所は、単純にヒモになりたくないだけである。
これが自分には戦う力がないとか、己が死んだら世界滅亡だとかの状況なら別として。そうでないなら女の子。それも……その。言い方はアレだけど『自分の女』の後ろに隠れるとか、嫌じゃん。
どうかわかってほしい。この繊細な男心を。
けど魔法なぁ……たしか、魔法の類は異能として持っていなくとも『後天的に学問として』覚えられると聞いた事はある。もっとも、年単位の修練とやらが必要だそうだけど。
冷めてしまってもほど良い塩加減の卵焼きを頬張りながら、ちょっとだけ魔法使いになった自分を想像してみた。
……魔法。やっぱ浪漫あるよなぁ。ちょっとずつでも、勉強してみるのもいいかもしれない。後衛に移るかは別として、興味はあるのだ。
* * *
午後の探索も特に語る事はなく、順調に……いや、順調すぎる程に終える事が出来た。
なんせ、二回目の探索にして鎧一式が揃ったのだから。右籠手がまた余ったが、こっちは溶かしてサイズ調整に使うのもいい。
これで後は『彼』に……かれ、に……。
帰りのバスに乗り込み、icカードを機械にかざしながら思わず遠い目をしてしまった。
結構人気のダンジョンながら、いいやだからこそ午後の三時過ぎに帰る人は少ないのか、バスはかなり空いている。窓際の席に座り、荷物を足の間に置きながら外の景色を眺めてため息をついた。
今からでも、東郷さんに頼んで誰かいい人を紹介してもらおうか。いいや、あの人だって忙しいし、何より『魔法の防具を弄れる異能持ち』は少ないうえに需要が凄まじい事になっている。紹介してもらおうにも、かなり待つ事になるだろう。
なら、やはり彼に――『相原健介君』に頼むのが一番丸い。
「はぁぁ……」
やべぇ、憂鬱になってきた。
悪い奴ではないんだよ、悪い奴では。ただ変態かつ面倒くさいだけで。教室での擬態がうますぎるだけで変態度合いは熊井君以上だよ。魚山君ほどじゃないのがまだ救いだ。
僕の中の変態ランキングは不動の一位に魚山君。次に花園さんと相原君が二位争いをし、その少し下に熊井君がいる感じだ。なんで我ながら四人もすぐに変態の顔が浮かぶんだ……。
え?筋肉好きなだけで熊井君はそこまで変態じゃない?話した事もない意中の相手の隠し撮り写真持ち歩く奴が変態じゃなくなんだと?
彼、あれ以来く、くるま……車谷さん?とはどうなんだろう。続報がないし、たぶん未だに彼女の通うダンジョンを探しているのだろう。やはり変態では?それも微妙に生々しいタイプの。
自分の様な常識人に出来るのは、友人の恋を合法な範囲で応援するぐらいである。
駅に着くまで結構長い。気持ちを切り替え、それまでソシャゲの周回でもしていよう。『おっぱい戦国大決戦』が現在素材のドロップが美味しいイベントをやっているのだ。
いやぁ、それにしても六月の終わりから始まった『ジューンブライド・おっぱいウエディング』なるイベント。まさかおでこが特徴的な委員長系巨乳美少女の明智ミチュコが実装されるとは。
マナーモードで音声を切っているスマホに映るのは、顔を真っ赤にしながらも日本刀を構えた美少女の姿。しかも、その恰好はいわゆる『生き恥ウエディング』と呼ばれる物である。
いいよね、白のマイクロビキニにヒラヒラつけただけの服と呼んでいいのかわからないやつ。今度レイラ達三人にカーディガンタイプの制服を着てもらってギャルな感じで『セッ!』しようかと考えていたが、どうにかしてこっちも……。
しかしギャルも生き恥もどっちも捨てがたい。いっそどっちも……いやいや。それは今後に備え財布のひもを引き締めなければと考えておきながらあまりにも早計。
待てよ?これは仲間たちの絆を深めるレクリエーション的な事だから必要経費に……いややっぱ駄目だわ。人としてあかんわその発想。
というかそれ言いだしたら確定申告にそれ書く事になるじゃん。やだよ絶対。
そんな事を考えながらミチュコの乳をタップして必殺技ゲージを溜めていたら、いつの間にかバスは街の中まで来ていた。
エロについて考えていると偶に時間が飛ぶ。あるあるネタとして出せる気がする。
周回もキリがいいし、スマホをしまっておくか。
そう思ってポケットに入れていた所で、視界の端に見覚えのある顔が通り過ぎた事に気づく。
こちらが右折レーンに入った所で、隣の車道を通り抜けたごつい車。それを運転している黒人の男性と、助手席に座るスペイン系っぽい顔立ちの女性。
魔眼持ち故に広い視界と高い動体視力があるので普通に目で追えたが、はて。誰だったか……。
ああ、そうだ。サラマンダーのダンジョンで会った四人組のパーティー。その内の二人だ。たしか、男の人の方はアルトゥールさんだっけ?
なんにせよ元気そうで何より。あの人達、まだ冒険者やってんのかな。それとも普通に就職したのか。
何かと就職で面倒な事になっている覚醒者達。非覚醒者からすると隣に座っている同僚が一瞬で自分を殺せるのが怖い……と、テレビで聞いた事がある。
だが、有川大臣が各県庁で覚醒者を公務員として雇い、ダンジョン対策課の差配で地方の未発見ダンジョンの捜索や間引きが出来ていない所の応援をしていくとかやっていたはずだ。
あの人、十個に九個は野党にボコられているけど、一個。それも実は本命っぽいのはちゃっかり通させるあたり凄い人なのかもしれない。
胡散臭いけど。もうスマホで『胡散臭い』と入力したらすぐに『有川琉璃雄』って出るぐらいに国民共通で胡散臭いって思われている人だけど。
あそこまで胡散臭い笑顔を常にしている人は他にいないぐらい胡散臭い人だが、覚醒者の雇用やダンジョンの氾濫対策に動いてくれている人なので、これからも頑張ってほしいものだ。
そんな事を考えていれば、あと信号を二つか三つ過ぎれば駅に着くと言う所まで来た。財布からicカードを取り出そうとする。
その時、また自分の視界の端で見覚えのあるものが映った。
赤信号で止まったバスの窓から、そちらに視線を向ける。
コンビニの自動ドアのすぐ横。そこに立つ、骨の人体模型の様な存在。手には古びた剣と木製の盾を持ち、光のない眼窩がちょうど自動ドアを通り抜けた小学生ぐらいの子供たちに向けられる。
――スケルトン。本来街中にいないはずのそれが、錆びた剣を振り上げた。
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