第四十五話 終幕
第四十五話 終幕
サイド 大川 京太朗
先手をとったのは、氷獅子。猫科の俊敏ささえ再現したかの様な瞬発力でもって、炎龍の首に噛みつきに行った。
だが、それは龍の尾を横殴りに叩きつけられる事で防がれる。そのまま炎龍は四肢の炎を噴かし、逆回転。尻尾と入れ替わりに前足を氷獅子の顔面に叩き込んだ。
『ギ、ガァァ……!?』
たった二撃。尾と前足のそれにより、氷獅子の顔面が半壊する。
飛び散る氷の破片。二体が動くだけでひび割れ砂塵の舞う大地。その中を、走る。
ただ見ているだけなどできるわけがない。動け、止まるな、生きる為に!!
「ひぃ……ひぃ……!」
口から情けのない吐息が漏れる。自分がどうしてこんな目にと泣き言を呟こうにも、その余裕すら残っていない。
眼は常に二体を捉え、脚を動かし続ける。飛んでくる瓦礫を予知で回避し、避けきれない物は剣で打ち払う。眼の前に飛んできた瓦礫が地面を砕き、粉塵で視界を一瞬覆われようが動く事だけはやめなかった。
氷の獅子は、圧倒的なまでの猛攻によりファイアードレイクに押されていた。
氷の爪は炎の爪で溶断され、左の前脚は薙ぎ払われた尻尾にへし折られた。体当たりをしに行けば、カウンターとばかりに相手も突進を行う。
体格の近い二体でありながら、残った炎による加速を用いて炎龍が上回る。
それを視ながら、呼吸をできうる限り整えようとした。だがまるで耳元で脈打っているかの様に心臓は激しく音を鳴らし、剣を握る腕は鉛の様に重い。
怖い。それでも、ここまでは……ここまでは、『予定通り』。
だが決めの一手。それを自分が失敗すれば、全て水の泡だ。いつ想定外の乱入があるかもわからない中、薄氷の上にたった作戦。
生きる為のそれを、いつ踏み抜いてもおかしくない。
こうして足を動かし続けるのも、止まってしまえば二度と動きだせない気がするから。そうしなければ恐怖に飲まれ、戦う事も逃げる事もできなくなる。
顔のすぐ横を飛んでいった、砲弾かと見まごうコンクリートの塊。兜をかすめただけで、視界が僅かに揺れた。
ブレスを使わせた今なら、逃げられるのではないかと脳裏にちらつく。本能的に飛びつきたくなるその考えを、理性で否定した。
あの馬鹿げた射程と威力をもつブレスが無いとしても、こちらとて全戦力を奴との戦闘に注いでいる。力が削がれたのは同じ事。ここで仕留めなければ追いつかれるのは明白だった。
戦え。生きるのだ。生きて帰る為に、殺す!
自分にそう言い聞かせ、飛んできた氷塊を剣で薙ぎ払う。見れば、氷獅子の胸がごっそりと抉られている。
もはや両者の勝敗は火を見るよりも明らかだった。いかに弱ろうとも、龍は常識の外にいる。
それでもなお、氷獅子は乾坤一擲の勝負をしかけた。
―――ここだ。
魔眼が告げた未来。もはやこの瞬間を逃して、勝機はない。
兜の下で、精一杯の声をあげる。バケツヘルムの中で己の声が反響し、耳が潰れそうになっても構わない。
「雪音ぇぇぇえええええ!」
納まりかけた蒸気の壁を突き破り、氷の塊が飛来する。
時速にして軽く百キロを超えるそれを、魔眼は正確に捉えた。射線上に向かって走り出し、剣の切っ先を氷塊に向ける。
衝撃。両肩が異音を発しながらも、魔力を振りまいて姿勢を制御。駆け出した勢いを一切殺さず、地面に足が着くなり逆に加速する。
視線を向けずとも、ツヴァイヘンダーの状況がわかった。
元より両手剣であったその刀身は、今は二回り以上巨大な『氷の刃』で覆われている。それこそ身の丈を超え、幅は五十センチ、厚さは三センチ以上あるだろう。剣というよりも、もはや鈍器に近い。
だからこそ、『足りる』!あの化け物を討ち取る武器として、相応しい武器として扱える!!
視線の先。目標地点では、既に雌雄が決していた。
最後の力を振り絞り、龍の首に噛みつこうとした氷獅子。だが、ファイアードレイクは頭を下げてそれを回避し、下から角を突き上げたのだ。
深紅の龍がもつ捻じれた角が獅子の首を貫き、全身にヒビを入れさせる。
頭を半分潰され、喉を貫かれた。全身に亀裂が入ったその姿は、屍としか言いようがない。
――アレが、真っ当な生命体だったなら。
『ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛―――ッ!!』
喉を潰されていようとも、その咆哮に陰りはなく。未だ氷獅子は動き続けた。
全体重で炎龍を押さえつけ、残る片方の前脚で炎龍の頭を抱え込む。両者の炎熱と冷気でボロボロの地面は砕け、ファイアードレイクの半身が埋まった。
『オ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――!!??』
黄金の瞳が動揺に揺れながらも、こちらに向けられる。そして、振りかぶられた氷の大剣へと。
『―――■■■■■■■ッ!!!』
炎龍が、燃えた。
四肢で燻ぶっていた炎が全身に走り、その火力を限界まで引き上げる。
もはや敵も後先を考えていない。五分先の生存ではなく、一秒先の勝利をとったのだ。肉体の維持すら度外視に放たれた炎が地面を溶岩へと変え、組み付いていた氷獅子を蒸発させる。
後ろ足どころか下半身を丸々消失させながら、炎龍の顎が開かれた。
収束すらされていない、ブレスの発射。それを魔眼が予知する。そして、それに至近距離で焼かれて死ぬ自分も。
回避などできない。既に炎の余波だけで氷の剣は溶け始めている。一秒一瞬が勝敗を分ける!
こちらが踏み込むよりも、相手の発射が速い。焼き殺した自分を食い、生きながらえる奴の姿。その未来を視て――。
「これを、視ろぉおおおおおお!!」
白銀に輝く林檎を、天高くぶん投げた。
『―――――』
こちらを見据えていた、炎の龍。全身を灼熱の業火で包み込んだというのに、輝きを失わない黄金の瞳。
それが今、初めて濁る。
投げられた林檎を追って、首が上に傾いたのは瞬きにすら満たない刹那。覚醒者の反応速度でももっても、有って無いような時間。
それでも、予めわかっていた事ならば。
『魔力開放』
本当に、これで打ち止め。
騙し騙し使っていた魔力の残り全てを両足から解き放ち、突貫。赤熱し崩れ落ちる地面がはじけ飛ぶのを感じながら、両手で剣を強く握る。
近づくだけで全身に熱気が押し寄せる炎の壁。その先にある『一枚だけ逆を向いた鱗』。――逆鱗。
この眼はそれを捉えている。絶対に、外さない。
「おおおおおおおおおお!!!」
迫る熱気に抗う様に吠えて、氷の刃をそこに刺しこんだ。
あの怪物の鱗とは思えない、あっさりとした感触。薄紙でも破ったかのように、刀身が潜り込んでいく。
だが、その容易さに反してグラインダーに掛けたかのように刃と鱗から激しい火花が散る。それは、赤ではなく白の光となって周囲を照らした。
鮮血の代わりにあふれ出る白の閃光。それを一身に浴びながら、押し返されそうになる刃を更にねじ込んだ。
『ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――ッッ!!??」
断末魔の悲鳴が真上から聞こえてきて、同時に奴の口から放たれる熱線。
収束されず、狙いすら定めずに上を向いて放たれたそれは、その状態でなお周囲に大きな影響を与える。
冷気と熱気で滅茶苦茶になった空間は暴風を起こし、それに乗せられて僕の体は宙を舞った。
当然ながら剣からは手が離れ、木の葉の様に飛んでいく。浮遊時間はどれほどだったのか。回る視界の中、天を焦がす炎の乱舞を視た。
やがて、衝撃。背中から地面に叩きつけられ、幾度かバウンドした後にガードレールにぶつかった。
「げ、ぼぉぇ……」
ゲロすら出てこない。たぶん、喉が焼けただれて癒着し塞がれていたのだ。意識が飛びかけるが、それが再生される違和感で叩き起こされる。
歪みに歪み、辛うじて原形を留めていただけの近くにあった標識を杖代わりにして立ち上がる。
揺れているのは自分の体全体か、それとも視界だけなのか。それすらわからぬまま、首をのろのろとファイアードレイクのいた場所に向ける。
魔装も無事な所などありはしない。兜は砕ける寸前。両腕の籠手は溶け落ちて素肌がむき出しであり、鎖帷子もサーコートもズタズタだ。腰に提げていたダガーも、いつの間にかなくなっていた。もはや、戦う力など残っていない。
それでも、視た。自分が、自分達が成した結果を。
『オ、オォォォォ………!?』
ファイアードレイクが。炎龍が消えていく。こちらに這ってでも向かおうとするも、地面に爪をたてた前足が文字通り崩れて落ちた。
まるで燃え尽きて灰に変わる様に、粒子に変わっていく黄金の瞳と視線を合わせる。
「僕の、勝ちだ」
『…………』
龍の瞳は閉じられた。ふらつきながらも転がった『白銀の林檎』を回収しに向かい、ファイアードレイクの消えた場所になんとなしに目を向けた。
「運がいい……とは言えないから、これは『悪運』って言うべきかなぁ」
転がっていた、一枚の鱗。掌ほどもあるそれを、林檎と一緒にアイテム袋へと押し込む。
命をかけて戦い勝利した相手への褒美……なんて、モンスターが考えるはずもないか。
立ち眩みを覚えながらもため息をつく。なんにせよ、勝てた。生きている。僕も、二人も。
その事に胸を撫で下ろそうとして、しかし遠くからワイバーン達の鳴き声が聞こえ始めた。
親分が死に、その獲物がまだ残っている事に気づいたか。もはや飛竜すらも倒す力は残っていない。
「旦那様!!」
そこに、雪音の声が聞こえてくる。一も二もなくそちらの方角へ走り出し、水嵩のだいぶ減った川へと跳び込んだ。
だが、着水はしない。降り立った先は、氷の船。
「旦那様、よくぞご無事で!!」
「二人こそ……それより、今は……」
「はい!全速離脱です!!」
薄っすらと目に涙を浮かべた雪音。ぐったりと船の縁に体を預けるレイラ。そして、片膝をついて首だけ振り返る自分。
こちらを目指すワイバーン達も、まだ遠い。いかにあいつらが素早いとは言え、炎龍によって遠ざけられていたこの状況なら追いつかれる事はない。
雪音の魔力によって加速していく氷の船にゆられ、このまま天蓋の外へと出る。
既に黒の天蓋は数百メートル先で地面とかなり近くなってきていた。時間的猶予はないが、それでもこのペースなら間に合う。
今度こそ、胸を撫で下ろした。生きている……生き残る事ができた。
「はぁぁぁぁ……」
ため息をつくと幸せが逃げる。なんて言葉もあるけど、今だけは勘弁してほしい。
炎龍を……ファイアードレイクを倒したのだ。それだけで、もう一生分戦ったって言えるのではないのだろうか。
たくさん人が死ぬのを視た。自分が死ぬ姿を何度も視た。それに何も感じないわけがなく、どこか感傷的な気分になって――。
魔眼がまた、自分の死を告げてきた。
「曲がれぇ!」
「っ、はい!!」
雪音がこちらの言葉に一も二もなく船の軌道を反らす。すると、自分達が進むはずだったルートに巨大な火柱が発生した。
「きゃああああ!?」
「っ……ぐぅ……!」
咄嗟に雪音とレイラを抱え、船から跳ぶ。一足で河原に着地するも、そのまま崩れ落ちてしまった。
「ああ、くそ……嘘だろぉ」
腕の力で上体をおこし、振り返る。
川の水は蒸発し、氷の船など最初からなかったようにそれも消え失せた。水蒸気と急速に開いた空間へ戻っていく水の音だけがそこにある。
水どころか川底の土すらも舞い上げられ、全身に浴びながら。それでも視線を上にあげれば……『絶望』が形をなして飛んでいる姿を視る事になる。
『■■■■■■―――ッ!!!』
ファイアードレイク。
これは、ゲームではない。ダンジョンにはボスなど存在せず、強いモンスターが……他とは頭一つも二つも抜けた強さをもつモンスターがいようとも、それは『少数とは言え複数いるうちの一体』に過ぎない。
先ほど討ち取ったのと、同じ種。同じ力を持った龍が、咆哮を上げながら旋回していた。
「仇討ち……じゃないな。単純に、食い意地が張っているだけか……!」
およそ、同類を打倒した存在を食べればより実体化が保たれると踏んだのだろう。つまり僕らは栄養の高い餌か……!
ツヴァイヘンダーを再実体化させようとして、しかし手は空ぶる。魔装の維持すら精一杯の自分に、剣を作り出す魔力も残っていない。
「ちくしょう……ちくしょう……!!」
ここまで来て、こんなのありなのかよ!?
もはや立つ気力もない自分の前に、人影が一つ。
「ゆき、ね……?」
白い着物姿に、黒の長い髪。それをたなびかせて、彼女は振り返りほほ笑んだ。
「旦那様。どうやら、お別れのようです」
それは、あまりにも綺麗な笑みだった。
「なにを……」
「短くも楽しい日々でした。どうか……ワタクシの事を忘れないでいてくれると嬉しいです。あと、レイラ様以外とは結婚なさらないでくださいまし。雪女とは、嫉妬深い魔物ですので」
両手の扇子を開き、彼女は一歩踏み出した。
雪音のやろうとしている事を察し、止めようとする。だというのにこのポンコツな体は、立ち上がる事すらできない。
「駄目だ。待て……!」
「今まで、ありがとうございました。どうかお元気で」
囮になるつもりだ。今この三人の中で、最も魔力を残しているのは彼女に他ならない。
己の魔力を餌に、自分達からファイアードレイクの意識を逸らすつもりでいるのだ。彼女だって、もう限界が近いはずなのに。
「雪音……!」
「その名前。頂いた時とても嬉しかったです。さようなら、愛しい人。レイラ様、どうか旦那様をよろしくお願いいたします」
杖を地面につき、よろよろと立ち上がるレイラに視線を向けた後、扇子を構え雪音が笑う。天を舞う龍を見上げ、しかし見下した様に彼女は吠えた。
「さあ、来ませい!ハゲタカにも劣るトカゲ風情が、雪女の愛を打ち破る事など叶わぬと知りなさい!!」
――雪女の伝承は、悲恋に終わる物が多い。
憑り殺すと宣言しながらも、結局夫を食い殺す事ができず消える者ばかり。実体を保てなくなれば、愛想が尽きたと装って一人吹雪の中に消えて、その命を終える魔物。
雪女とは、そういう魔物なのだと今ようやく理解した。
空を駆ける龍に対し不遜な彼女の姿に、怒りをあらわにするファイアードレイクと。こちらから離れるように一歩一歩足を進める彼女。
そこから先に起こる事など、誰にでも予想がついて。
「雪音ぇええええええ!!」
自分は、喉が裂けるほどに彼女の名を呼んだ。
その瞬間、『隕石がファイアードレイクの横っ面に直撃した』。
「「………は?」」
「ごほっ」
間の抜けた声が自分と雪音の口からこぼれ落ち、レイラが小さくせき込む。
なん……え?なにが起きたの?
首から上を失くした炎龍が、大きな音をたてて川の中に落ちた。いや、あれ炎龍……え、見間違い?というか、本当に隕石?
遅れてきたソニックブームを浴びながら混乱する僕たちの耳に、意味の分からない奇声が届く。
「YUUURRRRYYYYYYYYYYYYY―――ッ!!!」
女性の声、なのだろうか。あまりにも大きく、そして何より訳がわからない奇声だったせいで確信を抱けない。
ただ、言える事は一つだけ。
自分の魔眼は、もう僕たちの死を告げてこなかった。
シリアスさん
「じゃ、自分定時なんで」
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