第四十四話 秘策
第四十四話 秘策
サイド 大川 京太朗
ファイアードレイクの足元の地面がはじけ飛び、そこから噴出される大量の『雨水』。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――ッ!!??」
なんという事はない。今でこそ溶けて塞がっていたあの場所にはマンホールがあったのだ。未だ続く雨によって溜まったそれを、レイラの『自然魔法』でもって浴びせかけた。
滝が逆流したかの様な大量の水が凄まじい勢いで出ているが、当然の様に奴の鱗は無傷。極めて高い『抵抗』の値に、魔力を含ませていようと大した破壊力は望めない。
それでも――奴が纏う炎は大幅にその出力が低下した。
「っ………!」
叫びそうになる口を引き締め、三角飛びの要領で近くのビルへと跳び、壁を蹴り砕きながら龍へと切っ先を向け突撃。
狙うは眼球。鱗に守られておらず、脳へと繋がるあそこ貫き、魔力を叩き込めば……!
『ガア゛ア゛ア゛ア゛!!』
吹きあがる水で視界が悪いだろうに、しかしファイアードレイクの黄金に輝く瞳と視線がかち合った。
傾けられる巨大な頭部。ツヴァイヘンダーの刃は眼球ではなく捻じれた角にぶつかった。
ギャリギャリと剣と角で火花を散らしながら、刀身が滑っていく。更にはドラゴンが体を振り返る様に動かす。切っ先が空を切り、体が無防備に宙を踊った。
魔眼が自分の死ぬ姿を見せつけてくる。それに怖気を覚えながらも、空中で体勢を切り替えた。
回し蹴りの様に叩きつけられた『尻尾』。それに対して両足を向け、『魔力開放』を発動。その状態で迫りくる深紅の鱗に足裏をつけ、膝をたわめて衝撃を吸収。振りぬかれた尾に逆らわず自分からも体を蹴りだす。
「ぐ、ぁぁ……!?」
咄嗟に行った、今自分ができる全力の防御行動。それでなお、両足から激痛が走る。
砲弾の様にはじき出された衝撃で『魔力開放』を切るタイミングを失ったが、それが功を奏した。アスファルトの硬い地面に叩きつけられるも、放出される魔力が緩衝材代わりに衝撃を減少させたのだ。
幾度も地面をバウンドし、十にいくかどうかの所で体勢を立て直した。左手を道路に付けながら、再生した両足で踏ん張る。
「はぁ……はぁ……!」
一瞬の攻防。それだけで息が上がる。激痛と恐怖で心臓が異様な速度で脈打つのがわかった。
はじけ飛んだマンホールがあった場所を踏みつけて焼き潰しながら、ファイアードレイクの目はこちらを睨みつけていた。奴が身に纏う炎は未だ周囲の水を蒸発させ、濡れた鱗も既に乾いている。
それでも、アレとて魔力で作り出した炎だ。魔力で操られた水を受け、その出力を低下させたまま。
剣を正眼に構え、相手の出方を窺う。格上相手に後手に回るのは悪手とわかれど、かといって不用意に踏み込めば今度こそ死ぬ。
正面に構えた剣を僅かに傾けながら、すり足で左側の建物に近づく。
先の動きでわかった。あの龍は思ったよりも動きは速くない。凄まじい巨体故に一つの動作で詰められる間合いは尋常じゃないが、『起こり』はこの眼の動体視力でもって見切る事はできる。
攻め手に関しては――。
呑気にそんな事を考えていたのは、後から思えば油断だったかもしれない。相手がこちらをただの獲物と思っていた先の攻防。しかし、今はどうだろうか。
炎龍の瞳が殺意に満ち、同時に油断の二文字は消え失せている事に気づけたのは魔眼のおかげに他ならなかった。
「なっ」
幻視した未来に、兜の下で口と目を大きくあけながらも跳躍。『魔力開放』まで使って左側にあるひび割れたドアに頭から突っ込んだ。
直後、自分がさっきまでいた場所がはじけ飛ぶ。
扉を壊して店内に入るなり体勢を整えるが、道路から粉塵と瓦礫が飛んできた。それを左腕で顔を庇いながらやり過ごし、今しがた視た光景を脳がようやく理解する。
「スラスターとか、聞いてないぞ……!」
ファイアードレイクは背と四肢の炎を収束させ、ジェットエンジンの様に放出。生物では……いいや。あの巨体が地上で出してはいけない速度でももって跳びかかってきたのだ。
考えている暇はない。続けて幻視した光景に、倒れた商品棚を飛び越えて壁に突進。打ち壊しながら道に出るのと、先ほどまでいた店舗に巨大な尻尾が叩き込まれたのがほぼ同時だった。
飛び散った瓦礫を背に浴びながら、走る。肩越しに後ろを見やれば、ファイアードレイクが再度こちらに跳びかかってくる所だった。
道路標識を踏み台に二度跳躍。勢いを殺さずビルの四階に跳び込めば、下の方から凄まじい轟音が響き渡ってきた。
そして、今度はビルその物が揺れる。ふらつく足で転びそうになりながら、フロアを駆け抜けてまだ残っていたガラスを突き破り外に。
直後、ビルに大穴を開けながらファイアードレイクが跳び出してくる所だった。背から炎をまき散らしながら、また別のビルの壁面に着地。体重だけでそれを破壊しながら、地面を踏みしめつつこちらに雄叫びを上げてくる。
「あれで……空を飛んでいたらどうなってたんだよ……!このインチキめ!」
初手で全身の炎を減少させていなければ、あの身体能力に飛行能力まで加えられていたのか。そう思うだけでゾッとする。
だが―――『未だにブレスを吐いてこない』。
油断が消えてなお、炎の外装を再展開しない事実も加えれば……レイラの『予測』が当たったのだと確信を得る。後は、自分が役目を果たしきれるか。
ドラゴンを相手にした鬼ごっこが、始まる。
* * *
曲がり角で地面に剣を突き立て、両足でアスファルトを削りながら急停止。直後に目の前の壁が建物ごと吹き飛び、瓦礫の雨を浴びながら目の前に来た柱の様な足にすれ違いざま斬りかかる。
人間で言えばほんの数ミリ斬った程度の斬撃。しかし、頭上からは鼓膜が破れる程の咆哮が隠す気もない怒気と共に放たれる。
叩きつけられる前足を、振り返らずに回避。それでも砕けた地面から頭ほどもある瓦礫が肩を殴りつけてくるが、痛みで足が止まるより先に『白銀の林檎』が治癒をする。
固有異能によるオートリジェネ。これがなければ、既に三回は死んでいるだろう。厄ネタにしか思えない力だが、こういう時は感謝するしかない。
「く、そぉ……!」
それでも、疲労まではどうにもならなかった。
覚醒者の肉体と治癒力をもってしても、度重なる異能の発動と回避行動に限界がきている。なにより、魔力の消耗が激しい。
今すぐ剣も鎧も放り捨てたい欲求をねじ伏せて、斜め前に身を投げ出した。前転をする最中、真上を巨大な爪が通り過ぎて行く。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――!!』
ファイアードレイクは雄叫びをあげながら、連続で前足を振り下ろしてくる。それに対しS字を書くように前転を繰り返して回避。立ち上がる暇もない。
だが、その途中で剣が地面に引っかかりバランスを崩した。視界の端で、ひび割れたアスファルトの地面にダンジョン化の影響で隆起した岩肌が混じっている事に気づく。
「あっ」
片膝をつくようにして止まってしまった所に、掬い上げる様な尻尾の一撃。
咄嗟に『魔力開放』も使って跳躍するも、回避しきれずに背中へと深紅の一撃が叩き込まれた。
「ぁ、ぁぁっ……!?」
肺の空気が全部押し出されて、かすれた声しか出てこない。空を猛スピードで飛ばされた体は、数秒もせずにどこかのビルへ『着弾』。壁面に叩きつけられ、五体が千切れ飛んだのかと錯覚するほどの激痛に一瞬意識が落ちる。
壁面にできたクレーター。そこに押し込められた状態から、閉じられた瞼の裏で自分が叩き潰される未来を予知。それによって目を覚まし、『魔力開放』を発動しながら壁を殴りつけた。
押し出された体が落下する中、自分がいた場所にファイアードレイクが跳びかかる。その巨体がビルをこそぎ取るのを視界の端に捉えながら着地し、飛び散った瓦礫の中を走った。
「はぁ……ぁぁ、こ、のぉ……!」
意味のない悪態を口から漏らしながら、明滅する視界で足を動かせた。
この追いかけっこが始まって、五分か、十分か。あるいは一時間かもしれないし、三分も経っていないかもしれない。
もはや時間感覚どころか平衡感覚すら失いそうだ。歪みだした景色に、歯を食いしばって耐える。
死にたくない。死にたくない。死ねない!生きたい!
自分に渇を飛ばしながら、地面を踏みしめた。
その時。空に向かって何かが飛んで、爆ぜた。
場違いに明るい音と、小さな炎の華。それがいくらか先の方で咲き誇る。魔法で作られた火球が、撃ち上げられて安っぽい花火の様に爆ぜたのだ。
天蓋で暗くなり、そして魔眼の視野だからこそ捉えた華。あれこそが、自分にとっての希望の光。
「お、おおおおおおお!!」
残った体力を振り絞るつもりで、走る。狭い路地に跳び込み、ラストスパートだと駆けた。
ファイアードレイクが、その質量と速度でもって壁を粉砕しながら追いかけてくる。魔力を帯び始めた建物による、ほんの僅かな減速。それが、自分を逃げ切らせた。
走り抜けたその先。そこには、大きな川があった。
向こう岸まで十メートルほどのそこは雨によって多少の増水を見せるも、溢れる程ではない。
だが、それを人為的に起こせる存在を自分は知っている。
「レイラぁぁ!!」
「『水よ』」
炎龍に、水の龍が相対する。
激しい流れを見せていた川の水が渦潮を作りながら巻き上げられていく。それはとてつもない速度で蛇の様な一体の龍へと変貌したのだ。
『――――ッ!!』
水の激しい音が咆哮の様に響き、開かれた顎は炎龍にも遜色ない大きさを誇る。
その牙がファイアードレイクに向けられ、持ち上げられた鎌首は音速一歩手前の速さでもって振り下ろされた。
鉄筋で建てられたビルだろうと崩しかねないその一撃。川の神を彷彿とさせるその龍の一撃を――。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――ッ!!!』
本物の龍の雄叫びが、張りぼての水龍を押しのけた。
爛々と輝くその瞳が、川の水で作られた龍を射貫く。そして、咆哮をあげた口には膨大な魔力と炎が収束されていった。
対する様に、押しやられた水龍もまた魔力を解放。視界の端。向こう岸でレイラが杖を河原に押し付けありったけの力を流し込んでいるのがわかる。
放たれた両者のブレス。炎と水。同格ならば鎮火される事は確実のそれは、
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
一瞬の拮抗も許さず、張りぼての水龍もろとも蒸発させされた。
「っ………!」
急速に広がる蒸気。生身であれば皮膚が焼け爛れただろうその中からどうにか脱出し、息を吸い込む。
炎龍はどうなったのか。未だ蒸気に包まれた空間を振り返るのと、地響きが聞こえたのがほぼ同時。
白い蒸気の中から、深紅の龍が姿を現す。
威風堂々。輝かんばかりの鱗に先の一撃で負った傷などただの一つもありはせず、強靭な四肢は地面を踏みしめこちらへと歩み寄る。
だが、身に纏う炎の量は更に減少している事は一目でわかった。もはや炎は四肢を覆うものだけを残し、背から天高くのぼっていた火柱さえ消え失せていた。
―――レイラの予測では、あのブレスは大量の魔力を消耗させる。
当たり前と言えば、当たり前の話。いかにドラゴンが大量の魔力を有するモンスターとは言え、限度がある。あれだけの破壊力を持つ一撃など、そう安易に連射ができない。
もしも乱れ撃つ事ができるのであれば、とっくに炎龍どもは高い所から逃げる住民を追い立てる為に使っている事だろう。
そもそも、モンスターは肉の体をもたず魔力でもってその身を構成している。巨体を持つという事は、維持するだけで少なくない魔力を消耗するはずだ。
であれば、最初この龍が空を飛ぶでもなく歩き、今も減少した炎を再発火させない事も説明がつく。
だが、それでも。策を弄し、奴の魔力を消耗させたとしても。
それでなお、ファイアードレイクの肉体は動く要塞そのものだ。たとえ全てを焼き尽くす炎が衰えようとも、ただ歩くだけで地面を融解させ、尾の一薙ぎで人間など虫の様に潰せてしまう。
未だ肩で息をしている自分を前に、ファイアードレイクの縦に長い瞳孔がぎらついた。
これで手詰まりかと、嗤っている様に感じる。奴はずっと警戒していたのだ。こちらが龍殺しの一手を持つのではないのかと。それ故にブレスを温存し続けた。
だが、それも終わり。切っ先を地面につけて立ち尽くす僕を深紅の龍は見下ろし、跳びかかる。
炎は四肢に纏ったものだけで、それすらただ鱗の上を這う様な物になったとしても、奴と自分では戦力に差がありすぎる。
このままでは、勝てない。
「だから、頼んだ」
もう一人の仲間を、頼る。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――!!』
その天地を揺るがす咆哮は、ファイアードレイクのものではない。
未だ漂う水蒸気の中より、響き渡った雄叫び。それに対しファイアードレイクは自分から視線をきり、すぐさま重心を低くする。
直後、蒸気を突き破って巨大な影が龍を相手に跳びかかった。
『白王・氷獅子』
倒れる様に脱力したレイラを支え、銀の扇子を龍に向ける雪音。彼女が……雪女が誇る最大妖術。
純白の獅子は炎龍にさえ見劣りせぬ巨体でもって、その牙をむく。
『『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――ァァッ!!!』』
二体の巨獣が放つ咆哮。それに鼓膜を破られるもすぐに再生し、震えそうになる指で剣を握りなおした。
さあ、龍退治の時間だ。
臆する両足に渇をいれ、剣を担ぎ走りだした。
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