第四十一話 半端者
第四十一話 半端者
サイド 大川 京太朗
「レイラ!雪音!」
今しがた斬り捨てたワイバーンの死体には目もくれず、彼女らの元へ駆ける。
どうやら最初に分かれた地点からほとんど移動できていなかったらしい。氷の防壁を作り、それに隠れながら魔法で上空のワイバーンを相手に牽制を続けているようだ。例の五人は既にどこかへ行っている。
「旦那様!」
「主様、お怪我は」
「もう治った。それよりこっちは……雪音、壁!」
「『水よ』!」
「『氷壁』!」
こちらへ猛スピードで襲いかかってくるワイバーンを目視。それに対し、雨水が急速に集まって凍り付き、こちらと相手とを隔てる壁となる。
合わせ技により通常の展開よりも速いそれに、飛竜はそのまま頭から突っ込んだ。
『ガ、ァァ……!?』
モンスターと言えど、仮初の肉体を持つ者。脳は存在するし頭に衝撃を受ければ揺さぶられ、僅かなりとも意識は混濁する。
つまり、隙だらけだ。
砕けた氷の中、動きを止めたワイバーンの喉元へと剣を突き込んだ。狙うは逆鱗。手のひら大のそれを、切っ先があっさりと貫く。
『魔力開放』
悲鳴を上げる間すら与えない。刀身から魔力が吹き荒れ、傷口を押し広げた。砲弾でも受けた様に首その物が抉れて吹き飛ぶ。
返り血を浴びながら、周囲を警戒。自分達を狙うワイバーンは他にいないらしい。
そうして視線を巡らせれば、嫌でもこの街で起きている惨状が目に飛び込んでくる。
「く、くるなぁ!くる、ぎゃあああああ!?」
「ひ、いや、いやぁ!ごっ」
「あ、ぎ、ぎぃ……」
ワイバーンに咥えられ、空高く連れ去られる青年。逃げようとするも足をくじいたか、転倒した所を踏み潰された女性。虚空を見つめ、喉から息をもらすだけの腸を食われた老人。
命からがら電車から逃げ出した人達も、街を逃げ惑う人達も、誰も彼もが襲われ、食われていく。
吐き気がする。血と煙の臭いでどうにかなりそうだ。
ダンジョン化の影響か、この辺一帯の魔力濃度が高くなっているせいかモンスターの姿を非覚醒者でも見える様になっているらしい。
それ故に危機を察知して逃げようと動く事ができているが、代わりにパニックも引き起こしている。道路では人同士が邪魔になっているし、逃げる先も無秩序だ。
あっちこっちで黒煙と悲鳴があがり、空はゆっくりと黒が広がっている。
「……脱出を第一に動く。それで、いいね」
「はい!」
「勿論です」
兜の下で眉間に深い皺をよせながら、言葉にする。
そう宣言しなければ、自分は『中途半端な事』を考えてしまうから。
「進言します、主様」
「レイラ?」
周囲の警戒をしながら、レイラが背中合わせになってくる。
「撤退中、できる範囲で一般人の救助もすべきかと」
「え?」
意外過ぎた。思わず振り返れば、彼女の横顔が笑顔ではなく無表情になっている事に気づく。
「ワイバーンの習性をお覚えでしょうか?」
「ああ、そう言えば前に政府のホームページのを見た覚えが……なるほど」
自分がもうぼんやりとしか覚えていない事も、彼女はよく記憶している。
前に興味本位でドラゴンについて調べた事がある。その時、政府が公開していた情報を主に読み込んだものだ。
その中に、ワイバーンの逆鱗の位置と習性が大まかに書いてあった。
「え、えっと?どういう事でしょうか?」
「ワイバーンは動く物。特に逃げている人間を追う習性がある」
「なるほど!」
得心がいったとばかりに雪音が首を縦に振った。
「つまり囮ですね!」
「………」
「あっ」
無言になる自分に、雪音が気まずそうに目を逸らした。
彼女は間違っていない。言い訳のしようもなく、己の為に他者を生贄にするその行為は、外道のそれと言われてもしょうがない。
「主様。では全てを見捨てて走り抜けますか?成功率はどちらも大して変わらないので、ご不満があるのでしたら――」
「いや、助けながら引く。動こう」
「かしこまりました」
「は、はい!」
剣を右手で担ぐ様に構え、走り出した。向かう先は、黒の天蓋が伸びる先。ダンジョン化していない場所を目指す。
囮を作りながら引くか、一心不乱に逃げるか。それならば前者の方がまだマシだ。その方が自分もそこまで動きが鈍らずに済むだろう。
見方を変えれば、死にかけの人も生き残れる可能性を増やせるのだ。偽善と言われようが、やらないよりはいい。
レイラも、こちらの心を考えて言ってくれたのだ。それに応える為にも、時間を無駄にはできない。
ちょうど、と言うには不謹慎だが。ワイバーンがどこかの商店に顔を突っ込んで中にいる者達を襲おうとしている。霊体化してから襲えばいいのにああしているのは疑問だが……ああ、既にこの辺の建物は僅かにだが魔力を帯び始めているのか。
まずい。それは安全圏が遠のいているという事でもある。脱出までの猶予は多くない。
兎にも角にも、速度をそのまま左手で鍔を握り、切っ先をその個体に定めた。
「『氷牢』!」
「『水よ』」
ワイバーンの周囲に六本の氷柱が出現し、奴を拘束した。鱗に纏わりつく水がそれを加速させ、より強固にする。
『ギ、ァ』
氷像になりかけながらも振り返ろうが、もう遅い。その脇腹に突き込めば、堅牢なはずの鱗は容易く砕け、その下の肉を深々と抉る。
平突きの状態から、捻って縦に。そのまま上へと力いっぱい切り上げた。
「おおおっ!」
雨で濡れたアスファルトの地面を踏み砕きながら肉も骨も断ち切る。背骨さえへし折った感触。止めとばかりに傷口へと前蹴りを叩き込めば、そこを起点として凍り付いたワイバーンの巨体が二つに割れた。
消滅していく竜を横目に、中を覗き込む。そこでは店員と客と思しき数人の男女が身を寄せ合って店の隅で震えていた。
「逃げてください。ここもすぐにダンジョンに飲み込まれます」
「ば、化け物!」
開口一番に、客と思しき女性がこちらを見てそう叫んだ。すぐ近くにワイバーンはいない。彼らの位置から見えるのは自分だけだ。
つまり、そういう事なのだろう。
気が動転していると思しきその女性の口を店員と思しき女性が慌てて塞ぐが、別に構わない。そう言ってくれた方がむしろ気が楽だ。
「あ、あの!」
「すぐに避難を。お気をつけて」
そう言って離れようとした所に、先ほど客の口を押さえた店員の声が聞こえてきた。
「ありがとう、ございました!」
「……いえ」
何とも言えない気持ちのなか、それだけ告げてその場を立ち去る。
我ながら、チョロい。一瞬だけ、この人達も連れて逃げようかと考えてしまった。別行動しなければ助けた意味がないのに。
駆け足で移動しながら、チラリと一瞬だけ振り返る。雪音とレイラの更に後方で、店員さんが客たちを連れて店の外に出てきた所だった。
その時、魔眼が発動する。
「主様!」
「わかって、いる!」
進行方向から建物を陰にして奇襲してきたワイバーン。斜め上から両足の爪で襲いかかって来たそいつに、剣を合わせる。
両手での斬撃に加え『魔力開放』も発動。衝撃で両足を地面に埋めながらも右後ろ脚の爪を砕き、バランスが崩れた飛竜は頭から道路に突っ込んだ。
しかしすぐさま四つ足で体を起こし、獰猛な唸り声をあげて顔をこちらに向けてくる。
「『水よ』!」
「『氷牙』!」
だがその顔面を水が覆いかぶさり、ほぼ同時に氷の槍が突き刺さった。
『………!?』
頭を凍り付かせぐらついた所に、止めとして逆鱗目掛けて突きを放つ。刺しながら角度を修正。あっさりと心臓まで貫いた。
引き抜いて距離をとれば、その身体が粒子となって消えていく。チラリともう一度先ほどの彼らを視れば、ちょうど人がギリギリすれ違言えそうな細さの路地に入っていく所だった。
なるほど。確かにああすればワイバーンの巨体では――。
また、魔眼が発動した。だがそれが映した光景は、自分ではない。
「まっ」
彼らにそう叫ぼうとして、轟音でかき消された。路地裏から土煙と悲鳴があがる。
なんてことはない。狭い通路に入ろうが、ワイバーンの膂力と頑強さなら『壊して入れる』。ただ、それだけ。多少魔力をおびようが、ただの壁ではその程度。
上空から路地に向かってほぼ垂直に急降下したワイバーン。それが建物の壁や天井を壊しながら、彼らに強襲したのだ。
「く、っそぉ!」
「主様!?」
「旦那様!」
剣を構えながら走り、路地裏に跳び込んだ。
そこには……上から下にかけて抉れるように壊れた壁。そられには真っ赤な血と肉が張り付き、ぼとりと誰かの腕がはがれ落ちる。
『ガァ……』
不快気に振り返ったワイバーンの口元は、当然の様に血で染まっていた。
「こ、のおおおおお!」
自分でも、この咆哮が何の意味をなすのか。そもそも、今まさに斬りかかっている理由もよくわからない。
狭い路地故に方向転換が遅れたワイバーンの背に足をかけ、その首に思いっきり剣を叩き込む。
『ギャァ!?』
「この、この、このぉ!」
刃をたてる事すら忘れて滅多打ちに相手の首と頭を剣で殴りつける。二発か、三発目でワイバーンの首が千切れた。
それでも振るい続け、粒子となった所を剣が素通りしてようやく止まる。ひび割れと血肉でぐちゃぐちゃになった地面に両足をつけた。
「はぁ……はぁ……!」
疲労からの息切れではない。ワイバーンが消えて見える様になってしまった、凄惨な光景に胸が引きつる様に軋む。
最初から、これを想定していたはずだと言うのに。助けた者達は、敵の目を分散させる『囮』だと。
「くそ……!」
「主様」
レイラがこちらの肩を掴んで、強引に振り向かせる。思いのほか強い力に、抵抗しようとも思えない。
その能面の様に感情が抜け落ちた顔に、乱れていた呼吸が一瞬止まる。
「落ち着いてください」
「ご、ごめん……」
「構いません。主様……貴方は、何がしたいですか?」
「え?」
怒られると思ったのに、蒼と金のオッドアイでこちらを見つめる彼女は静かに問いかけてくる。
「私は貴方の守護精霊です。何よりもまず貴方の生命と健康を重視します。そのうえで、どうか『何をしたい』のかをお教えください。我が主」
「それ、は……」
数秒、考える。
雪音が自分達の代わりに周囲を警戒してくれるなか、未だ雨音をかき消すほどどこかから破壊音と悲鳴が聞こえてきていた。
そして、当然ながら背後からは血の臭いが漂ってきている。雨水を含んだ赤いものが、自分の靴を濡らす。
まともに頭が動かない。滅茶苦茶だ、何もかも。だからか……ただ浮かび上がった言葉だけが口から吐きだされる。
「死にたく、ない。生きていたい」
「はい」
「けど、誰かを踏み台にするのは……抵抗がある」
「はい」
きっと、自分は本当に死にそうになった時、傍にいる誰かを何も考えず蹴落とすのだろう。
己が聖人とは程遠い人間だと言うのはわかっている、それでもその『本当に死にそうになった瞬間』まで、きっと『いい人』のメッキを剥がせないのだ。優しさではなく、ただ単に判断が遅いだけ。惑うだけの凡骨が、僕だ。
冷たくも熱くもなれない。中途半端な愚か者。自分は未だ、あの日と変わらぬ愚者まま。
「できる範囲で……自分が満足できる形で、助けながら、生き残りたい」
「――承知しました」
手を離し、レイラが騎士の様に礼をしてくる。
「その命令を受諾します。この身は貴方の精神の保護をかねて、その様に動きましょう」
そして、いつも通り綺麗な笑みを浮かべるのだ。
……不思議なものだ。
レイラや魚山君からは、彼女は僕の一部だと散々言われている。それが本当ならこれは自問自答に他ならない。
けれど、こんなにも救われた気分になれる。
やはり自分には、彼女を己の手足の類だとは思えなかった。
「ありがとう、レイラ」
「いいえ。私はそういう存在ですので!」
「それでも、ありがとう」
剣を肩に担ぎ、雪音にも目を向ける。
「ごめん、雪音。付き合ってほしい」
「はい!たとえ火の中水の中!一生一緒に参ります、旦那様!」
弾ける様な笑顔を浮かべる彼女に、自分の顔を軽く兜越しに殴る。
中途半端にしか動けないなら、いっそ中途半端に行くとしよう。後で後悔しようと、それしかないならしょうがない!
「できる範囲で助けながら撤退!自分達の命を最優先したうえで、守りながら逃げる!」
「はい!」
「お任せください!」
一度だけ、背後を振り返る。
もはや原形さえ留めておらず、遺品の回収すらも無理だろう人々。
「ごめんなさい」
自己満足の謝罪だけして捨て置いて、自分は駆け出した。
道路に飛び出せば、数十メートル先で家族連れがワイバーンに襲われているのを目視で捉える。
瞬間、『魔力開放』にて加速。最高速度でもって、間に割って入った。
がきりと、奴の大口を剣で受け止める。ズラリとならんだ短剣の様に鋭く長い牙。それで剣を挟まれながらも、押し返す。
「はやく、逃げて!走ってください!振り返らずに全力で!」
「は、はい!」
「ありがとうございます!」
両親と思しき人たちが子供たちを抱えて走っていくのを、背中で感じる。
敵意。いいや殺意を込めてこちらを睨みつけ、ウェイト差でこの身をはね飛ばそうとする飛竜を蹴り飛ばして、剣を引っこ抜きながらほんの少し距離をとる。
直後、螺旋状に水を纏った氷の槍がワイバーンの側面に着弾。悲鳴をあげる奴の首に、横薙ぎの一閃を叩き込む。
会心の一撃。これまでで一番綺麗な太刀筋で振るわれたそれは、一刀で丸太の様な首を断ち切った。
「行こう、次だ!」
「「はい!」」
先ほど逃げた家族を追おうとするワイバーン目掛けて走る。急降下して襲いかかったそいつの隙だらけの首を、『魔力開放』も合わせて横から叩き切った。
「行け!もっと急いで!」
「は、はいい!」
更に近くの店を突き破って現れたワイバーンを、氷の壁が受け止める。一瞬だけ動きが止まるも、強靭な爪で打ち砕かれた。
その隙に、身をかがめ槍の様にツヴァイヘンダーを構える。
「ら、ぁ!」
下から逆鱗目掛けて剣を突き上げた。そのまま捻り、返り血を浴びながら引き抜く。断末魔の悲鳴をあげながら倒れる竜の頭を、五月蠅いと踏みつけた。
自分ができる人助けなど、これぐらいが精々。人数が増えていけば守り切れないのは確実。
それでも!
「主様、死なない範囲で、ですよ!」
「ああ!」
やれるだけ、やってやる!
――それはそれとして、無理なもんは無理!
同時に三体で飛んでくるワイバーン共に、兜の下で顔を引きつらせながら先ほどの家族連れとは別の方角へ走った。
正義のヒーローなんてガラじゃない。けど非情なリアリストにもなれやしない。
凡人なめんなクソトカゲども!
「死んでたまるかあああああああ!!」
次に遠出する時は、林檎を囮にできるよう時限爆弾でも持ち歩いてやる!!
読んで頂きありがとうございます。
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Q.林檎と時限爆弾にどんな関係が?
A.置いていくと林檎の効果がバレるリスクがあるので、囮としてその辺に放置するなら証拠隠滅の手段が欲しいからですね。




