第四十話 二度目
第四十話 二度目
サイド 大川 京太朗
いつもより早く横になった翌日。朝一番に帰りの電車に乗る為、駅に向かった。
駅のホームには日曜の朝だというのに結構な人がいた。平日ほどではないだろうけど、スーツの人もいるしどこかに遊びに行く感じの人もいる。自分の地元基準だと『多い』と感じるが、こっちだともしかしたら普通かこれでも少なかったりするのだろうか。
電車が来るのを待ちながら、暇つぶしも兼ねてスマホを確認する。
話題になっているのは、やはり昨日見たネットニュースだ。千葉県北部に新潟。それに大分。
それぞれで『Cランク以上のダンジョン』が氾濫。未だどれがどのランクとまではわかっていないものの、どれも危険度の高い物ばかりらしい。
具体的な原因や発生場所は不明……逆を言えば、ストアの出来ていない場所。つまり未確認のダンジョンって事か。
……『クレタのダンジョン』と同じく、新たに発生して誰にも気づかれなかったパターンかもしれない。
膝の上にのせた荷物に顎をのせ、ズボンのポケットにスマホをねじ込んだ。記事には被害の写真が添付されており、見ているだけで憂鬱になる。嫌でも地下街で見た亡くなった人達の姿が目に浮かぶのだ。
電車の中だし、盛大なため息をするのは堪えた。代わりに小さく鼻から息を吐く。
何の気なしに窓の外を見れば、暗雲から雨がしとしとと降っている。窓に張り付いた水滴の向こう側。一瞬だけ雨の中に血が混ざっている様に思えて、吐き気すら覚えた。
質の悪い錯覚だ。目を伏せ、小さなため息だけ吐き出す。思ったより、あの日の事を引きずっている自分がいたらしい。
まだ目的の駅までしばらくかかる。早めにベッドに入ったのに碌に眠れなかったし、いっそ目でも瞑っていようか。
不用心かもしれないとは思う。けれどこれが女性ならともかく野郎の自分が狙われるなど、置き引きの類ぐらい。それならば覚醒者の身ゆえ、抱えた荷物やズボンのポケットに触れる者を察知できる。なんなら魔眼で――。
ハッと、目を見開く。
待て。僕の目は魔眼だ。たとえメジャーリーガーが投げた剛速球だろうが縫い目を数えられる。
じゃあ、その目で見た『雨の中に紛れた血』は――。
魔眼が起動する。
電車の車両が、九十度傾く姿を幻視した。
ほぼ反射で魔装を展開。抱えていた荷物は跳ねのけるよりも速く、強い衝撃でどこかへ飛んでいった。
巨大な金属が擦れる不快で不気味な音。足元は並行を失い、視界どころかこの身を含めた周囲全てが傾いた。幻視した光景がやってきたのだ。
あちらこちらから悲鳴が聞こえる。平日よりは空いていて、しかしそれでも二十人前後が乗っていたこの車両。それら全てを、この眼は認識する。
考える間でもなく、これほどの事故で無事でいられる人間など覚醒者のみ。それ以外の人間は――。
「こ、の!」
兜を解除して、視野が開ける。その状態で倒れて跳ねる車両の中を駆けだした。
手近にいた青年を、女性を、サラリーマンを、少年を、少女を。片腕にそれぞれ二人ずつ抱え込み、口で一人の襟を咥えてみせた。
だが、残りの人達は?
日本の覚醒者は、有川元臨時総理の言葉が正しければ『百人に一人』。
単純な計算で、約二十人しか乗っていない車両に、僕以外にどれだけ覚醒者が乗車していたと言うのか。
答えは、きっとゼロだ。
揺れ動く視界の中、魔眼を宿した瞳はそれら全てを目視する。高すぎる動体視力は、目を逸らす暇を与えてくれない。
天井に打ち付けられて、首が歪な方向に向かうお洒落な服の女性。
扉近くのポールに頭部が直撃し、額にへこみを作ったポロシャツの男性。
窓から身を投げ出され、どこかへ行ってしまった十歳ぐらいの子供と、その母親。
シェイクされた電車の中を、この眼は見逃さない。その『死に顔』を、強制的に焼き付ける。
「――――ッ!」
悲鳴を上げそうになる口を食いしばり、咥えた少年の襟を離さない。この瞬きにも等しい時間の中、それをしてしまえば彼は死ぬ。
いつの間にか自分に迫っていた己の荷物が頭に直撃するのも無視し、天井を蹴り破る。衝撃が抱えた彼らにやってこようと、気にしている余裕はない。このままここにいたら、自分も死ぬ。
勢いそのまま飛び出して、『魔力開放』で更に列車から距離をとる。そのまま両足から放出を続け、前に突き出し減速。できるだけ着地の衝撃を殺しながら、線路沿いの道路を削りつつ踏ん張った。
数メートルほど舗装された道路に二本線をひいて、停止。冷や汗が額から目に伝ってくるのを感じながら、とりあえず命の危機を脱した事に内心で安堵の息を吐いた。
「きゃあああああ!?」
「な、なんだ!?なにが起きて……」
両脇と口の下から悲鳴と混乱の声が聞こえてくる。とりあえず、彼らをゆっくりと地面におろした。
「な、なにが……」
「なにぃ!なんなのぉ!?」
当然ながら、五人ともパニックに陥っている。ある者は轟音をあげる線路の方を呆然と見つめ、ある者はこちらを見上げて顔を引きつらせて距離をとり、ある者はただひたすらに頭を抱えて固まっている。
とりあえず全員無事……の、はず。どこか痛めたかもしれないけど、死ぬよりはマシだと思ってもらうしかない。文句は僕以外の誰かに言ってくれ。そこまで責任とれるか。
兜を再展開。狭まった視界のなか、小声で数を口ずさむ。
「いち……に……さん……」
落ち着け。前回の様に迷えば、それだけ死ぬぞ。誰かも、自分も。
今になって体が震えだす。これが『他者を救えた高揚感』なのか、『助けられなかった他者の死に顔への恐怖』なのか。あるいは、単純に己へ唐突に訪れた危険への生存本能で心臓が過剰に動いているせいなのか。
いいや、どれだろうと今は関係ない。まずは、動け。
「レイラ!雪音!」
「はい!」
「ここに!」
二人を出現させるなり、自分は滑って行った電車を見やる。
いつの間にか止まったのか、最後尾が十数メートルほど先にある車両。そちらに向かって駆けだした。
「二人は周囲の警戒とできる範囲で救助活動!僕は情報の確認に向かう!」
「「はい!」」
レールから大きく離れ、それこそ死んだ蛇の様にその巨体を横転させた電車。あちらこちらからうめき声や悲鳴が聞こえてくる。それを耳にしながら、ボロボロになった地面を駆け抜けて運転席を目指した。
この状況、とりあえず運転手に聞けば何かわかるかもしれない。そうでなくとも、この場を纏められる人間がいるだけで全員の生還率があがるはず!
正直なにがなんやらわからない。自分のこの行動が最善かも不明。でも、動けず固まっているよりはマシだと、あの日自分は知ったはずだ。
あの、初めて冒険をした日に。
そして、あっという間に先頭の車両に到着。運転席がある場所を見る。
いいや。この言い方は間違っている。
運転席『だった』場所を、見てしまったのだ。
「―――」
言葉が、出ない。
くちゃくちゃと、咀嚼音が雨音の中聞こえてくる。
大きな背中があった。鱗に覆われたいかにも頑強そうなその身体を折りたたみ、『何か』がひしゃげた運転席だった場所に顔を突っ込んでいる。
ガキャリと電車の一部を壊しながら、その何かはこちらを振り向いた。
エメラルド色の瞳に縦長の瞳孔と、全身を青の鱗で覆った爬虫類めいた姿。体長は尻尾を除いても六メートルはあり、翼と一体になった前足でアスファルトの地面に爪を食い込ませながら身構える怪物。
『ギャオオオオオオオオオ―――ッ!』
天に轟くその咆哮。甲高いはずなのに腹の底へ重く響くそれをあげたのは、誰もが知る『竜種』。
『ワイバーン』
飛竜とも呼ばれるランク『B』のモンスター。それが口元を赤く染めて、自分を睨みつけていた。
考えるよりも先に、体が動く。
留め具を外す間も惜しいとベルトを引きちぎって抜剣。それを両手で構えるよりも速く、相手は長い尻尾を地面に叩きつけた。
衝撃とアスファルトの破片が飛び散る。咄嗟に後退すれば、奴の巨体は十メートルほど上に移動していた。そのまま翼を広げて悠々と空を飛び、旋回しながらこちらを見下ろす。
跳び上がって斬りかかる?そんな事できるはずがない。何故なら、空は奴のテリトリーなのだから。
『ギィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛―――ッ!!』
耳障りな声をあげながら、ワイバーンがその大口をこちらに開けた。
直後、衝撃が自分の周囲を襲う。『抵抗』にて弾かれた『風の斬撃』が、周りの地面を抉ったのだ。
足を止めているわけにはいかない。直感でそう判断しとにもかくにも移動しようとすれば、ワイバーンがこちら目掛けて急降下してきたではないか。
咄嗟に前へ跳び込み、前転の要領で立ち上がる。直後、背後で轟音。背中に石礫を受けながら、振り向きざまに剣を振るった。
『ギャァァア!?』
切っ先が奴の右翼を引き裂く。血こそ出なかったが、皮膜に薄っすらと浮かんでいた魔法陣はその機能を失ったと直感で理解した。
あの巨体が普通の力で飛ぶわけがない。こいつの推進力は『緑魔法の一種』。
ぎょろりと、ワイバーンの瞳がこちらを睨みつけた。あふれ出る憎悪のままに、その前足を連続で振り下ろしてくる。
両手で剣を正眼に構えながら、S字を描くように後退。一撃、二撃とよけ、三撃目が地面を抉ったタイミングで踏み込む。
全力で剣を奴の首へと叩き込んだ。頑強な鱗を砕き、肉を割いて骨まで達する。
だが、そこで止まる。刀身は膨張した筋肉に挟み込まれ、押す事も引く事もできなくなった。
『ギ、アァ……!』
ワイバーンの口から苦しみと怒りの声が滲み、左前脚で体を支えながら己の首元へ右前脚を振るう。すなわち、首に斬りかかった自分へと。
強靭な爪がこちらの背中を抉るのを幻視するも、回避も防御も間に合わない。
「お、おおおおおおお!」
それは悲鳴か咆哮か。自分でもよくわからなかった。
『魔力開放』
ただ結果として、背に食い込んだ敵の前脚を魔力の暴風で弾き飛ばしながら、刀身近くの肉を吹き飛ばして強引に首の骨を叩き割った。それだけだ。
切断された竜の首から血が撒き散らされ、自分を赤く染める。
激痛で片膝をついている間に、この身の傷は塞がったらしい。魔装までもが魔力で補填され、見た目……いいや、物理的には完璧に元通りまで戻った。
それならばこれは幻痛の類か?そう理性では確信しても、眩暈がするほどの痛みだ。激痛で吐き気までしてくるなど、一カ月ぶりか。
歯を食いしばり、剣を杖にして立ち上がる。兜の下が油汗で気持ち悪い。背中から血の臭いがする。
そうして立ち上がって……精神的なものか、先ほどまで視野がかなり狭まっていた事にようやく気付いた。
五感が、今の現実を伝えてくる。
街が燃えている。人々の悲鳴が聞こえるのは周囲の家々や脱線した電車からだけではない。街中から聞こえているのだ。
黒煙が天に昇り、その上をゆく竜の群れ。ここから見える範囲だけでも、数十体。更にその上では、黒の天蓋がゆっくりと、しかし着実に広がっていた。
完全に異界化したわけではないからか、その黒を突き破って雨が降り注ぐ。弱々しいそれを浴びながら、先ほど倒した竜は粒子となって消え失せた。
ああ……またか。
およそ一カ月前。レイラとデートしようと遠出した結果ミノタウロスに殺されかけ、今度はレイラと雪音で両手に華な状態で街にでも繰り出そうかと先日考えてしまった。
ああ、神よ。モブ顔がそんな事を考えた罰が、これですか?
「すぅ……はぁ……」
とりあえず自分の汗と血の臭いを感じながらも深呼吸をしてから、運転席だった場所を覗く。案の定、そこには『人だった物』しか残っていない。配線をむき出しにしてぶら下がった無線からは、意味のないノイズだけが出ている。
弱音も恨み言も後だ。とにかく動け、止まるな、生き残れ。
これで氾濫に巻き込まれるのは二回目。慣れなんてあるわけない。喉元まで上がってきたゲロを飲み下し、レイラ達の元へ駆ける。
「死んで、たまるか……!」
剣を肩に担ぎ、急降下してくるワイバーンを睨みつけながら呟いた。
自分自身に、言い聞かせる為に。
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