第三十九話 蛇穴のダンジョン
第三十九話 蛇穴のダンジョン
サイド 大川 京太朗
熊井君から恋の相談を受けてから数日。六月も終わりが近付いて来た頃、自分はいつもより遠目のダンジョンを目指していた。
と、言うのもまた東郷さんから依頼があったのである。
彼には何度もお世話になっているし、ダンジョンの難易度は『C』だったが自分と相性も良さそうだったので即答で受けた。報酬も三十万と結構な額だったし。
今回も一泊二日の間引き作業だが、前回みたいに一日で終わったら帰りに街の方に行ってみるか。
なんせ道中で県庁所在地近くを通るので、この前できなかったデートが出来るかもしれない。今度はレイラと雪音で両手に華だ。テンションの上り幅は倍である。
彼女らの服と靴はそれぞれ予備がアイテム袋に入れてあるし、何だったらデート中に服屋に行くのもいいだろう。前回と違って正確なデートプランはたてていないが、そこはそれ。もう二人とは気心の知れた中だし、都会の街並みを歩くだけでも楽しめる……はず。
あ、どうしよう。ちょっと不安になってきた。結局自分はデート経験皆無の男。はたして二人を楽しませる事ができるだろうか……。
い、いや。デートとは男女双方が楽しむもの。ここで引いてはいつやるのか!
……ま、まあ?ダンジョンの間引きは重要なお仕事だから、そっち優先なのは絶対。無理に戦闘ペースを上げてミスするのは駄目だ。帰りにデートしたいからなんて理由で、不要なリスクは絶対に負えない。
だから二日目も時間が取れなかったとして、それは僕がチキンだからというわけではないのである!冒険者として仕方がなかっただけだから!
っと、そんな事を考えている間に電車が止まる。目的の駅についたらしい。
改札を降りて、バス停へ。思えば、もう随分とこうして公共機関を使う事に慣れたものだ。中学高校と家からチャリで通える距離だったから、バスや電車を使う機会はあまりない。
冒険者になってからもう少しで三カ月。少しだけ、冒険者としての生活に慣れを覚え始めた頃であった。
* * *
これまで行ったダンジョンよりも比較的街に近いそこのストアは、しかし止まっている車も中にいる人も少ない。
それもそのはず。このダンジョンはオークやグールのダンジョンとは別の理由で不人気なのだ。
いつも通りロッカールームで準備を整え、受付を通りゲートを潜る。
そうして出てきた先は、どこかジメジメとした空気の地下坑道だった。
『蛇穴のダンジョン』
奈良県にその様な地名の場所があるらしいが、当然無関係のこのダンジョン。名前の通り、蛇系統のモンスターが出現するからこの名前らしい。
「レイラ、雪音」
「はい」
「ここに」
彼女らを出しながら、周囲を警戒しつつ抜剣。兜につけたライトが周囲を照らすが、それだけでは心もとない。
岩肌がむき出しの壁や地面。所々に木で補強した様な箇所があり、通路は緩やかな曲線でもって蛇行をしていた。似た様な光景と薄暗い場所ゆえに、下手な迷路よりも質の悪い構造をしている。
「レイラ。悪いけどマッピングとマーク、それと明かりをお願い」
「お任せください」
チョークとボード付きのルーズリーフ。そしてペンをレイラに預ける。自分は索敵に全力を注ごう。
このダンジョンのモンスターと相性がいいとは言え、『C』ランク。油断が過ぎれば大怪我もありうる。
道幅は十分だが、素早い反応をするためにリカッソを左手で持ち短槍として構えた。
「『トーチ』」
レイラがタクトを一振りして唱えれば、頭上で赤い球体が浮かび上がる。熱はほとんど感じないが光量は十分で、ライトで照らすよりも広範囲で周囲を確認できた。
「進もう。流れは手筈通りに」
「はい」
「かしこまりました」
自分、レイラ、雪音の順で慎重に進んでいく。
だが、そもそもここはわざわざ間引きのクエストが出される様なダンジョン。当然ながら、モンスター側もその数を増やして探索者を手ぐすねを引いて待っているのだ。
歩き出して五分ほどで、魔眼が反応する。
上か!
すぐさま上へと切っ先を突き上げ、天井から奇襲を仕掛けてきた相手の喉を貫く。
そのまま刀身を捻りながら地面に叩きつけて、動きを封じた。
『ギ、ェェ……!?』
かすれた悲鳴の様な声をあげて死ぬ、蛇と人、そして山羊を混ぜた怪人の姿が照らし出された。
『ラミア』
自分が『神代回帰』より前にその名を聞いて思い浮かべるのは、上半身が煽情的な女性で下半身が蛇のモンスターだった。
だが、どうにも現代に現れたそれは異なる姿を持つ。
下半身が巨大な蛇なのは同じ。上半身が人間の女性に近いのも同じ。だが、それ以外は全てが異なる。
山羊の頭に、黒い山羊の体毛で覆われた上半身。黄色く輝く瞳は蛇の様に瞳孔が縦に長く、草食動物のはずの口には異様に発達した犬歯が覗いている。
死にかけながらも尻尾を絡みつけてこようとしたので、更に剣を捻ってから胴体を踏みつけて引き抜いた。
たしか、イギリスで伝わるお話のラミアはこちらの姿の方が近いのだったか。なんにせよ、殺すのに躊躇わない姿なのはありがたい。
なんせ、一々罪悪感に囚われていてはキリがない。
剣を構えなおした先、暗がりの向こうから三対の瞳がこちらを見つめていた。
黄色の瞳は妖しく輝き、幻影をこちらに見せようとしてくる。
ラミア。このモンスターは大した膂力も頑丈さももたないが、相手に己を美しい女性に錯覚させる魔法を使うのだ。これが結構強力であり、覚醒者でもある程度高い『抵抗』が必要になる。
これは男性にしか効かない魔法であるが、だからこそその出力も引き上げられている――らしい。
このモンスターと自分は相性がいいのは、この魔法に奴が特化しているから。レイラと雪音に通用しないのは勿論、『魔眼持ち』に目に関する異能はほぼ通じない。通じるとしたら、よほど魔力に差があるか固有異能の様な常識から離れ過ぎた物だけだ。それらとて、魔眼持ちに幻術を見せるのは難しい。
眼に干渉する類の魔法を、魔眼に加え高ランクの『魔力』と『抵抗』もある自分にかけるのはあまりにも無謀である――はず。
あいにく、『神代回帰』より二年と少し。実感などあるわけないので、予測でしかないのだが、それでもちゃんとレジストできてよかった。一応、当てが外れても固有異能で防げるはずだけど。
『キシャァァ!』
三体のラミアが、こちらが惑わされない事に焦れて襲いかかってくる。速度は中々。地面を歩くだけなら互いの体が邪魔になりそうものだが、蛇の下半身を持つ故の自由過ぎる動き。壁や天井さえも使い、ほぼ同時に突っ込んでくる。
「『氷風壁』」
そして、自分がこのダンジョンに相性がいい理由は他にもある。
自分の前で、異様な冷気をもつ風の壁が発生。その中にピンボール大の雹が混じり、散弾の様にラミアたちを襲った。
蛇だから寒さに弱い……とは言わない。それでもこの真っすぐの通路でこれをやられれば、大抵の存在にとって脅威だ。
そのうえラミアは『耐久』は低く『抵抗』もそう高くない。多少減衰されようと、その身を抉られ、肉片と血しぶきを通路内に散らせている。
『ギ、ァァ!?』
『ギィィ!』
悲鳴をあげて動きを止めたラミアたちに自分が迫る。一足で距離を詰め、こちらの間合いに。中央の一体の顔面を剣でぶち抜き、そのまま横薙ぎで隣の個体を仕留める。
残り一体には前蹴りを腹に叩き込んだ。牽制目的だったが思いのほか吹っ飛び、足裏に内臓が潰れた感触が伝わる。自分でも予想外なぐらい、上手く入ったらしい。
粒子となるラミアたちを確認しながら、周囲を警戒。少し先の天井を見れば、そこにマンホールぐらいの穴が開いている事に気づいた。
このダンジョン、床や天井にこの様な穴が開いており、モンスターが突然そこを通って現れる場合があるのだ。思わぬ所から伏兵が現れたり、突然穴に引きずり込まれる事もあるとか。
魔眼頼りの索敵だが、注意しないとならない。剣を握り直す。
「進もう。二人とも無事?」
「はい、問題ありません」
「同じく、問題ありません」
「よし。ならこのまま行こう」
「「はい」」
慎重に進んでいく。蛇行する通路は僅かな傾斜があり、突然その角度が大きくなるところもある。坂道に差し掛かったところで、坂の上の天井から何かが這い出てくるのが見えた。
先頭にいた自分だけ、それと目が合う。
こちらを見つめる黄色の瞳。色は同じだが、一目でラミアのそれでない事がわかる。なんせ、サイズが違い過ぎるのだから。
それは巨大な蛇だった。直径が24センチはありそうな太さに、濃い緑色の体色。頭部にだけ黄色いまだら模様があり、角度によっては王冠にも見える。
『バジリスク』
石化の魔眼を持ち、吐く吐息は猛毒を含む。その牙に噛まれて生きながらえた者はなしと言われる、蛇の王。
そのランクは『C+』でありながら、危険度だけなら更に上のランクであろうと冒険者間で言われているほど。伝承では小さい体の場合もあるが、現代に現れたこれは紛れもない大蛇だ。
だが――やはりこれも、相性がいい。
強靭な顎。頑強な鱗。凄まじい魔眼。それらを持つ故に、このモンスターは動きが遅い。あの巨体を動かすのに回せるリソースが足りていないのだ。空を飛ぶ鳥だろうと、射貫けてしまう眼光があれば不要だからこそ。
故に、魔眼も吐息も無効化できる自分にとっては蛇ではなく鴨である。
レイラ達を置き去りにして迷わず突貫する自分に、バジリスクは当然ながらその巨大な口を開けて迎撃。ダガーの様に鋭い牙が、兜につけられたライトに照らされた。
だからどうした。当たらなければどうという事はないし、当たっても自分には致命傷足りえない。
開かれた口に剣を突き込み、左手を離して代わりに更に一歩踏み込む。上顎から脳へと切っ先が通り過ぎ、王冠の様な模様も貫いてみせた。
『ジャッ……!?』
驚愕に目を見開くバジリスクの下顎を左手で押さえて閉じさせない様にしながら、剣を抉る。
ビタンビタンと壁や天井に奴の巨大な体が打ち付けられるが、いくらしなやかな蛇の体とは言え、この体勢から自分に絡みつく事は難しい。
抉った剣をこちらに引き寄せ、頭から鼻先にかけて引き裂けばバジリスクの体から急速に力が抜けていった。
粒子となって消えていくバジリスクを見送りながら、周囲を警戒。
他にモンスターは近くにいない、か。ドロップ品もなし。
それにしても、ラミアにバジリスク。ここのモンスターはひたすらに状態異常を押し付けてくる。そのうえランクも『C』なのだから、冒険者が碌に来ないのも頷ける話だ。
自分は運よく相性がいいけど、バジリスクの毒を無効化できる覚醒者はあまりいないと聞く。かといって、これが原因で自分の固有異能が露見する事はないだろうけど。
毒の無効化など役所に偽って提出した『なんか凄い回復能力』でいくらでも誤魔化しが効く。基本的に、自己治癒系の異能は毒や病への耐性を含んでいる事が多い。ストアにも東郷さんにも、その説明で事足りる。
本当に自分と相性のいいダンジョンだ。あくまで、能力的にはだけど。
「先は、長そうだなぁ……」
蛇行して続いていく道を見て、思わずそう呟いた。
能力的は良くとも、僕個人という存在にとってどうかと言えばあまり相性はよくない。
相手に自分を殺せる手段がないのはいいのだが、それはそれとしてひたすらに面倒くさい。
暗く曲がりくねった道。あっちこっちに空いた穴。そして何よりも蛇のモンスターたち。
なんというか、いるだけで憂鬱になってくる。そもそも、蛇はあまり得意ではないのだ。
決めた。どうせ帰りのゲートを見つけるまでの間に大量のモンスターと戦闘する事になるのだ。それでノルマも達成できるだろう。
明日一日はレイラと雪音を連れてデートだ。そして家に帰ったらそのまま異界で『セッ!』な事をする。そうでなければやっていられない。
「後ろの警戒をお願い、レイラ、雪音」
「お任せください」
「かしこまりました、旦那様!」
* * *
なお、この後案の定帰還までに三時間もかかり、道中でラミアが百五十以上。バジリスクが七十以上出現し、これと戦闘。
通路で前後から挟まれたりした時はレイラ達に後ろ側を魔法で作った壁で封鎖してもらい、前方をひたすら処理する事にもなった。おかげで全身蛇に絡みつかれた状態になったのは言うまでもない。
二度とこねぇぞこのダンジョン。
ドロップ品である名前通り毒薬の材料となる『バジリスクの毒液』と、滋養強壮の薬になるらしい『ラミアの鱗』が一つずつドロップしたおかげで懐は多いに潤った。
代わりに、ざりざりと鱗を擦り付けながら蛇の体が防具越しとは言え這っていく感触に心がひび割れそうになる。蛇嫌いが凄まじく悪化した気がするぞ、マジで。
絶対に、明日はデートに行く……!そしてレイラ達に心を癒してもらうのだ……!
そう固い決意を抱きながら、東郷さんが取ってくれていたホテルで一息つく。
眠る時間までまだ時間があるから、スマホでも弄ろうと起動してみた。
「げっ……」
すると、どうにも関東の方でダンジョンの氾濫がまたあったらしい事がネットニュースでわかる。
他にも日本のあっちこっちで……マジか。確認できただけでも三つのダンジョンが?
思わず顔が引きつる。まさかとは思うが、また『神代回帰』から半年後に発生したみたいな氾濫ラッシュが起きているとかないよね?
……やっぱ明日は真っすぐ帰ろう。ノルマは無事達成できたわけだし、途中で寄り道せずに家へ向かうのだ。デートはまた別の機会でいいし、普通に異界で癒してもらお。
固い決意は秒で砕けた。だって恐いし。命大事にが僕のモットーである。
メールで母さんにも帰る予定の時刻を送っておく。向こうもこのニュースに連絡をとる予定だったらしく、返信がすぐにきた。
あっちも僕を心配しているようだが、こっちは母さんや父さんの方が心配である。
まあ、どこの駅にもよらないので、すぐに帰れるだろう。そもそも、今の所うちの周囲にダンジョンはないはず。一番近いのでもサラマンダーのダンジョンだ。三キロはある。
そう、思うのだが……妙に胸騒ぎがする。嫌な予感と言えばいいのか、得も言われぬ不快感。胸以外にも、なんとなく魔眼が疼いている気もした。
……考えすぎ、そうわかっていれど、念の為母さんにはいざとなったらすぐに僕の部屋にある異界に逃げるよう伝えておく。普段は入れない様にしてあるが、合言葉を言えば両親なら出入りできるように調整はしてあるのだ。
これであっちは問題ない、はず。けど治まらない胸騒ぎは……まさか、自分に対しての嫌な予感?
まさか。クレタのダンジョンに巻き込まれてからまだ一カ月も経っていないのに、またダンジョンの氾濫に巻き込まれるなんてどんな確率だと言うのか。
なんにせよ、明日は真っすぐ家に帰る。それなら、『よっぽど運が悪くない限り氾濫に巻き込まれる事はない』はずだ。
自分にそう言い聞かせながら、少し早いけど寝る支度を始めるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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