第三十七話 竜の骨
第三十七話 竜の骨
サイド 大川 京太朗
頭を切り替え、探索に集中する。
『沼地のダンジョン』
そのランクは『C』。厳しいとは言わないが、油断し過ぎれば危ない。
少しだけぬかるんだ地面を踏みしめ、進んでいく。今の所沼そのものは見えていないが、森全体がどこか湿気ている様に感じる。それでいて冷気を感じるこのダンジョンは、外よりも過ごしやすい気温かもしれない。
だが、それは怪物どもがいなければの話だろう。
「いた」
立ち止まり、手でレイラ達に合図を出しながら木の陰へと隠れる。
二十メートルほど先、木々の隙間から、二つの大きな影が現れた。
『オーガ』
日本で語られる『鬼』ではない、西洋を舞台にしたゲームで見そうな恰好をしたモンスター。
濃い緑色の肌に、もじゃもじゃとした黒く長い髪。何より額から生えた二本角が特徴である。腰にボロ布だけを纏い、筋骨隆々とした二メートル半の巨体にはどこかの先住民がしていそうな赤い模様が施されていた。
手に持っているのは、それぞれ棍棒と斧。トロールよりも小さいが、その脅威度は同格。何より人間から見たら十分に巨大なこの化け物は、強い圧迫感を放っていた。
覚えたてのハンドサインを送り、ゆっくりと近づいていく。どうやらあちらはまだこちらに気がついていない。
後ろの二人に視線を向ければ、彼女らが頷いてそれぞれの得物を構えた。
「『大地よ』」
「『氷牢』」
木々の枝が不自然に伸びてオーガ達に絡みつき、更にはその周囲に氷の柱が出現する。
『ゴォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッ!!』
オーガが驚愕か怒りなのか、びりびりと空気が震えるほどの咆哮を上げる。それだけで枝の葉は弾け、枝や氷にヒビが入っていくのが見て取れた。
それでも、絡みついた枝も急速に奴らを凍り付かせていく氷の柱も砕けない。
その隙に間合いをつめ、片方の首目掛けて一閃。ガキリと骨に当たるが、構わず力任せに振り抜いた。
鮮血と共に舞う首。すぐさま藻掻くもう一体の首へと刺突を放ち、左手で鍔を掴んで捩じる。太い血管だろうが筋肉だろうがお構いなしに引き千切り、拘束されたままの体を蹴って斜めに引き抜いた。
喉を裂かれたオーガの大きな口からはいびきの様な声しか出ず、目の焦点が乱れ四肢はピンっと伸びて硬直する。それから数秒ほどで、その身体が粒子へと変わっていった。
もう一体の首が刎ねられた方も同様である。どうやら、頭だけになっても噛みついてくるという事はないらしい。
周囲を警戒しながら、粒子となって消えていくのを見届ける。ドロップはなし。まあ、今回の目的はこいつらのではない。
軽く左手を振って、レイラ達と合流。
「二人ともお疲れ」
「いえ、この程度」
「倍の数でも問題ありません」
静かな笑みで軽く一礼するレイラと、ドヤ顔で胸をはる雪音。うーん、おっぱい。
それはそうと、剣を構えなおし周囲の索敵を続ける。今回は地面だけでなく、『上』まで注意しないといけないから苦労する。ゴブリンやスライムがいるダンジョンもそうだが、こうした三次元的な敵の動きを考えないといけないのは少し疲れる。
なんせ、今回の本命は『空を飛ぶ』のだから。
移動を再開し、数分。再度オーガを目視。今度は三体だが、うち一体が先のものとは文字通り毛色が違う。
頭髪は老人の様に白く、艶がない。大柄な体も筋肉が削げ落ちてやせ細り、腰も曲がって杖までついていた。
だが、油断はできない。単体ならともかく、ああして『前衛』と組まれると魔法使いが厄介なのは人間もモンスターも同じだ。
『オーガ・メイジ』
あるいは『シャーマン』とも呼ばれる、魔法を使うオーガ。首にはしゃれこうべをいくつも連ねた趣味の悪い首飾りをつけ、手に持った杖の先には巨大な爬虫類の頭蓋骨の様な物を取り付けている。
体に施したペイントの模様も他のオーガとは異なり、まるで一種の文明があるかのようだ。
だが、そんな物実際はない。交渉の余地は一切なく、ただ人を殺し魂を食らう存在である。
今回も、まだこちらに気づいていない。先制攻撃が通る。そう思ってハンドサインをしようとした瞬間、魔眼が発動した。
「っ!」
咄嗟に剣を上に振り抜けば、『氷の矢』と衝突。打ち砕いてキラキラと光を反射しながらその残骸が舞った。
雪音ではない。このダンジョンには、こういう攻撃をしてくるモンスターがいる。
『ギェェェ―――ッ!』
奇妙な鳴き声を反響させながら、旋回する薄緑色の『竜』がそこにいた。
『クエレプレ』
現在確認されている竜種の中では小柄とされるモンスターだが、しかし尻尾を除いても四メートル以上の体長を持つ。前足と一体となった蝙蝠めいた翼を含めるなら、横幅は更に大きい。
頑強な鱗。高い機動性。飛行能力に、口から氷の矢と毒の霧を打ち分けてくる。十分に驚異的な戦闘能力を持つコレは、しかしまだ『若い状態』とも言われている。
その竜は木々の隙間を縫ってまた上空へと昇っていき、しかしこちらを見下ろして鳴き声を上げ続けていた。
そして、当然ながらその鳴き声を聞いたのは自分達だけではない。
『ガァァァアアアア!!』
『ギッ……ギッ……』
咆哮を上げるオーガと、歯ぎしりしている様な音で何かを唱えるメイジ。
「手筈通りに!」
「かしこまりました」
「お任せください!」
だが、だからどうした。こういう事態は事前に想定している。自衛隊がこのダンジョンを一度確認し、その上で一般に開放されているのだから。
レイラと雪音がオーガ達の方へ進み出て、自分は剣を構えて上空を睨む。
クエレプレの放つ攻撃の射程距離はそう長くない。氷の矢は十メートル前後。毒の霧は更に短く、それ以外の攻撃方法は牙と爪のみ。
降りて来た所を狙う!
『ギッ……ギッ……!』
メイジが杖を掲げれば、その周囲に人の頭ほどの水の塊が四つ出現。それらが勢いよくレイラ達に迫るのが視界の端で映る。
「『氷壁』!」
それに対し、雪音が左の扇子を下から上へ。数メートルはあろう氷の壁が出現し、水を受け止め更には凍り付かせて一部とした。
「『大地よ』」
その隣ではレイラが木々と地面でオーガ達とメイジを拘束し、動きを封じている。
仲間意識はないのだろうに、それでも自分が不利になると思ったのか。クエレプレが急降下してレイラを狙う。
その軌道上に割って入れば、迫る氷の矢。猛スピードで飛んでくるそれらに、しかし今度は剣を振るわない。ただ引き絞る様に狙いを定めるのみ。
自分の体に触れる直前で、氷の矢は『抵抗』により弾けて消える。それら一切を無視し、切っ先をクエレプレの喉へと突き込んだ。
逆鱗。竜種に共通して存在する弱点であるそれが、この竜は特に大きい。喉そのものが逆鱗と言っていいほどだ。
それが理解できているからか、相手の回避行動も素早い。氷の矢がかき消されたと見るや、急上昇を開始しようとした。
その様子を、魔眼持ち故の動体視力で察知。『魔力開放』でもって体を前へ。
『ギィァ!?』
深々と剣がクエレプレの喉を貫き、そのまま切っ先は首の後ろへ抜ける。相手の勢いもあってリカッソまで抉り込んだ状態で、近づいた奴の口がまた開かれた。
毒の霧が来る。それを予知し、効かぬとわかっていても念のため剣ごとクエレプレの体を振り回してその辺の木に頭を叩きつけた。
喉から斜めに剣が降りぬかれ、首を抉る。更には、衝突で木の幹と竜の頭が弾けた。
頭部を失って痙攣する死体を視界の端にいれる形で、オーガ達の方へと意識を向ける。レイラ達は……。
『ゴ、アァ……』
『ギッ………』
杞憂だったらしい。木の枝や石の腕に拘束されたまま何本もの氷の槍を受け、氷像から粒子へと変わっていくオーガ達とメイジに胸をなでおろした。氷壁の後ろからレイラ達は封殺したらしい。
粒子となって消えたクエレプレ。湿気た土に、白い物が残される。
「おお!?」
まさか一発目で落ちたのか!?
すぐに拾い上げたい気持ちを堪え、周囲を警戒しながらゆっくりと拾い上げる。
「よっしゃぁ!」
「どうしました?旦那様」
「ああ、もしや」
「変なのに絡まれた後って、引きがよくなるんだろうか……」
手の中にある『骨』を身ながら、そんな事を呟く。
『竜の骨』
竜種のモンスターが度々落とすアイテム。これを目当てにこのダンジョンへ来ていたのだ。丸一日かけても手に入らないかもと心配していたが……。
相原君といい、宗教勧誘のおばさんといい、そういうのに絡まれると運気が上がったりするのか?自分は。
「なんにせよ、これでいつゲートを見つけても帰れる」
「はい!おめでとうございます、旦那様!」
「ですがどうか油断なさらぬよう。帰るまでが探索ですので」
「うん。ありがとう。気を引き締めていこう」
「「はい」」
アイテム袋に骨をしまい、また剣を構えなおす。
この骨をゴーレムの基礎フレームに使うのだとか。骨を使うのかと驚いたが、まあ魔法の類に常識を問うてもなぁ。
それに、世の中『フレッシュゴーレム』とかいう百%生ものが材料なゴーレムも存在するらしい。そっちの方は、なんかゾンビぽくって気味が悪いからあまり調べてないけど。
何はともあれ、探索を続ける。それから一時間後にゲートを発見し、帰還。そこまでの道中で『オーガの角』がドロップした以外に大きな収穫はなかった。
落ちたのは一つだけだったが、『オーガの角』は結構いい値段で売れるので嬉しい。なんでも海外の覚醒者が愛飲している強化系の魔法薬によく使われるのだとか。
その魔法薬、自分も使えないのかと思ったものの……くっそ高い上に筋力が『C』以上あると飲んでも誤差程度の効力しかないらしい。残念。
そんな事を考えながらロッカールームで着替えを済ませると、外が少し騒がしい事に気づく。
……なんか嫌な予感がする。
具体的に何がどうとは言えない。が、ダンジョンに入った直後レイラが言っていた事を覚えているし、何よりもこういう嫌な予感はよく当たる。
カメラは返却済みだし、ドロップ品の方は後日別のストアで取引すればいい。ロッカールームを出たら、すぐにここを出て駅へ向かうか。
ガチャリと、ロッカールームのドアを開ける。ちょうど向こうからも開けようとしていたのか、目の前に見知らぬおっさんがいた。
相手がぎょっとしている所に、小さく会釈して『失礼します』とだけ呟き脇を通り抜けた。
予想通りというか、ストアには十数人ほどの男女がいる。下は三十後半、上はよくわからない。少なくとも六十は確実に超えている人が多い。
そういった人達の視線が自分に集中している事に、背筋に嫌な汗が流れた。
「あれが『Bランク覚醒者』かい?」
「なんだか覇気がないように見えるが……」
「しっ!聞こえたらどうする!」
聞こえてますよ。覚醒者の聴覚なめんな。
彼らにも小さく会釈をしてストアの外を目指そうとするが、他の老人よりガタイのいいお爺さんが道を遮ってくる。
「なあ君、ちょっと話を聞いて――」
「すみません急いでいるので」
が、その動きを魔眼が予知していた。遮ってくるのとほぼ同時に回避し、自動ドアへ。
彼らがまともに反応するよりも速く、道路に出る。ストアの駐車場に何台も軽トラが止まっている事以外、人通りも走っている車も見当たらない。
つまり、自分が走って逃げても問題ないという事だ。
「ま、待ってくれ!この町には覚醒者が必要で――」
「僕塾があるので!!!」
適当な事を言って、ダッシュ。目指す先はもちろん駅。そっちにまでは人がいないと思いたいが、はたしてどうやら。いざとなったらマジで警察呼ぼ。
……電車降りたら、家の前に靴屋よらなきゃなぁ。
* * *
「と、いう事があったんですよぉ」
帰宅後。真新しい靴を脱いで手洗いうがいを済ませるなり、自室で東郷さんに電話をしていた。
両親にも後で愚痴るつもりだけど、先にレイラの忠告に従って彼に連絡を取る事にしたのだ。
『……なるほど。よく話してくれたね、京太朗君』
電話越しに東郷さんが柔らかい声でそう言った後、すぐに少し申し訳なさそうな声が続く。
『君が大変な目にあったのはわかったが、それだけでは警察が動くのは難しいね。囲まれた時の映像がストアの防犯カメラに残っていればいいが……』
「いやぁ、裁判とかはちょっと。それに、映像が残っていてもあんまり事件性とかは……」
『そうだね。すまない、あまり力になれなくて』
「いえいえ、そんな。東郷さんが謝る事じゃ」
こっちが申し訳なくなるから、止めてほしい。そもそも日曜日にこんな電話をしている段階で、迷惑をかけているのは自分だ。
……それに、元々裁判までは求めていない。
だって彼らの気持ちもわからないではないのだ。自分の住む町で不人気ダンジョンと、『Cランクダンジョン』が出来てしまった。その上で覚醒者も碌にいなさそうな状況に、助けを求める声をあげたいのは当然だ。
その先が怪しい宗教団体だろうと、他に縋る物がないのなら仕方がない。多少自分が迷惑を被ろうが、そこまで大きな害がない今は法的にどうこうしようとは思えなかった。
まあ、もう一つの理由として、レイラの言っていた『様子見で露骨な敵対をしない』もあるのだが。
「ただ、もしも誰かが強引な勧誘とかを受けていたら、この話が裁判か何かの足しになればなぁと。お話しした次第でして……」
『そうだね。私の方でも、そういう被害は度々耳にしている。警察が大きく動けるほどではない、グレーゾーンを狙ってやられているから厄介らしいけどね』
「はぁ……なんというか、法律に詳しい人もあの宗教に入っているんですね」
『そうだね。それと、君が行ったその町の様に田舎かつダンジョンに対応しきれない場所ほど、彼らの力は強くなるらしいんだ』
「と、言うと?」
『これは、県の行政として恥ずかしい事なんだけど……ダンジョンが発見されたエリアは、半径二キロにわたって避難措置が出されるのは知っているね?』
「はい」
講習でも習ったし、何よりダンジョンの行き帰りで散々目にするのが放置された家や畑だ。
父方の実家が農家だったのもあり、荒れ放題の田んぼだった場所とか見るとどうにも物悲しい気持ちになるので、強く印象に残っている。
『避難するという事は、生活を取り上げられるのと同じだ。命あっての物種とは言うけど、その命を繋げる術を失ってしまえば、意味がない。けれど、各自治体にそれを解決できるだけの力はないんだ』
「……その隙間を、『賢者の会』が?」
『ああ。行き場を失った人々を受け入れて勢力を拡大。更に独自に確保した覚醒者達を連れ、人の少ない地方でのダンジョンで間引きを行って町そのものを支配下に置く。行政側の人間としては、なんとも言えない気持ちになるよ』
「それは……」
どっちが悪いとも、言えない。
勿論弱みに付け込むのは良くない事だが、ダンジョン探索はボランティアではない。
潜るダンジョンを自分で選び、確実に帰ってこられると思う場所でだけ探索をする。それでも、死者が全く出ないわけではない。
喉元過ぎれば、とはよく言うけど。自分も最近少し気が緩んでいる自覚はあるが、クレタの一件で人が大勢死んだのは覚えている。
ダンジョンは危険な場所だ。無報酬で挑もうとは思えない。だから、利益を求めるのは間違っていない。
だけど、無い袖を振れない行政が悪いかと言われれば、それも違う。そりゃあ碌でもない奴もいるけど、真面目にやっても無理な物は無理な時があるのだ。
ままならない。『ダンジョンとは災害である』。そう言われる所以の一つは、これだと思う。
『……すまない。気が重くなる話をしてしまったね』
「いえ。そもそもこの話を振ったのは自分ですし……」
『ただね、京太朗君。私は彼らが利益を求める事を否定する気はないが、強引な勧誘や、不当な搾取を許す気はないよ』
東郷さんの声に、力が籠る。
『今、この国はダンジョンが現れた新しい時代をどう進んでいくのか。その転換期にある。そんな中だからこそ、法という人が纏まれる手段を蔑ろにする者を止めなければならない。一役人でしかない私に、大それた事はできないけどね』
最後だけ、どこかおどけた様に彼は続けた。
『正直、京太朗君も今の制度や社会に疑問を持つ事はあるだろう』
「それは、その……」
まあ、冒険者の報酬とか、覚醒者の扱いとか思う所は多々ある。ほんの一瞬とは言え、『賢者の会』の勧誘に耳を傾けてしまった程には。
『いいんだ。君は間違っていない。疑問をもつ事は罪ではないし、何より未だ、ダンジョンと覚醒者との付き合い方に正解など見つけられていないんだ。だからこそ、どうか武力ではなく言葉を大切にする事を覚えていてほしい』
「………」
『こうして話してくれた事を、本当に嬉しく思っているよ。どうかこれからも、何かあったら誰かにまず言葉で伝えてくれ。私でもいいし、誰か他の大人でもいい』
ぱちりと、電話越しだと言うのに東郷さんが軽くウインクしたのを感じ取る。
『そして、君が大人になった時は別の子供の言葉を聞いてくれたら、おじさんとしては花丸を送りたいかな』
「……そうなれたらなぁ、とは思います」
『ははっ!真剣に考えなくていいよ。君はまだ、青春というやつを楽しんでいい年齢だ!恋に勉強に友情に、楽しい事はたくさんある。おっと、こういう話はおじさん臭いを通り越して、老人のそれだね』
軽やかに笑った後、東郷さんが小さく深呼吸した。
『それでは、私はやる事があるから失礼するよ。君から聞いた話、決して無駄にはしない』
「え、いや、そんな大袈裟に受け取らなくても」
『ははっ!君は揶揄いやすいってよく言われないかい?それではね、京太朗君』
「あ、はい……失礼します」
通話を終え、ベッドに座る。
「……難しいなぁ、社会って」
ぼんやりと、天井を見上げながらそう呟く。
世の中、0と1じゃ語れないもんだ。あー、頭こんがらがりそ。
* * *
サイド 東郷 美代吉 ――本名:西園寺 康夫
泊まっているビジネスホテルで、通話を終えたスマートフォンを前にため息を堪える。
「法を蔑ろにする者を許さない、ね」
どの口が、そんな事を言うのか。
身分を偽り、国の為と言って子供たちを危険な場所に行かせる自分が。どうしてそんな綺麗ごとを喋れるのか。我ながら、嫌な大人になってしまったものだよ。
スマホをポケットにねじ込む代わりに、タバコとライターを取り出す。幸い、この部屋は喫煙OKだ。
タバコに火をつけて、一息。手の中でライターを弄ぶ。
『賢者の会』
もはや無視できない勢力だ。かといって、簡単に潰せるものでもない。
信仰の自由を憲法が守っている、という話ではない。それだけなら、やり方なんていくらでもある。
問題はその『力』だ。
覚醒者至上主義を掲げるだけあって、あそこに集う覚醒者は決して少なくない。中には、『Bランク』以上の者もいる。
それに本部とやらの周囲に作られた集落に住む、避難地域からやってきた住民たち。彼らは異様なまで覚醒者達への奉仕の精神をもっている。何らかの催眠をかけられていると考えた方がいい。
これらだけでも厄介極まりないのに、政治家の中にも既にあの宗教団体と繋がっている者もいる。やりづらい事この上ない。
更には、よしんばあの宗教をどうにかした後も洗脳されていただろう住民たちの処遇とか……頭も手もいくらあっても足らんな、これは。
煙を吸い込み、吐き出す。紫煙が目の前で揺らめき消えていくのを眺め、ふと昔を思い出した。
自分はこんな大人になりたかったのだろうか?
――違う。が、この道を選んだのは間違いなく自分である。他の誰でもない。私自身の選択だ。
携帯灰皿にタバコをねじ込んで、またスマホを取り出した。
一服終了。やるべき事はいくらでもある。やりたい事だって山ほどある。ならば、動こう。なぁに、若いとは言えないが、老人とも言えない身。せいぜい上手くやってみせるさ。
……ひと段落したら、また墓参りにでも行くか。
やりたい事の一つを、思い浮かべる。ライターの蓋を意味もなく開け閉めして、目当ての人物へと電話をかけるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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