閑話 覚醒
閑話 覚醒
サイド 伊藤 胡桃
「どっかにさぁ、確実に覚醒者になれる方法とかないかなぁ」
私立聖樹女学園の高等部教室。帰り際に、クラスメイトがそんな会話をしているのが聞こえてきた。
「お父さんが大学はどうするんだって五月蠅くってさぁ。覚醒者なら冒険者やるって答えられんのに」
「わかるー。覚醒すればいっそ海外でってのも有りだしねぇ」
自分の事を言っているわけではない。そうわかっているのに、つい反応してしまう。
そっと、自分の耳に触れた。
普通の人よりも、細長いそれ。『神代回帰』のあの日から、エルフという種族に変わった自分の耳だ。
……覚醒者なんて、なるものじゃない。
「胡桃?どうしたの?」
「ひゃぁ!?」
ひょいっと、『凛ちゃん』がこちらを覗き込んできて驚いてしまう。
郡凛ちゃん。私の幼馴染であり、親友。黒髪をボブカットにした、私よりも女性らしい体つきに、女子としては高めの身長。
そんな彼女に至近距離から見つめられ、ついたじろいでしまう。
「だ、大丈夫。ごめんね、ちょっとボーとしちゃった」
「そう?具合悪いなら言ってね?」
心配そうに言って、左手を差し出してくる凛ちゃん。その手を握り、帰路につく。
共通の友達。金谷美咲ちゃんには、時々からかわれるけど、もう小学校の頃からしているのだ。こうしていないと逆に落ち着かない。
そう言えば。
「美咲ちゃん、今日は先に帰っちゃったね」
「うん。なんか家の事情だって」
こうして二人きりなのは、久しぶりかもしれない。普段は美咲ちゃんやそのお友達と一緒に帰るのに、今日は、凛ちゃんだけ。
どうしても、昔を思い出す。
「……ねえ、凛ちゃん」
「うん?なぁに?」
視線を迷わせ、次の言葉を出そうとする。
なのに唇は動いてくれず、喉は意味のない息を出すだけ。
言わなければ。問わなければならないと、いつも思うのに。もう一歩が、踏み出せない。踏み出すべきなのに、踏み出したくない。
「胡桃?」
不思議そうな凛ちゃんに、どうにか笑みを返した。
「ううん。今日の晩御飯どうしよっか」
「……やっぱり、具合悪い?私がつくろっか?」
ルームシェアで一緒に暮らす彼女からの提案に、小さく首を振る。
「いいよ。私が今は風邪をひかないの、知っているでしょ?」
「そうだけど……身体じゃなくって、心がここにあらずというか」
ああ、やっぱり凛ちゃんに隠し事って難しいなぁ。
けど、これを正直に口に出すのは、難しかった。だって、もしも言った後に、彼女がそれを認めたら。
そう思うだけで、私の口は鉛の様に重くなる。
――そして、言う機会を失う度に、安堵している卑怯な自分がいた。
「大丈夫だって!それに、凛ちゃんに任せるとまたお皿割りそうだもん」
「あ、あれはうっかりだってば!今度はしないよ!」
「ほんと~?」
口を大きくあけて否定する彼女の舌べろが、一瞬だけ見えた。
赤いそこに刻まれた、金色の不思議な文字。それを見た瞬間、胸がズキリと痛む。
だってあれは、『私の罪』そのものだから。
「……胡桃」
そんな事を考えていたら、凛ちゃんが険しい顔で立ち止まる。何事かと思いながらその視線を追えば、黒塗りの高そうな車が道路わきに止まっていた。
普通の住宅街であるこの場所には似合わないその車から、私と同じくエルフの女性が降りてきた。同じ種族のはずなのにスラリとした長身に大人びたスーツ姿の彼女が、後部座席を静かに開ける。
出てきた人物を目にして、凛ちゃん同様自分も顔を歪めた。
「やあ、どうも。お久しぶりですね、郡さん。伊藤さん」
小山耕助。『賢者の会』の教祖である。
平凡な顔立ちにスキンヘッド。高そうなスーツと革靴といった容貌の彼を、エルフの女性は神々しいものでも見る様に目を潤ませていた。
彼はニコニコと笑いながら、無遠慮にこちらへ向けて歩を進めてくる。
「前回お会いしてから、もう一週間でしょうか?あの時の御返事を聞きにきました。どうです?フランス料理店を予約しておりますので、一緒に」
「結構です。私達、予定があるので」
私を庇う様に一歩前にでた凛ちゃん。彼女を見つめる小山さんの眼が、酷く気持ち悪い。
舐めまわす様なその視線に嫌悪感を覚えるが、それ以上に怖くて声が出ない。
いつもそうだ。私は、凛ちゃんに守られてばかりいる。
「まあそう言わずに。これは人類全てに有益な話なのです。これ以上に優先される事など」
「本当に急いでいるので、それじゃ」
私の手を引いて車の脇を通ろうとする凛ちゃん。彼らはそれを止める事もなく、しかし視線は私に向けられている。
「伊藤胡桃さん」
「ひっ」
ねっとりとした声に、肩が震える。足が止まってしまった私を、小山さんはじっと見つめてきた。
「貴女のお力はきっと世界を救う。私はそれを知っています。共に、救世の旅にでてみませんか?」
「そういう臭いセリフ、一度鏡の前で言ってみた方がいいですよ。親しくもない女子高生にいう言葉じゃないって、わかるから」
私を抱き上げた凛ちゃんが、鋭い視線で小山さんを睨み返した。
ひくりと彼の頬が一瞬だけ引きつり、傍にいた女性の視線に殺意が宿る。
それら一切を無視して、凛ちゃんは走り出した。
「私達、宗教に興味ないので!」
捨て台詞を投げて、彼女は走る。私は少しだけ同年代より小柄だけど、それでも軽々と抱えて一切体幹がぶれないのは、彼女が鍛えているからだけではない。セーブしているとは言え、その速度は短距離走の選手よりも速かった。
ちらりと、遠ざかっていく小山さん達に視線を向ける。
彼は、張り付けた様な笑みのまま私達を見つめていた。
* * *
「ただいまーっと」
「た、ただいま」
結局私を抱きかかえたままマンションの部屋に帰って来た凛ちゃん。彼女が玄関でそっと私を降ろしてくる事に、つい名残惜しさを感じてしまう。
――私に、そんな資格はないのに。
「もう、嫌になるねあの人。今度また来たら警察呼ぼうよ」
「だ、駄目だよ!そんな事したら凛ちゃんがっ」
慌てる私の頭を、彼女は優しく撫でつける。
「大丈夫。多少騒ぎになっても、変な事は起きないよ」
「けど……」
彼女の笑みに口ごもるが、しかし頭の中ではぐるぐると凛ちゃんのお父さんや、彼女の過去について浮かんでは消えていく。
そんな自分に苦笑を浮かべてから、凛ちゃんはローファーを脱いで玄関を上がる。
「そんな事より、今日はどうしよっか。お風呂の洗剤が残り少なかったし、着替えたら買い物には行くとして。『ダンジョン』にも行こうか?」
「……ううん。ダンジョンは、今日はやめとこ。明日も学校があるんだし」
「そっか。それもそうだねー」
自分も靴を脱いで借りている部屋に上がりながら、廊下だろうというのにセーラー服を脱ぎながら歩く彼女へ声をあげた。
「凛ちゃん。お行儀悪いよ」
「えー。いいじゃん女同士なんだしー……」
「だーめ。はしたないよ」
「ちぇー」
頬を小さく膨らませる彼女が自室に入るのを見送って、自分も部屋に入る。
けれど、着替えるでもなく扉に背中を預けた。
「……歌の練習とは、言わないんだね」
中学の頃、将来はプロの歌手になるんだと言っていた彼女。
お父さんがあんな事になって、それでも夢を諦めなかった彼女。
そんな夢を――私が、壊した。
「凛ちゃん」
扉に寄りかかったままずるずると座り込み、クリーム色の天井を見上げる。
「私を、恨んでないの?」
ずっと言えないでいる言葉。言うべきなのに、言いたくない言葉。
世界が変わってしまった『神代回帰』から半年が経ったころ。新宿でダンジョンの氾濫に巻き込まれたあの時。
私が食べさせた『林檎』が、彼女の夢を奪ったのだ。
読んで頂きありがとうございます。
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この少し後に、第三十五話を投稿させて頂きます。そちらも見て頂ければ幸いです。




