第三十四話 廃村のダンジョン
第三十四話 廃村のダンジョン
サイド 大川 京太朗
東郷さんからの依頼を終え一週間。六月も中旬。
体育祭を応援だけで済ませた以外、特に変わった事のない学校生活。強いて言うならこっそり相原君からウインクされる事があるぐらいか。
そんな平穏なこちらとは違い、世間では色々あったらしい。
『地下水の減少が危険視されているアメリカの地域で、青魔法による雨乞いが――』
『大雨で氾濫しかけた中国の河川を、日本から移住した覚醒者が黄魔法で防いだと――』
『日本で増える覚醒者による犯罪。それについて専門家により異能の危険性について――』
『賢者の会教祖、小山耕助氏が発言した覚醒者でなければ今後の日本では生きていけないという――』
『有川大臣が覚醒者専用の学校の建設を宣言しており、与野党からの批判が相次いで――』
『有川大臣がダンジョン氾濫時の避難用シェルター建設における、覚醒者の積極的な雇用という言葉について野党から説明の要求が――』
……なーんというか。覚醒者関連だと海外のポジティブなニュースが増えた気がする。
ただなぁ。速攻で鎮圧されたけど、中国では日本を始め海外から来た覚醒者への優遇を止める様反対運動が起きているし。アメリカでも雇用の不平等どうとかで覚醒者への当たりがきついらしい。
海外だと、イギリスはかなり落ち着いているらしい。活躍した覚醒者に『サー』の称号を与えたり色々しているらしいが、財政も大きく傾いていないし国民の不満もそんなにないらしい。
なんでも、自称シャーロックホームズの生まれ変わりな探偵少女が頑張っているとか。犯罪行為をした覚醒者は彼女がすっ飛んできて殴り倒していくらしい。他にも、海外に英国の覚醒者を貸し出すという話も出ている。
……まあ。色々と考えたけど今から外国に移住しようという気はおきない。外国語わかんないし、そもそも自分は高校生。すぐにどうこうしなくてもいいだろう。
それよりも今日もまた、ダンジョンへと足を向けていた。
貯金額は二百万を超えるという、高校生にあるまじき数字だが油断はできない。ゴーレムの作成で出費が予測されるし、貯金は多いほどいい。まあ、今日は金とは別の物が目当てだが。
そんなわけで今日やってきたのは、『廃村』のダンジョン。
所謂不人気ダンジョンの一つの為、他の冒険者はストアに見当たらなかった。どうしてそんな所を選んだかと言えば、ここで『マンドレイク』が採れるからである。
もう一つ理由はあるけど……それは、置いておく。
レイラ曰く、ゴーレムの人工皮膚を作るのにあの植物が欲しいとか。どうせ作るなら普段から連れまわせる、父さんや母さんの護衛にも使えるのを用意すると言っていた。
どんなのを作るんだろう。どうせなら美人さんがいいけど、流石に嫁が二人もいてそれを言うのは我が儘というか、人としてアレだから口に出していないが。
つらつらと思い浮かぶ雑念を振り払い、ダンジョンのゲートを潜る。ここからは探索に集中しないと。
ランクは『D』。余裕をもって対応できる難易度だが、今回は『ちょっと特殊』だ。油断はできない。
レイラと雪音を出し、自分も武器を構える。
「……主様。本当にこのダンジョンを探索するのですか?」
開口一番、レイラが困った様な、こちらを気遣う様な笑みで問いかけてきた。
「ああ。こんなご時世だから、一応確認しておきたい。必要なら、少しは慣れておかないと」
「……生存に必要な事ではあります。ですが、ご無理はなさらぬよう。いざ『そういう事態』が起きた時、私と雪音が処理いたしますから」
「はい!旦那様は後でワタクシ達を労ってくださるだけで構いません!」
レイラと雪音の言葉に、兜の下で苦笑を浮かべる。
「あー……そうなったら、ごめん。頼むかも。けど今回はいざという時自分が動けるかの確認だから。その結果次第って事で」
「かしこまりました」
「はい。けど辛くなったらいつでもワタクシの胸に跳び込んできてください!」
おっぱい。
じゃない、ありがたい。
二人とも自分を気遣ってくれているのがわかる。それが嬉しい。けれど、どうにもやっぱり、最近物騒でならないのだ。
覚醒者の犯罪ばかり取り沙汰されるけど、覚醒者を狙う犯罪も出てきている。だから――。
視線を、二人からダンジョン内部に移す。
廃村、というだけあって。このダンジョン内部は少し変わっていた。迷路のそれではなく、古びた西洋風の木造住宅が立ち並んでいるのである。
ボロボロの壁や天井でギリギリ建っている家屋。荒れ放題の畑。放棄された農具や台車。少し遠くに見える朽ちた教会。
曇り空みたいなダンジョンの天井のせいで、余計に迷宮とは思えない。山間部にある滅んだ村にでも来たみたいだ。
そんな家屋から、がたりと音がして人影が出てくる。
一見すれば、本当に人間と思えるかもしれない。今時RPGでしか見ない、中世の村民めいた服装。よたよたと歩くその姿には、生気が感じられない。
ぐるりと、その顔がこちらを向いた。白濁した目に、所々腐敗した顔。視覚は機能しているのかいないのか分かりづらい。それでも、自分の直感は『目が合った』と告げている。
『ガアアアア……!』
歯をむき出しにして、その『ゾンビ』は吠えた。
『ゾンビ』
近年ではウイルスでなったパターンが多いが、眼前のそれは違う。魔力で肉体を編まれただけのもの。もとより肉の体を持ち合わせない怪物だ。通常のモンスターよりも、ダンジョンの一部。それこそ壁や地面という物に近いらしい。
だが、それでもモンスター。人を殺し、その魂を喰らう敵である。
その咆哮を受けてか、続々と建物の中や陰からゾンビどもが姿を現していく。廃村という言葉や村の様子からは想像もつかない程、その数は多い。
人間そっくりなその姿を前に、少しだけ手が震えた。
このダンジョンが、『マンドレイク』の採れる場所だというのに不人気な理由。それがこれだ。
漂う腐臭に、人間そっくりなモンスター。誰だって好き好んで行こうとは思えないダンジョンだ。
それでも自分がここに来たのは、昨今の覚醒者を狙った犯罪に対抗できるかの確認の為。
殺せるかとまではいかない。ただ、殴られたら殴り返せるぐらい、人型の相手に慣れておきたかった。
「お、おおおお!」
自分を鼓舞する意味も込めて、剣を大上段に構えて突っ込む。
狙うは、最初に咆哮をあげて仲間を呼んだゾンビ。
相手が反応をするよりも速く、ツヴァイヘンダーがその頭蓋を叩き割って――。
『――――』
「っ」
脳裏に、クレタのダンジョンで見た光景がちらついた。
胸や首から血を流して倒れていた人達。頭が潰れ顔を識別する事すらできない警官。
彼らの死体と、目の前の怪物どもの姿が、ほんの半瞬混ざった。混ざって、しまった。
今更止められない斬撃が、そのゾンビを縦に両断。破壊はそれにとどまらず、肉片と血をばら撒いてこの身を汚す。
勢い余って地面を抉った事で湿り気のある土までかかり、全身に不快感が襲った。
「……このっ」
『ガアアアア……!』
腕を前に突き出し襲い掛かってこようとする他のゾンビどもを、剣で打ち払おうとする。
「『大地』よ」
「『氷風壁』!」
だが、自分と敵の間を遮る様に土の壁が出現。更にはその向こう側でピンボール大の雹が風で荒れ狂っていた。
その状況に、彼女らの意図を察して歯噛みしながらも後退。レイラと雪音の間に立つ。
「ごめん、やっぱ傍から見ても駄目だった?」
「恐れながら、明らかに動きが鈍かったので」
「ここはお任せください、旦那様!」
どこか意気揚々とした様子で、雪音が両手の扇子を振るっていく。土の壁をよじ登ったり避けて通って来たゾンビたちが、散弾でも受けたみたいに雹で体に穴をあけながら吹き飛ばされた。
それを横目に、レイラがこちらの肩を掴んで視線を合わせてくる。
「いかがでしたか?人に似たモンスターは」
「……正直、ちょっときついかも」
「無理そうですか?」
「……いいや。やれる。大丈夫」
彼女の眼を見て、しっかりと頷いた。
どれだけ人に似てようが、ゾンビはゾンビ。多少ビビってしまったし、たぶん次斬りかかった時も剣が鈍ると思うが、それはそれ。
余裕のあるダンジョンだ。慣れていけばいい。
「それならば、どうか後ろはお任せください。無理のない範囲でやっていきましょう」
「ああ」
レイラに頷いて、剣を握り直す。正面は雪音が一人で薙ぎ払っているが、ここは村の中。四方八方に家々はある。
そこから出てきたゾンビどもに剣を向け、突撃した。
* * *
鎧袖一触。我ながら、そう表現したい。
ゾンビは頑強で力もあるが、動きが鈍いし所詮は『Dランク』。腐乱死体めいた姿に気が滅入るが、十分ほど斬り捨てていれば慣れてくる。
というか、多すぎて一々気に病んでいる暇がなくなってきた。
「多くない!?流石に多くない!?」
もしかして三ケタぐらい既に倒してないかなぁ、三人合計で!
「『氷牙』!」
雪音の放った氷の槍がゾンビ数体もろとも、付近の家屋を氷漬けにした。
「家屋がある限り大量に出てきます!できるだけ建物も巻き込む様に攻撃を!」
「了、解!」
もはや剣を振るう間も惜しいと、ただ突っ走るだけでゾンビどもを蹴散らしながらその辺の家に斬りかかる。
これでも『筋力:A』。破壊力だけなら対物ライフルを凌駕する。ボロボロの木造住宅など、一刀で吹き飛ばせた。
それはそれとして全身についた腐った肉片と血がマジできつい!だからこういう轢き逃げアタックはいやなのに!
氷が、石の槍が、そして鋼の刃がゾンビもろとも建物を蹂躙すること更に五分。
三十以上の家屋と、数えるのも馬鹿らしいゾンビどもを破壊しつくした。これ、たぶんカメラ確認しても把握しきれない数倒してるわ。損した気分。
その辺に散らばる、ドロップ品の『粗悪な金貨』数枚を回収してため息を一つ。これ、一枚で千円だから微妙なんだよなぁ。普通に金貨として扱うのは金相場が危ないし、そもそもこれは混ざり物だらけだから溶かして対モンスター用の武器にするとか、聞いた事がある。
銃弾にでも加工するのだろうから、一個一個そんな値段はつかない。そもそも含まれている魔力も少ないしな、この金貨。
一応、ダンジョンに入る前にストアで自治体が出しているクエストは受けている。報酬はゾンビ百体の間引きで五万円。相場より安い上に、『百体ごと』ではなく『百体で』だから、それ以上の数を討伐しても報酬は増えないけど。
このダンジョン内ほどではないが、『過疎』の二文字が浮かぶ町の様子を移動中見た身としては、しょうがないとも思う。
剣を杖にしたい気持ちを堪え、遠くに見える他の区画とを遮る木の門からレイラを守る様にして立つ。その間、彼女がステッキを地面に当てて地面に魔力を流し込んでいた。
「……この辺にマンドレイクはなさそうですね」
「そっかー」
残念だが、仕方がない。他の区画にいくかぁ。
このダンジョンは見た目こそ迷宮感がないが、実はこの村の区画が一つの部屋なのだ。
木の柵が壁であり、あの門が扉。柵や門を飛び越えようとすると、不可視の壁にぶつかる……らしい。
門の前までいき、二人に少し下がってもらってから剣を振りかぶる。
こっそり入って、というのはこの門だと難しい。薄汚れているが頑丈そうな見た目だけあって、開ける時かなり音が出る。その音なのか、あるいは特殊な魔力でも出ているのか。ゾンビどもが反応して出てくるわけだ。
だから、隠れていけない代わりに速攻で叩き壊す。何もかもだ。
「お、らぁ!」
『魔力開放』
暴風を纏った刀身で門を粉砕し、勢いそのまま突っ走る。
魔力の風を振りまき、それに若干振り回されながらも家々や食糧庫めいた建物を破壊してまわった。
半分ほど吹き飛ばしたあたりで、またぞろぞろとゾンビどもが出てくる。
そこにすかさず氷と石の槍が飛んでいき破壊していくが、それよりも出現スピードが速い。
不人気ダンジョンが、どうあっても不人気なわけだ。間引きが碌にされないから、戦いたくないモンスターがこうして大量に現れる。
放出する魔力を止め、数十体はいるゾンビどもに剣を向けた。
「主様、御気分は大丈夫ですか?」
「罪悪感はないけど気持ち悪い」
レイラに率直に答え、うめき声と共に突っ込んできたゾンビどもに斬りかかった。
人型とかもうどうでも良くなってきた自分がいた。
* * *
「ぜぇ……ぜぇ……」
もう本当に嫌になる。
肉体的には問題ないが、精神と魔力がちょっと辛くなってきた。
三つの区画を蹴散らして、手に入ったのは金貨が十数枚。マンドレイクは未だ見つからず、ゲートも同様だ。
「大丈夫ですか旦那様。氷水を」
「ありがとう……」
兜を解除し、雪音が出してくれた氷のコップを受け取る。あ~……染みわたるぅ。
「この区画も……いえ。この先の区画からマンドレイクの反応があります」
「え、マジで?」
「はい!」
ニッコリとほほ笑むレイラに、こちらも笑みを浮かべた。いやぁ、これでとりあえず目標はクリア。あとは回収してゲートを見つけるだけ。
……前回はそのゲートの発見にクッソ時間かかったけど。
っと、まだダンジョン内。油断は禁物だ。剣を握りなおし、門の前へ。
一度だけレイラ達を振り返り頷いてから、『魔力開放』。門を破壊し、中へと踏み込んだ。
――そこは、今まで通って来た廃村とは雰囲気の違う場所だった。
蔦が巻き付いた教会。広場の様な場所に建つそれは、十字架が砕け地面に散らばっていた。周囲に並ぶ家々は他の区画同様に朽ち果てる寸前で、家としての原型を辛うじて留めているだけ。
そんな広場の中央。教会の前には、ぽつんと人影が一つ。
全身をすっぽりと覆う黒いローブ。手には身の丈ほどもある木製の杖が握られている。
その装いは魔法使いの覚醒者達と同じだが、しかしフードから覗く顔を見ればそれが人間ではない事が一目でわかるだろう。
腐った肉と皮が張り付いただけの顔。眼球を失い鼻も削げ落ちた様なそいつは、しかし口角を上げて侵入者に杖先を向けるのだ。
『リッチ』
使い手の少ない『黒魔法』を使うモンスターであり、グールを始め自分より下位のアンデッドを操る事の出来る『D+』ランクの敵。
杖先に灯った黒い光は、『魔力開放』で加速した自分にしっかりと照準が定められていた。あの扉から僕達が来ると、察していたのだろうか。
常人であれば全身から血をまき散らして死ぬだろう呪詛が、放たれる。
「そぉい!」
まあ効かんのだが。
普通に『抵抗』で弾き飛ばし、思いっきり斬りかかる。眼の前で黒い光という奇妙な物がはじけたせいで軌道が鈍った。僅かに、地面から突然湧いてきたゾンビどもの肉壁に阻まれる。
『■■■……!』
意味の分からない言語を放ち、廃教会に逃げ込もうとするリッチ。たしか、市役所のホームページだと奴がそこに入った場合ランダムで別の区画に逃げられるんだったか?
そうはさせじと、魔力を纏った剣で肉壁を纏めて吹き飛ばす。開けた射線に、自分の背後から二本の槍が同時に放たれた。
「『ファイヤージャベリン』!」
「『氷牙』!」
廃教会の扉を突き破った炎の槍は内部を燃やし、氷の槍は壁に突き刺さるなり壊れた扉もろとも前面部を凍らせる。
退路を断たれたリッチの背を、自分の剣が捕らえた。
一刀両断。袈裟懸けに肉体を真っ二つにされたリッチが地面に倒れるなり、念のため頭部を踏み砕いておく。
「さて、と……」
足元で粒子に変わっていくリッチをよそに、周囲を見回す。
そこでは、続々と家々からゾンビどもが出てくる所だった。
あいにくとゾンビはダンジョンに強く紐づけられたモンスターだが、それでも独立した存在。悪い魔法使いを倒したら解決とはいかないわけだ。
この区画にあるマンドレイクの回収の為にも、こいつらを掃討しなくては。
……これ、ゾンビ狩りには慣れたけど、人に襲われた時の練習になんのかなぁ。
* * *
午前午後、それぞれ二時間半の探索で計五時間。回収できたマンドレイクは三本。討伐報酬は10万と1,700円。そこにクエスト報酬で5万円に、売り払ったドロップ品の金貨十五枚で1万5千円が加わる。
合計で166,700円。高校生の稼ぎとしては、まあ十分とはわかるんだけどなぁ……。
マンドレイクを売らずに回収したとは言え、絶対カメラで記録できたのより倍は倒しているから、損した気分である。
それでも、ストアにいた市役所の人がやたら喜んでいたのが救いと言えば救いか。
……それはそれとして二度とこねぇけどなこのダンジョン!
モンスターを倒し、ダンジョンも出たので体にこびりついた腐敗臭の凄い血肉は消えてなくなったが、どうにも違和感が凄い。まだ臭っている気がする。
ストアのシャワーをちょっと長めに浴びてから、帰りの電車に乗るのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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