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閑話 緒方勇祢の日常

閑話 緒方勇祢の日常


サイド 緒方 勇祢



――これが夢だと、すぐに気づいた。だって、あの日からずっと見ているものだから。


 松明だけが照らす地下迷宮。あの日私達が取り込まれた、怪物の檻。


 駅で有志を募り、最初は三十人ほどで始めた『間引き』。しかし一人、また一人といつの間にか『被害者』達とはぐれてしまった。


 私がその原因に気づけたのは、十人が消えた後。そして、対処が出来たのは二十人が消えた後。


 残った十人とどうにか固まって行動して、スパルトイを倒していく。


 強敵である竜骨の怪物を、しかし即席とはいえ巧みな連携で倒していった。行方知れずとなった者達を探しながら、私はしかし、高揚感を覚えていたのだ。不謹慎と自覚しながら、それでも抑えきれなかったのである。


 絶望に打ちひしがれる市民。周囲を囲う化け物共。同じ警察官である部下は怪物共の存在と、助けと不安のはけ口を求める市民の視線に恐怖して声を上げる事もできず。


 誰もが俯く中で、警察だと身分を明かし、解決策を提案した私。まるでそう、物語の英雄の様だった。


 私以外の覚醒者達も、途中から浮かれていた。自分達ならやれる。この事態を解決できるのだと。今思えば、そう思わなければまともに動けなかったのだろう。


 けれど、私の後輩は……同じく覚醒者の後輩は、その時も酷く怯えていた。


 そんな後輩が、まだ新婚だった事を知っている。だって、その結婚相手は私の友人だったから。


 他の覚醒者にまだ警察だと知られたくないらしい後輩に、こっそりと小声で『絶対に生きて帰してあげるから、しゃんとしなさい』と励ましたのを、覚えている。内心で、『臆病者』と見下しながら。


 夢を見ながら、この後の展開に目をつぶりたくなる。だが、それはできない。私は見なければならない。己の愚かしさが招いた悲劇を。


 さあ、来るぞ。『本当の怪物』が、死を振りまきにやってくる。



『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』



 牛頭の怪物。ミノタウロス。突如壁を突き破ってきたそいつに、まず二人殺された。


 状況が飲み込めないうちに次々と潰されて、後輩と二人だけになった所でようやく脳が動き出した。


 そこから先は必死だった。死んだ者の仇を獲ろうとしたのか、それともただ命の危機を感じていたからなのか。無我夢中で斬りかかった。


 私の細剣では奴の頑強な肉体を傷つけられず、後輩の六角棍はそもそも当たらない。


 それでも、小さい頃からやっていたフェンシングの太刀筋と警察学校で覚えた剣道の足さばきを混ぜた動きでもって怪物を翻弄。回避に徹しながら、勝機を見出した。


 眼球。そこならば私の攻撃でも通ると確信する。事実その方法なら大きな痛手を負わせる事ができたのだろう。



 だからこそ、怪物はようやく『遊び』を終えたのだ。



 左腕を盾に最速最高の一撃を叩き込もうとした近づいた瞬間、奴の体毛と角が輝いた。遅れてバチリという空気の弾ける音と、突き出していた左腕に激痛が襲う。


 自分がどんな絶叫を浴びたのかもわからない。痛みで動けない所をミノタウロスが襲い掛かり、黒焦げになった左腕に噛みついた。


『た、たすけ、い、いやっ―――ごべっ』


 そのまま振り回され、壁に叩きつけられる。痛みと衝撃に眩暈がし、意識が飛びかけるも壁に寄りかかりながら立ち上がった。そして、左手の異常に気付く。


『あっ……うそ……』


 壁に叩きつけられた衝撃で潰れた左目。半分以下になった視界故に気づくのが遅れた、左腕の喪失。


 のろのろと怪物に視線を向ければ、干し草でも食む様に黒焦げの腕をかみ砕いている所だった。


 覚醒者は頑丈だ。それこそ、腕が千切れようがすぐに失血死する事はない。動けるのなら、死なない。


 利き腕である右腕も剣も無事であり、私の戦闘スタイルは捕縛する時以外ほとんど左手を使う事もなかった。


 だからまだ、戦える。その状態で私がやった事は。


『ひっ、あ……!』


 口をつぐみ、じりじりと距離をとる事だった。剣さえ取り落として、壁を這いずる無様な姿をさらす。


 死にたくない。それしか頭になかった。戦う意志も、市民を守るという覚悟もない。ただの、『臆病者』。


 ミノタウロスが、私に斧を向けてきた。その恐怖に腰が抜けかけた時、怪物に殴りかかった若者がいる。


『先輩、逃げてください!』


 私が臆病者と見下していた、後輩だった。


 彼はミノタウロスを引き付ける様に戦い、徐々に誘導しようとしていたのだ。


 更にはダンジョンの道がその配置を変えていき、怪物と後輩は完全に私の視界から消えた。


 それに……私は心の底から安堵する。あの後、彼がどうなるかなど想像に難くないはずなのに。自分の命だけを惜しんだ。


 私が、彼らを死地へ連れて行ったのに。


 傷口を押さえ、悲鳴を堪え、ただひたすらに隠れた。ミノタウロスから、スパルトイから、他の、『被害者』たちから。


 そうして私が怯えて隠れている間に、事態は解決する。いつの間にか出血のあまり気絶していた私が次に目を覚ました時、病院のベッドの上だった。


 両親には涙ながらに生還を喜ばれ、医者は生きているのが奇跡だと称えてくる。それでここがようやく安全な所だと理解して……。


 その時になってようやく、他の者達の安否を考えるようになった。


 なんともまあ……醜く浅ましい卑怯者なのか。自分で自分を殺したくなる。


 私の疑問に答えてくれたのは、様子を見に来ていた直属の上司だった。


 彼に教えられた、死者行方不明者の数。そして、後輩の遺髪と遺品が回収されたとも伝えられる。


 頭が真っ白になった。私のせいだ。私が、愚か者だったからいけないのだ。


 どうして英雄になどなろうとした。分不相応にも己を過信し、あまつさえ市民の命を守る立場にありながら彼らに戦いを強要した。あの状況で、断る事がどれだけ難しいか簡単にわかるはずなのに。


 私は、罰せられるべき罪人だ。


『貴女が背中を押してくれたから、私も妹も生きて帰れました』


 やめろ。


『まあ、正しい判断だったんじゃないっすか?』


 やめてくれ。


『ご自分を責めないで下さい。あの時俺達を奮い立たせてくれた貴女は、正しくヒーローでした』


 お願いだから……。


『あの時、貴女が言った事は間違っていなかった』


 私を、認めないで。



*   *   *



「っ………!」


 暗い天井が視界に飛びこむ。見慣れたそれを、実家のものだと理解するのに数秒程かかった。


 雑誌記者が借りていたアパートにやって来ていて、他の住民の迷惑になるからとこっちに来たんだった。警察になってから帰っていなかったからか、自室なのにどうにも違和感がある……。


 ぼうっとする頭で体を起こそうとして、左側にバランスを崩す。そうだった、左腕。ないんだっけ。


 眠れたのは三日ぶりだったから、どうにも頭が鈍い。


 右腕で掛け布団をどかし、手を使わずに立ち上がる。役立たずの錠剤が散らばる机の横に置かれたケースから義手を取り出し、左二の腕の半ばに手術で作られた接続部に装着。


 神経が繋がる不快感と刺す様な痛みを堪えながら、軽く握って感覚を確かめた。


 相変わらず触覚や熱はないが、動かす分には問題ない。寝汗でシャツが気持ち悪いと思いながら、ペタペタと洗面所に向かった。


 電気をつけて、睡眠時用の眼帯を外す。鏡の向こうには、酷い顔の私がいた。


 ぼさぼさの髪に、クマのできた右目。よれよれのシャツに下はショーツのみ。自堕落ここに極まれり、か。


 ……夢の終わりを思い出しながら、バシャバシャと顔を洗ってタオルで拭う。


 生き残った覚醒者達。その全員に会いに行って、全員にあの時の私を肯定されてしまった。


 そして、後輩であり部下でもある彼の妻……私の、友人からも。


『――勇祢さんが気に病む必要はありません。あの人は、最期まで警察官として戦った。それだけなんです。どうか、たくさんの人達を救った事を誇ってください。夫の死が、無駄ではなかったのだと』


 責めてほしかった。お腹の中にいる二人の子供の為にも、夫が生きて帰るべきだったのだと。私なんかではなく、あいつが帰るべきだったのだと、罵ってほしかった。


 私を賞賛する者全てに、声を大にして否定したい。


 されど、批判の声を受け入れればあの時死んだ者達はどうなる?無駄死にだとでも言うつもりか。


 私だけを、否定してくれ。私だけが悪いんだ。


 この前会った少年を思い出す。ミノタウロスを倒したという、大川京太朗を。


 あの、まるで敬意を払うべき相手に向ける様な瞳。寒気が走った。私は、そんな目を向けられるべき人間ではない。


 真実を語りたい。私はただの臆病者だと。だが、記者に語ればその記者はいずこかへ消え、上司に話せば『ここでその様な事を言えば社会に更なる混乱を招く』と更にその上から止められた。


 私は……英雄なんかでは、ないのに。


 吐き気を覚えながら、のろのろと鏡を見る。


 鏡に映る、黒々とした瞳。


 右目だけを開く私を、鏡の中の私は左目で睨みつける。殺人鬼に対する、憎悪と侮蔑の瞳。


 そうだ、それでいい。私が向けられるべきは、『それ』だ。


 タオルを首にかけて、庭に向かう。幸い田舎にあるこの実家には庭があった。この時間なら近所迷惑にもなりづらいし、マスコミも最近はこっちまで来ない。


 時刻は午前三時。汗をかいているのなら丁度いい。このまま剣の素振りをしよう。疲労で気絶する事で眠りにつけると、最近の経験でわかった。


 私はあの時死ぬべきだった。誰がなんと言おうと、それだけは曲げられない。


 故に、次は正しく死ねるように刃を振るわねばならない。技を磨かねば。生き残ってしまったこの魂を、きちんと使い潰せるように。


 休息は、この命を燃やし切った後でいい。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


この少し後に、第二十八話を投稿させて頂きます。そちらも見て頂ければ幸いです。


Q.役に立たない薬って?

A.彼女をはじめ『耐久』の高い覚醒者は薬物にも耐性があるので、抗うつ剤や鎮痛薬、睡眠薬を常人基準の量服用してもなんら効果がなかったりします。




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― 新着の感想 ―
[一言] >自堕落ここに極まり、か。 れが抜けてる?
[気になる点] 緒方さん、なんか覚悟決めた人風にしてるけど… 自分が煽るだけ煽って一般人覚醒者達の逃げ道塞いで戦わせた挙げ句、自分は逃げて隠れて生き延びたって事実をちゃんと公表してるんだろうか?それを…
[一言] うん、まぁ、頑張って生きてとしか……実際スパルトイしか居なければ皆で脱出出来てただろうし運が無かったんですかね
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