第二十五話 緒方勇祢の罪
第二十五話 緒方勇祢の罪
サイド 大川 京太朗
花園加恋の勧誘を受けてから明日で一週間となるが、今の所平和である。だが、そんな自分をよそに世の中は色々と動いていくわけで。
クラスでは女性関係で停学くらったらしい相原君の件でもちきりだったが、世間では物価の高騰や警察や政府に対する批判で一杯だった。
『海外からの輸入品が軒並み値上がりしちゃって大変ですよ。日本って覚醒者多いんでしょ?いっそ海外のダンジョンで働いて穀倉地帯とか守ってほしいですね』
『覚醒者の犯罪が増えてきて本当に怖いです……この前も近くの中学校を覚醒者が覗いていたって……そうなんです。異能とかいうので』
『警察はもっとしっかりしてほしいよ。覚醒者もダンジョンも、どっちにも対処できてないんだからさぁ』
『もっと被災地への支援を充実させるべきなんですよ!そんな冒険者とか警察の装備に金かけている余裕があるんだったらさぁ!』
『いっそ、覚醒者をダンジョンの周辺に住まわせるというのはどうでしょうか?いえ、もちろん志願者だけでね?ダンジョン周りの土地は安くなっているらしいし、丁度いいじゃないですか』
等々。まあ色々言われているわけだが……。
そんなの関係ねぇ!ダンジョン探索の時間じゃぁ!
本日、五月ももうすぐ終わるこの頃にようやく心療内科への受診が終わりを迎え冒険者活動を再開できるようになったのだ!
長かった……まさか通院中はダンジョンに入っちゃダメだとは。
明日は緒方さんと会う予定だし、ダンジョンには行く時間がないかもしれない。半日だけでも、今日のうちに潜っておかなくては。
向かう先は、溶岩のダンジョン。例のサラマンダーが出る所だ。
両親は僕がまたダンジョンに行くのに渋い顔をしていたが、個人的にはあそこでダメならマジで引退ものなので早いうちに確かめておきたい。
まあ、一番の理由はもっと即物的というか……現金な話なのだが。
ともかく。個人的には心身ともに大丈夫だけど、冒険者としてまたやっていけるかの確認も含めた探索が必要なのだ。
「主様、本当に大丈夫なのですか?」
「うん。たぶんいける」
「ならばこのレイラ。誠心誠意お守りさせて頂きます」
「え、ああ、ありがとう。けど程々でいいからね?」
「お任せください!」
「いやお任せくださいじゃなく、そっちも自分の身を……」
「頑張ります!」
「あ、はい……」
何やらレイラがやる気に満ち溢れている。いったいどうしたというのか。
そんな彼女に疑問を抱きながらも、ダンジョンを進んでいく。
と言っても、一度来た事があるし戦い方もわかっている。前回みたいなハプニングもないし、ランクの差もあって特に語る事もなく探索が続く。
溶岩から飛び出すサラマンダーを下からすくい上げる様にして首を刎ね、少し遠くから火球を撃ってくる奴にはレイラが石の槍を放って仕留めていった。
坂道も多く曲がりくねった通路。その上両側は溶岩を魔力で再現したものと、お世辞にも探索しやすい環境ではない。それでも、意外と慣れてくるものだ。
唯一きついのはダンジョン内の温度だけ。覚醒者でも兜の下で汗をだらだら流すぐらいなのだから、常人だと魔力濃度以前に体調を崩すと思う。
……それにしても、今日はレイラがやけに魔法を使っている気がした。なんというか、何かを試している様な?
石の槍を放ったり地面から杭を出しては、少し首を傾げたり思案する様に黙り込んだり。
そんな様子に疑問こそ抱くが、探索そのものは順調と言っていい。二時間ほどの探索で、サラマンダーの魔石を一個手に入れる事ができたのだから。
「よっしゃぁ!」
思わずガッツポーズを決めて、魔石をアイテム袋にしまう。いやぁ、ドロップアイテムが出た瞬間って脳汁がどばって出る感覚するわぁ。なんせこれ一つで数十万の価値があるのだから。
冒険者デビューからもうすぐ二カ月。たったそれだけの期間で百万円以上も稼ぐ高校生なんて、そうはいないだろう。
……少しずつだが、低ランクのドロップ品は値下げの影が視えてきたのだ。今のうちに稼いで、貯金しておかないと。
それこそが早めに冒険者として復帰したかった理由である。値下げが始まったのはまだほんの一部だが……相場が下がれば当然皆今のうちに売りさばけとなり、市場に物があふれて結果的にまた下がる……と思う。
世の中何が起きるかわからない。貯金をできるうちにしておきたかった。
「さて、と。そろそろゲートを見つけたら帰るって感じでいいかな?」
「……はい、よろしいかと」
少し間を置いて返事をしたレイラが、何やらやる気に満ちた笑みを浮かべる。
「主様、提案があります。その魔石を私にお預けください。ある魔道具を作ります」
「え?」
レイラの言葉に首を傾げるが、彼女が考え無しにそんな提案をしてくるとは思えない。
任せても問題ないとは思うが、用途は気になった。
「別にいいけど、何に使うの?」
「前に、駄騎士さんの動画で紹介されていた事を実行するのに必要な物です」
「……え、まさか」
頭に、あのビキニアーマーな投稿者が数日前にあげていた動画を思い出す。
人権団体からのクレームがかなりあって一日ほどで消されたやつだが、内容が内容だけにあっちこっちに転載されていたし僕自身も記憶にとどめていた動画。
「け、けどあれは流石に……『レイラに悪い』し」
そうなのだ。個人的には正直心惹かれる動画だったが、それはそれ。
人権団体が顔を出すのもわかるぐらい倫理的にも少し怪しいし、何よりレイラを裏切るようで心が痛い。そのため、前に彼女がこの動画と同じ事をしようと言ってきた時は反対したのだ。
「主様が私に対して不要なご心配をなさっている事は理解していますが、先のミノタウロスの一件で戦力の不足は痛感なされたはず。生存の為にも、合法の範囲内で手段を選んでいる余裕はありません」
「け、けど今後はあんな危ないダンジョンに近づかなければいい話で……」
「あの時、主様は自らの意志で『クレタのダンジョン』に入りましたか?」
「それは……」
「もはや、世界のどこでアレと同じ事が起きてもおかしくはありません。戦力の増強こそ急務。手始めに大きく火力を引き上げられる『あの手段』が有効かと」
レイラの言っている事は、間違っていない。
あの時みたいに、交通事故みたいな唐突さで高難易度のダンジョンに放り込まれる可能性があるのが、『神代回帰』後の世界である。
前に、テレビで新宿の氾濫を『災害』と称していたコメンテイターがいた。正にそうだ。ダンジョンの氾濫は災害に等しく、回避しようにも難しいし完璧な予知にいたっては不可能と言っていい。
僕の魔眼は未来を視えるが、それだって限定的だ。ダンジョンの氾濫までは読めなかった。
だが、それでも……いやしかし……。
「その……レイラはそれでいいの?」
「はい?」
「こう……あれをやると……こう、嫉妬とか」
「しっと?……ああ」
何かに納得したようにレイラが手を叩く。
「何度も言いますが、私にそういった気遣いは不要です。きちんとしたツガイにしてあげてください」
「えぇ……うーん」
剣を肩に担いだまま考え込み、数秒してダンジョン内で悩むのは流石に危ないなと思いなおしてやめておいた。逃げとも言う。
「一端、保留で」
「かしこまりました。しかし、『例の動画』を再現するのに使う魔道具は応用性の高い物。製作のみはやっておきたいのですが」
「……わかった。それなら」
「はい!お任せください!」
とりあえずそういう事にして、今日の探索を終えるのだった。
* * *
サラマンダーのダンジョンに行った翌日。レイラが家で魔道具を作ってくれている間に、自分は約束のあった喫茶店へ来ていた。
……なんで東郷さんといい緒方さんといい、待ち合わせを喫茶店にするのか。公務員だと鉄板なの?
そんな事を考えていると、カランと音がなって喫茶店のドアが開かれる。
派手な金髪にグラサン。なのに下はタイトスカートのスーツ姿というちぐはぐなその出で立ちは、事前に電話で聞いていた通りだった。
窓際から一番はなれた席に座っていた自分を視て、その人がツカツカとやってくる。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「いえ、自分も来たばかりですので」
立ち上がって会釈をする僕に、スーツ姿の女性はカツラとグラサンを外して申し訳なさそうに頭をさげてくる。
左目を眼帯で覆った女性、緒方勇祢さん。ミノタウロスの一件で、警官と名乗り出て剣を掲げた人である。
「呼び出してごめんなさい。本当は家の方に行ってご家族も交えて説明と謝罪をすべきなのに……」
「いえ。緒方さんの御事情は多少ですが知っているつもりですから」
この人を追っかけてマスコミが家に来たらそっちの方が困る。
そろそろあのニュースも下火になってきたが、それでも騒いでいる人達はいるのだ。遺族でなくとも不安や心配から声をあげるのはわかるが、面白いからと声を大にするのはどうかと思う。
こちらの言葉に緒方さんは苦笑を浮かべ、椅子に座りながら姿勢を正し改めて頭をさげてきた。
「何よりもまず、最初に言わせてください。あの時、貴方を戦いに連れ出した事を深く謝罪いたします。警官として、恥ずべき選択でした」
「……謝罪のお気持ちは、しかと受け取りました。どうか顔をお上げください」
できるだけ落ち着いた声音で返す。
あの時の事、思う所がないわけではない。なんせ一歩間違えれば死んでいたのだから。だが、自分にとっては過ぎた事。二度とやらねぇとは思うが、彼女を責めようとも思えない。
何より。結果的にだが、あの行動が最善だった。あのまま駅のホームで燻ぶっていたり、僕だけダンジョン内を歩き回っていたりした方が死んでいた可能性が高い。そうなっていたら、犠牲者の数もケタが一つ増えていたかもしれないのだ。
「貴女は間違ってはいなかった。僕はそう思います」
「ありがとう。そう言ってもらえると、少しだけ心が軽くなるわ」
少しだけ力なく笑う緒方さんに、こちらこそ頭が下がる思いだ。随分と、貧乏くじを引かされる人だなと。いっそ自分は悪くないと開き直れたらもっと楽に生きられるだろうに。
「謝罪の品ってわけじゃないけど、今日は好きな物を注文して。マスター?いいかしら」
「はい、今メニューをお持ちします」
彼女が『左手』を掲げてマスターを呼ぶ。
黒い革手袋に包まれたそこからは、僅かに金属音がした気がした。
緒方さんはあのダンジョンで左目と一緒に左腕も失ったと聞いたけど……などと考えていると、彼女はこちらの視線に気づいたようで軽く手をふってきた。
「これは義手よ。ゴーレム技術とかいうやつの、試作品らしいわ」
そう言って緒方さんが手袋を外すと、下から機械……いいや、ゴーレムとやらの義手が出てきた。
アニメでしか見ない滑らかに動く金属のそれに、思わず目を見開く。
「……本当は辞表を出してやめるつもりだったんだけど、受け取ってもらえなくってね。これを付けてでも働けって。どこも人手不足よねぇ」
苦笑を浮かべながら上司の軽い愚痴でも言う様に喋るが、それ、かなり酷なのでは……。
思わず顔が引きつりそうなった所へ、マスターがメニューを持って来てくれた。
「あまり若者を困らせてはなりませんよ、ミス」
「あら、私だってまだまだ若いつもりですよ。マスター」
「はっはっは」
「……その笑いはどういう意味ですかねぇ?」
「はっはっは。ご注文がお決まりになりましたら、またお呼びください」
笑いながら去っていくマスター。随分と緒方さんとは親しそうだった。
「ここのお店には学生の頃よく通っていてね。マスターは信用できる人だから、素顔もコレも見られても大丈夫なの」
「は、はぁ」
義手に手袋をはめ直しながら、緒方さんが視線をこちらに向けてくる。
「それで、どう?ここの鉄板ナポリタンはお勧めだけど?」
「あ、いえ。ご飯は済ませてきたので、ジュースだけ……」
「遠慮しなくていいのに。高校生なんだからもっとガッといったら?ガッと」
「いえ、本当に今はお腹いっぱいなので……」
「そう?なら、飲み物だけにしておきましょうか。マスター!注文ー!」
「それほど広い店ではないのですから、そう大きな声でなくとも聞こえますよ」
「ごめんなさい、つい癖で」
苦笑いを浮かべるマスターに、緒方さんが気まずそうに目を逸らす。
……たぶん、これが彼女の素なのだろう。だからこそ、快活に笑うその姿に武骨な眼帯は痛々しく思えた。
「さて……謝罪はもういいという事なら、あの事件についての説明をしなきゃね。君には、その権利がある」
「……お願いします」
紅茶を飲みながら、彼女はぽつぽつと言葉を吐き出していく。
「まず、あのダンジョンのゲートは地下鉄の古いホーム。使われなくなって久しい所の、隅っこにあった事が先日判明したわ。現在、ストアの建設が予定されているところよ」
廃駅。それも地下か……そりゃあ誰も見つからないはずだ。点検に来る人はいるだろうけど、それでも場所次第では。という事か。
「見つからなかった原因として、地下街に出店予定のデパートや自治体。そして鉄道事業者の間で、管理について揉めていたらしくてね。最近までまともに調べられていなかった……というのが『今の所』知らされているわ」
「今の所?」
随分と含みのある言い方だ。
「……これはあまり大声で言えないけど、あのダンジョンは『神代回帰』後にできた可能性がある」
「……噂では、そういうの聞いた事がありますけど。本当なんですか?」
「確定ではないわ」
否定もしない、と。
大半のダンジョンは、『神代回帰』直後に出現したとされている。だが、あれが出来る原因は龍脈にある。そしてそれは今も大地に流れているのだ。
ならば、そこから噴出した魔力が新たなダンジョンを作っていてもおかしくはない。そういう書き込みが、魔法使い達のスレッドで度々出てくるらしい。
いついかなる時、唐突に自宅の玄関にダンジョンへのゲートができるかわからない。そんな時代が、来てしまったのだ。
「……二つ、お聞きしたい事があります」
「どうぞ。どんな内容でも答えるわ」
「ありがとうございます。一つ目。政府は、これからも増えるだろうダンジョンにどの様な対応を?」
「……ごめんなさい。私の立場では知る事ができない情報よ。けど、たぶん効果的な対策はできないと思う。できて対症療法って所じゃないかしら」
「そう、ですか」
だよなぁ、としか言いようがない。
これをどうにかしようと思ったら、それこそ国家規模で龍脈の操作でもしないといけないんじゃないか?それでもどうにかなるか怪しいけど。
「二つ目。貴女は、これからどうするんですか?こっちはただの興味本位です。答えて頂かなくても、構いません」
「なんでも答えるって言ったでしょ?そうね……戦い続ける。その予定よ」
「それは……」
思わず、視線が彼女の左目と左腕を順に見てしまう。
こちらの言いたい事を察したのだろう緒方さんが、義手で眼帯を押さえた。
「元々、警官を止めても冒険者になる予定だったわ。それがあの時、君達を『死なせた』私の責任の取り方よ」
「あの時、貴女が言った事は間違っていなかった。それに、僕は『生きています』」
「ごめん……けどね。私は、そうは思えない。思い上がっていたのよ……自分が昔みた物語の主人公になったんじゃないかって。そんな風にね。行動すれば、良い結果が返ってくる。そんな風に思い込んでいた」
「そんな事……」
「こちらの眼に、毎晩うかぶの。あの日、私が死なせた子達が。『クレタの氾濫』で亡くなったのは、覚醒者25人。そして、駅にいた人達が224人。この十字架を、忘れるわけにはいかない。なのに……私は、忘れるどころか覚えきる事すらできていない」
「当たり前でしょう。合計したら249人でしょう?そんな数、半月そこらで」
「……ごめんなさい。被害者に話す事では、なかったわね」
紅茶を飲み干して、緒方さんが笑う。
「……よし!この話は終わり!」
ぱちんと手を叩いて、彼女は伝票を持って立ち上がった。
「若者が考える事なんて、遊びと恋愛だけで十分よ。今日聞いた事は忘れちゃいなさい。かわりに、私が覚えていく」
「……先ほど、ご自分で自分も若いと言っていたでしょうに」
「あら、一本とられちゃった。けど生意気よ、マセガキ」
伝票の板で軽くこちらの頭を叩いてから、緒方さんは会計に行ってしまった。
叩かれた額を撫でてから、ジュースを口に含む。
「……大人って、大変だなぁ」
カランという音を聞いて、天井を見上げる。
……聞きたい事は聞けた。なら、切り替えよう。そもそも、ここから先は僕の領分を超えている。何より、他人の人生を背負おうとするほど善人ではないつもりだ。
だから、一番重要なのは『どこにダンジョンのゲートが出来るかわからない事』。
物騒な時代。そんな言葉では済まされない世の中が来てしまったのだ。
小学生の頃は『格好良く戦って死ぬ自分』なんて妄想をした事あるけど……今は、絶対に死にたくない。それほどに充実している。
だからこそ、死なない……いいや、『生きる』ためにはどうするか。
「やるかぁ……」
レイラの提案。あれを受けよう。人としてどうかと思うが、背に腹は代えられない。
……これは絶対に口にしないけど、役得と思ってしまった自分もいる。我ながら結構下衆なもんだ。
前に見た駄騎士さんの動画タイトルを思い出す。
『ドキドキ☆誰でも雪女と契約できちゃう必勝法!~その手に掴めおとぎ話のチョロインを~』
……もうちょっとどうにかならなかったのだろうか、動画のタイトル。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.義手隻眼な人に剣持って戦えは上司の人酷くない?
A.上司の人
「だって放っておいたら何も考えず義手もなしでダンジョンに突撃して死にそうだし……どうせ戦うのを止めないなら、せめて手綱は、ね?」
Q.世論さぁ、覚醒者をなんだと思ってるの?
A.この世界のマスコミ
「この方が視聴率稼げるんで!モンスター?なぁに、どうせ誰かが上手い事やるでしょ!」
海外勢力
「そこにガソリンをどーん!もっと炎上しろぉ!強い覚醒者の皆さん!こっちなら大歓迎ですよ!」
英国紳士
「平和だなぁ……」




