第二十二話 迷宮の主
第二十二話 迷宮の主
サイド 大川 京太朗
慎重にダンジョンを進んでいく。すると、松明の下で誰かが倒れているのが視えた。
「あれは……」
「あまり見ない方がよろしいかと。それと、不用意に近づかないでください。どこかから敵が狙っている可能性があります」
近づこうとした所を、レイラに止められる。
彼女の声音で、あの人の状態を察した。
「……もう、既に?」
「亡くなっています。魂がありません」
「そう、か」
倒れ伏す死体から、どうにか視線を逸らす。
いやになるな、本当に。グロいゲームとかもやった事あるけど、現実はこんなにも生々しい。いいや、リアルなんだから当たり前か。
T字路の角で倒れている死体に、ゆっくりと近づく。そして、その辺の壁にあった松明を引き抜いて放り投げた。
瞬間、一本の矢が投げられた松明を空中で射貫く。弓もちまでいるのかよ!
角から飛び出し、射手を目指す。視界には槍もちが一、弓持ちも一。計二体。
弓持ちを守る様に、片方のスパルトイが槍を突き出してくる。それを魔眼で回避し、踏み込んで剣を切り上げた。
魔力は使わない。これ以上は、本当にガス欠をおこす。
下顎を打ち上げ、次に袈裟懸け。相手の首にビシリとヒビが入った。だがこちらの攻撃を止めようと、弓持ちが矢をつがえている。
味方に当てない自信があるのか、それとも誤射など考えていないのか。どちらにせよ、矢が放たれる寸前。
「はっ!」
『カカッ』
レイラが振り下ろした剣が、弓をへし折った。
驚くほど流麗な剣技で、無手となったスパルトイに彼女が斬りかかる。それを傍目に、槍の内側でひたすらに攻撃を叩き込んだ。
切っ先の方を左手で掴んで、リカッソ部にある第二の鍔で相手の鼻先を殴って怯ませると、脚を踏みながら柄頭の横殴り。
バランスを崩した所で剣から両手を放して掴みかかり、押し倒しながら右手でダガーを引き抜いた。
「おらぁ!」
逆手にもったダガーを顔面に深々と突き立てる。ギシリと動きが止まったので、二度、三度と振りおろした。
遂に頭蓋骨が砕け散ったので、ダガーを捨て落ちていた剣を手にレイラの方へ。
無手のまま襲い掛かるスパルトイを、レイラは両手剣で受け流し、切り払い、時折足にひっかける様にして転ばせていた。近接系の能力はそこまで高くない彼女が、敵を翻弄している。
「お、らぁ!」
ちょうどスパルトイが転がった所に、思いっきり剣を振りおろす。刀身と床に挟まれたモンスターの頭蓋が、ガシャリと砕け散った。
「ふぅ……レイラ、なんか強くない?」
「そうでしょうか?以前動画で見た海外の騎士団とやらの動きを真似ただけですが」
「うん。めっちゃ綺麗だった」
「恐縮です」
笑みを浮かべお辞儀をする彼女は、本物の騎士の様だ。
……ぶっちゃけ、自分の素人に毛が生えただけのそれよりレイラの動きの方がよほど様になっていた気がする。ちょっとショック。
まあ、彼女が自衛できるのは僥倖。とにもかくにも、脱出しなくては。
……いや、その前に。
視線を、松明の明かりに照らされた遺体に向ける。
「主様?」
「……せめて、遺髪と本人か特定できる物だけでも持ち帰ろう」
このまま放置した所で、あの遺体が回収されるかわからない。ダンジョンが無事縮小したとして、中で亡くなった人がどうなるかまではわからないのだ。
……例の新宿ダンジョンの時、行方不明となった人の事を未だ探しているご家族もいると聞く。行方不明と死亡が確定するの。どっちがマシかはわからないが。それでも墓に入れてやる物ぐらいは……。
「レイラ、周囲の警戒を」
「かしこまりました」
スーツ姿の男性……顔は、正直直視できない。ただ、『赤と白しか見えなかった』とだけ。
顔は見ない様にしつつ、一度両手を合わせて拝んでから髪の毛を一房ダガーで刈り取る。その後、懐をあさると警察手帳が出てきたのは驚いた。
顔写真をちらりと見ただけだが、歳は二十そこそこだろうか。真面目そうな顔をしていたのだなと、そんな感想を抱く。一応、左手の薬指にあった指輪も引き抜いた。
アイテム袋に入れっぱなしだった輪ゴムで遺髪を纏め、警察手帳や指輪と一緒にしまう。
「……主様、大丈夫ですか?」
「たぶん……正直、よくわからない」
遺体に対して『気味が悪い』という嫌悪と、『可哀想に』という哀れみがある。なんだか、夢を見ている様に現実味がない。
この前にも人の遺体を見ているのに、不思議なものだ。
「ごめん、待たせた」
「いえ。道徳的に正しい行いかと」
立ち上がり、剣を手に取る。
また移動を再開した。時折、ずりずりと音をたてて壁が動いているのが見える。構造が変化する間隔が狭くなっているのだ。最初の頃はそれこそ駅のホームまで簡単に行く事ができたのに、今は十分前に通った場所さえわからない。逆に混乱するだけだからと、目印にチョークでマーキングするのすらやめている。
周囲を警戒しながら進むと、すぐに曲がり角からスパルトイどもが現れた。数は三。盾が二、弓が一。
魔眼が告げる危機に、声を上げる。
「レイラ!」
「『大地よ』!」
彼女の声に従い、石造りの床が隆起して壁となる。こういった構造物だと『自然魔法』は相性が悪く展開が遅いと言うが、それでも矢は下から突き上げられた石壁に軌道を逸らされた。
その隙に、横の元ある壁を蹴って駆ける。同時に『魔力開放』。加速し、左手側の個体の頭を盾ごと叩き割った。
隣の仲間を壊された事に動揺する事もなく、もう一体の盾持ちがこちらに向き直りながら右手の剣を振りかぶる。
それでも遅い。今の自分なら、それよりも速く動いて右手を斬り飛ばす事ができるのだから。
そこで、魔力の放出を止める。マジで余裕がない。普段使わないから正確にはわからなかったけど、本っ当に燃費悪いな、これ!
「ふっ」
自ら作った石壁を踏み台に、レイラが上から降ってくる。ナイスパンチラ。提出用のカメラを持っていなくてよかった。
勢いそのまま、彼女は弓を構えてこちらに放とうとしていたスパルトイに斬りかかる。振り下ろされた一閃が、つがえられた矢をへし折った。
そのまま弓と剣で戦う両者を傍目に、横薙ぎで盾をどかして、前蹴りを相手にお見舞いする。壁に叩きつけられたその個体の顔面に、突きを放って打ち砕いた。
すぐにレイラの方へ駆け寄り、彼女に夢中なスパルトイの頭を背後からかち割る。
それらが消えるのを視界の端におさめながら周囲を警戒し、他にはいないと判断してため息をはいた。めっちゃ疲れる。
「ご無事ですか、主様」
「おかげさまで。そっちは?」
「負傷はありません。魔力残量もまだ余裕があります」
「そっか……」
だが、こっちの魔力はそろそろキツイかも。
同数のスパルトイなら、どうにかならない事もない。だが相手の方が多いとなると、こっちも『魔力開放』を使わないと厳しい。
だが、何度も言う様に燃費の悪い異能だ。言うなれば『とっておき』。こうも頻繁に使うもんじゃないだろうに、このダンジョンでは何度も発動させられている。
「主様、いざとなれば私の事は肉盾として――」
「いやだ。絶対に」
「ご理解ください。優先すべきは主様の御命です。御身の危機となれば、私は独断で盾となります。その際に動揺なさらぬよう」
「………無茶言うなぁ」
笑顔ではなく無表情で淡々と言うレイラに、思わず天井を仰ぎ見る。そうなった時、僕は冷静でいられない自信があるぞ。絶対に取り乱す。
だが、余裕がないのも事実。彼女の『いざという時』が来ないとは、断言できなかった。
……他の覚醒者が、どれだけ間引きに成功しているか。そこに賭けるしかない。いっそ僕以外の人は一人頭スパルトイを千体ぐらい刈っていてくれないかなぁ。
だが、そんな都合のいい願望を否定するのが、例の女性警官の悲鳴。あれは普通じゃない。本当に、まるで断末魔の様な……。
ずしんと、また音が響いた。
「っ!?」
すぐさま、音のした方向に剣を向ける。今度は場所がわかる。ここからそう遠くない場所だ。
レイラと目配せして、音の主から離れる様に走り出した。
どんな化け物がいるのか知らないが、それでもやり合うのはごめんだ。明らかに、スパルトイどもよりも強力なモンスターだとわかる。
あれを倒せればダンジョンの魔力は大きく削れるかもしれないが、それで死んだら意味がない。ここはきつくても、スパルトイを倒して――。
「なっ、止まれ!」
慌てて急停止し、腕をレイラの前に出す。魔眼が起動したのだ。しかし、自分の幻視したものが咄嗟には信じられなかった。
だが、魔眼の予知を肯定するかのように。すぐさま幻視したものと同じ光景が目の前で繰り広げられる。
分厚く頑強な石の壁が、容易く砕け散ったのだ。砲撃でも受けたのかと言いたくなる衝撃と土煙。視界が塞がれながら、前に出て飛んでくる瓦礫からレイラを守る。石礫が体に当たるが、なんの痛痒もない。だが、精神は違う。
ありえない。迷路の攻略法で一番安直な、『壁を壊して進む』という手段を試した事がある。
だが、ここはダンジョン。石壁の強度とて普通じゃない。自分が『魔力開放』まで使った斬撃を叩き込んでも、隙間はできるが人が通れるほどのスペースなど作れなかった。
だが、これはなんだ。人どころか、トラックでも通れそうな巨大な穴が出来上がっている。もうもうと舞う土煙の中、松明の火がそのシルエットを照らし出した。
身の丈は三メートル以上。頭部からは二本の角を天高く伸ばし、更に大きく感じる。
その体躯は縦だけでなく横にも大きく、厚さも尋常ではない。手に持った斧もまた、巨体に合わせたサイズを誇る。
兜の下で、汗が垂れた。土煙の中から現れた金色の瞳と、目が合ってしまったのだ。
「嘘だろ……そこはせめて、でかい蛇とかだろうが……」
そっちなら勝てたかと言われれば、わからない。だがそれでも、壁をぶち抜いて現れるなんて非常識はしなかったはずだ。
黒い体毛に、所々金色の稲妻めいた模様の入った怪物を見上げて。震えた声で、呆然と呟く。
『ブモ゛ォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』
牛と人を混ぜた、半人半魔の異形―――『ミノタウロス』。
竜種に並べて口にされる神話の怪物が、そこにいた。
真っ赤な血の滴る、口元を愉悦に歪ませながら。
「走って!!」
「っ!」
レイラの声に、ようやく体が動く。雄叫びをあげたそいつから離れる様に、全力で走り出した。
当然の様に、背後からドシドシと重い音が響いてくる。追いかけてきているのだ。そのうえ、音が近付くペースが早い。
追いつかれる!?その巨体でなんて速度をしているんだ!
「右に!」
レイラの言葉に従い、半ば跳び込む様にして曲がり角を右へ。
直後、背後の角にミノタウロスが轟音をあげて頭から衝突した。もしもあと少し曲がるのが遅ければ、自分達があそこに挟まれていたのだと思うとぞっとする。
大きく抉れた石壁に角を刺したミノタウロスに、反転して斬りかかるか迷った。しかし、すぐに魔眼が『首の横ふりで弾き飛ばされる自分』を視せてきてやめる。
勝てるか、あんな化け物!
「『大地よ』!」
ミノタウロスの体を拘束しようと、レイラが石の地面から多数の鎖を出して縛りつける。それを見届けるよりも先に、彼女の手をとって走り出した。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
後方から身の毛のよだつ咆哮と破砕音が聞こえてくる。あの鎖も、突き刺さっていた石壁も。奴にとっては紙の拘束と変わらなかったのだ。
それでも稼げた一秒を使って、距離をとる。覚醒者となったこの身は、時速にして直線なら百キロ以上を優に出す。
だというのに、また音はどんどん近くなっていく。振り切れない。
「く、っそ!」
「『茨よ』!」
レイラが茨の壁を作るが、どれだけの妨害になったか。ひたすらに、先ほどと同じ要領で曲がり角に跳び込み、一瞬で振りほどかれる拘束だけして逃げ回る。
狩る側と狩られる側。それが明確にされた追いかけっこを、ひたすら繰り返す。
時折現れて道を遮ろうとするスパルトイを、後先も考えず『魔力開放』で押しやって道をつくった。すぐ後ろで、押しのけられた奴らがミノタウロスに牽き潰された音が聞こえる。仲間にすらお構いなしか。
がむしゃらに走って、どれだけ経っただろう。何度もスパルトイを剣で押しやって、魔力の底が見えてきた。このままでは――。
「え?」
すると、唐突に視界が開ける。
円柱状に開けた部屋。面積はちょっとした野球場ほどもあり、天井の高さは三、四階分か。まるで大昔のコロッセオの様な造りをしたそこは、いくつもの松明で照らし出されていた。
「主様!」
動揺で緩みかけた脚。魔眼とレイラが危機を伝えて来てくれたのが、ほぼ同時。
咄嗟にレイラを別方向に投げ飛ばしながら、剣を掲げる。直後、巨大な鉄塊がぶつかった。
「が、ぐぉぉ……!?」
剣が押し込まれ、兜に擦れる。凄まじい衝撃に、自分の体は木の葉の様に吹き飛ばされた。
不幸中の幸いは二つ。自分がバランスを崩していて踏ん張れなかった事と、先の斧は相手がぞんざいに振るった一撃だった事。どちらか片方でも違っていたら、僕は……。
悲鳴をあげる暇も惜しいと飲み下し、両足で地面を削りながら着地する。震えそうになる手で、剣を構えた。
視界の端で、レイラが体勢をたてなおし杖と剣を構えている。それを無視する様に、ミノタウロスはこちらを見ながら歩いていた。
のしのしと、まるで城を歩く王の様に堂々と。金色の瞳は燃える様に輝き、真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。
兜の下で呼吸が浅くなる。
怖い。なんだこれ、どうしてこんなのと、自分が。僕がいったい何をしたと言うのだ。
「主様!ここで倒すしかありません!」
レイラの声に、剣を持つ手がびくりと震える。
「もはや逃げ回っていても消耗で倒れるのが先です!であれば、ここで仕留める他に生き残る術はありません!」
言葉の意味がわかるのか、あるいはただの偶然か。
ミノタウロスがゆっくりと両足を開いて地面を踏みしめる。やはりと言うべきか、向けられた角の先には、自分がいた。
「戦いましょう!生きる為に!!」
レイラのその声が合図とばかりに、黒金の巨体が疾風となる。
―――腹を穿たれ、無様に死に絶える自分の姿を幻視した。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
以下、本編に関係のない情報。
Q.なんで京太朗は蛇って考えたの?
A.ギリシャ神話でカドモスという英雄が大きな蛇を倒し、その牙を撒いて生まれたのがスパルトイだからですね。まあ蛇ではなく竜という伝説もあるので、そっちでもだいぶヤバいですが。
Q.なんでミノタウロス?
A.カドモスの伝説にも牛が出てくるからそれ繫がり……というより、わりとただのノリです。スパルトイから真面目に考察してくれた方には申し訳ありません。




